第二十二話 収穫
収穫の秋である。新農法により田んぼにはたわわに実った稲穂が頭を垂れている。今年は大豊作間違いなしだろう。正直に言えばホッとしている自分がいる。失敗したら立場ないしね。
収穫前に細工師の又兵衛に依頼した千歯扱きも完成し、各村に配布している。尤も、ある程度は共用してもらわないといけないけどね。
新農法が成功したので来年は宍倉と真壁の残りに広める予定である。これで私の領はコンプリートかな。余裕がありそうだから小田宗家の直轄地も、検討した方がいいかもしれない。父上に要相談だね。
それにしても今年は成果が凄い。鉄砲の生産が始まり既に数丁が完成している。年明けまでにはそれなりの数になるだろう。
手塚もようやく鉄砲を手に入れる訳だけど、未だに桔梗を狙っているらしい。雪にはしっかり見張って欲しいものだ。
グラスに関しては作品の品質が上がり、良い物をぼちぼちと貯めている所だ。そして瓶の開発にも成功している。大きいグラスを八兵衛が作り小さいグラスを私が作ってくっつけたのだ。やはり知恵を出し合うと成果も出易い。ただ、堺で見た瓶と比べると完成度が低いのが難点かな。
千石船が完成したら売りに行く予定である。私の作品も混じっているので評価も楽しみにしている。折角だから信長にも送ってあげよう。そういえば貸し出した孫子返ってこないな?
秋は秋でやることは沢山ある。お米の収穫もあるけど果物の収穫もあるのだ。梨は今年は配ってしまうけどメインは葡萄である。そしてワインを作る予定である。
その為に酒樽と作業用の桶も発注済だ。もうじき届くだろう。
そして今日は刈入れ前の打ち合わせである。戸崎の城にはいつものメンバーに加えて勝貞も来る予定だ。打ち合わせは私の私室でやることにした。
大勢ならともかく、六人くらいだと評定の間は話がしにくいからだ。それと今日はちょっとした企みもあったからだ。それは又兵衛に作って貰った座卓のお披露目である。
この時代は身分の違いも手伝って食事などはお膳を使う。だから大勢で使う座卓などが発達しなかったのだ。前から欲しい欲しいとは思っていたのだけど、手が空いたらでいいからと絵図を渡し又兵衛にお願いしていたのである。
そして完成して持ち込まれたのがこの座卓だ。なんだけどこの座卓、足に簡単な彫刻もしてあるし、表面つるつるだし、角も取ってあるし出来が凄い。
そしてこの座卓は天板が外れるようになっている。こたつにも使えるようにする為なのは言うまでもない。冬前にこの座卓に合わせて床を加工して掘りごたつにする予定である。
又兵衛は口数が少なくて取っ付きにくい感じの人なんだけど千歯扱きやこの座卓の出来を見ると凄腕の職人な気がする。いやホント凄い。
そしてこの座卓に切った梨と葡萄をそれぞれの席に配膳し準備万端、待ち構えたのだ。
暫くすると勝貞を先頭に皆がぞろぞろ入って来たが、皆揃って足を止めた。そして座卓と座卓の前にちょこんと座る私を見た。想像通りの反応だ!
「若殿、この台は何で御座いましょうか?」
戸惑うような勝貞に私は立ち上がり、勝貞の手を取り席に促した。
「説明するから座って、席順などないから気楽にね」
私はそうして政貞、久幹、百地、桔梗を席に付かせた。そして女中にお茶を入れるよう伝え自分も席に付く。
その様子を見て久幹が口を開いた。
「若殿、これは大きな膳で御座いますか?」
「うん、その通りだよ。さすが久幹」
「膳で御座いますか、かような物を作られたので御座いますな。堺の今井宗久殿の屋敷にあった膳に似ていますな」
「座は無いけどね。でも使いやすいと思うんだけど?」
「そうですな、馴染みが無いと戸惑いそうですな」
そう言いながら久幹は座卓の表面を撫でている。
「またよく考えるものですな。某も慣れたつもりで御座いましたが、尊敬するやら呆れるやらで対応に困ります」
むむ!政貞は何を言いたいのかな?
「この方が皆で話しやすいでしょ?それと皆の前にあるのは私の作った梨と葡萄だから、食べながら話しましょう」
「若殿、少々行儀が悪いとも思えます」
この時代の人らしいお言葉を貰った。勝貞は躾にうるさいからね。
「勝貞、ここは身内だけだから良いではありませんか」
「そうでは御座いますが、若殿がそうおっしゃるなら」
不承不承に勝貞が了解する。
ぎこちなく始まった座卓のお披露目だったけど、暫くすると慣れてきたようで雑談に花が咲いた。葡萄や梨にも手が伸びて、皆口々に「美味しい」と言ってくれた。百地と桔梗は相変わらずなのだけど仕方ないか。
「所で、本日は刈入れの話でしたな?」
勝貞が葡萄を摘まみながら思い出したように口を開いた。
「その前に皆に渡したい物があるんだけど」
私はそう言い、用意してあった小さな箱を皆の前に配り置いた。配り終えると席に付き皆を眺めるように見る。
「これは私から皆へ、いつも頑張ってくれているお礼を用意したんだ。開けてみるといいよ」
「礼で御座いますか、恐れ多い事です。では失礼して」
勝貞が皆を代表するかのように箱の蓋を開ける。そして「ほう」と箱の中を眺めやる。それを見た皆はそれぞれ箱を開けた。
最初に口を開いたのは硝子を見知っている政貞だった。箱の中には小さいグラスが二個入っている。
「これは硝子の器では御座いませんか、我等に頂けるとは」
政貞はグラスをしげしげと眺めている。
「うん。それぞれ一つは私が、もう一つは八兵衛が作ったものだよ」
「若殿がで御座いますか!」
さすがに驚いたのだろう、勝貞が素っ頓狂な声を挙げた。
「硝子の器の試しをしていてね。見てたら出来そうだったから、八兵衛に教えてもらったんだよ。そっちの右の方が私が作った器だよ」
皆がグラスを手に取り眺めている。今は南蛮貿易でしか手に入らない貴重品だ。あと私の作品を自慢したかったのはナイショだ。
「若殿、この百地丹波。家宝に致します」
そう言って百地は数歩下がり平伏した。いや、使って欲しいのだけど。
「百地、気にしないで使って欲しい。その方が私も嬉しいよ。お酒とかにも使えそうだしね」
「これは見事な、見た事が御座いません。向こう側が見えますぞ」
感心するようにグラスを眺めたり、透かしたりしている勝貞に葡萄を食べながら答える。
「南蛮では作られているそうだよ、宗久殿も持っていたしね」
「左様で御座いますが、八兵衛も大したものですな」
久幹が感心したように唸っている。久幹は工房に来なかったからね。来てたら騒いでいたかもしれない。
「このような美しい物を使うのは何やら勿体ないですな」
政貞のお眼鏡にも適ったようである。私はその様子を見て、手元に置いたもう一つ箱を政貞の前に置いた。
「若殿、これは?」
「政貞には苦労掛けてるからね。まだ試しの最中で上手く作れないんだけど、私が作った器だよ」
政貞は箱を開け中から小さい硝子の器を取り出した。私が作ったおちょこである。ちなみに色はオレンジ色だ。
「これも美しいですな。某だけ頂いて何やら申し訳ないのですが」
「気にしなくていいよ。いつも迷惑かけているし、叱ってくれる人は政貞くらいだから感謝してるんだよ?」
私がそう言うと政貞は瞠目し、そして平伏して言った。
「若殿!この政貞!嬉しゅう御座います!」
「政貞、そんな大袈裟な。私が困ります」
その様子を見て勝貞が政貞の肩に手を置いた。
「政貞、若殿からこのようなお言葉を頂くとは天晴である。益々励むと良い」
そうして暫く雑談した後ようやく本題に入った。
「稲の出来だけど戸崎はとても良いと思う。真壁の方はどう?私は忙しくて見に行けなかったんだけど?」
「新しきやり方をした稲は良いですな。期待できます」
今だにグラスを眺めながら久幹が答えると勝貞が続いた。
「土浦も豊作ですな。こうも変わるとは若殿には感謝致します」
軽く頭を下げる勝貞に抱えていた不安を漏らした。
「宍倉の城を貰ったから、失敗しないか心配だったのだけど安心したよ」
「そのような配慮は無用に御座います。領以上の収穫も出来そうですしな」
本当に良かった。お米は国の生命線だからプレッシャーを感じていたんだよね。前世では農家の娘で本当に良かったと思う。
「皆に配った千歯扱きの使い方は大丈夫?」
「問題は御座いません、若殿の仰る通りなら仕事も捗るでしょう」
「千歯扱きで効率よくなるんだけど、後家の人たちの仕事が無くなるから手当をして欲しいのだけど?」
「ふむ、確かにそうですな、何か考えましょう」
勝貞は腕を組んで思案している。
「私の所は米を出すよ、来年は何か考えないとね」
これは私のミスだ。歴史の知識で知ってたのだけど、うっかり忘れてしまったのだ。稲の脱穀は扱箸という道具でちまちま行っている。
こういう作業は村の未亡人やケガをしてまともに働けない人たちの貴重な収入源になっているのだ。千歯扱きはこの様な人々から仕事を奪ったので後家倒しとか後家殺しと呼ばれている。
「手当はするとして今年は米蔵が一杯になりますな」
政貞の言葉に皆が笑顔になった。お米大事だよね。ん?あれ?なんか忘れているような?
「あっ」私は思わず声を上げた。その様子に皆の注目が集まる。
「勝貞!蔵に入り切るの?!」
慌てた私は座卓に手をかけ身を乗り出し、勝貞に顔を向け早口で問い掛けた。
「!!! 政貞!どうか?!」
勝貞に問われた政貞は腕を組み頭を傾ける。
「言われてみればそうでした。調べて、、、。米が倍になりますと恐らく、いや入りません」
「久幹は?」
「米を売り払いましたので、それに真壁は田の半分で御座いましたから足りるかと?」
久幹はのんびりした調子で答えた。
「戸崎はたぶん無理、蔵作らないとダメだね」
座卓に手を置き、がっくりと頭を垂れた私に勝貞が語り掛ける。
「暫くは城内に置くか、商家の蔵でも借りるしかありませんな」
「そうだね、戸崎もそうするよ」
思わぬ課題が増えて打ち合わせは終了した。グラス作ってる場合じゃなかったらしい。




