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第百七十一話 小田家の世継ぎ問題

 活動報告を更新致しました。この小説の作者名をクリックで飛べると思います。


 赤松から早馬があり、信長の軍勢五百が小田家の領内にやって来たと知らせて来た。信長と義昭殿の企みは太原雪斎を通じて知ってはいたけど、家臣達に知らせる訳にも行かないので黙っていたのである。


 私は赤松に信長の軍勢を河越に留め置くように指示をした。出陣まで五日あるので、それまでは休んで貰うつもりである。私は仕事があるから直ぐには行けないので、集結予定地の金山城で信長に会おうと書状で伝えた。


 次いで、私は義昭殿に早馬を送り、信長の到着を知らせたのだ。信長の登場は小田家の家臣達を大いに驚かせた。政貞は私にどういう事かと説明を求められたけど、私は知らないと白を切るしか無かったのである。信長と義昭殿の悪戯の被害が早くも出始めた感じである。


 そして出陣が近づくと皆が慌ただしく準備を始め、前もって予定していた半兵衛の元服の儀を行ったのである。元服の儀が終わると、一門が連れ立って私の元にやって来て、一族の烏帽子親を断ったのに、何故、新参の者の烏帽子親になるのかと激しく非難された。私はそれらには一切答えなかった。半兵衛の烏帽子親になる事は前もって知らせていた筈なのに、わざわざ半兵衛の元服の儀の場で言って来たのは嫌がらせの意味もあるのだろう。


 私が誰の烏帽子親になるかは私の自由である。自分が信頼する者、自分を信頼して欲しい者、選ぶ権利は私にある。そんな常識は彼等も知っている筈なのだ。にも拘らず、竹中家の面子を潰すような行動に出た彼等を私は許せない気持ちになった。


 その場にいた半兵衛や親である重元や妙、竹中家の家臣は抗議を受ける私を目の当たりにして驚いていた。そして私が無礼を働かれていると勘違いした重元が太刀を抜いて「無礼者!」と一門に駈け寄った所を百地が止めたのである。重元に斬られそうになった小幡がへたり込んでいたけど、本当に無礼なんだよ、君達は。


 一族も私がいつも穏便に対処していたから強気で来たのだろうけど、他家から来た人からすれば有り得ない事であり、無礼討ちが普通である。小田家は人付き合いを大切にしているから、上下間のやり取りは他家と比べるとこれも有り得ないくらいに緩いけど、一門は私を責める事も同様だと勘違いしているのだ。


 私と一門はこれで修復不可能と私は判断した。私はその日の内に小田六門のうち、宍戸、小幡、柿岡、北条、谷田部の五門を重臣の列から外して蟄居を命じた。残ったのは岡見だけになった。


 正直に言うと、私は一門には一切期待をしていなかった。私が家督を継いだ時はあんなに協力してくれたのに、小田家が大きくなるに連れて彼等は権勢を欲するようになった。世継ぎの問題が出て来るとそれはエスカレートして行き、事在る毎に私は急かされ、決めない事を非難された。その度に勝貞と久幹が静かに切れていたけど、二人も一門を尊重して怒りを抑えていたのだ。私も彼等の様子に辟易としていたし、決めない私が悪いと思っていたけど、同時に一門の血に甘えて役目を疎かにする彼等の中の誰かから養子を貰うと、政治に口を出して国の運営に支障を来すのでは?と疑念を持つようになった。


 疑念を持った私は一族を冷遇した。北条と上杉との戦で大領を得た私達は政務に忙殺される事になった。皆が必死で働いているにも関わらず、彼等は相変わらず役目を疎かにしていた。なので、私は彼等に期待する事を止めたのだ。ここで努力してくれれば評価したと思う。でも、彼等は相変わらず小田の一門と言う看板を掲げて、家来筋の命令は聞けないと家臣達に迷惑を掛け続けたのだ。


 私はこの事から一門から養子を取らない事に決めた。そして政貞の子でも久幹の子でも、どちらかを私の世継ぎとして養子に貰おうと考えた。小田家の血の問題は大した問題だとは考えなかった。父上は将軍家の人間だし、私の母上は小田の一門だけど、それならば私が誰よりも信頼する菅谷か真壁から養子を貰い、岡見家の娘から嫁を取れば同じ事だと考えた。


 小田家は律令制度を取っているから、いくら一族が私に不満を持っても兵を挙げる事が出来ない。暗殺さえ防げれば、彼等は何も出来ないのだ。半兵衛の烏帽子親になったけれど、私の権力は私が思っていた以上に強いようで、私に対してはっきりとものを言う譜代の家臣から不満の声が上がらなかったのだ。私が一門を冷遇している事もあり、譜代の家臣からすれば、百地や光秀、愛洲の登用の事例があるから許容出来たのだと思う。


 小田家の行く末は私にも見当は付かない。だけど、菅谷か真壁から養子を貰って継いで貰い、私が亡き後は、菅谷と真壁の二頭政治で国を運営していくと思う。私は次代の人々が、民の暮らしを守る存在であって欲しい。だから血統よりも徳を優先したいけれど、先の事なんか誰にも解らないので、私が最も信頼する菅谷と真壁に未来を託したいと考えたのだ。


 私は出陣を明日に控えた今日この日に、勝貞と政貞、そして久幹を小田城の私の私室に呼び出した。そして私が考えている小田家の今後の舵取りを三人に打ち明けたのだ。三人は大いに驚いていたけど、私に考え直すようにとは言わなかった。皆は私が小田五門を重臣の列から外したから察しない訳には行かなかったのだと思う。それに、誰かが家を継がなければいけないのも理解しているだろうから。


 政貞は真っ先に辞退を申し出て来たけど、厳しい顔をした久幹が、菅谷が継ぐべきであると強い言葉で政貞の説得を始めた。政貞と久幹が言い合いに近い譲り合いを始めたけど、私は黙って見ているだけだった。勝貞も私同様口を挟まなかった。私の考えは勝貞も解っていたのかも知れない。一番長い付き合いだから。


 長い時間が過ぎて、久幹に押されて政貞が折れた。その様子を見て、勝貞は久幹に本当に良いのかと問い質した。久幹は菅谷が私の政治を踏襲するならば何も問題は無いと言い切り、もしも菅谷がそれを忘れるならば、真壁の一族が正すだろうと言った。私は政貞と久幹に感謝の言葉を捧げた。世継ぎは決めない訳には行かないので、二人に押し付ける形になったからだ。菅谷との養子縁組は政貞の嫡男が元服してから行うと取り決めて、世継ぎ問題は解決したのである。


 政貞は男子が生まれるのか心配していたけど、私は政貞の子が生まれる事を歴史の知識で知っているので何も心配無しである。政貞の子が生まれるまであと三年。その時が楽しみだ。よし!先ずは信長にお説教をしに行こうか!


 翌日。小田城に集結した勝貞の第一軍団二千五百を率いて、集結予定地である平井城を目指して出発した。久幹は第二軍団の移動を一族に任せて、私の側に侍っている。私が心配なのだろうと思うけど、久幹も随分過保護になって来たようだ。久幹と轡を並べて一路、金山城に向かった。


 半兵衛は竹中家と行動している。初陣なので重元の側に置いてあげたいと考えたからだ。今回は光秀も従軍するので、軍勢の鉄砲衆の割合が多くなっている。今では千三百を超える鉄砲を所有しているので、防御戦なら武田晴信にも長尾景虎にも負ける気はしない。尤も、四万以上の軍勢を集める事が出来るので、流石の英雄達も、私と義昭殿の領土に攻め込む事は出来ないだろう。


 次郎丸も機嫌良さげに付いて来ている。私は気持ちがスッキリしていた。決める事を決められたからだと思う。そんな私の様子を見て、久幹は少し眉を顰めていた。


 「何やらご機嫌のようで御座いますな?」


 「久幹と政貞のお陰でね。二人に面倒事を押し付ける事が出来たから機嫌も良くなるよ」


 「その様な事をぬけぬけと申される。昨日(さくじつ)は某がどれほど驚いた事か、まさか、あの様な事を企まれていたとは思いませなんだ。ですが、政貞殿に押し付ける事が出来て某は安堵して居ります」


 そう言って久幹はニヤリと笑った。


 「小次郎は久幹のせいで大国の主になり損ねたね?」


 「何を申される。親の立場からすれば、御屋形様に可愛い倅を託すなど恐ろしくて出来ませぬ。一体、どんな人間に育つのやら見当も付きませぬ。それに大国の主とは仮の姿で、御屋形様に背後から操られる事は目に見えて居りますからな」


 私は「バレたか」と小さく舌を出した。久幹は呆れたような顔をしていた。


 「でも、これで安心して(まつりごと)が出来るよ。此度は大仕事が二つもあるからね」


 「気楽な事を申される。某には諸将からの問い合わせが多くて難儀致しました。赤松殿や飯塚殿も同様でありましょう。衆道を禁ずる事に異論は御座いませぬが、外様の家臣共はそうではないようです。まぁ、衆道に夢中になり、世継ぎが生まれぬと言うのはよく聞く話で御座いますし、その意味に於いては良いかと存じます。ですが、諸国がこれを聞けば、さぞや仰天するでしょうな?」


 「衆道も何百年も時が過ぎれば自然と無くなるよ。私達の領地はその先駆けになるだけ。問題ないよ」


 「何百年で御座いますか?気の長い話ではありますが、それはそうと、此度の寺社への仕置き。御屋形様にしては思い切られましたな?言い掛かりも甚だしいと、連中が騒ぐのが見に見えます」


 「医師や薬師の話はしたよね?財源が欲しかったのもあるけれど、寺社の害悪を以前から気にしていたんだよ。当たり前に野盗と手を組んでいる者もいるし、働かないから暇を持て余して悪さばかりするし、勿論、真っ当な僧も大勢いるけど、そういう人達って皆位が低いんだよね?一度掃除をする必要があるんだよ」


 「確かに、今の世の坊主共は腐りきって居ります。これを正すにはやはり大掃除が必要で御座いますか。此度の仕置きは寺社にとっては言い掛かりで御座いますので、御屋形様の御名に傷が付かないか案じて居ります」


 「百地に情報操作を頼んでいるから私は余り心配していないよ。上方の宗久殿、津田殿、了慶殿に噂をばら撒くようにお願いもしている。領民にとっては被害がある訳でもないし、人の半分は女子(おなご)だからやる前から半数の支持があるんだよ。武家だって奥方衆は反対どころか賛同してくれているから困るのは良い暮らしをしている男衆や僧だけ。まぁ、朝廷や幕府に駆け込んで苦情を言う位しか出来ないよ。平将門公のように朝廷から討伐される心配は無いし、上方の幕府は軍勢を持っていないし、古河の公方様も同じかな?善政をやりたい放題だね。それに、衆道を禁じたから小田家を討伐するなんて旗を掲げたら天下の笑い者になると思うよ?」


 「はっはっは、違いない。確かにその様な旗に集っては笑われますな?兵も衆道の為に命を掛けろと申されても戸惑うでありましょうなぁ」


 「これが片付けば、次は座を廃止出来るから、小田家の国力は跳ね上がる。人が大勢やって来るから早い者勝ち。私は楽しみだよ」 


 「真に本日はお元気ですな?お世継ぎの問題が片付いた途端で御座いますから、余程気にされていたようで御座いますな」


 「喉元過ぎれば熱さを忘れると言うけれど本当だね?」


 「御屋形様は気弱なので案じて居りましたが、これで戦に気を入れる事が出来まする」


 「でも、その戦も義昭殿のお手伝いだから、私達の出番は余り無いと思うよ。義昭殿には言えないけど、きっと長野殿に釣り出されると思う」


 「長野殿の口ぶりでは佐竹様との条件交渉が狙いだと思われます。が、あの御仁は喰えませぬ。我等にわざわざ狙いを告げに来られたご様子。佐竹様にも伝わって居りましょう」


 「義昭殿は挑戦からお逃げになる方ではないし、義昭殿の御気性を考えると私は頭が痛いよ。此度は信長殿も来ているから、無様は見せられないって、きっとそう言うと思うよ?」


 「見事に釣り上げれば二万の敵が一万になりますな。しかし、存じて居ながら長野殿の思惑通りに致すのは少々癪で御座いますな?長野殿は如何程の兵を集められるのか、三千が良い所で御座いましょうか?」


 「周りの国人は義昭殿に降ってしまったからね。今の上野は佐竹家と上杉家の領地が混ざったような形だから上杉家も諦めているようだし」


 「さっさと降れば良いものを、名門の誇りがあるので御座いましょうが、何れにしても上杉に抗する力はありませぬ」


 「義昭殿が冷静に私達を当てにしてくれるといいのだけど、義昭殿は若いからね。(おのこ)はいつも夢みたいな事を考えるから始末に負えないよ」


 「御屋形様とて夢の一つくらい見るでしょう。坂東武者の誇りも御座います。ここは佐竹様の御決断に従いましょう」


 「久幹。知らないの?」


 「は?」


 「女子(おなご)は夢を見ないんだよ?」




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[良い点] いわゆる菅谷範政が小田家16代になるのかな?
[一言] やっぱり養子は無難に菅谷かー。 はんべーは無理があったか…(笑)
[良い点] お見事! 前話までは一門との確執の行方どうなるのかと心配してましたけど、竹を割るように一刀両断!痛快でした!
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