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第十五話 果樹苗チームと桔梗の帰還


 秋の収穫が終わり、冬の到来を予感させるような肌寒さを感じる頃、私は四郎と又五郎と共に果樹園の整地作業をしている。装備は勿論、農家のおばさんルックだ。もたもたしてる四郎と又五郎を追い立て、たまに蹴飛ばし作業を進める。この二人には優しさは必要なしとの判断である。もろ肌脱いで作業をしている二人だけど、筋肉が付いた形跡が全くない。どういう事だろうか?

 私も腕力チートを自重なしで発揮し作業を進めている。今は慣れたものだけど、最初の頃は皆に凄い目で見られたものだ。木は根ごと引き抜き、切り株は斧で縦に割ってから引き抜く。整地作業は抜根が一番大変だ。それを一手に引き受けている状態である。急いでいるのには訳がある。百地の果樹買い付けチームが帰って来たのだ。それも大量の苗を抱えてだ。葡萄八十四本、木苺六十二本、梨四十二本、桃二十一本、になる。百地チームが張り切ったようなんだけど張り切りすぎだと思う。ちなみに蜜柑チームは帰ってこないが大丈夫だろうか?

 苗もすごいものであった。私のイメージはホームセンターに売っている果樹苗だったのだけど成木っぽいのも混じっていて苗ではなく木だった。荷車が続々と入って来た時は我が目を疑った。想定外の苗と言うより木を植える事になった私は、封印を破り腕力チートを発揮せざるを得なかったのだ。たまに見学に来る政貞と久幹は、私を化け物のように見るが気にしていられない。そしてどこで聞きつけたのか手塚石見守、赤松凝淵斉、飯塚美濃守の三人が見学にやって来た。

 赤松と飯塚は私の様子に慄いていたけど、私に対抗するようにひとしきり筋肉を見せびらかし、抜根作業に参加した。この時代にポージングがあったとは知らなかったんだけど、どうでもいい。黙々と作業をする私と競うようにしていたけど、すぐに疲れて帰ってしまった。手塚は殺し屋のような目つきで、私を静かに観察していた。三日ほどそうして帰っていった。お前ら何しに来たんだよ!本格的な冬が来る前に植えないと根が付くか解らない。とりあえず植えるだけ植える。せっかく百地が苦労して持って来てくれたので、無駄にしたくないのだ。

 大方の作業が終わった頃、蜜柑チームが帰って来たのだけど、その数四十一本。聞けば九州まで探しに行ったそうだ。「四国じゃないの?」と聞いたら見つからなかったから噂を頼りに九州に渡ったとの事。ホントごめんなさい。どうも私の知識が間違っていたらしい。まさか蜜柑も九州から常陸まで旅をするとは思わなかっただろう。なんだかとんでもない事をしてしまった気持ちになったよ。そうして作業が終わったのだけど四郎と又五郎の何かをやり切った顔を見ていたら、とても複雑な気持ちになった。何故だろう?

 椎茸と石鹸の代金が届き、再び資金に余裕が出来た。米を換金するか悩むくらい資金が目減りしたので助かった形だ。建設にここまで費用が掛かると思っていなかったので、内心ビクついていたのはナイショだ。今回の取引では鉄砲の玉薬を買っている。玉薬の備蓄は重要になるので、取引の度に購入する予定である。今は鉄砲が普及していないから玉薬も格安なんだよね。この時期はただ買うだけでバーゲンセールなのだ。需要が高まれば当然値も上がるから、今の内に買えるだけ買う予定である。硝石の生成も考えたんだけど、製法も大雑把にしか解らないし、他人を糞尿まみれにする度胸が私には無かった。なので断念した。

 今日は建設中の職人街に来ている。進捗状況を確認するためだ。建物は四棟建っていた。注文通りの大きさである。この時代の家は狭すぎて不便だと思って頼んだのだけど正解のようだ。


 「鍛冶場はもう完成したの?」


 案内役の政貞に聞くと苦虫を嚙み潰したような顔で答えた。


 「もう暫く掛かりそうです。鍛冶場の建設に初めて関わったのですが、案外手間が掛かるものですな」


 「炉とか大変そうだよね。でも、ここをしっかり作らないと職人が困るから手を抜けないよね」


 「そうで御座いますな。あの鉄砲を作るなら作業場も工夫が必要です。百地殿の助言には正直助かりました。」


 百地のスパイがこんな形で役立ったのは想定外だった。情報って大切だよね。私は建設中の鍛冶場に入り検分する。建物自体はほぼ完成しているように見えた。これなら普通に住めそうな気がする。次いで職人用の建物に移動した。中に入ると鍛冶場と違ってがらんどうに見えた。家具も道具も無いとひどく寂しく見える。やはり人あっての家なのだ。


 「政貞、職人の建物は全部で五棟にしよう。足りなくなったら追加すればいいよ」


 「心得ました。我等もその数で考えておりました。切りもいいですしな」


 幾つかの確認を終えて戸崎の城に帰った私を待っていたのは、孤児探しの旅に出かけた桔梗であった。私室で対面した桔梗は旅の疲れも無さそうで元気に見えてホッとした。忍びと言っても女子である。やはり心配してしまう。


 「桔梗、ただいま戻りました」


 「ご苦労様でした。首尾はどうだった?」


 「八名連れて帰ってきました。その内三名は兄弟になります」


 「うんうん、病気などしていないといいのだけど、どう?」


 「だいぶ痩せていますが特には御座いませぬ」


 「今、どこにいるの?」


 「城下に置いてあります」


 「私も気になるので会いに行きます。案内お願いね」


 桔梗の案内で城下に向かった私は子供達に対面した。分かってはいたけど、子供達は粗末な着物に身体は痩せ細っていた。でもその眼だけはとても綺麗に見えた。

 戦国時代において孤児は当たり前の存在だ。戦火に焼け出されたり親と死に別れたり、理由は様々だ。現代日本人がその姿を見たら、泣き崩れるのは私が保証できる。そう言い切れるくらい酷い有様が日常なのだ。私自身、慣れたとはいえ旅の道中で見掛ける度に心を痛めた。だけど私には救う術も無く、無事を祈るしか出来なかった。だけど気にしていては生きてもいけない。私は博愛主義者でもないし、全てを救おうなど思い上がってもいない。だから自分の出来ることをするんだ。


 「桔梗、村は出来ているけどこの子達は暫く城で面倒見ます。着物も必要だしこのままでは行かせられないよ」


 「若殿、それは恐れ多い事で御座います。桔梗が面倒見ますのでご安心ください」


 「分かっているけど、私がしてあげたいんだよ。木綿も沢山あるし、着物を仕立てて沢山食べさせよう。桔梗が城で面倒見ればいいよ、私も手伝うよ」


 「若殿のお慈悲に感謝致します。仰せの通りに致します」


 そうして私達は城に子供達を連れ帰った。侍女に身を清めさせ食事を振舞った。しばらくは城で生活させる事にして空いている足軽長屋に落ち着いてもらった。子供達には木綿で着物を仕立てる事にした。桔梗は「贅沢すぎます」と反論したけど「この子達は私の家臣になるのだから」と納得させた。そして侍女総出で針仕事である。勿論、私と桔梗も参加だ。チクチクと着物を縫う私を見て「若殿もそのような事をするのですね」と桔梗がポツリと漏らした。いや、私女子だし?このくらい出来るよ?でも私より女子力の高い桔梗に反論出来なかったよ、格が違うし。二日掛けて着物を揃え子供達に着させた。すっかり身綺麗になったけど、まだまだ痩せていて頼りなかった。まあ、まだここに来て三日なんだけどね。でも気になるので、私は桔梗に命じて狩りをさせることにした。


 「鳥で御座いますか?」


 「うん。皆元気そうだけど色々な物を食べないと身体が強くならないからね、南蛮人は肉を食べているから身体が大きいと聞いているよ。だからあの子達にも食べさせようと思うんだけど?」


 成長期に動物性たんぱく質は必須である。植物ばかり食べていても大きくなれないし、身体も損なうから食べさせようと思っての提案だ。


 「御心砕き感謝致します。ですがこれ以上は贅沢が過ぎます。今でも十分与えられておりますので、これ以上は必要ないかと思います」


 言われると思ってたよ。


 「鳥は桔梗が獲って来るんだよ。それも鉄砲を使ってね」


 「鉄砲で御座いますか?」


 「うん、桔梗が鉄砲と見習いの五人を連れて狩に行く。玉薬は五発分で狩れれば皆が鳥を食べられるし、桔梗の訓練にもなると思うんだ。皆の食事が掛かっているから、桔梗もより真剣になれるんじゃないかな?」


 桔梗は目をしばたたかせるようにしてから笑顔で応じた。


 「この桔梗、必ず仕留めて参ります。若殿のお慈悲、無駄には致しません」


 「桔梗、私も下心あっての事だよ。桔梗が鉄砲で鳥を仕留めれば、あの子達もやる気になると思わない?」

 

 「そうで御座いますね。ですが、そのような心配りを頂けた事が嬉しいのです。感謝致します」


 桔梗の態度にむず痒さを覚えたけど、彼女なら容易く仕留めるだろう。私の分もある事に期待したい。


 次の日、桔梗は子供達を連れて狩りに出かけた。そして昼に戻って来た桔梗と子供達の手には、見事な鳥がぶら下がっていた。一緒に行った子供達は大興奮である。是非鉄砲の達人になって欲しいよ。そして微笑みながら子供達を見やる桔梗は聖母の様だった。

 陽の短い冬の季節ははっきり言って暇である。なので私は暇潰しも兼ねて、桔梗用のテキスト作成に勤しんでいた。兵法書の翻訳である。今後、鉄砲衆を率いる桔梗に戦略や戦術を覚えて貰いたいと思い立っての事だ。桔梗は一本気過ぎて、必要な時に逃げない可能性があるんだよね。でも知識があれば引き出しも多くなるし、無謀が無意味である事も知る事が出来るかもしれない。だから私が知る限りの事例を入れ込んで作成するつもりだ。現代では解り易く翻訳されている各種兵法書だけど、この時代だと全てが漢文だ。読めても理解するまでに辿り着くのが非常に難しいのだ。教える人も理解しきれてないんだけどね。私もこの時代に生まれてから漢文は習ったけど、元の知識もあり習得は容易だった。けど、内容の理解は当人のセンスに左右される部分が多い気がする。解り易くする為に幾つかの例を書き込んで行く。気分は孟徳新書である。図やイラストも描いたけど描き切れないので、紙を繋ぎ横に長くして使用する。後は折り込めば本に収納できる。ちなみに翻訳しているのはメジャーだと思われる孫子である。私如きが孫子の兵法書に注釈を付けるなんて身の程知らずもいいところだけど、日本の数多の歴史家が研究に研究を重ねた翻訳や戦略、戦術の分析は宝だと思う。そしてこれは技術なのだ。だから気にしないで制作していく。歴オタパワーは全開だ。こういう作業はとても楽しい。この時代の娯楽の少なさも手伝って、長い夜を本と共に過ごすのだ。気付けば元の本の十二倍程の厚さになってしまった。ほぼ辞書である。分けるのも考えたけど面倒だから止めた。でもなかなか良い仕事をしたと思う。この調子で武経七書をコンプリートしようかな?歴オタ趣味全開の兵法書は、桔梗を名将に育ててくれるに違いない。分厚すぎて見てくれない気もするけど……。


 そうして年が明け春になり、私は十三歳になった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 果樹園を造るのなら、養蜂業を興す手も有りますね。砂糖きびや「てんさい」と違って搾る必要が無いから、お手軽かも知れない。
[一言] 茨城県内には、温泉無かったでしたっけ? 温泉(地熱)使った南国果物や薬草栽培(簡単な処でバナナ)とか,どうでしょうね? 板ガラス(1尺四方)で温室作らせたら、面白そうだ。 確か「信◎のシェフ…
[一言] 伊賀の上忍の百地がいるなら火薬や硝石の作り方知っててもおかしくないのよね。 忍びは鉄砲伝来前から普通に火薬使うから。
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