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第百二十四話 北条包囲網 その11


 政貞の報告を聞いて私と義昭殿は驚いたのだ。久幹が安房に攻め込む予定は無い。でも、あの久幹が考え無しに行動するとも思えない。


 「―――政貞、理由はあるの?あるなら聞かせて欲しい」


 私がそう言うと政貞が語り始めた。久幹は上総の椎津城を包囲して真里谷信政を降伏させたそうだ。そして久幹は真里谷家の支城の接収を始めたけど、安房との国境付近にある佐貫城に里見義堯が攻め込んだそうだ。佐貫城は真里谷信政が降伏したので接収は出来ていないけど、小田家のものである。


 そこへ事情を知らない里見義堯が攻め込み佐貫城を落としたそうだ。久幹は里見義堯に抗議をして城を返すように求めた。だけど、里見義堯は受け入れずに拒否したという。そして怒った久幹が佐貫城に攻撃をし、城を守れないと悟った里見義堯は安房に逃走したそうだ。でも、敵対した里見義堯を放置する訳にもいかず、そのまま安房に攻め込んだという。


 私は思わず円卓に突っ伏した。里見義堯の気持ちは解る。小田家が上総を平定したら領土を広げられないから焦ったのだと思う。集めた軍勢もなけなしの銭や米を使ったのだと思う。久留里城を獲られたのだから備蓄だって無い筈だ。そして集めた軍勢で佐貫城を獲ったのだろう。でもタイミングが悪かったし、久幹からの交渉を無視したのも悪かった。獲った城を奪われたら久幹の面子が丸潰れになるから彼の行動も理解が出来る。今から止める?いや無理だと思う。多分、私の面子も潰されたと考えていると思うし、里見家が敵対したなら放置するのは危険だと思う。また隙を突いて城を奪うかもしれない。それにタイミングも最悪だ。この状態で安房を獲ったとしても、帰って来てから太田資正の話を聞いたら多分、久幹は切れる。


 「政貞、久幹は止められないよね?」


 私は身体を起こしながら聞いた。政貞は眉を下げて困ったように言う。


 「こちらの交渉を無視して居りますれば、里見殿に非が御座います。話が出来ればまだ何とかなったので御座いましょうが、久幹殿のみならず諸将も納得は致さぬでしょう。御屋形様の面子も御座いますれば」


 「正木時忠殿には話をしたの?」


 「致しました。正木殿は上杉様の陣に行かれると申して居りました」


 「今から早馬を出したとしても、もう決着が付いているだろうね」


 「安房に討ち入ったのは英断で御座います。敵対した里見殿を放置致せば何が起こるか判りませぬ。しかし、後味が悪う御座いますな。これでは連合どころではなくなると思われますが?」


 どうしよう?今私が軍勢を引いたら義昭殿も引くと思う。そうすると両上杉の兵だけで北条と戦う事になるけど勝てるのだろうか?今どのくらいの戦力があるのだろう?上杉憲政の軍勢が一万六千、損害と獲った城の防衛で減ったとしても一万三千、上杉朝定の兵は四千がいいところかな?一万七千で滝山城は落とせると思う。上杉朝定と戦がありそうなのが……。それにやるなら上杉憲政とも戦わないといけない。出来れば戦をしたくないけど、皆が納得しないだろうし。


 「政貞、百地の忍びに滝山城を攻めている軍勢の数と、上杉憲政様の平井城と金山城、そして上杉朝定様の城の留守の兵を調べておいてくれる?一応念のためね?」


 「承知致しました。上杉憲政に上杉朝定と事を構えるおつもりで?」


 「念のためだよ?多分、全軍で北条に当たっているから城は空だと思うけど念のためね?まずは久幹の帰還を待つ。その間に調べられる事は調べよう。別に上杉憲政様や上杉朝定様と戦をする訳ではないけど、あくまで念のため!」


 「―――百地殿も急いで戻るそうで御座います。今いる忍びに調べさせましょう。ですが……」


 「分かってる、どちらに転んでもいいようにしておこう。里見家が滅亡したら私達がここにいる意味が無くなる。太田資正殿の件はまだ片付いていないし、管領家に舐められたままだと後で困る事があるかも知れないとは思う。皆の機嫌が最悪なところで太田資正の話を聞いたらと思うと頭が痛いよ」


 政貞が一礼して去って行くと、義昭殿が口を開いた。


 「氏治殿、御決心なさいましたか。この義昭も合力致す。長野殿が申されていたが、上野の衆は城に留守の兵すら置いていないと。一合戦致し、打ち破れば上野にも雪崩れ込めそうですな」


 まずい、義昭殿が戦闘モードになっている気がする。出来ればもう戦はしたくないけど、私の頭の中に悪知恵が次々と生まれて来る。私ってこんな人間だったっけ?でも、ちょっとだけ思い付いた事があるから百地の忍びに調べて貰おう。あくまで念のため!


 二日後に久幹が軍勢を率いて帰って来た。国府台城の広間で報告された内容は、政貞から聞いた通りで、真理谷家と土岐家を降して、更に安房の白浜城を落として捕らえた里見義堯は家族ごと幽閉しているそうだ。取り敢えず里見義堯が殺されなくてホッとしたのである。私は久幹が安房に攻め込んだ事は防衛上問題無しとした。佐貫城は小田家の城になったのだから戦を仕掛けて来たのは里見家になる。それにこちらの話を無視されては報復されて当然なのだ。


 ただ、正木時茂がどんな反応をするか考えると頭が痛い。そして政貞と勝貞が太田資正の無礼を話すと、久幹は無言になった。そして諸将は怒りを露わにしたのだ。


 広間には義昭殿と腹心の小田野殿、一門の佐竹義廉と佐竹義堅もいる。義昭殿から申し入れがあり、事の顛末を知りたいと言われたのだ。共闘しているから当然かと思ったので同席して貰っているのだ。


 「御屋形様、既に里見家は滅び、この戦の意味も無くなり申した。上杉家は滝山城を囲んでいると聞いて居りますが、こうなっては助太刀も無用かと存じます。太田資正もそうで御座いますが、管領家は我等を自らの手勢と勘違いしている様で御座います。当家は大国になり申した。最早、関東管領に従う事はないと存じます。であれば、太田資正をひっ捕らえ、犬の餌にすべきかと存じます。折角で御座いますから扇谷上杉家も平らげては如何で御座いましようか?」


 久幹がそう言うと諸将が湧きたった。そして口々に上杉との戦を主張し始めた。政貞が皆を抑えて静かにすると、今度は勝貞が口を開いた。


 「当家が小国であれば、御家を守るために致し方ないと矛も納めましょう。ですが、扇谷上杉は二十万石、山内上杉は六十七万石、大した差では御座いませぬ。戦を致せば鉄砲を多く持つ当家が確実に勝ちまする。かように力を持たぬ者が当家に命ずるなど可笑しな話で御座います。管領家が大領を得れば次は我らが攻められるやもしれませぬ」


 そう言った勝貞は目が据わっていた。小田家が大国になったので皆にもプライドがあるのだと思う。それに戦をしても鉄砲を使う小田家は野戦ではまず負けない。力があるのに屈するのは屈辱なのだろう。


 もうダメだね。大国になった小田家に面子を潰すような事を言った管領家が悪いと思う。勿論、太田資正もだけど。あの人達は前時代で頭が止まっているからいつまでも騒乱が静まらないのだと思う。元々は、山内上杉と扇谷上杉の争いだった。武蔵を獲れば力を持つからまた諍いを始めるのは容易に想像がつく。そうなると私達も巻き込まれるから碌な未来は無いだろう。よし、決めた!


 「分かった、上杉家と戦をする事にする。でも、やるなら相手にするのは両上杉家だよ?いいの?」


 私がそう言うと諸将から歓声が挙がった。久幹は無言で青筋を立てているからまだ怒っているようだ。政貞が再度諸将を静めると私に問い掛けた。


 「御屋形様、直ちに攻め込まれますか?当家の軍勢は一万二千、守りも御座います故、兵は減じましたが、鉄砲衆も御座いますし、戦は問題無いかと存じます。それと、佐竹様の御助力も期待して宜しいので御座いましょうか?」


 政貞がそう言うと、義昭殿が嬉しそうな顔をして答えた。


 「当家は氏治殿の盟友で御座る。当然合力致す。出来るなら下野なり上野なりに軍勢を進め、獲れるだけ獲りたいものですな」


 義昭殿がやる気である。私はこのまま軍議をする事にした。皆で車座になって話をする。義昭殿主従も参加である。私は広げられた地図を見ながら口を開いた。


 「直ぐには上杉家を攻めない。まずは北条家の葛西城、江戸城、世田谷城を獲る。この城は碌に兵がいないから落とすのは容易いと思う。そして獲ったら上杉朝定様には渡さない。使者や接収する軍勢が来たら、戦が終わったら渡すと言えば良いよ。とにかく渡さない。北条家は河東の防衛に兵を割いたから今の軍勢は七千くらいだと百地から聞いているから、滝山城を囲う軍勢に備えなくてはならないと思う。滝山城の軍勢は両上杉家合わせて一万七千、城攻めもしているからじりじり減って行くだろうね?私達は義昭殿と合わせて一万六千、兵力は問題無いけど、まともに当たるつもりはないよ。そこで策があるのだけど……」


 私は皆を見回してから続けた。


 「百地の調べで両上杉家の城ががら空きなのは分かっている。でも、軍勢を率いて城を落とすと上杉家に気取られるから、軍勢を返して来て戦になると思う。だから、上杉家を騙して城を奪おうと思うんだけど……」


 私は皆に考えた策を話した。将が負傷したように見せ掛けて戸板にでも乗せて、二百程の軍勢で上杉方の城へ行き、休ませて欲しいと言えば友軍だから中に入れてくれるだろう。城門が開いたら率いた二百の軍勢で雪崩れ込んで城を占領する。まさか味方の裏切りだとは思わないだろうから、敵は対応すら出来ないのではなかろうか?と皆に話した。そしてこれを各地の城で同時に行って、一度に多くの城を獲ってしまう。私が話し終えると皆が私をガン見していた。私は賛同を得られないのかと気後れしていたら、政貞が口を開いた。


 「毎度毎度、斯様な悪事をよく考えまする。相手の情けに付け込んで城を奪おうとは……」


 「御屋形様、この勝貞も心配で御座います。百地殿と悪巧みをされている時のお顔も宜しく御座いませぬ。やはり一度お祓いを受けては如何で御座いましょうか?」


 なんかディスられている。でも、謀略ってこういうものだと思うのだけど、楽してズルして頂くのが道というものだと思う。


 「分かったけど、皆は反対なの?まともに戦するより無駄な血を流さずに楽でいいと思ったんだよ」


 私がそう言うと久幹が答えた。


 「いえ、良い策だと某は考えますが、あまりに無道な策なので驚いたので御座います。かような軍略は聞いた事が御座いません」


 義昭殿主従が引いているけど、まあいいや。私は地図に扇子を向けて指し示しながら話を続けた。


 「皆、賛成という事で話を進めるよ?当家は上杉家の主要な城を狙って貰う。平井城、河越城に岩槻城、松山城に忍城、鉢形城、菅谷城、天神山城かな?八つの城に同時に軍勢を派遣するから全部で千六百の兵を出すよ。特に平井城は上杉憲政様の居城だから確実に落としたいし、ここにはご嫡男の龍若丸殿がいらっしゃるから捕らえたいかな。平井城は後程、義昭殿にお譲り致しますね?義昭殿は下野に軍勢を派遣されるといいですね。特に唐沢山城は堅城なので確実に獲りたいですね。この策でなるべく獲って、露見したら下野の城を全て平らげると良いと思います。城は空ですから獲り放題ですね。巧く行けば一日で平らげられますよ?当家は策を行う日に上杉家と合流して滝山城を挟むように上杉家に対して布陣します。上杉家が感付いたら当家が軍勢を抑えるので、下野の城を獲り終わったら援軍頂ければいいですよ。滝山城を包囲している上杉家に当家が陣を敷きますから動けないと思います。居城に帰ろうとすれば追い討ちを受ける事になりますし。または不意打ちして戦を仕掛ければ確実に勝てると思われるので討ち入ってもいいかも知れませんね。うん、日を決めて戦を仕掛けようか、久幹?」


 「包囲する軍勢に討ち掛かれば容易く追い散らす事が出来ましょう。出来れば上杉憲政と上杉朝定の居場所を知っておきたい所で御座います。討ち取ってしまえば戦も仕舞で御座いますから」


 「先に討ち取ってしまってもいいのだけど、確実ではないし、深く討ち入る事になるから危険だよ?勝つ事を優先する。両上杉様も太田資正も城を獲ってやる方が仕置になるよ。私が武蔵の大半を獲って、義昭殿が下野を平定すれば上杉憲政様は勢力を減じるし、共闘相手もいなくなるから私達には手出しが出来なくなるよ。今、仕返しするよりゆっくり痛めつけた方が皆の気も晴れるんじゃない?それと、後から城を獲るのが面倒だからやっぱり城は獲っておきたい。北条が感付いて動いても直ぐに城を固められるしね。義昭殿、如何ですか?」


 「承知したが、かような血も涙もない策を考えるとは恐れ入った。私が敵方の立場であれば城に招き入れると思われる。門さえ開けば城など容易く落ちようから巧く行くでしょうな?であれば、金山城は獲っておきたいところですな」


 義昭殿は地図を見つめながらそう言った。義昭殿にもディスられているけど、この反応だと巧く行きそうである。


 「義昭殿?唐沢山城だけは策で落とさないと時が掛かりますから、同時に兵を城に派遣致せば一度に多くの城が獲れます。あとは負傷したと見せ掛ける将にはしっかりと演じて貰うくらいですね?布に血などを付けて巻かせればいいと思います。鳥などを潰して血を身体に塗ってもいいですね」


 私がそう言うと皆が黙った。私だって好きで提案している訳ではないのだ。リアリティーを出さないと騙せないじゃん。皆は怒っている割にお人好し過ぎると思う。


 「確かにそうで御座いますな。いやはや参りました。当家も氏治殿の策で行くと致します。まずは北条攻めからですな?」


 「そうですね。当家の都合になりますが、獲れるなら北条の城は押さえたいと思います。世田谷城まで獲ったら皆で時を合わせて策を仕掛けましょう」


 一応は皆の了承が得られてこの作戦で行く事になった。ピンポン奪取作戦と名付けたいけど、言葉が通じないのが残念である。

五色福豆様、レビュー有難うございます。この場を借りてお礼申し上げます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 安房(千葉県南部)を小田家領土にしたら、氏治の事だから、チート才能を発揮して、米,二期作や砂糖きび,パイナップル等の南方系,甘い植物(果物)の栽培を開始するのでしょうね?江戸時代中期以後すら…
[良い点] 毎度毎度、かような悪事をよく考えまする 最高ですわ [気になる点] 今後のまいどまいど [一言] めっちゃおもろいですこれからも頑張ってください
[一言] こんにちは死ねかな?w 関東平定も近いなあ
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