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第百七十三話 義昭の戦


 私は軍勢を率いて、意気揚々と金山城を目指して進軍した。金山城は現代で言う群馬県太田市にある。前世では、愛車を運転して訪れ、見学をした事があるけれど、山登りが非常に辛かった覚えがある。石垣造りの山城で、日本百名城の一つである。私が見学したのは虎口や物見台や天守閣の石垣の遺構だったけど、今生ではどんな姿をしているか楽しみにしている。


 前回の戦のピンポン奪取作戦で由良成繁から奪った城なので、今は義昭殿が所有している。山城かつ堅城なので、ここを手に入れられたのは僥倖だと思う。金山城は平地から独立するように聳える金山という山に建築されている。この山の周りは平野であり、豊かな実りをもたらしてくれる。ここを奪われた由良成繁はさぞ悔しかっただろう。

 それにしても遠い。筑波から群馬まで徒歩の軍勢で行くのだから当然だけど、大軍を率いているので遅々として進まない。と思っているのは車の移動に慣れている私だけで、皆はちょっと遠いくらいにしか思ってないようだ。赤松は信長と先行しているのでもう到着しているかも知れない。焦れても仕方ないので、黙って馬を歩かせるのみである。


 金山城まであと一日という所まで進軍すると、赤松からの早馬が駆け込んできて、上杉家が降伏したと伝えて来た。そして肝心の上杉憲正は逃亡したそうだ。ついでに上杉朝定も一緒だと言う。降って来た上杉家の家臣も怒っているようで、伝令の人は赤松から特に伝えるようにと命じられたと言っていた。

 義昭殿は既に金山城に到着していて、上杉家の城の接収に取り掛かったそうで、唯一降伏しない長野業正の領地の支城である厩橋城に本隊を進軍させると伝えて来た。義昭殿の出陣が小田家より早かったのは百地から聞いていたけど、今回の戦のホストだから気合が入っているのだろう。下野経由で急いだと思われる。その夜に宿とした寺で、皆と夕餉を摂りながら話をした。


 「家を捨てて逃げ居るとは情けない。上杉めは最後まで見苦しい」

 

 勝貞が忌々しそうにそう言って、晩酌の盃に口を付けた。その様子を見た久幹は苦笑しながら口を開いた。


 「城を枕にとは致さぬとは思って居りましたが、まさか逃げ出すとは考えて居りませなんだ。まぁ、戦が無い分には統治も楽になりますし、佐竹様にとっては良い事だと思われますな」


 「勝貞と久幹が散々脅したから怖くなってしまうのは私も解るよ。上杉様が逃げたしても仕方が無いと思うよ?でも、私は正直に言うと、お二人に会わなくて済んで安堵しているけどね」


 私は怖くて上杉憲正や上杉朝定、太田資正の姿は見なかったけど、政貞や他の人から聞いた彼等の状態は相当酷いようだったし、そんな彼等が、また菅谷と真壁が来ると聞けば逃げたくなる気持ちは解る。


 「某が随分と痛めつけましたからな、甘えて育った上杉の心が折れても致し方ありませぬか。しかし、一体何処へ逃げたのやら。周辺国には相手に致さなかったと聞いて居りますし、上方にでも逃れたのでありましょうか?」


 思案気に顎を撫でる久幹だけど、どこか面白がっているようにも見えた。勝貞も久幹も凄く怒っていたので慈悲の心は微塵も無いのだと思う。こりゃ駄目だと思わず苦笑したけれど、私は一つの懸念を覚えた。


 「まさかとは思うけど、龍若丸殿は連れているよね?もし、置き去りにして逃げていたら龍若丸殿が不憫だよ」


 史実の上杉憲正は北条の軍勢が迫って来ると、龍若丸を置き去りにして越後に逃亡している。親に捨てられた子供なんて哀れで見ていられない。もしそうだったら小田家で面倒を見るか、生活の支援くらいはしよう。


 「そこまでの外道だとは思いませぬが、もし、そうであれば、龍若丸殿が気の毒で御座います。それにしても、佐竹様の動きが随分と速い。平井に金山と上野に御領地をお持ちで御座いますから、上野に軍勢を集結させての動きで御座いましょうが、この様子だと厩橋に着く頃には戦が始まっているやも知れませぬな」


 そう言って酒杯を呷る久幹に勝貞が言う。


 「大軍を集め、ゆるりと動くのも良いが、此度の戦では上杉が降る事は判って居った。二万の軍勢を一所(ひとところ)に集めるならば、長野殿が御座(おわ)す箕輪に致した方が、軍勢の移動も楽で良い。厩橋の城主は長野殿の一族の長野賢忠(けんちゅう)殿であったな?今頃は城を捨て、箕輪に籠もって居るとこの勝貞は考える。上杉に反抗の力が無く、家臣である長野殿との決戦が初めから決まって居るようなおかしな戦。何れにせよ、我等の出番は箕輪であろう」


 まあ、そうなるよね。この戦の様子が後世に伝わったら、面白おかしく評価されそうだ。それにしても中々信長に会えない。今回ばかりはお説教をしないといけない。厩橋まではまだ距離があるし、この様子だと、合流するのは箕輪だろうか?それにしても、この戦の援軍は気が抜けて仕方がない。大軍で轢き殺すみたいなものだし、最初から勝ちが決まっているから、どうも気合が入らない。私が油断したら示しが付かないから、ここは気を引き締めよう。と思っている傍から飯塚が光秀にお酒を勧めまくっている。光秀は余りお酒に強くないから飯塚に合わせていたら潰れてしまう。私は飯塚の元へ行き、飯塚から提子(ひさげ)(酒を入れる急須)を取り上げた。取り敢えず、飯塚にお説教をする事から始めよう。

 

 ― 厩橋城、佐竹義昭 ―


 氏治が飯塚に説教をしている頃、佐竹義昭は厩橋城の広間に主だった将を集め、軍議を始めようとしていた。義昭の隣には援軍として合流した信長も居り、近くには小田家の援軍を指揮する赤松も居る。

 厩橋城の城主である長野賢忠(けんちゅう)は菅谷勝貞の予測通り、城を捨てて箕輪城に撤退していた。無血で城を手に入れた義昭は得意満面で入城した。広間に腰を落ち着け、諸将が集まるのを待ちながら信長と雑談していた義昭だが、暫くすると、城を検分しに行っていた小田野義正が義昭の元に戻って来た。


 「御屋形様。城内や蔵などを検分して参りましたが、米や武具や諸々の物資が蔵ごと封印されて居りました。城内は掃き清められ、塵一つ御座いませんでした。まるで我等を迎えるが如きで御座います」


 「ふむ。なんと潔い。城に火を掛ける訳でもなく、兵糧まで残して行くとは、長野殿の御人柄が伺える。城を無傷で手に入れる事が出来て儲けたと思うて居ったが、長野殿の御器量が義昭より上手(うわて)であったという事か。長野殿は城を捨てたのではない。この義昭に譲ったのだ」

 

 長野業正の振舞いに、義昭は思わず唸った。自分が長野の立場であれば、同じ事が出来ただろうかと考えた。上杉家中で唯一、降伏しなかった長野業正。長野の狙いは義昭も理解していた。所領を安堵しない佐竹家から譲歩を引き出そうとしているのは間違いない。だが、相手は二万の大軍であるし、義昭が頷かなければ城ごと家を滅ぼされる事になる。賭けをするには分が悪過ぎる。そしてその決定を下すのは義昭である。考え込む義昭の様子を見て信長は声を掛けた。


 「優れたる敵とは何処にでも居るようですね。義昭殿からの文で上杉憲正の事は伺って居りましたが、暗君に限って良い家臣を持っているようです。戦の名人とも聞いて居りますし、この信長も、此度の戦では学びを得られると期待してしまいます。当家の家臣も暫く戦をしていないので腕が鈍っております、この機に武勲の一つも挙げさせたいですね」


 信長はワザとそう言った。長野業正の狙いを知りながら義昭がそれに乗ろうとしていると読んだ。これはいけないと信長は自分の共闘を主張してみせたのだ。


 「然もありなん。ですが、長野殿はこの義昭に挑まれた。此度の戦では信長殿と氏治殿から援軍を頂いたが、箕輪攻めは我が佐竹の軍勢で当たります。信長殿と氏治殿には包囲を担って頂こうと考えて居ります」


 義昭は長野業正との単独決戦を決断した。その言葉を聞いた信長は慌てて諫めに掛かる。信長としては、大軍の利を捨て、敵への情で戦をするべきではないと考えているし、城攻めは先頭を走る足軽大将やそれを率いる武将の質で戦況がまるで変わってしまう。勝ちの決まった佐竹の将兵を見て、弛緩を感じていた信長は危機感を持っていた。佐竹家に降った多くの上杉家の将も前線に送られるだろう。彼等がものの役に立つとも思えないし、箕輪城は堅城とも聞いている。だが、城に籠もる軍勢は三千程度と聞いている。ならば、士気が高く、統制の取れている自分の軍勢と氏治の軍勢がそれぞれ城門の一つを任された方が攻略出来る確率が高いのではないかと考えていた。


 「義昭殿。それは宜しくありません。箕輪の城は堅城と耳にして居ります。長野殿の為さり様を見まするに、守城が得意と推察しました。可惜(あたら)敵の手に乗る必要は無いかと考えます。私の手勢は五百と少数ではありますが、尾張から精鋭を連れて参りました。先手の一部にお入れ下さい」


 そう言う信長の表情を見て、義昭は心に熱いものが込み上げて来た。自分を心配しての事だろうが、どこの世に大国の世継ぎが他家の戦で先陣を申し出るのだろうか。本当に良い友を持ったと義昭は思った。信長の意図は義昭も理解していた。自分が数の有利を捨てる事を諭されているのだと分かっていたが、義昭の坂東武者としての意地がそれを許さなかった。


 「そういう訳には参りませぬ。此度の戦は同行のみとのお約束ではありませぬか?万一、御怪我でもされたら信秀殿に叱られてしまいます。それに氏治殿には此度の企みが露見して、この義昭は叱られたのです」


 肩を竦めながら言う義昭の様子を見て信長は苦笑した。流石に悪さが過ぎたかと思うが、上杉憲正を許せなかったし、義昭や氏治と轡を並べて戦をしたかった願望もあった。今この場に居る事が何よりも嬉しくて、上杉憲正への怒りはどうでもいいと感じていた。


 「氏治殿のお耳の速さには驚かされますね。ですが、氏治殿もこの信長と同じ事を申されると思われます。戦は数も大事ですが、質も大事です。此度の戦は初めから勝ち戦と決まっているようなもの。将兵にも侮りがあるのは否定出来ない筈」


 佐竹家の諸将を前にして、敵を侮っていると言い放った信長の言葉に義昭も佐竹の将も驚きを覚えた。義昭には信長の訴えがよく理解出来たし、佐竹の将は他家の者から指摘された事に覚えがあり、怒るよりも恥ずかしさを覚えた。このような事を言えば信長自身が佐竹の家中から疎まれるだろうと知っての発言だと義昭は理解したが、それでも考えを変えられずにいた。

 

 「確かに信長殿の仰る通りだとは義昭も解ってはいるので御座いますが……。赤松殿は如何お考えか?」


 義昭は佐竹家の家臣と並んで座している赤松に問い掛けた。小田家の武将である赤松はどう考えているのか興味があった。義昭に問われた赤松は居住まいを正して義昭に向き直った。


 「佐竹様。某は歯に衣着せぬので御座いますが、宜しいでしょうか?」


 「構わぬ。氏治殿の御家中の方がどう考えられるのか興味がある」


 義昭の言葉を聞いて赤松は一つ頷くと口を開いた。


 「某であれば、使者を送り、降るよう説得致します。どうしても降らぬならば、箕輪の城を包囲致し、箕輪の衆が我等に手出し出来ぬように致します。長野殿の周りは全て佐竹様の御領地、援軍の当ても御座いませぬし、城に籠もるなら好きにさせます。その上で此度降した上杉の領地を慰撫し、(まつりごと)を致しながらゆるりと相手が降るのを待ちますかな。佐竹様の推察通り、長野殿は条件交渉を狙って居ります。坂東武者としてはこれを受けて立つのが礼儀だとは存じますが、我等は(まつりごと)を致し、民を安んじる為に戦を致して居るので御座います。佐竹様の御気持ちは解りまするが、どうしても長野殿に挑むと申されるなら、我等の力を当てにして頂きとう御座います」


 信長は赤松の発想に驚いた。敵が手出し出来ないのであれば、確かに政をしてしまった方が効率がいい。大国であり、大軍を維持できる小田家ならではの発想だろうが、普通はこんな事は考えない。常陸小田家は氏治だけではない。氏治を支える将の多くが非凡な者だと信長は考えた。

 義昭も同様で、武骨な武将が多い佐竹家では出ない発想だ。義昭は赤松が欲しいと考え、同時にこのような家臣を持つ氏治が羨ましかった。


 「ふむ。どうにも分が悪い。信長殿、この義昭は長野殿を重臣として迎えたいと考えて居ります。当家は領地の安堵を許しませぬが、長野殿であれば領地を安堵しても良いとは考えて居ります。ですが、長野殿はこの義昭に挑まれました。これから逃げて長野殿を家臣に致してはこの義昭は悔いを残す事になります。如何に箕輪の城が堅城であろうとも、時を掛ければ兵糧が持たぬので何れは落ちましょう。ですが、長野殿は力比べを所望されています。これから逃げる訳には参りませぬ」


 「悔いを残すと言われましたか。その様に言われますと、この信長も義昭殿を御止めする言葉が見つかりません。尾張に戻れば私は家督を継ぐ事になって居りますので、勝手出来るのはこれが最後と参ったのですが、機会があれば、この信長も戦したいものです」


 「左様で御座ったか、家督を継がれるとは目出度い」


 「義昭殿と氏治殿を驚かせようと黙って居りました。義昭殿からの祝いは信長に出番を与える事を所望します」


 「これは参りましたな。戦の様子次第では検討致しましょう。ですが、此度は先ずこの義昭の好きに致します。信長殿と氏治殿は暫くは義昭の戦を見物して下され」


 

  

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[一言] とうとう佐竹義昭と長野業正の戦ですか。どうなるのか、とても楽しみです。
[良い点] 上杉憲正も上杉朝定も情け無し。 逃げ出すとはな。 それに比べて城を譲る長野業正の見事な事。 赤松殿の発言も見事ですな。 次回が楽しみです。
[良い点] 圧倒的に有利な立場の筈なのに、何故か追い詰められた感のある義昭w まずは長野の土俵からの虚々実々の駆け引きの始まりですね
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