第百六十七話 千客万来3
長野業正や上杉家の国人が去った後、私達は歓談していた。今まで佐竹家に国人が一人も降らなかった理由も解ったし、義昭殿の元へ向かった人達も全員ではないだろうけど仕官が叶う人も出るだろうから、その人達を使者に加えて降伏勧告を行えば、上杉家の残りの国人も降せる可能性が大きくなるのだ。
戦はなるべく回避したいし、大物である長野業正との戦もある。何か策を考えないといけないけど、城攻めって難しいんだよね?今回の戦の軍配は久幹に預けるつもりである。多分、また軍配で肩をトントンすると思う。政貞はお留守番で物資の管理と手配に回って貰うつもりだ。
軍団長が増えたので、軍事は軍団長に任せて戦では経験値を稼いで貰う。なので、政貞は小田家の蕭何として後方を担当して貰うのである。政貞は不満そうだったけど、国が大きくなったのだからと説得したのである。
光秀には鉄砲衆を組織して貰ったので、戦には連れて行く予定だ。小田家に仕官してから初めての戦なので、光秀の気合の入れようが凄い。あの様子だと、きっと煕子殿が心配しているに違いない。でも、リアルで水色桔梗の旗印が見られるかもしれない。楽しみである。
上野攻めでは小田家の軍勢は佐竹家の方針に従う事になる。恐らくは包囲だけが要求されると思われる。戦国時代の一般的な戦だと、国主が国人を招集して軍勢が形成される。そして先陣に選ばれるのは敵の国境に近い国人になるのだ。国主からすれば国境にいる国人を守ってあげるのだから、戦で一番恩恵を受ける国境に近い国人が危険な先陣をするのが当然という考え方である。
現代人である私達は、先陣を皆が競い合って求めているイメージがあるけど、実際はとてもドライで、誰もが自分の軍勢は傷つけたくないから先陣は敬遠されるのだ。今川義元が三河衆を先陣として扱き使ったイメージを持っている人が現代では多いと思うけど、実際は三河を守る為に今川義元が軍勢を繰り出すのだから、守って貰う三河衆が先陣を受け持つのは当然の事なのだ。今川義元の出兵回数に比例して三河衆は本来は感謝すべきなのである。これらを鑑みると、今川義元が国人に気を遣っている事が伺える。打算も当然あるだろうけど、大国の主としての責務を十分に果たしていると言える。軍勢を繰り出すという事は、軍資金と兵糧を大量に消費するのでおいそれと出来る事ではないのである。
現代に伝わる徳川実紀は江戸時代に編纂された徳川家の歴史を記した書物だけど、当然、勝者である徳川家の歴史を美談として作り変えている。その中に今川義元が三河衆を迫害した様な記述があり、それが現代で小説や時代劇に取り入れられたから、それを読んだり、観たりした私達は三河衆は可哀想、松平元康は可哀想となる訳である。
小田家と佐竹家は律令制度を取り入れているから、軍勢や軍費は私と義昭殿が全て出す事になる。小田家と佐竹家の家臣は自分の家来衆だけを連れて来て、割り振られた軍勢を管理して戦をするのだ。言い方は悪いかも知れないけど、家臣達は与えられた軍勢を使って戦をするので、雑兵が討たれてもあまり気にしないで戦をする事が出来るのである。だからよそとは違って先陣を求める人が多いのだ。
小田家では与えられる雑兵にもランクがあって、私の本拠地である小田邑の雑兵が一番人気である。民百姓に至るまで譜代である彼等は誰よりも忠誠心があるし、小田家の為に勇敢に戦うので雑兵でも兵の質がまるで違うからだ。なので、無茶をする久幹には小田邑の雑兵は渡せないのである。戦の時に小田邑の雑兵が居る所を見回ったりすると、顔馴染みの人達によく会うのだけど、何故自分達を使わないのかとクレームが入る事がある。そんな事を言われると益々使い難くなって、結局温存してしまうのだ。今では軍団が四つになったので、今回からは各軍団にお任せになるけど、あまり無茶な戦はして欲しくないものだ。
今回の戦では佐竹家の為に小田家が軍勢を出すので、佐竹家が戦の前面に出ると義昭殿から申し入れがあった。なので、光秀が気合を入れているけど、空回りする予感もする。でも、今回の相手は名将である長野業正と剣聖上泉信綱である。私達の出番は十分考えられるし、長期戦にもなるだろう。
私は今度の戦の話を始めた皆の話を聞いていた。飯塚からは丁度良いから軍勢の割り振りをしてしまおうと提案があり、皆はそれを了承したのだ。今回の戦は各軍団から軍勢を集めるから、四人で二千五百ずつ集める事になる。問題となるのは軍勢を任せる部隊長クラスの選出になる。そうして話が始まったけど、家来から来客を告げられたのだ。
「御屋形様。美濃斎藤家の竹中重治殿が御屋形様に御目通りを求めて参られましたのですが……」
「―――えっ!」
思いも寄らない人物の名前を聞いて私は文字通り固まった。竹中半兵衛を知らない歴オタはいない。それどころか、少し歴史を齧っていたら誰もが知っている有名人だ。戦国時代最強の軍師とも呼ばれるし、その人気は現代でも絶大である。歴オタからすれば神と言っていい存在に等しい。その竹中半兵衛が私を訪ねて来たのだ。驚かない方がおかしい。
「御屋形様、どうなされたので御座いますか?」
飯塚にそう問われて私は我に返った。皆が不思議そうに私を見ている。私は心を落ち着かせると、努めて冷静を装った。初対面の人間を知っているとか思われたら面倒しか起こらない。
「美濃と言えば光秀の故郷だね、光秀の紹介で仕官を求めに来たのかな?」
「明智様の御紹介とは聞いて居りませぬ。その……、御屋形様。小さな女子が竹中重治と名乗って居るのです。お通しして良いものか判りませぬので、先ずはお伝え致した次第で御座います」
「女子?」
「左様で御座います。お付きの方も居られるので、何処かの姫君かと思うたので御座いますが、御屋形様のように、男の御召し物を付けて居られます。如何致しましょうか?」
竹中半兵衛はその容貌、婦人の如しと現代に伝わっているけど……。あっ、よくよく考えたら今は一五五四年だから半兵衛は十歳くらいか?男女の性差が少ない幼少なら女の子に見える男の子は幾らでも居るし、納得出来る。でも幾ら天才竹中半兵衛でも十歳で仕官に来る事が出来るのだろうか?美濃の竹中家が小田家の事を知って送り込んで来た?今の当主は竹中重元だよね?仕官を求めに来るなら当主が来るのが当たり前というか、斎藤家から鞍替えするのだから子供に交渉を任せるとは思えない。どういう事だろう?
「童の悪戯ではないのか?」
久幹がそう言うと、政貞が続けるように言う。
「御屋形様ではあるまいし、童一人で仕官などは考えられませぬな?しかし、身なりが男とは御屋形様の真似を致しているのであろうか?何れにせよ感心出来ぬ。お付きの者も居ると申したな?」
何だよ政貞!さり気なくディスるのは止めて欲しい。
「左様で御座います。お付きの者が居ります」
「いいよ、ここに連れて来て。事情があるかもしれないし、遥々美濃から来たのだから邪険には出来ないよ。光秀の知り合いかもしれないしね」
細かい事情は判らないけど、皆に任せたら追い返されそうだし、本当に竹中半兵衛だったら十歳だとしても私が欲しい。兎も角、話を聞かないといけない。
私達はそれぞれの席に戻り、竹中半兵衛を待つ事にした。暫くすると家来に連れられて彼等はやって来た。先頭に男装の女の子が居て、その後ろに四名の家来が続いている。先頭の子が竹中半兵衛なのだろうけど、どう見ても女の子にしか見えない。幼少の頃の私より可愛いとか、ちょっと気に入らない。
百地が足早に私の所にやって来て耳元で囁いた言葉に驚いた。
「姫君の後ろに居る者は忍びだと思われます。御屋形様に危害を加えるやも知れませぬので、某は御屋形様のお側に侍りまする」
そう言うと、百地は私の斜め後ろに腰を下ろした。その様子を見て皆も察した様で、弛緩していた身体に緊張が走ったのが見て取れた。そしてそれぞれがさり気なく床に置いた太刀を引き寄せた。そんな皆を尻目に竹中半兵衛は私に挨拶をした。
「美濃竹中家嫡男、竹中半兵衛重治で御座います。突然の来訪にも関わらず、小田様に御拝謁賜りました事、この竹中半兵衛重治、望外の喜びで御座います」
そう言って竹中半兵衛は顔を上げた。そして私と目が合う。とても自然で立派な挨拶だし、物凄く滑舌がいい。そしてあの眼。子供の眼ではなく、知性と自我がはっきり見て取れる眼をしていた。人の心は眼に現れると言うけど、これだけで竹中半兵衛が異質な存在だと理解出来た。
皆が厳しい眼で竹中半兵衛とお付きの者達を注視していた。そして少し険しい表情の政貞が口を開く。
「竹中殿と申されましたな?美濃から遥々参られたとか?如何なる御用で参られたのか?」
さっきまでの緩んだ空気は何処へやら、皆は忍びの恐ろしさを良く知っているからね、百地のせいで。政貞にそう問われた竹中半兵衛は政貞に顔を向けた。
「この半兵衛は、小田氏治様にお仕え致すべく、美濃より参りました。小田様の御噂を耳にし、為さった政を知り、それを確かめ、真の名君であると確信したのです。小田様の元には明智光秀殿がお仕えしているのでお耳に入っているとは存じますが、斎藤利政は六角家、朝倉家と強大な敵が居るにも関わらず、旧来の政に終始し、取り巻き共に囲まれて日々を過ごして居ります。この半兵衛の主としては頼りなく思い、意を決して小田氏治様にお仕えしようとやって参りました」
可愛らしい声でスラスラと話す竹中半兵衛の様子を見て皆が瞠目した。そして私に顔を向け、私を一度見てから竹中半兵衛は平伏した。
「小田様。非才の身では御座いますが、この半兵衛がお仕え致す事をお許し下さい。食べてゆけるだけの禄でも構いませぬ。どのようなお役目でも致します。この半兵衛は、小田様にお仕え致したいのです」
何だか凄い感激である。私如きにあの竹中半兵衛が仕えたいと言うのだ。まだ幼少のようだけど、彼が非凡な事は明らかだし、何より彼の才能は歴史が証明している。皆が反対したら困るからこのままOKしてしまおうと口を開こうとしたら、百地が竹中半兵衛に問い掛けた。
「竹中殿。真に失礼ながら某の質問にお答え下さい。後ろに居られる御仁は忍びであるとお見受け致します。大国の国主たる我が主の御側に、何故連れて参られたので御座いましょうか?我が主を弑さんと企まれているとは思いませぬが、礼儀に適った為さり様とも思えませぬ」
百地の言う事は尤もだ、確かに忍びを連れて歩く武士は居ない。疑われても仕方がないと思うけど、どうして忍びを連れているのだろう?
「これは大変失礼致しました。貴殿が百地殿で御座いますね?御高名はこの耳にも届いて居ります。この者達は半兵衛の家臣で御座います。武士の身分も与えて居ります。小田様が百地丹波殿を重臣として抱えられている事は存じて居りましたので、この半兵衛が連れても咎めは受けぬと考えて居りました。ですが、百地殿が申された事は道理で御座います。直ちに控えさせますのでお許し下さい」
「百地、竹中殿の御家来を追い出したら私も百地を追い出さないといけなくなるね?」
私がそう言うと百地は優しい顔をして答えた。
「左様で御座いますな。竹中殿、この百地の無礼をお許し下さい」
「何の。この半兵衛こそ百地殿に御迷惑をお掛け致しました。どうぞお気になさらないよう」
半兵衛がそう言うと、久幹が感心したように言う。
「驚きましたな。この世で御屋形様の他に忍びを家臣と致しているお方が居ようとは。竹中殿、我等の御屋形様はご幼少のみぎり、確か十二で御座いましたな?この真壁を供と致し、伊賀の里に赴き百地殿を家臣とされたのです。竹中殿は如何なお考えで忍びを家臣とされたのですか?」
「孫子の教えに従ったまでで御座います。戦を致すにしても、間諜を使えば敵方の様子が知れます。ですが、ただ闇雲に間諜を使うのではなく、知恵ある者を使います。知恵無き間諜を使っても物の役には立たぬからです。敵の様子を知り、己と比すれば、負ける戦をしなくて済みます。この者は青猿甚太と申すのですが、知恵ある忍びで御座います。この半兵衛は青猿に命じ、諸国の様子を探らせて居りました。御家を守る為には、敵を知らねばなりませぬ。間諜を使うにしても、銭を惜しんではいけないと孫子にも記されて居ります。なので、この半兵衛は忍びである青猿に武士の身分を与えたので御座います」
半兵衛がそう答えると、皆は感心して息を漏らした。何というか凄い。私は現代の常識でスパイの有用性を理解しているけど、半兵衛は孫子を読んで自分でそう解釈したのだ。多分、半兵衛が読んでいるのは漢文の孫子だと思われる。私や政貞や久幹、光秀などは漢文が読めるけど、他の人達は読めないから私が注釈した孫子が重宝されている。半兵衛はこの歳で凄い博学である。
「これは驚きましたな。近頃では佐竹様が忍びを家臣と致しましたが、それらは御屋形様を模倣しての事。竹中殿はご自分の頭で考えられて忍びを家臣として迎えられて居ります。この真壁は感服致しました」
久幹がそう言うと、皆は口々に半兵衛を褒め称えた。緊張していた場の空気も和らいだので、私は気になっていた事を半兵衛に質問した。
「竹中殿?仕官の申し出は解りましたが、竹中殿は御父上の名代として参られたのでしょうか?」
「小田様。この半兵衛は父には領地を捨て、小田様に被官なさるようにと説いたので御座いますが、父は土地を手放す訳には行かぬと頷かれませんでした。ですが、この半兵衛はどうしても小田様にお仕え致したいので、仕方なしに家を割り、一人で小田様にお仕え致すと父に申し上げたのです。父は半兵衛が小田様に仕官を願っても相手にされぬと申されました。ですが、仕官を願う事を試す事はお許しになったのです。仕官を願うのはこの半兵衛のみで御座います」
まさかの家出である。父君に領地を捨てろ?ていうか家を割った?ショッキング過ぎて頭が付いて行かない。皆も私同様に困惑しているようだけど、半兵衛が本物である事は理解出来た。半兵衛を家臣にしてから、父君である竹中重元を口説けばいいから、兎も角、この超優良物件を私のものにしてしまおう!
「竹中殿の事情は承知しました。政貞?竹中殿は立派な御仁だと思うけど?」
「左様で御座いますな。この様に賢きお子は知りませぬ。まるでご幼少の頃の御屋形様のようで御座います」
「では、皆もいいかな?」
私が皆にそう聞くと、皆は笑顔で了承したのだ。
「政貞。一応、面接してみようか?私がするけどいいよね?」
「御止め下さい!」
「御止め下さい!」
「御止め下さい!」
「御止め下さい!」
「御止め下さい!」
「御止め下さい!」
皆が一斉に言ったので、半兵衛達がビックリしている。ていうか、何で駄目なんだよ!私は半兵衛と余り話していないのだから話したいのに!
「どうして駄目なの!いつも面接しているでしょ?」
私がそう問うと久幹が私を軽く睨んだ。
「御屋形様の『面接』はいけませぬ。先日も『面接』を為さいましたが、確か山、山、あの御仁は何と申されたか……」
「真壁殿。尾張織田様に被官されたが、後に罷免されて当家に仕官を求められ、御屋形様の『面接』を受けられた山口殿で御座いましょうか?」
「そうであった。山口殿でありましたな。赤松殿、忝い。可哀想なお方であるにも関わらず、御屋形様が『面接』を致し、根掘り葉掘り話を聞いた挙句、刃の如き言葉を延々と浴びせられ、終には『生まれて来て申し訳御座いませぬ』と泣き崩れ、更に仕官を断った様子を見て居りましたが、余りにも哀れで御座いました」
「左様で御座います。この飯塚もその場に居りましたが、真に哀れで御座いました。他の方々でも御屋形様の『面接』で泣いてしまった者もいるのですよ?此度はお控え下され」
「何を言っているの?あの程度の面接で泣いてしまうのがおかしいんだよ?私、あの面接は本気ではないから……」
「ならば、より質が悪う御座います。竹中殿にあのような『面接』を致す訳には参りませぬ。此度の『面接』は我等が致しまする。御屋形様はそのままにご覧下されば宜しい。よう御座いますな?」
政貞にそう言われて私は面接からハブられた。皆はたった一枚しかない新卒カードの重みが解ってない。一度でもドローすればもう二度と手に入らない貴重なカードなのだ。政貞達は楽しそうに半兵衛と話をしていたけど、ああいうのは面接とは言わない。久幹に言われて思い出したけど、山口教継は今頃何をしているのだろうか?
コメントを見ていると、竹中半兵衛はやはり人気のようです。プレッシャーが凄いのですが、半兵衛の次のエピソードは第百七十話になります。天才の子供を書くのはとても難しいです。エピソードを書き終えて、筆者自身が唸っている有様です。半兵衛らしいと言えばらしいキャラにしましたが、半兵衛ファンの方々から叱られる気もしています。
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