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第百三十三話 北条包囲網 その20


 翌日になっても私と政貞は軍勢を滝山城の丘陵の麓で待機させていた。義昭殿の軍勢の到着を待たないといけないし、獲った武蔵の城からの情報を纏めて相模や甲斐の国境を固めないといけないからだ。それに武蔵を獲る事を想定していなかったので、国境の守りを一から考えないといけなかった。私と政貞、久幹、百地で地図を見ながら話し合っている。特に甲斐方面はしっかりと守らないといけない。戦のどさくさに紛れて、乱取りのみを目的に武田晴信がやって来るかも知れないからである。


 でもそんな事をしたら私は絶対許さないと思う。小田家は大国になったし兵力も大幅に増えるのだ。武田晴信が略奪に来ようものなら村上義清と小笠原長時と結んで攻め滅ぼそうと考えると思う。もう武田晴信に怯えなくてもいい立場になりつつあるので私も強気である。いっそ甲斐を獲ってしまえば安心なのだけど、武田晴信が生理的に嫌い過ぎて関わりたくない気持ちがとても強いのである。


 でも、甲斐を獲れば信長に協力して今川義元を潰せるんだよね?信長に駿河まで獲らせて、北条家を降伏させれば信長の天下取りに協力が出来るから一考の価値はあると思う。武田家の家臣団なんて野蛮に決まっているから要らないので、信長が吸収すれば織田家の力も増すと思うし?あっ、私が先に武田家を滅ぼすから無理かな?いや、信濃に追い出せばいいかも?でも、そう考えると甲斐がとても重要な土地に思えてしまう。大名として残すなら北条家を伊豆に押し込めて武田家は滅ぼした方が世の中の為だと思えてしまう。少なくとも、面白半分に人が殺される事が無くなるのである。だとしたらやる価値はあるのだ。


 義昭殿が上野を平定すれば長尾景虎も関東には手出しが出来ないと思う。長尾景虎が関東で暴れる事が出来たのは、越山して関東に入ると国人がこぞって景虎を支援したからである。軍勢もそうだし、兵糧も提供され、逆らう国人からは兵糧を奪って戦を続けるのだ。だから義昭殿が上野を獲れば、長尾景虎は単体で戦わなければならないし、補給を受けることも出来ない。義昭殿には私が付いているから、軍勢や兵糧の心配をする必要も無いし、こちらには鉄砲衆もいるから負ける理由が無いのである。

 

 史実での長尾景虎が戦う理由は上杉憲政と和解して、上杉家の家督を継いだからである。そして関東管領となり関東の争いを治めるべく活動をするのである。だから上杉憲政を越後に行かせなければいいのだけど、私には捕らえた彼の首を獲れと命じる度胸が無いので運任せにするつもりである。


 いっそ、私か義昭殿が関東管領になってしまっても良いかも知れない。捕らえている上杉憲政を脅して強引に家督を継ぐ事が出来そうだけど、私は嫌なので義昭殿が継いでくれないかな?上杉義昭になってしまうけど?ただ、史実ではそういう動きがあって、義昭殿は断っているから無理かも知れない。


 今後は北条や武田よりも長尾景虎対策に力を入れないといけないかも知れない。可能であれば小田家、佐竹家、織田家、長尾家で同盟を結べるのがベストだけど可能なのかは判らない。でも、長尾家が小田家と佐竹家と同盟を結べれば関東が荒れる事が無いと思う。仮に、北条家と長尾家が同盟して挟み撃ちを考えたとしても、軍団の規模が違い過ぎて成立しないと思う。だとしたら長尾家と同盟できれば私も義昭殿も安心して国を育てる事が出来そうだ。


 上野を義昭殿が獲るにしても、私が武蔵まで獲ってしまったので、二、三年は内政に専念しないと動く事が出来ないと思う。第一軍団は動かせるけど、義昭殿も大領を得るし、なにより本拠の太田城から遠過ぎるのがネックになると思う。信長に倣って本拠を動かす手もあるけど、義昭殿は東北に勢力を拡大するから太田城からは離れられないかな?ちなみに私も小田から動く気は無い。譜代の領民達がいるし、顔見知りも多いから動きたくないのだ。私は地元からは離れないと思う。


 義昭殿は領地を拡大したがっていたから、今回は嬉しいだろう。下野で十八万石、上野で十五万は獲ると思う。そうすると六十三万石で領地は倍である。統治で冷や汗をかくと思うけど、絶対に信長に自慢するだろうな。武家の男子なら当然だとも思うけど。信長と信秀は尾張統一の戦を仕掛けたと百地の忍びから聞いているし、私が出陣する前に信長から文が来てそれを報せて来たのだ。信長は強引に尾張を平定して、一族や斯波家の処分は後から考えると伝えて来たのである。


 今川義元と和睦をした信秀と信長は軍勢を尾張統一に全て差し向けることが出来る。力だけならあの親子のタッグには敵わないと思うし、『私と孫子』で戦略と戦術を学んだ信長の実力は未知数だけど、彼の知力なら正確に理解していると思うし、戦で負けるイメージが持てないのである。私は広げられた地図を見ながらそんな事をうんうんと唸りながら考えていると、国境の守りを検討している政貞と久幹が私の様子を見て眉を寄せた。そして久幹が私に問い掛けた。


 「御屋形様、何か御存念でも御座いますか?先程から難しいお顔をされて居りますが?」


 「あっ、うん。これからの事をちょっとね」


 私は目の前に広げられた地図に改めて目を落とした。相模と甲斐の国境にある城を見て考える。軍勢が通る街道は決まっているから、城の配置自体には問題無いと思われた。先人が必要で建てた城だし、ここを固めていれば問題は無いと思えた。


 「北条家から譲渡された城はよう御座いますが、武蔵の西の領地の一部は上杉が保有して居ります。人質にした上杉憲政と上杉朝定、この二人と残りの領地を交換致せば良いかと存じます」


 政貞が難しい顔で言う。久幹と勝貞にボコられた二人を見たら怒って土地を渡さないのでは?と内心思った。その場合は二人のせいだから私は知らない。


 「上杉憲政の嫡男である龍若丸殿は平井城に留め置かれているので御座いましたな?」


 顎を撫でながら久幹が政貞に聞いた。


 「左様で御座います。赤松殿が佐竹様に託したと申されました。歳はまだ十一と聞いて居りますれば、幼きお子には罪は御座いませぬからな。上杉と停戦なり、和睦となればお返し致す事になるかと存じます。上杉には上杉憲政と上杉朝定、龍若丸殿を捕らえた事は伝えて居りますので、今暫く待てば使者なりが参りましょう」


 龍若丸かぁ。史実では、上杉憲政は北条家に攻められ居城の平井城から越後国の長尾景虎の元へ逃れるんだけど、龍若丸は安保泰広が守る御嶽城にいたのだ。北条家の攻撃により御嶽城は落城して、龍若丸は北条方に寝返った妻鹿田新助によって北条方へ引き渡されてしまう。その後は悲惨な最期を遂げるんだけど、私が関わった歴史では彼はどんな人生を歩むのだろうか?


 「政貞、上杉憲政様と上杉朝定様はどんなご様子なの?」


 私の問いに政貞は渋面を作って口を開いた。


 「顔が随分と腫れて、歯も折れて居りましたな。当家では罪人として扱って居ります故、檻に入れ、閉じ込めて陣内にて晒して居ります。御屋形様を惨く侮辱した罰でも御座いますので、妥当かと存じます。太田めも同様で御座いますな」


 「う~ん。会うのは使者が来てからにする。皆が怒ったのは理解しているから扱いはそれでいいけど、それまでは会いたくないかな?この戦で上杉憲政様は力を大きく減じたし、上杉朝定様は御領地を失ったから、関東はもう荒れないと思う。武蔵の民の暮らしも酷いから、早く戦を終わらせたいね。北条方の武蔵の領地は税が軽いから武蔵の中で差が出てしまうね」


 私がそう言うと百地が口を開いた。


 「上杉朝定の領地は税が七公三民、重い賦役に棟別銭が百五十文と耳に致しました。当家と比べますと過酷な税で御座います。北条家の領地は御屋形様の申される通りで御座いますな。氏康公は民を大切にされる御方のようで御座います」


 百地の言葉に私と政貞、久幹が驚いた。戦国時代では一般的な範囲かも知れないけど、小田家の税に慣れてしまった私と政貞、久幹は別の世界の話に聞こえると思う。それに小田家では民を安んじて食べさせる事を第一とした思想を共有して皆が働いているのだ。


 「政貞殿、上杉朝定と太田資正は武蔵の民にくれてやった方が良いように感じましたな。かような輩が領地を治めていたなど許せませぬな」


 「某もそう思いますが、御屋形様の風評を貶める訳には参りませぬ。久幹殿も抑えられよ」


 「武蔵を全て獲ったら、まずは税の変更を公布しないといけないね。来年の収穫は免除したいけど、当家の銭は保つかな?」


 私がそう問い掛けると政貞は難しい顔をして腕を組んだ。下総と上総は既に税制の変更と年貢の免除を布告している。武蔵だけしないのは不公平になるし、民も不満を持つかも知れない。でもこの負担に小田家が耐えられるかは計算しないと判らないけど、備蓄用の兵糧を放出すれば何とかなるとは思う。そこでちょっと思い付いた。


 「政貞、私に考えがあるんだけど聞いてくれる?」


 「妙案が御座いますか!是非、お聞かせ願いたく存じます」


 「まず、備蓄米を米価が暴騰している相模や甲斐、駿河で売って銭を得る。得た銭で百地の商家の拠点を使って安い地域からお米を買い漁る。そしてまた米価が高騰している地域で売り捌いて銭を得て、また米価の安い地域からお米を買い漁る。それを何度か繰り返したらお米も銭も増えると思うんだけど?今はまだ十月だから戦の無い地域で買い漁れば安い米が手に入るよ?」


 私がそう言うと政貞が絶句した。戦国時代のいいところは人件費が安い事である。それに小田家には水軍があるから船を持っているし、安房の水軍衆の船や江戸湾で抑えている船もある。輸送は重油を使う訳ではないのでコストが掛からない。家臣である百地が主命で動くから余計な出費も無いのでお米を転がし放題なのである。ただ、今回は菅谷の水軍衆を動員する必要があるかも知れない。


 「―――確かに……。ですが、かようなやり方は聞いた事が御座いませぬ。出来るのであれば儲けが出ましょう。ですが、それを成されては割を食う国が出るのでは御座いませぬか?」


 政貞が鋭いのである。米転がしは私と百地が内緒で行っていたから政貞達は知らない。駿河に行ったときに義昭殿と一緒に政貞にも商家でお米を買い付けている事を開示したけど、転がしている事は秘密にしていて、緊急用の兵糧を確保していると誤認している筈である。勝手に武田家に工作していたのがバレると怒られそうだから秘密にしないといけないのである。更に、それでお小遣いを確保していたなんてバレたらもっと怒られる気がする。百地も共犯だからバレた時は絶対に逃がさない覚悟である。政貞が言うように、米転がしをすれば誰かがジョーカーを引くのだけど、直ぐに思い当たった政貞は侮れないのである。


 「……もしや、相模に駿河、甲斐で米の値が上がっているのは御屋形様の仕業で御座いますか?収穫を終えたばかりにも拘わらず、米の値が上がるのは不自然で御座いますな?北条家や今川家が兵糧として買い求めたとしても米の値が暴騰するとは思えませぬ。年貢を取ったばかりで御座いましょうから」


 久幹が余計な事を言い始めた。その通りなのだけど、今は黙っていて欲しい。私と百地が収穫を狙って米を買い占めて高騰させ、更に戦が始まって北条家や今川家が買ったから暴騰したのだと思う。偶然だと思われるので私は悪くないと言い切れる。


 「お米は買ったけど、偶々だと思うよ?私はただ、予備の備蓄米を確保しようとしていただけだから謀略とかではないからね?ねっ?百地?」


 「左様で御座います。某は御屋形様の命に従っただけで御座います故」


 なんか百地が予防線を張るような言い方をしている。あの様子を見ると、バレたら私のせいにするつもりだと思う。私は必死にポーカーフェイスを作ってこの場を凌ごうと試みた。


 「ふむ……。何故、御屋形様は汗をお掻きなので御座いましょうか?もう直ぐ十一月になりますが、今日も随分と涼しく御座います。何やら後ろ暗い事でも御有りで御座いましょうか?」


 「ちょっと話をしていたら熱くなったのかな?政貞、気にしなくていいよ」


 私は懐から手拭を取り出して汗を拭いた。その様子を政貞と久幹が怪しそうに眺めている。百地が予防線を張ったせいで私が緊張してしまったのだ。そんな私の様子を見て久幹が口を開いた。


 「御屋形様。某は御屋形様とは長い付き合いで御座います。この米を操るが如き為さりようはまるで謀略のようで御座いますな?此度の城獲りのやり口にも通じていると思われます。白状なされよ」


 そして私は政貞と久幹に問い詰められた。暫くは抵抗していたけど、結局、口を割らされる事になったのだ。米相場だけでなく軍需物資の買い占めや情報操作による相場の操作などを話す事になった。私は手拭いで汗を拭きながら開示する情報を減らそうと努力したけど、結局全部吐かされた。でもお小遣いを稼いだ事は言わなかったのである。


 「―――なんと恐ろしい……。他国の者からすれば何が起こっているのか判らない上に、富が奪われるという事で御座いますな?しかも商家を複数使い、自身は姿を現さぬとは……」


 政貞がそう言うと久幹が続いた。


 「『情報操作』とはかような事にも使えるので御座いますか?領地の米の値や穀物の値が噂だけで突然値が上がり下がりしては堪りませぬな。そしてそれを利用して利鞘を稼いでいるので御座いますか……。よくもまぁ、考えたもので御座います。しかし、なんと質の悪い……」


 「勝貞には内緒にしてね?お祓いに連れて行かれるのは困るんだよ」


 私がそう言うと政貞が呆れたように答えた。


 「それはよう御座いますが、御屋形様の言われた『米転がし』を致しましたら、困窮する国が出るのでは御座いませぬか?当家と関わり合いが無いとは言え、少々気の毒で御座います」


 「それは大丈夫!此度は今川殿に外れを引いて貰えば、信秀殿と信長殿が助かるから問題無いよ!」


 「とても良いお顔で申されましたが、損をする相手を選ぶ事が出来るので御座いますな?」


 そしてまた質問責めに遭ったのである。結局は、米転がしをして米と資金を確保する事になったけど、私の清楚なイメージが崩れてしまった気がする。私は政貞と久幹に口止めをして、ようやく話が終わったのである。


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― 新着の感想 ―
[一言] 清楚のイメージw
[一言] 今後、早急に取り掛からなくてはならない問題が今回の話で出てきましたね。 東京湾の内海化(狭義のパクス・エドーナ)ですね。 今作品で東京湾がどの様な呼ばれ方になるかはわかりませんが、元々北条…
[一言] 姫様。銃剣と旗振り通信の概念を進言します。
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