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第百五十一話 帰蝶の国造り その4


 帰蝶は鷹丸から届いた文を広げて読み始めた。文字を読み進む毎に笑顔になっていった。鷹丸からは三人の忍びが帰蝶を訪ねると記していた。連絡は熱田の小田屋で行うとあり、忍びが到着したら文で知らせるという。帰蝶は文を持って来た家来に客人は中島城を訪ねて欲しいとの伝言を熱田の小田屋に伝えるように命じた。帰蝶が喜ぶ様子を見て、道雪は何事であろうかと興味が湧いた。


 「姫様、随分とお喜びのご様子で御座いますが、何ぞ吉報でも御座いましたか?」


 帰蝶は文を畳んで懐に仕舞ってから道雪を見上げて口を開いた。


 「帰蝶が求めていた忍びが参るのです。鷹丸が首尾よく致してくれたようですね」


 それを聞いて道雪は目を丸くした。何故忍びを雇うのか見当が付かなかったし、帰蝶が忍びを雇う伝手を持っている事も不思議だった。


 「―――忍びで御座いますか?忍びなど雇って如何されるので御座いますか?」


 「帰蝶は忍びを家臣に致すのです。氏治様も忍びの百地殿を重臣にしているのです。信長様も忍びを求めたいと申していました。忍びには家臣とする価値があるのです」


 そう言って帰蝶は道雪に忍びの使い道の説明をした。『情報』や『情報操作』などの概念を教え、その考えを基本として忍びに役割を与えて活用する事などである。ただ、帰蝶自身が欲しかっただけという事は秘密にした。帰蝶は氏治と桔梗の様子を見て羨ましく思っていたのである。


 帰蝶は氏治の在り方に憧れていた。自身と大して歳も変わらないのに自分の国を持ち、大勢の家臣を抱え、(まつりごと)をし、そして戦もする。この時代の良家の娘は(まつりごと)の道具である。財産や権利はある程度保証されるものの、生き方を選ぶことは出来ない。賢い帰蝶はそれを深く理解していた。その帰蝶の眼の前に現れた氏治は輝いて見えた。『自分もああなりたい』と心から思った。そして氏治に連れられてやって来た手塚雪や百地桔梗にも憧れたのである。女子でも出来るのならばと鉄砲衆を率いて戦に参加しようと考えたのだ。


 帰蝶から説明を受けた道雪はまたしても何度も質問する事になった。この時代には無い言葉である。簡単に理解する事が出来ないのは仕方の無い事であろう。帰蝶は再度、道雪に説明する事になった。


 道雪は懐から手拭いを取り出して額の汗を拭いた。十一月となり寒さが増して来たにも関わらず知恵熱が出たようである。道雪は『情報』や『情報操作』は理解したが、この小さな領地では必要無いのではないかと考えた。だが、嬉しそうにしている帰蝶を見て黙っている事にした。そして思ったのが、他の家臣を斎藤家に返して良かったという事である。忍びや乱破を家臣にするなどと言えば反発されるのは目に見えていると思えた。自身の遠山衆ならば抑えも効くだろうと考えたのである。


 「どのような者が参るのか楽しみです。道雪?忍びだからと言って無碍な扱いをしてはなりませぬよ?民百姓もそうです。信長様が申して居りましたが、今後は信秀様は仁君として振舞われるそうです。ならば、帰蝶もそうあらねばなりません。それに帰蝶は氏治様の政と同じように致したいのです。民は大切にしなければなりません」


 つい先日までは民などはどうでも良いと考えていた人物の言葉とは思えない発言である。だが、帰蝶は自領に律令を導入するにあたって氏治のやり方を模倣する事にしたのである。そんな事情を知らない道雪は盛大に誤解した。氏治の話は道雪の耳にも入っていた。生来、気持ちの優しい道雪は氏治の行いを耳にして、いたく感心し、尊敬の念を持っていた。それを帰蝶がすると言うのである。


 「―――姫様、氏治様の話はこの道雪の耳にも入っております。立派な御仁だと思うて居りました。姫様が氏治様に倣うと言うのは良き事だと存じます」


 「氏治様の御指南に従い、蔵の調べももう終わりますから、その後は綿作の畑を作らねばなりませんね。忍びが参れば全ての準備が整います」


 「確か、冬に人足仕事を民に与え、田畑を広げるので御座いましたな?」


 「そうです。民に人足仕事を与えれば民は駄賃を手に入れ、豊かになると氏治様は申していますね。そして冬の間に田畑が増え、次の年には収穫が増えますから年貢も増える。確かに理に適っています」


 帰蝶と道雪は人足の手配について話し合った。拡張する畑の広さが判らないので、その判断は尾張見物に出掛けている権と三平の意見を聞いて決めようという話になった。そして帰蝶は清洲城に戻り、忍びと権、三平を待つ事にした。


 二日が経つと清洲城にいる帰蝶の元に報せがあり、忍びが到着し、権、三平も戻ったと伝えて来た。この二日間はやる事も無く、帰蝶は退屈していた。外で活動する事を覚えた帰蝶は、城に籠もっているのが更に嫌になったのである。帰蝶は馬を整えさせ、中島城に向けて馬を駆った。その後ろ姿を眺めている人物がいた。帰蝶の夫である織田信長である。


 信長は帰蝶が領地替えになった中島郡に足を運んでいると近習から耳にしたのだ。話を聞くと、どうやら領地の統治をしているらしい事が判った。氏治の旗下である手塚雪や百地桔梗を模倣して鉄砲衆を作りたいとせがまれた信長は、帰蝶は鉄砲衆を諦め、領地の運営を始めたのだろうと思ったのだ。


 中島郡に領地替えしたのは、帰蝶の領地が豊かな津島の一部にあり、そこを信長が直接統治して津島を育てたかったからである。帰蝶の実入りが変わらなければ問題無かろうと中島郡に領地を移したのだ。中島郡は川に囲まれた孤立した土地であり、美濃にも近い。仮に斎藤家と争う事になっても、斎藤家の姫君である帰蝶の領地には手が出せないだろうという腹積もりもあった。


 まさか帰蝶が領地の統治を始めるとは思っていなかったが、帰蝶が若い心と体を持て余している事は信長も承知していたので好きにやらせようと考えた。氏治と接して来た信長は、女子(おなご)が働く事に対する忌避感が薄かった。戦場に出る訳ではないし、帰蝶の領地は帰蝶の物である。帰蝶が統治をする事は何の問題も無いのである。律令を推し進めている信長だが、婚姻同盟の為に与えた化粧料を取り上げるつもりは無かった。


 それに最近の帰蝶はにこやかでいて、生命力に溢れているように信長は感じた。帰蝶の機嫌が良くなるなら自身も嬉しいし、尾張を平定してから忙しくて構ってやる暇も無い。ならば好きにやらせようと考えたのである。それに前例の無い統治をしようとしている自身の妻に相応しい行動だとも思った。鷹丸の話を聞いて、立ち上がって頷いていたが、帰蝶も(まつりごと)に対して思う事があるのだろうと考えた。小さな妻の背を見送りながら信長は内心で帰蝶を応援した。


 帰蝶は中島城に到着すると、早速とばかりに道雪に命じて、訪ねて来た忍びを呼び出した。家臣に連れられてやって来た忍びと思われる三人が帰蝶の前に座り、そして平伏した。帰蝶は面を上げるように命じて三人の様子を観察した。一人は武士とも町人とも言える格好で精悍な顔つきをしていた。もう一人は小柄で法体姿であった。そしてもう一人は女子(おなご)で背格好は自身と変わらないように見えた。緊張しているのか顔色が青くなっているように思えた。帰蝶は自身の名を名乗り、続けて三人の忍びに名を訪ねた。三人は加藤段蔵、杉谷善住坊、加藤蛍と名乗った。


 「よく参ってくれました。話は鷹丸から聞き及んでいると思いますが、当家に仕えてくれるのですね?」


 帰蝶がそう言うと加藤段蔵が口を開いた。


 「伊賀の鷹丸から仔細は聞いて居ります。我等忍びをご入用であると。帰蝶様に仕官が叶うとの事で、のこのことやって参りました」


 「間違いありません、禄は百貫与えましょう。そして武士の身分も与えます。鷹丸の文には段蔵が頭だと記されていました、相違ないですね?」


 「左様で御座います。ですが、百貫とは随分と我等を高く買って頂けたようで恐縮至極に存じます」


 段蔵は破格の俸禄に内心で驚いていた。いきなり足軽大将の身分を貰ったようなものである。忍びを武士として抱えたいというのは間違い無さそうだと考えた。だが、この禄に見合う仕事とは如何なるものなのかと考えた。


 「蛍は私の護衛として(はべ)って貰います。段蔵と善住坊は如何致そうかしら?」


 帰蝶の言葉を聞いてその場の一同は唖然とした。百貫もの俸禄を支払って役目が無いなど有り得ない。道雪は慌てて帰蝶に問い掛けた。


 「ひ、姫様、真にお考えが無いので御座いますか?」


 「お役目を考えたのですが、思い付かなかったのです。道雪には何か考えは無いのですか?」


 そして二人であれやこれやと話を始めた。その様子を見て段蔵も善住坊も拍子抜けした。まさか道楽で忍びを雇ったのではあるまいかと段蔵は思った。同時に帰蝶の在り様が面白くもあった。鷹丸が勧められぬと言ったのはこの事なのだろうかとも考えた。暫く待ったが結論が出ないようなので段蔵は帰蝶と話をしてみる事にしたのだ。


 「恐れながら申し上げます。差し出がましいとは存じますが、帰蝶様がお困りになっている事を聞かせて頂ければお役に立てる事があるやもしれませぬ。何か御座いませんでしょうか?」


 段蔵にそう問われた帰蝶は少し思案してから答えた。


 「困っていると言えば、鉄砲鍛冶師ですね。当家で鉄砲を造りたいのですが、鉄砲鍛冶師を得る伝手が無いのです」


 帰蝶の言葉を聞いて段蔵は驚いた。大名家の奥方が鉄砲に興味を持っている事もそうだが、自身で鉄砲を造ろうとしているとは全く想定していなかった。確かに鉄砲を造るなら鉄砲鍛冶師が必要である。雑賀や堺、国友などで鉄砲は造られているが、技術は秘儀とされ、職人も簡単に引き抜けるものではない。だが、段蔵には当てがある。自身の(だま)くらかしの技という当てだが。


 「ならば、この段蔵が鉄砲鍛冶師を連れて参りましょう。お役目が鉄砲を造る事であるならば、必要な職人も集めますが如何為さいますか?」


 「出来るのですか?」


 「やってみないと何とも申せませぬが、自信は御座います」


 段蔵がそう言うと道雪が訪ねた。


 「忍びの事は寡聞にして詳しくは存ぜぬが、忍びとはかような事まで請け負うのか?」


 「他の忍びでは難しいでしょうが、某ならばお役目を果たせると存じます。それと今一つ。帰蝶様は鉄砲に御興味がある様子。これに控えます善住坊は鉄砲の名人で御座います。御入用が御座いますれば、鉄砲撃ちの指南も致せます。鉄砲は持っては来ているので御座いますが、玉薬を頂かねばなりませぬが?」


 段蔵の言葉を聞いて帰蝶は喜色を浮かべた。鉄砲鍛冶師を引き抜けると言うし、更には鉄砲も持っているというのだ。氏治に鉄砲を売り払ってしまった帰蝶にとっては都合が良かった。ならばと帰蝶は口を開いた。


 「それは助かります。では、善住坊は私に鉄砲の指南を命じます。玉薬は与えますから安心なさい。そして段蔵には鉄砲奉行を任せます。必要な銭はこの道雪から貰って下さい。帰蝶は鉄砲衆を作りたいので励んで下さいね?」


 「は?」


 忍び働きの筈が、鉄砲奉行に任ぜられた。つまりは、段蔵の主導で鉄砲を造れと言う事である。まさか忍びに鉄砲を造らせようとは段蔵は考えもしなかった。流石の段蔵も戸惑いを隠せないでいると、帰蝶から声が掛かった。


 「出来ないのですか?」


 「いえ、お役目確かに承りまして御座います」


 つい反射的に引き受けてしまった段蔵はどうしてこうなった?と混乱していた。

 


まっきー様、レビューを頂きありがとう御座います。心より感謝申し上げます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 帰蝶さん可愛くて有能。 もっと可愛い姫武将増えてどうぞ?(戦闘は向き不向きがあるんで、統治する意味での武将も含めて
[一言] 忍び働する奴がいなくなったのは草w
[一言] この領地に一番必要なのは 帰蝶さんに侍ることになってしまった蛍さんの胃薬だと思うw あと段蔵さんの胃薬もw
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