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第十三話 米作り説明会

2023/2/2 微修正


 評定を終えた私達は小田邑にある権さんの家にに向かっている。田んぼ道を馬に揺られて進んで行く。私を先頭に続くのは政貞、久幹、百地、桔梗である。ちなみに権さんの新居は建設中である。


 「若殿、見せたい物とは何でしょうか?それにまた権で御座いますか?」


 政貞がぼやくように言う。なに政貞?権さんに文句でもあるのかな?


 「権さんは私のような子供にまともに付き合ってくれる貴重な人材だよ。誰かのように疑わないし、小言も言わないし」


 「小言では御座いませぬ。先ほど御屋形様からも身を慎むようにと言われたばかり、某は若殿を案じて居るので御座います」


 「小田の領内で何が心配なのか知らないけど、野盗の類がこの辺りに居るのなら、政貞の怠慢なのではないの?」


 「この政貞はしかとお役目を果たして居ります」


 「ならば、黙って付いて来るといいよ」


 暫くすると権さんの家に到着した。馬を繋いでから、家の横手に移動する。ここには八畳くらいの小さな田んぼが二枚作られているのだ。


 「何で御座いますか?この小さい田は?それにこちらの田の方は稲が随分大きいですな」


 政貞が向かって右の田を指差す。


 「若殿、米を増やすと言われておりましたがこれですか?」


 小さな田んぼを検分するように久幹は見ている。


 「よく見てみるといいよ。左の田より右の田の方が実りが多いでしょう?」


 「確かに随分違いますな」


 久幹は田に近付いて腰を下ろすようにして眺めている。ここは私の田んぼの実験場である。前世の私は農家の娘である。実家では稲の苗も自作していて、私も手伝いをしていた。この時代に生まれて田の実りが私の知っている田と比べると余りにも違う事に気付いていた。農薬も科学肥料も無いから当然と言えば当然なんだけど、面積あたりの収穫量が少なすぎるのだ。現代の稲は品種改良を繰り返しているから比較する事自体が間違っているけど、この時代の環境でも出来る事はあるのだ。

 常陸の南にある小田領は米が良く育つことで知られている。昭和の初め頃は皇室に小田米として献上された事があると前世でも聞いていた。こちらに転生して家臣や農民からも小田領では米が良く育つと聞いていたのだけど、私にはそうは見えなかった。有名サイトの小説は私もよく読んでいた、その作中では農業改革がよく記されている。領地を貰ったので、定番の改革を私もやってみようと思ったのである。米の作り方は大体知ってるし、歴オタの私である。実家の稼業もあり、興味も手伝って昔の農具なども調べたことがあるので、私の農業は格が違うと思われる。


 「見ての通り、米の作り方を変えたんだよ」


 「随分と変わるものですな。ここまで実りが変わるのであれば、是非お教え頂きたい」


 久幹が目を輝かせている。お米大切だよね、気持ちは分かるよ。私は皆を手招きして話始める。


 「まず、ある方法で種籾を選別します」


 「いきなり秘密で御座いますか?それを知らねば意味が無いではありませんか!」


 「久幹、ちゃんと説明するよ。順番というものがあるんだよ」


 「左様で御座いましたか、面目ない」


 「選別の方法は他に漏らせないんだよ、他所に漏れて他領が豊かになったら国力が増すよね?そうしたら豊かになった他領は戦がしやすくなるんだよ。私は他領の民が豊かになるだけなら構わないけど戦の危険が増えるのは困るんだよ」


 「確かに仰る通りで御座いますな。若殿も考えて居られるのですな」


 政貞?それはどういう意味かな?


 塩水選は小田領のトップシークレットになる予定だ。明治時代に発明された技術だから物凄い先取りだ。


 「続けるよ?選別した種籾を桶に土を敷いてその中で育てます。霜に当てないように夜は小屋に置くのが必要だね。霜が降りなくなって稲がある程度育ったら田に植え直すんだけど」


 私は皆を見回して続けた。皆黙って聞いている。


 「間隔を開けて稲が育ちやすいように植えるんだよ。大変な作業になるんだけど、稲はよく育つようになるんだ。稲は土で育つのだけど、今みたいに種籾を適当に捲くと稲同士が喧嘩するんだよ。土を取り合うと考えると解りやすいと思う」


 「ふむ、なるほど。右の田が整然としているのはそれを行っているからですか?」


 「そうだよ、もっと分かりやすく言うと食べ物が少ないと取り合いになるよね?だから領土を決めてあげるんだよ、一人分はここまでって」


 政貞がポンと手を打つ。


 「成る程、納得しました。確かに理に適っておりますな」


 「よくもまあ、次から次に考えるものですな」


 久幹、それはいい意味で言ってるんだよね?


 「それともう一つ、田を見比べて欲しいんだけど右の方が雑草が少ないよね?」


 「確かに、これにも何か仕掛けが?」


 「うん、田に鮒や鯉を放ってあるんだ。虫や雑草も食べてくれるし土をかき回すから稲も良く育つんだよ。田の水を抜くときに捕まえて食べてもいいし、池を作って次の年に使ってもいいとおもう」


 「なんと!」

 

 皆がそれぞれ田を覗き込んでいる。最初は合鴨農法とか考えたのだけど捕まえるのが大変だし、普通に食べられちゃいそうなので却下した。管理とかも知らないし。


 「よく見ればおりますな、そのような事をしていたとは驚きました」


 田を覗き込んでいる久幹は感心したように頷いている。


 「常陸の田を初めて目にした時には伊賀とは比べ物にならない程の豊かさに驚いていたので御座いますが、若殿は満足されていなかったので御座いますな」


 百地はジッと田を見つめながらそう漏らした。桔梗も田を覗き込みうんうんと頷いている。


 「これで収穫は増える筈なんだけど、問題もあるんだよ」


 「問題と申しますと?」


 「このやり方を領民がやってくれるかが問題なんだよ。失敗したら米が採れなくなるって考えたら誰でも二の足を踏むよね?それに最初の手間も随分増えるし」


 政貞が何をと言わんばかりの様子で答えた。

 

 「命じればよいと思いますが?」


 「それはダメだよ、政貞は戦の仕方を百姓に講釈されたらそれに従える?たとえ正しくても聞けないんじゃないかな?」


 「まぁ、確かに」


 「それと同じで米作りの先達である百姓も武士に言われたからって素直にやるとは思えないよ。私ならやる気にならない。だから村の顔役を集めてここで説明するつもり、やると言った者だけやってもらう。収穫を見れば次の年は皆やるようになるだろうしね」


 久幹が顎に手をやりながら口を開く。


 「ですが、これが巧く行くのなら一度にやったほうが良いと思われますが、それでは駄目なので御座いますか?」


 「命じる事は出来るけど、嫌々やったら手抜きが出ると思う。手抜きが出れば収穫は減る。収穫が減れば次に続く者も減る。納得してもらうのは大切な事だよ。それにやってくれる者は年貢を一割下げるつもりだよ、ご褒美もないとね。それと失敗したら不足分を私が支払う事にするつもり」


 それを聞いて政貞が慌てたように私に警告する。


 「いくらなんでも気前が良すぎます!領主の命を聞くなど当然では御座いませんか!」


 「菅谷は忠義の一族、政貞がそう考えるのは私も分かる。でも他の皆はそうでもないよ。民なら尚更ね。それに私は急ぐつもりもないよ。それに一度に広めるにも限度があるんだよ。来年やった人達に次からやる人達へ教えてもらうつもりだし」


 「釈然としない部分もありますが、若殿がそう言うなら従いましょう。ですが貯えに余裕がある訳ではないこともお忘れなく」


 「私も馬鹿じゃないつもりだから大丈夫だよ。それで領民への説明だけど、戸崎と真壁から顔役を集めて欲しい。ここに連れて来て説明するから、久幹もいいよね?」


 「承知しました。年貢を減ぜなくて済むようにしたいものですな」


 その様子を見て政貞も続いた。


 「若殿、我が領の土浦の者も連れて参ります。宜しいですか?」


 「それはダメだよ、私の領だけでやるのだから」


 「何故で御座いますか?我ら若殿の家臣で御座います、真壁殿が良くて何故我等はいけないのでしょうか?」


 「菅谷の忠義は疑ってないよ。だけど菅谷も国人には違いないよね?小田は菅谷を特別に扱っているけど、米が多く取れる方法を菅谷だけに教えれば他の国衆が黙っていないよ。私は菅谷と他の国衆を同列に見ていないんだよ。菅谷は寝返りの心配は無いけど他の国衆は分からないでしょ?だからいくら菅谷でも今は教えられないんだよ。それに真壁は私の家臣になった。久幹は私に領地を差し出したんだよ、安堵はしたけどね。久幹はもう国人ではないんだよ」


 「では我らが真壁殿同様に被官致せば宜しいのですか?」


 「それをするつもりは無いかな。小田家として菅谷に不義理をする感じになるし、所領も大き過ぎる。う~ん、宍倉の城をくれたら教えてあげるよ。あそこって五千石くらいだったよね?収穫が増えれば宍倉以上に収穫が見込める訳だし、他の国衆にも説明が出来るね」


 政貞は腕を組み唸るように考え込んでいる。そんな彼を見ながら思う。国人を家臣化して戦国大名は成長するのだけど、そうなれば家臣となった国人の家族を小田の城下町に住まわせないといけなくなる。いわゆる人質だ。今回の米増産も塩水選以外はよく観察すれば真似は出来るし数年で今以上の成果は上げられるだろう。タネがバレれば国人も臣従する程の物でもないのである。一応その事も政貞に伝えた。所領も大事だしね。


 「持ち帰り父上に相談しようと思いますが宜しいですか?」


 「それはいいけど、土浦の規模だと大変だよ?私も手が回らないから政貞が駆け回ることになるよ?元々、私の領だけにした理由の一つは面倒見られる範囲も含めてだから」

 

 「承知致しました、それも含めて相談して参ります」


 そうしてその日は解散となった。


 ♢ ♢ ♢


 権さん宅に続々と人が集まってきている。今日は農法の説明会の日である。政貞の説明が要領を得ないと勝貞も参加である。しっかりしてほしいものだ。次々とやってくる人々を見て、権さんは困惑しているようだ。私は集まった村の顔役に田の説明をする。内容は以前と同じである。私の説明と現物である田んぼを見て顔役達は口々に感想を漏らしている。やっぱり現物付きだと説得力があるらしい。これで私も怪しいセミナーが開けそうな位の好感触を得た。

 

 「若殿の仰る通り、実りが違いますな。どの程度変わるので御座いましょうか?」


 勝貞が感心したように腕を組んで田を眺め見ている。


 「大凡だけど倍になるか、ならないかじゃないかな?隣の稲と比べれば実の数も違うのが分かるでしょ?それに今までだと芽が出ない種籾も多いから変にスカスカになって雑草が生えてる田も多いよね?」


 「確かにそうですな。我が領が倍となると四万石になるという事で御座いますか。そう考えると凄まじいですな」


 「戦で二万石を得るのは大変だよね。統治も大変だし。少なく見積もっても一万石増えたら十分な成果だと思うよ。小田城の備蓄米は八千石だよね?それが毎年入るなら領の維持も楽になるよ」


 「そうですな、これを若殿が考えられたのですか。尋常のお方ではないとは思っておりましたが驚かされました」


 「土地を増やさずに石高が増えると良い事があるんだけど聞く?」


 それを聞いて政貞と久幹も反応した。


 「石高が増えれば収入が増えるんだけど、それは領民もなんだよ。彼等は食べられるようになって、子供を育てるのも楽になるんだ。そうすると子も増えるから領の人口が増えるよね?そうすると同じ領でも兵が増えることになるんだよ。子供の成長分の時間はかかるけどね」


 「確かに言われる通りかもしれません。いやそうなるでしょう」

 

 勝貞はひどく感心してる。政貞と久幹もだ。


 「だから年貢は据え置く、もしくは下げる。私なら五公五民にする。民が豊かなら国は栄えるのだから」


 この時代はいかに搾り取るかを考えるのが主流だ。その逆を行くやり方だけど現代人なら当たり前の発想なんだよね。でも自重出来る余裕なんて無いし、身に余る賞賛に後ろめたい気持ちがあるけど、やるしかないのだ。


 「まだあるよ。食べるのに余裕が出来れば人が増えると言ったけど、そうしたらその余裕で田や畑を多く耕そうとするんだよ。だってやればやるほど豊かになるんだから当然だよね?」


 三人が頷く。それを見て私は続ける。


 「そうなればより豊かになって、余った米は売って銭にするようになる。その銭で着物やお酒を求めるようになる。戸崎の領民はどこで買い物するだろうね?」


 「それは土浦の商家でしょうな。成る程、そういう事で御座いますか」


 「うん、土浦の商家で買い物をすれば勝貞には税が入って来る。そして父上にも税が入る。その税で商売を奨励すればまた銭が入って来る」


 私は一呼吸おいて続ける。


 「それと、領が豊かになればそれは他領でも噂になるよね?貧しい生活をしている人が聞いたら移住してくると思う。受け入れの条件として開墾してもらえば村の二、三はすぐ出来るよ。土地はまだまだ余っているしね。そうするとまた石高が増えるんだよ」


 皆それぞれ感心している。この時代に経済を回す発想は無いから、理解されているだけでも驚きなんだけど。


 「豊かになった領民は当然生活が良くなるんだけど、こんどはそれを守ろうとするんだよ。誰でも貧しいのは嫌でしょ?だから他領から兵が攻めてきたら逃げるよりも戦う事を選ぶ者が増えるんだよ。そうなると勇敢な足軽が増えるから軍も強くなるんだよ」


 「そのような考えは聞いた事がありませぬ。この勝貞、この歳で学ぼうとは思いませなんだ」


 「賢いとは思っておりましたがこれ程とは、信長殿に言われた事も合わせれば空恐ろしいですな」


 勝貞と久幹がしきりに感心している。政貞は言葉も無いようだ。ズルしてるって伝えたい!


 「皆褒めてくれるけど、これは管子の牧民の応用だよ。倉廩実ちて礼節を知るってやつね」

 

 「政貞の話はよう解らなかったのですが、納得いたしました。しかし管子で御座いますか。某も読んだことはありますが気付きもしませんでした。若殿、我が領でも是非やりたいのですが宍倉の城でしたな。若殿に差し上げましょう」


 「政貞から聞いていると思うんだけど、国人対策だから私が欲張っての事でないことは、理解してほしい。そうでないなら、いらないし、教えてもあげられないよ?」


 一応念を押しておこう。後でクレームも困るし。


 「この勝貞を見損なわないで頂きたい。若殿のお気持ちはよう解っておるつもりです」


 「若殿、そうであれば宍倉の者共も呼ばれますか?」


 久幹の問いに私は答える。


 「宍倉は再来年かな、準備が間に合わないと思う。勝貞、桶を大量に作るから職人の手配に協力してほしい。来年まで間はあるけど早めに準備はしたい」


 「それはよう御座いますが銭は当てがあるので御座いましょうか?宜しければ勝貞が用立てますが?」


 「勝貞、それは心配ないよ、私もちゃんと当てがあるから心配しないで」


 勝貞は本当に私に甘いな。まるでプリンのように甘くて柔らかい。あっプリン食べたくなった、砂糖があれば作れるから宗久殿に相談しよう。不埒な事を考えながら私はやんわりと断ったのだった。


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[一言] 農政改革の一環として、検地&区画整理も必要ですよね? 堺(津田宗久)との交流も有るのだから、明から孟宗竹を輸入して(鹿児島に来たのが、四代,家綱の頃)竹籠作り(いわゆる信玄堤の模倣)&干拓=…
[良い点] 面白い [一言] 家にに向かっている 誤字
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