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第十七話 上方の職人たち


 田植えも無事終わり六月になった。日課として田んぼを見回る日々が続いている。鯉や鮒の放流も始まり、早朝には魚が跳ねる光景が見られる。私同様に田が気になるのだろう、観察するように眺める村人もちらほらいた。小さく頼りなかった苗も順調に成長し、整然と並んだその様は美しくもあった。苦労した甲斐があったというものだ。そしてもう一つの日課となった果樹園で、私は四郎と又五郎と共に葡萄の棚を設置中である。百地が持ち込んだ果樹は私の心配とは裏腹に、しっかりとその根を大地に張ったようだ。果物の中でも葡萄と梨は棚が必要だ。なので暇そうな二人を連れて、連日棚を作っている状態である。栽培の成功を確信した私は百地に葡萄、梨、蜜柑の苗の追加入手を依頼した。現代と違って原野や丘が沢山存在している戦国時代である。植える所はいくらでもあるのだ。そして果物はいくらあっても困らないのである。葡萄は思っていたよりも新芽の成長が早かった。棚を作らないと良い実りが得られなくなる。だから焦って作っている状態である。どうにも要領が悪い二人を煽りながら作業をしていると、政貞が歩いて来るのが見えた。


 「若殿、ここに()りましたか」


 棚に登っている私を見上げながら政貞が呼び掛けた。


 「毎日ここにいるよ、暇なら手伝ってくれてもいいんだよ?」


 「某は政務もあるので忙しいのです。それにしても随分と伸びましたな」


 青々とした葡萄の枝を眩しそうに見ている。政務が忙しいとはとても思えないけど。現代とは違って大した書類など無いのだ。


 「何か用でもあるの?私は見ての通り忙しいのだけど?」


 「そうで御座いました、今井宗久殿の元より職人が参っております」


 「それは大変、もう城に来ているの?」


 「来ております。今は部屋に通し待たせてありますので、若殿をお呼びに参ったのです」


 「分かりました、すぐ行くね」


 そう言って私は棚から飛び降り、両腕を開いて華麗に着地を決めた。私のチートは腕力だけではなく、身体能力全てがブーストされている状態である。抜根作業でバレているので、今は気にせず使っているのだ。農作業に便利だし。


 「若殿、来客なら作業は中断ですね?」


 とても嬉しそうな顔で四郎がそう言うと、又五郎も同意するように頷く。私は葡萄の木を指し示しながら答える。


 「そんな訳ないでしょう?今日はここまで終わらせて。いい?終わるまで帰っちゃダメだからね!」


 二人は「そんなぁ」と肩を落とした。相変わらずのやる気の無さである。

 基本的に武士は暇だ。戦が無ければ人によっては農作業をしたり、弓や剣や槍の鍛錬をしている。季節が来れば年貢が取れるので、戦さえ無ければ気楽なものである。そしてこの二人も同様である。


 「私だって休ませてあげたいよ?でもお前達と葡萄を天秤に掛けてみたら、葡萄の方が遥かに重かったんだよ。頑張って葡萄より重くなってくれるのを期待しているよ。あと、手を抜いたら許さないのでそのつもりで」


 私はそう言うと政貞と共に城へと歩き出した。


 「鬼ですな」


 「これは葡萄の為だから仕方ないのです」


 城に戻った私は急いで着替えて、職人達の待つ部屋に向かった。久幹、百地、桔梗も待っていたようだ。部屋に入って来た私を見て職人達が平伏する。傍らに箱を置いてる人もいる。


 「堅い挨拶は無用です。顔を上げて下さい」


 職人達が顔を上げ居住まいを正すのを見届けると、私は話し掛けた。


 「宗久殿から聞いていると思うのだけど、私が小田氏治です。このような田舎で申し訳ないのだけど、貴方達には小田領発展のために、力を貸してほしいと考えています」


 「手前、鉄砲鍛冶師の甚平と申します。手前共も納得して参っておりますのでお気遣いは無用で御座います。皆、御挨拶しなさい」


 さすが上方の職人は一味違った。上品と言うか躾が行き届いているのだろう。私もフランクな話し方はそろそろ変えないといけないかも知れない。


 「鋳物師の平八と申します」


 「塗師の喜平と申します」


 「木地師の助六と申します」


 「細工師の又兵衛と申します」


 「硝子師の八兵衛と申します」


 硝子師?確かにガラスの生産は弥生時代からあるけど中世では消息不明だった筈。何が作れるんだろう?グラスが作れるなら宗久殿が手放す訳がないし。


 「皆よく参ってくれました。心から礼を言います」


 「勿体ないお言葉で御座います。小田様が落胆せぬよう精進して参ります」


 「私には遠慮は無用ですよ。では仕事の話をしましょうか。まず甚平、鉄砲は完成まで作れますか?」


 「はい、今井では仕事を任されておりました内の一人で御座います。ご期待に沿えるかと存じます」


 「分かりました。では甚平、私の要望があるのだけど聞いてくれますか?」


 「はっ、何なりとお申し付け下さい」


 「私が宗久殿から頂いた鉄砲が十丁あるのだけど、これから作る鉄砲はそれに合わせて欲しいのです。理由は鉄砲の筒がバラバラだと、それに合わせて玉を作らないといけないでしょ?それを防ぐ為に、私が持つ鉄砲の筒と同じにして欲しいのです」


 「成る程。堺の鉄砲と雑賀の鉄砲では筒の穴の大きさが違います。承知致しました」


 雑賀で作ってるのか!思わぬ情報ゲットである。


 「お願いしますね、それと人は足りているのですか?」


 「三人連れて来ております。鉄砲は作れませんが農具などは作れる者達です。ご安心頂けますよう」


 「分かりました、では不便が出たら申し出て下さい。なるべく叶うように取り計らいます」


 「そうそう、鉄砲は年にどの位作れるのでしょうか?」


 「そうで御座いますな、鍛冶場が立ち上がれば年に八、いや七は作れます」


 ふむ、三年で二十一丁、合計三十一丁、足りないね、仕方ない。


 「分かりました。甚平、年に五十丁作れるようになりましょう」


 「五十丁で御座いますか!」


 わかる!わかるよ!わかるけど七丁じゃ足りないんだよ。


 「はい、策はありますから心配いりませんよ。その為に人を追加するので面倒見てあげて下さいね」


 「策……。で御座いますか?」


 「その通りです。まずは生活を落ち着けて下さい。鍛冶場は三つ作りましたが甚平の目に適うか判らないので、明日にでも見に行って下さい。政貞」


 「はっ」


 「明日、甚平を案内しなさい。不便があるようなら直ぐに作り直すように」


 「承知致しました」


 「百地」


 「はっ」


 「甚平とまでは言わないけれど、腕の良い鍛冶師を二人探してきて下さい。なるべく急いでね」


 「はっ、承りまして御座います」


 甚平さんは良さそうな人だね、今は呆然としてるけど。これからキリキリ働いてもらいますよ!


 「平八でしたね、鋳物師だとか?」


 「その通りで御座います」


 「平八にはこれを作ってもらいます」


 私は懐から鉄砲から外した部品を取り出した。鉄砲の尾栓のねじである。


 「桔梗、これを平八に見せてあげて下さい」


 桔梗は私からねじを受け取ると平八の前に置いた。


 「小田様、これは?」


 「甚平なら解ると思いますけど」


 「はい、鉄砲の尾栓のねじで御座いますが……。ん?、なるほど!」


 首を傾げる平八とは対照的に甚平は気付いたようだ。優秀である。


 「その尾栓のねじを鋳型で作って欲しいのです。出来ますか?」


 「はっ、出来ます。お任せ頂けますよう」


 「では、頼みます。まずは五十本お願いね。それが出来たら、領内に不足している物を作って貰いますね」


 「畏まりました」


 「甚平、これなら出来そうですか?」


 「はっ、尾栓のねじを作らなくて済むなら大分手間が省けます。ですが五十には届かないかと?」


 「今年は出来なくても構いませんよ。職人を集めて教える事に力を尽くしましょう。全てを甚平が作るのではなく、皆で手分けして作るようにすれば良いのです」


 私の言葉に甚平が瞠目した。彼は気付いたようだ。史実では今井が分業による大量生産に成功しているのだ。もしかしたら史実では彼が気付いた可能性だってある。


 「刀を作るには鍛冶師が刀身を、鍔や鞘は別の職人が作っているのだから、それと同じようにすれば良いのです」


 「小田様。今井様から伺ってはおりましたが、これ程とは思いませなんだ。この甚平、必ずや鉄砲を五十丁作って見せて御覧に入れます!」


 そう言って彼は平伏した。一番良い鉄砲鍛冶師が来たかも!私は甚平が気に入ったよ!


 「甚平ならそう言ってくれると思っていましたよ。しっかりと励んで下さい」


 「桔梗」


 「はい」


 「聞いての通りです。甚平が鉄砲を揃えるまでに人を集めて下さいね」


 「御役目、必ず果たします」


 鉄砲衆の村は今では三十四人に増えている。鉄砲の増産が成功したら百丁なんてすぐである。村も拡張しよう。


 「次は喜平でしたね、塗師であるとか?」


 「左様で御座います。手前、ここに居ります木地師の助六と組んで漆塗りの椀や盆などを作っておりました」


 「手前が椀を作り、喜平が塗りをするので御座います」


 ふむ、二人セットなのね。


 「小田様、こちらをお検めくださいますよう」


 そう言って彼は私の傍らに箱を捧げ置いた。私は紐を解き箱を開けた。そこには緑色の漆塗で塗られた椀がひと揃え入っていた。そういえば何かで読んだ事がある。職人は自分の傑作を隠し持っているとか。この場合自分の実力を見て欲しいって事なのかな?それにしても何て綺麗なんだろう。私はしげしげと椀を眺めた。うーん、私の好みだし欲しいな。でも今は他にお金を回さないとだし。


 「久幹、こちらへ」


 「はっ」


 私は久幹に椀を手渡した。


 「私はとても素晴らしいと思うのだけど久幹はどうですか?」


 「椀で御座いますか」


 あっ、その顔でもうわかったよ。久幹は堪能するかのように色んな角度から眺めると口を開いた。


 「これは見事、このような美しい物を作るとは、職人の技とは凄いものですなぁ。いやぁ、見事、見事」


 三回も見事って言ってるよ。聞いた私が馬鹿だったよ。ちゃんと返すんだよ!


 「喜平、助六、聞いての通りです。宗久殿は素晴らしい職人を送ってくれたようですね」


 「お目に適いました事、恐悦至極に存じます」


 そう言って二人は平伏した。


 「久幹、返して差し上げなさい。気に入ったのなら買って差し上げればいいでしょ?喜平、助六、このような素晴らしい品ははした金で手放してはいけませんよ。存分に値を吊り上げなさい」


 久幹は恨めしそうに私を見て椀を箱に戻した。絶対値切る気だったんだ。


 「喜平、助六の腕は解りました。この様な良い物も作って貰いますが、高価なので買える者も限られますよね?ですから少し生活に余裕がある者でも買える、安く出来る漆器を考えて欲しいのです。そうですね、武家なら多少の無理をすれば買える程度でも構いません」


 「左様で御座いますか。良い物をと命じられた事は御座いますが、安い物とは初めてで御座います」


 「多くの人の手に渡るようにしたいのです。結果は問いませんから、やれる範囲でいいですよ」

 

 「畏まりました、塗りの回数などで思案してみます」


 「さて、細工師の又兵衛でしたね」


 「はい。手前は何でも直しますし、ご要望があれば出来る限り作ります」


 なんでも屋さん?なんか私が思ってたのと違う。でも待てよ?確か蒸気船を作ったのも細工師だった筈。思い出した!嘉蔵さんだ。藩士に無理やり連れていかれたエピソードが面白かったんだ。


 「では、私が考えた農具を作って貰いましょう。落ち着いたら説明に行きますから、それまではゆっくりしていていいですよ」

 

 「畏まりました」


 ふう、疲れて来たよ。あと一人かぁ、何が出て来るんだろう?


 「最後は硝子師の八兵衛でしたね」


 「はっ、手前は硝子師を名乗っておりますが、まだまだ半人前で御座います」


 「半人前ですか?」


 どういう事だろう?ここまでの職人を見ると皆一流に見えたのだけど宗久がわざわざ半人前を送って来る?


 「はい、手前の家は代々硝子を扱ってきたので御座いますが、四代前に技を失伝致しました。それを嘆いた先祖は何とか技を取り返そうと努めて参りましたが、手前の代になっても未だ至っておりません」


 成る程、確かに需要が無ければ稼業は廃れるよね。歴史の記録からも消えている事を考えても辻褄は合う。だけど絶滅してないなら他にもいる筈なんだけど。


 「八兵衛、他の職人に教えを乞う事は出来なかったのですか?」


 「それがいないので御座います。手前共の拙い技が僅かに残るのみで御座います」


 彼は悔しそうに顔を歪めた。私は彼に質問した。


 「こちらへ参ったのはどのような経緯だったのですか?」


 「今井様が職人を集めていると聞き及び、駄目で元々とお願いに上がりました。技を磨くにも銭が要ります。今井様の恩情にすがるつもりでおりましたが、今井様は小田様の元へ行ってみよと申されまして……。こうしてノコノコ参った次第で御座います」


 ふむ、日本で硝子の製造が始まったのは江戸時代だっけ?でも大昔からあるってことは材料はある筈だよね?何がダメなのか知らないけど、材料はあるけど技が無い。その技を私にどうにかしろって事?ハードルが高すぎるんだけど?私は歴オタであって職人じゃないんだけど?


 「事情は判りましたけど、私にどうこう出来るとも思えませんね。硝子で何を作っているのですか?」


 私がそう言うと八兵衛は傍らに置いた箱を差し出した。私は紐を解き箱の蓋を開ける。うん、確かに硝子だ。だけど何?この形?取り出して眺めてみる。薄い青色で透明度は高い。だけど何だろう?器みたいだけど酷く歪んでボコボコだ。そして重い。なんか子供が粘土で作った正体不明の何かみたい。八兵衛さん、なんか恥ずかしそうで可哀そう。一応聞いてみよう。


 「八兵衛、これは何でしょうか?」


 「それは器を作ったつもりで御座います」


 そう言うと八兵衛は俯いた。うーん、私も動画で見た事があるくらいなんだけど鉄のストローで息を吹き込んで膨らませる筈。確か吹き竿だったかな?でもこんな形にはならない筈なんだけど。


 「えーと、八兵衛?これは硝子を溶かして作ったのですよね?」


 「左様で御座います」


 「溶かした硝子をどうしたのですか?」


 「鉄の槌で形を整えたので御座いますが、この有様で御座います」


 なるほど!なら吹き竿を使えばなんとかなる?透明度は凄いんだよね。あっ、硝子があればあれが作れるかも?


 「八兵衛、この硝子は他の色も付けられるのですか?」


 「付けられます、紅や青や黄などで御座います」


 これは買いだね。お金を注ぎ込んで技を磨いてもらおう!


 「私は気に入りました。八兵衛、必要な銭は私が出します。遠慮なく技を磨いて下さい」


 それを聞いた八兵衛はがばっと頭を起こし、そして平伏した。


 「小田様のご温情を無駄にしないよう努力いたします。真に有難う御座います」


 「八兵衛、気にすることはありません。政貞、硝子を溶かすのに炉が要る筈です。八兵衛と検討して急いで作って下さい」


 「それはよう御座いますが、本当に宜しいのですか?」


 「問題ありません。八兵衛、整ったら私を呼んで下さい。見てみたいので」


 「畏まりまして御座います」


 たぶん、何とかなると思う。やるだけやってみよう!



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