第二十三話 米の収穫と雪の来訪
米蔵問題でバタバタしたものの何とか渡りを付け、商家から蔵を借りられる事になった。来年までに蔵の増設が宿題になった形である。
田の刈り入れが始まり各村は大忙しだ。豊作に皆の顔が綻んでいる。やって良かったと心から思った。今年は千歯扱きを使うから、年貢の納入も早くなるだろう。
あとはどの位収穫が増えるかである。私の領の年貢も大切だけど領民の収入も大切なのだ。甘いと言われようと私は領民を大切にしたい。
いつものように馬をポクポクと歩かせ村を見て回る。最近の私は成長期らしく随分と背が伸びて来た。いっぱい動いていっぱい食べてるからね。肥満と縁が無いのは良い事だ。
そのせいか村に行くと「大きくなられた」と、皆が口を揃えるように言うようになったのだ。確かに背も胸も成長してるんだけど、桔梗のようになれる気が全然しないのが悲しい。そろそろ男装やめようかな。でも動きにくいんだよね。
そうして村を見回り、城に帰ると手塚が居たのである。どうやら待ち構えていたらしい。
私は私室に手塚を通すと要件を訪ねた。
「今日はどうしたの?」
訝しむ私に手塚が答える。
「鉄砲が出来たようなので、受け取りに参ったので御座います」
何故この人は知っているのだろう?私はまだ教えてない筈なんだけど?でも手塚だからと何となく納得した。ストーキングに決まっている。
「とりあえず一丁ね、桔梗には話しておくからね」
私がそう言うと手塚は嬉しそうに目を細めた。
「真に有難う御座います、これでききょ、いや鉄砲を試せます」
おい!今何て言った!この人はまだ諦めていないようだ。
「桔梗は直接雪の所に行って貰うからね」
私の言葉に慌てるように手塚が答えた。
「お待ち下さい、某が御迎えに上がります故ご心配なく」
手塚の様子を見て何とも言えない気持ちになる。心配だから直接行かせるんだよ、、、。
「ダメです!桔梗に鉄砲と玉薬を持たせて向かわせるから大人しく待っていなさい!」
私は子供を叱りつける様に言い放った。子供なのか大人なのか解らない人だ。いや悪い大人だった。
「そんなご無体な」
私が悪いように言うのは止めて欲しい。手塚は暫くの間抵抗していたが、諦めて帰っていったのだけど、三日後に再び現れたのだ。奥方の雪に連れられて。
「雪が来るとは思っていなかったよ」
座卓を物珍しそうに眺めていた雪は私に視線を戻した。隣には手塚が背筋を伸ばして座っている。後ろに控える桔梗が気になっているようだけど、奥方の隣でよくやるよ。
「鉄砲を拝見いたしました。あれは凄いものですね」
「雪は気に入ったんだね、鉄砲衆を作るの?」
「はい、戦に使えると見ました。我が家でも鉄砲衆を作ろうと思います」
私はちょっと考える。どの道、鉄砲は配備していく予定だから、小田の直臣なら配ってしまってもいいかもしれない。でも作るのにもお金が掛かるし悩ましいな。桔梗と菅谷と手塚に回るようになれば、中央と左右両翼に配備出来る。
「数はどの位で考えてるの?」
雪は少し視線を落とし軽く頭を傾ける。
「そうで御座いますね、五十程でしょうか」
その数なら十分役立つね。史実の小田家は三丁の鉄砲で総崩れになっているし。ただ、私、実戦の経験ないんだよね。河越では後ろから見ているだけだったし、上杉様を助けた時も交戦は無かったし。使えるのは歴史が証明しているんだけど、何となく不安だ。
「わかった、私の鉄砲衆と菅谷にも必要だから等分して回すよ。それと代金は取らないからその代わり玉薬を備蓄して欲しい。玉薬は私が仕入れているからその代金は払ってね」
「ありがたい申し出で御座いますが、宜しいので御座いますか?」
「うん、国人なら買ってもらうけどね、小田の軍には配備するつもりだったし。他の者も欲しがるようなら雪のように最初の一丁は買って貰って、、、。備えを作るなら同じように回そうか。うん、それがいい」
「それは助かります、玉薬は仰せの通りに致します。それと鉄砲衆は私が率いようと思うのですが、宜しいでしょうか?」
「雪が?」
私は思わず小首を傾げた。
「おっ、お待ち下さい雪殿!鉄砲衆は某にお任せ下さい!」
手塚が慌てたようにして雪に訴える。雪は手塚に一瞥もせず続ける。
「はい、聞けば桔梗の鉄砲衆は若い足軽で使っているそうなので、私が率いてもお役に立てるかと存じます」
この時代は女が戦場に立つのは別に珍しい事ではない。それどころか女がいる備えは士気が上がって強くなると聞いている。男の本能に触れるのだろう。
「それはいいけど手塚はどうするの?本人はやりたがっているみたいだけど?」
私は顔色を変えている手塚をチラリと見た。
「そうで御座います!雪殿を戦場に出すなど某は認められません!雪殿に万が一があっては一大事で御座います。どうか某に鉄砲衆をお任せ下さい!」
私の問いに手塚も追従し、雪に平伏しながら訴える。止めて欲しい、こんな夫婦関係見たくなかった。
「夫は弓の名手で御座います。弓衆で鉄砲衆を守ろうかと思案しているところなのです」
「うん、鉄砲衆が討ち漏らした敵を射れれば心強いよね。良いと思う」
「雪殿!どうかお考え直し下さい!某にお任せ下さい!」
「それではそのように致します。桔梗には手間を掛けさせますが」
雪は後ろに控える桔梗を振り返りながら答えた。それにしても手塚を全く相手にしていない。なんとなく手塚が哀れだけど、こいつは桔梗を狙っているから慈悲は必要ない。
「私は雪とは挨拶程度でしか話をした事がなかったけど、鉄砲衆を率いようなんて男勝りだとは思わなかったよ」
雪はクスリと笑った。
「若殿も女子では御座いませんか?若殿のお噂は色々聞いておりますが、この雪も真似てみようと思ったので御座います。室に居るだけなど性に合いません」
この時代の女性は現代で思われているより権力が強い。ただ社会的には話が別になり、記録の類には名前すら残らない。雪と手塚の関係はレアケースだろうけど。
「折角生まれて来たのだから、やりたい事はやるといいと思う。私もそうしてるし」
「若殿は面白き方ですね。折角生まれて来たで御座いますか」
「尤も、私は小田の家を守るのが最優先だけどね。雪だってそうだと思うけど」
「そうで御座いますね、お家が第一、その上でやりたい事を成しましょう」
そこへ手塚が調子を合わせるように会話に入って来た。
「やりたい事を成す、良い言葉で御座いますな。某も若殿と雪殿を見習うとしましょう。雪殿、某に鉄砲衆をお任せ下さい」
この男は諦めを知らないようだ。雪はここへ来て初めて手塚に目をやったが、その瞳はゴミを見るかのようだった。初めて見たよ、ゴミを見るような目なんて。
雪と手塚の訪問から暫くは村々を見て回る日々が続いた。村人の表情は一様に明るい。収入が増えるのは嬉しいよね。
稲の刈入れは順調に進み、城には次々と米俵が運び込まれている。それに合わせるかのように村の顔役達も次々に挨拶に訪れ、口々に礼を言われてしまった。
むず痒すぎて居心地が悪かったけど、感謝の気持ちはありがたく受け取る事にした。来年は他の村に広げるからと協力をお願いして、私からも礼を述べた。
私の現代知識の中で米作りが一番領民に貢献したんじゃないかと思う。ごはんが食べられるというのはとても幸せな事だしね。今年は彼らも飢える事が無いだろう。そしてこれが毎年続く事を祈りたい。
転生するにしても日本で良かったと思う。お米が食べられない生活はちょっと想像したくない。もしこれが中世のヨーロッパなら、仮に貴族であったとしてもゾッとする。
尤も、大名の嫡男に生まれた今生であるから、言える事なんだけど。もし農民に生まれていたらどうしていただろうか?多分、商人でもしている気がする。
それから一週間が過ぎ今年の取れ高が判明した。どの領も倍程度の収穫になっている。天気にも恵まれていたからそれも助けになったと思う。
これを小田領全体でやれたらなと、つい欲張って妄想してしまう。調子に乗ると良くない事は分かっているのに、私の迂闊さは変わらないらしい。
戦国時代は基本的には毎年飢饉である。理由は度重なる戦のせいであるのは言うまでもない。戦になれば田畑が荒らされ兵を養うために米を浪費し、足りなくなるとまた徴収という悪循環のせいで、収穫した以上に浪費してしまうからだ。やっぱり戦争は悪だよ。
だから切に思うのは、誰でもいいから天下を治めて欲しいの一言だ。




