第十四話 内政開始
私達が会話を終えたのを見計らって領民達から声が掛かった。私は質問に丁寧に答え対応した。流石は農業のプロ達だ、皆真剣である。特に苗代と鯉農法に質問が集中した。見た事のない方法だから仕方ないにしても、説明が大変だった。なので権さんに頼んで私が使った桶で実践して見せた。土の被せ方や霜から守らないといけない事などを、再度丁寧に説明していく。結果、戸崎は全員、真壁は半数が参加する事になった。これは領民の忠誠度の差だね。真壁の領民の志願者が少ないので久幹が渋い顔をしているけど放置である。土浦の領民は後日という事になった。また説明しないといけないのが手間だけど仕方がない。新しい事をしようとすれば反発があるものだけど、私に気を遣ってくれたのか皆が賛同してくれた。
二日後、戸崎の城でまた打ち合わせである。やることが沢山あるのだ。メンバーは政貞、久幹、百地、桔梗である。
「では、今日の評定では仕事を与えるからそのつもりで」
そして打ち合わせが始まる。
「まず百地の民の受け入れだけど、いっそのこと百地に宍倉城の城代になって貰ったらどうかな?いきなり所領替えになるけど?」
私の言葉に百地の顔色が変わったけど無視である。そして久幹が答える。
「そうですな、百地の民も多く御座いますから屋敷の手間を考えると有りですな」
「お待ち下さい!いきなり百地殿を城代で御座いますか?某は百地殿に含む所は御座いませんが、仕えたばかりの御仁に城を与えるのはどうかと思います」
政貞が百地を気にしながら発言した。
「政貞の意見は正しいと思うけど、百地なら心配いらないと思う。それに家を建てるのは時間が掛かるし、今あるものを使った方が銭も節約出来るよ、あっ百地、反論は許さないからね!」
一応釘を刺しておく。私の言葉を聞いた百地は恨めしそうに私を見ているがスルーである。
「それはそうで御座いましょうが、百地殿を疑う訳では御座いませんが他国の者をいきなりとなりますと感心致しません」
「百地はもう小田の人間だよ、父上だって認めたでしょ?」
「それはそうで御座いますが」
「じゃぁ、決定ね。百地には宍倉の城と周辺三千石を与えます。久幹、土地の調整と百地の受け入れをお願いね」
「承知致しました。百地殿も安心されよ」
久幹の言葉に百地は深く頭を下げた。慣れない環境だから百地も大変だと思うけど、暫くは我慢して欲しい。私はその様子を見ながら口を開いた。
「百地は領に見合った人を集めてね。急がなくていいよ。まずは百地の民の受け入れを優先してね。それが終わってから人を増やせばいいよ。忍びのやり方でやっていいから」
「畏まりました。この百地、身命を賭してお仕え致します」
「一応言っておくけど忍びを集めてね。伊賀には百地と仲の良い家もあるんでしょ?」
「はっ、心得て御座います」
「うん、次は桔梗だけど、鉄砲衆を任せます。それで人なんだけど孤児を集めてくれるかな?」
「孤児、で御座いますか?」
私の言葉に桔梗は可愛らしい顔を傾けた。この子は本当に綺麗だ、小田の男共が放ってはおかないと思う。
「うん、今ある鉄砲は十丁、鉄砲鍛冶師も暫く来ないしゆっくりでいいよ。ただし、孤児は桔梗が集めてきて欲しい。出来れば私と同じくらいか十五歳くらいがいいかな。真面目に勤めてくれるなら男でも女でも構わないよ。兄弟姉妹がいるようなら、一緒に引き取ってもいいからね。まずは鉄砲を扱える人を5人作ってくれればいいよ」
「承知致しました。御役目、必ず果たして御覧に入れます」
そう言って平伏する桔梗に更に続ける。
「引き取った孤児達は戸崎に新しく村を作るから。そうだね、春までに集めてくれればいいからね。無理はしない事を忘れないでね」
「若殿、お考えがあるとはこの事で御座いますか?」
久幹の質問に私は答える。
「最初は銭で鉄砲衆を雇おうと思ったんだけど、百地から野侍の話を聞いて、とても任せられないと思ったんだよ。鉄砲を盗まれたら困るからね」
「確かに、野侍供は戦が終われば野盗の類になりますな」
「だから孤児を私が養って桔梗が鉄砲を教えればいいと思ったんだよ。悪事を覚える前に教えを説けば良い兵になると思うんだけど?」
「成る程、米も増やすから問題もありませんな。いっそ田畑を与えてみてはいかがでしょう?」
「うん、そのつもり。村を一つ作って鉄砲衆の村にするつもり。田も十石なら冬の間に人足を使えば作れるしね」
「若殿、鉄砲衆とは何で御座いましょう?某は聞いた事が御座いませんが?」
政貞は下がった眉を更に下げながら訝し気に質問した。
「堺で宗久殿に貰った新しい武器なんだけど、説明が難しいよね。桔梗、評定が終わったら政貞に撃って見せてあげて欲しい。なるべく人の居ないところでね」
「畏まりました」
「政貞には悪いけど説明していたら日が暮れるから、この話はおしまいね」
私の言葉に政貞は唇を尖らせる。こんな事なら政貞も連れて行くべきだったと今更後悔した。見ないと解らない事も沢山あるし、政貞は私の右腕だから、何でも知っていた方がいいに決まっている。
「このような事なら某も堺に行くべきでした。仲間外れのようで少々寂しいですぞ」
「次があれば連れて行くよ。私も政貞を連れて行けば良かったと今更後悔しているんだよ。政貞、どうか許して欲しい」
「若殿、そのお気遣いだけで十分で御座います。某も少々大人げない振舞いでした。どうぞお許し下さい」
私と政貞は互いに頭を下げ合った。そうしてから仕切り直しと私は口を開いた。
「次なんだけど、果樹の苗を植える土地の整備かな」
「それなら四郎と又五郎に申し付けた筈で御座いますが?」
「久幹、あの二人で終わると思う?」
「まあ、確かに。難しいでしょう」
久幹は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「なので、刈入れが終わったら人足を雇って私が指揮を執るよ。育てるのは私だしね」
「それは構いませんが、四郎と又五郎を甘やかさないようにお願いします。どうもあの者達は信用なりませんし」
「分かってる、扱き使うから安心していいよ」
「若殿、果樹などどうされるので御座いますか?」
「葡萄、梨、桃、木苺、蜜柑、色々育てて食べるんだよ。産物になるなら売ってもいいけど売り場が無いよね?」
「食料の足しと考えれば宜しいので御座いますか?」
「うん、それでいいよ。父上にも食べさせたいし」
「さて、最後に職人の迎え入れなんだけどこれは政貞、久幹に命じます」
「はっ」
「はっ」
「戸崎の城に近すぎず、遠すぎずの場所を選んで欲しい。小さい村を作るつもりでお願い。将来的には構で囲いたいから形には気を付けて欲しい。陣城を作るつもりで鍛冶場を三つ優先して欲しい。それと建物は大きめに作ってね」
「心得ました、ですが銭は保ちますか?」
「次の椎茸の収穫を送ればいいから間に合うと思う。どの道刈入れ後じゃないと人も集まらないしね。私の畑は四郎と又五郎にすぐにやらせるけど」
考えるようにしていた政貞から問われた。
「職人を集めて何をされるので御座いますか?」
「鉄砲を作るのと、新しい農具も作りたいし。鍛冶師と鋳物師以外は誰が来るか分からないから、その時考えようと思ってたのだけど?」
「若殿にしては当てずっぽうですな。手当も馬鹿にならないでしょう?」
「そうだね、だけど売れる物を作るつもりだよ。まだまだ先の話だけど、私は土浦を小さい堺にしたいんだよ」
「土浦を堺に御座いますか?どうも見当が付きませんが?」
政貞は腕を組み頭を捻っている。
「随分と夢のある話ですなぁ、出来るのならばこの目で見てみたいですな」
久幹は見て来たからね。土浦は水の街だしピッタリだと思う。現代知識をフルに使って楽しい街を作りたい。坂東のベニスに出来たら楽しいと思う。
「その為に新しい農法を成功させないといけないよね。椎茸ばかりに頼っていられないし、あっ石鹸を忘れていたよ。百地」
「はっ」
「権さんの奥さんで幸さんを紹介するから石鹸の作り方を覚えて欲しい。次の椎茸と一緒に送るからそのつもりでね。製法は秘密厳守でお願い」
「はっ、畏まりました」
「若殿、某も椎茸を栽培したいのですがご許可頂けますか?」
久幹、忘れてなかったらしい。
「約束だからね、ただし作付は二貫にするよ。余り作ると値が下がるし、それと三割は私の取り分でどう?」
「うっ、三割で御座いますか?」
「私が栽培法を見つけたのだから当然だと思うのだけど?五割でもいいよ?」
「増やさないで下さい!ですが、若殿のお言葉にも一理あります。飲みましょう。それに今井宗久と渡り合った若殿に勝てる気が致しません」
「分かってくれて嬉しいよ、次の作付の時に私と権さんで指導するから信用出来る者を用意して。真壁家の秘伝だからね」
「心得ました、秘密は必ずお守り致します」
「お待ち下さい!」
また政貞である。
「何故、真壁殿に椎茸の栽培を許されるので御座いますか?」
「私に仕えたら教える約束をしたんだよ」
「では我等にもお教え下さると?」
「それはダメ。真壁は直臣だし、これ以上作ると値崩れが怖いから」
「某、真壁殿に含む所は御座いません。ですが、このような事は言いたくありませんが、真壁殿を優遇し過ぎでは?忠義なら我等も負けません!」
「椎茸で揉めないで欲しい。菅谷は街作りで優遇するから、久幹の利益の比じゃないよ?私が菅谷を粗末にすると思う?」
「―――それは……。思いませぬが、どうにも某は蚊帳の外にいるようで」
「そのような事は無いよ。堺への旅は色々な事があったからね。私はこの世の全てが敵になっても菅谷だけは私の味方だと思っているよ」
「若殿!」
「だから皆仲良くして欲しい。私もすぐには結果を出せないけど政貞も焦らないで」
「申し訳御座いません、情けない所をお見せ致しました。この政貞、一所懸命、忠義を尽くします!」
政貞のやきもちで評定は終了となった。後は働くのみである。




