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第百十三話 槍大膳の来訪3


 ―久留里(くるり)城 里見義堯(さとみよしたか)


 その日里見義堯(さとみよしたか)は私邸の縁側で思案気に酒を飲んでいた。既に日は沈み、闇夜が辺りを包み、月の薄い光が辺りを照らしている。まるで海の波のように押されては押し返すといった戦続きで、さしもの義堯(よしたか)も頭を抱えていた。


 腹心である正木時茂と一計を案じ、関東管領の領地を取り戻すという名目で周辺諸国を煽動したが、未だに兵を挙げさせる事が出来ないでいる。このままでは北条家に磨り潰される未来しか見えなかったが、どうにか諸侯に兵を挙げさせる事が出来る状態になってきた。最初は巧く行っていたのだ。旧領を回復せんとする扇谷上杉家の上杉朝定は武蔵一国という餌に喰い付いてきた。そして山内上杉家の上杉憲政もこれに同意した。そして宇都宮家、小田家、佐竹家が協力に同意したのだ。だが、常陸の小田氏治が駿河の今川義元の参戦を条件にした事が事の始まりだった。


 小田氏治は里見義堯(さとみよしたか)と正木時茂の計略を見破り、知って尚協力を約束してくれた。正木時茂は小田氏治の振舞いに感服し、それを義堯(よしたか)に報告した。義堯(よしたか)も小田氏治の洞察力に感心し、ならば今川義元を口説けば更に万全と正木時茂を再度派遣した。だが今度は今川義元が条件を付けて来たのだ。今川義元が西三河で対立している織田信秀との和睦が条件だった。


 正木時茂を織田信秀に派遣したものの、にべもなく断られた。そしてその対応に頭を悩ませていると、今度は山内上杉家の上杉憲政から条件の変更を申し入れられたのである。元々武蔵の国は西側の一部を山内上杉家、その他を扇谷上杉家が治めていた。当初は領土を多く失った扇谷上杉家を立てた方が良かろうと始まった交渉だったが、今川義元を口説くのに時間を掛け過ぎたからか、山内上杉家の上杉憲政の気が変わり、旧領の回復を条件に加えてきたのである。


 この為に正木時茂は扇谷と山内上杉家を往復する羽目になった。そしてその中で常陸で大戦が起こったのである。小田氏治を倒さんと周辺国が合力し攻め込む気配を見せたのである。しかし結果は小田家と佐竹家の連合軍の圧勝で収束し、小田家六十二万石と佐竹家三十万石という大国が出現したのだ。


 これには義堯(よしたか)も驚いたが、今度は連合軍の力関係が変わる事になり頭を抱えた。扇谷上杉家は二十万石、山内上杉家は周辺国人合わせて六十七万石、佐竹家が三十万石、そして小田家が六十二万石である。


 元々は里見家が磨り潰されるのを防ぐ為に始めた連合である。そして戦が始まれば上総を平定し、あわよくば下総の一部なりとも切り取ろうと考えていた。だが、小田家が大国になり、連合軍の主力になるであろう小田家を無下に扱う訳には行かなくなったのである。佐竹家も同様で、小田家と繋がりが強く、家格も里見家より遥かに上である。里見家の企みを看破している小田氏治を一方的に利用しようものなら報復を受ける可能性があるのだ。


 正木時茂の苦労が実を結び、両上杉氏を納得させる事に成功した。そして小田氏治を参戦させる為に正木時茂は再度織田信秀の元を訪れた。だが、今度はあっさりと今川義元との和睦に応じたのだ。これを聞いた義堯(よしたか)は歓喜した。義堯(よしたか)は正木時茂と再度相談し、小田氏治の領地は千葉家と接しているので下総の切り取りを勝手次第とし、佐竹義昭には上杉両家から兵糧の提供をする事を考えた。佐竹義昭を怒らせれば同盟関係にある小田氏治も協力しないだろうと考えたからである。


 再度の条件変更を両上杉氏に要請してようやく連合を立ち上げるに至ったのである。今はその条件と挙兵の日を小田家と佐竹家に正木時茂が伝えに向かっているところである。北条家の攻勢が日増しに激しくなって来て、里見義堯(さとみよしたか)は防戦一方であった。戦線は久留里城まで押し込まれ、上総東部の殆どを獲られてしまった。真里谷信政は北条方に寝返り、その他の国人はそれを見て動揺している。兵はじりじりと減り、兵糧の消費は激しく、一手間違えれば亡国の憂き目に遭う状態に追い込まれている。正木時茂の帰還を一日千秋の想いで待ち侘びていた。早く戻れと念じながら里見義堯(さとみよしたか)は杯を傾けた。


 ―小田領 小田氏治―


 八月ももうすぐ終わるという頃に信長から手紙が届いた。今川義元と和睦を結び、本格的に尾張の統一を目指すと記されていた。信秀は未だに元気で、史実で伝わる死亡日はとっくに過ぎていた。私としては友達の親が亡くなるのは当然嫌なので安心したのである。


 堺に信長と義昭殿と一緒に行き、戻ってからは義昭殿からの接触が多くなった。義昭殿は国に帰ってから中央集権を推し進め、今では国の七割を完全統治していると聞いた時は驚いたものである。


 義昭殿からは具体的な家臣の統制の仕方や、支払う俸禄や役割などをやって来た小田野義正殿、佐竹義廉殿、佐竹義堅殿に私と政貞で小田家での実例を説明したり、注意点なども話したりした。私からは木綿の生産の技術提供や木材の買い付けなど提案し、義昭殿の国造りに協力をした形である。


 義昭殿は栃原金山を発見した様で、文で報告して来たけど、そう言う事は秘密にした方がいいと思う。信頼の表れなのだろうけど、迂闊なのは頂けない。でもこれで義昭殿も財源が確保出来るから統治は楽になって行く筈である。何だかんだ言いながら小田家の原資は米である。新農法で米の収穫が上がったからこその国人の被官だったけど、義昭殿はそれも無しで国人を被官させたのだから驚く他無い。多分、小田野殿の協力も大きいのだと思う。


 尾張で話をした律令だけど、義昭殿がここまで真剣に取り組むとは思わなかった。信長からの文では尾張統一への動きがあるようだけど、これが実現すると桶狭間は完全に消滅する気がする。でも、信秀と信長のタッグなら何とかしてしまう気はする。そして今川義元と和睦をしたという事は正木時茂がやって来るという事である。


 対千葉、北条を想定しているので百地には忍びを多く入れて貰っているけど、里見義堯(さとみよしたか)は随分と劣勢らしく、上総東部を失っているようだ。そして共闘していた真里谷信政は北条方に付いたようだ。この状態で北条氏康お得意の調略攻勢を受けたら他の国人も寝返って滅亡してしまうのではないかと思ってしまう。


 でも北条氏康も必死だと思う。北条家からしたら里見を黙らせれば攻勢に出る事が出来るからだ。里見を滅ぼして両上杉を押し返し、そして今川の河東を獲れば領地は安定するのだ。河東を獲らないと今川義元に侵攻されると伊豆と相模を簡単に分断されてしまうからである。姻戚関係が崩壊しているようなので、私の立場だと助かってはいる。


 もし、北条包囲網が巧く行ったとして武蔵や下総を北条から奪えれば、相模十九万石、伊豆七万石となり、北条家は二十六万石になってしまう。今は千葉家を含めて八十万石程度だけど、一気に勢力が減少する事になる。なんだか、里見が頑張ったら北条家が詰みそうな気がする。


 そして今か今かと待っていると正木時茂が小田城に訪れた。私は政貞と話し合い、今回は重臣を招集して会談する事にしたのだ。大戦(おおいくさ)になるし、それなりの軍勢を出す事になるので皆の意見も聞きたいし、前線で戦うのは諸将なので聞いて貰った方がいいと考えたのだ。なので、正木時茂には一日待って貰ったのである。


 広間に重臣が続々と集まって来る。皆が揃うと沼尻が先導して正木時茂が入って来た。今日は次郎丸が私の側にいるけど、驚かない様に前日に紹介済みである。驚いていたけど。そして私に平伏してから正木時茂は口上を述べ、今回の来訪の目的を語ってくれた。居並ぶ重臣から声が漏れる。何故なら今回の出兵で下総の切り取りを認めると言うのだ。私はてっきり兵だけ要求されると思っていたのだ。


 「正木殿、真に当家が下総を切り取って良いのですか?上杉朝定様や上杉憲政様は御承知なのでしょうか?」


 私がそう言うと正木時茂が答えた。


 「左様で御座います。此度は諸国と連合致しますが、以前の河越との戦とは違い、包囲を縮めるように侵攻致します。上杉朝定様や上杉憲政様、佐竹義昭様には河越から攻め下って頂き、小田様には下総から武蔵に討ち入って頂きたいので御座います。当家は上総東部へ討ち入りまする。そして今川殿が河東から相模に討ち入りまする。以前は上杉朝定様に武蔵をと申しましたが、事情が変わりまして、上杉憲政様から旧領を取り戻したいと申し入れが御座いました。当家としては上杉朝定様が獲るべきだと考えて居りましたが、上杉朝定様に御相談致しましたらお認め為さりました」


 纏め役も大変そうだ。でも、私的には領地は欲しくないんだよね?今の状態なら防波堤代わりに上杉朝定が下総を獲ってくれた方が楽でいいし、領地も荒らされなくて済む。これ以上小田家が大きくなるのはちょっと怖い。千葉家は二十万石、獲れば八十二万石、水利権を合わせると一体どの位になるのだろう?私が皮算用していると久幹が正木時茂に質問した。


 「正木殿、下総の切り取りは勝手という事で間違い御座いませぬか?御屋形様から話は聞いて居りましたが、某は軍勢を出すのみと思うて居りました。ですが、領地を切り取れるなら当家も軍勢を出す甲斐があると言うものです。こう申しては失礼で御座いますが、此度の連合で多くの軍勢を出すのは当家で御座います。他家の戦に駆り出されるのみでは納得しない者も出るでしょう」


 「間違い御座いませぬ。小田様に下総を獲って頂きますれば、北条も大きく力を減じまする。大国になられた小田様に失礼の無いように取り計らったつもりで御座います」


 「今一つ疑問が御座いますが宜しいだろうか?」


 「何なりとお聞き下さい」


 「里見家は上総東部に討ち入ると申されたが、それは上総東部の支配を御主張されての事であろうか?当家が下総を獲れば上総東部は里見家と挟み討てますが、当家の調べでは里見家は千葉と北条に苦戦されていると(しら)されて居ります。仮に当家が上総の城を落としたら里見家に取り上げられるので御座いましょうか?」


 久幹がそう言うと正木時茂の顔色が変わった。以前、正木時茂が来た時には久幹は居なかったし、私が謀略を見破った事は秘密の約束だから久幹には話をしていない。領土が絡むと久幹は欲張りになるけど、事情を知らなければ当然かとも思う。同盟国の義昭殿であればこんな事は言わないだろうけど、里見家から直接恩を受けた事は無いし、連合するからと言って譲ってあげるなんて発想はこの時代の武士には無いと思う。血を流して獲った城は渡さないのが普通だ。関東管領の両上杉家の為に軍勢を出すから、里見家には遠慮する理由が無いのである。


 「当家に取り上げる権利など御座いませぬ。仮に小田様が上総の城を獲られたならばそれは小田様のもので御座います」


 「左様で御座いますか、では当家と競り合う事になりますな。此度の連合は先の河越とは違い包囲しての戦、如何な北条でも防ぐ事は出来ますまい。某、戦で競り合うのが大の好きで御座います。手加減は致しませぬぞ?」


 久幹がそう言うと正木時茂が乾いた笑いを小さく響かせた。止めてあげて下さい!と言いたいところだけど、謀ったのは里見家なので私は止める事は出来ない。やる気になっている久幹から勝貞に視線を向けると満足そうな笑みを浮かべていた。駄目だ、無理矢理にでも上総に侵攻する気がする。小田家が大国になってしまったせいで、里見家の野望まで潰えそうである。


 「して小田様は、此度の戦に如何程の軍勢を出すおつもりで御座いましょうか?把握しておきたく存じます」


 う~んどうしようかな?千葉家は兵力を分散しているから久幹の六千五百で十分な気はするけど?私がそう考えていると勝貞が答えた。


 「一万五千、全軍ですかな?」


 勝貞がそう言うと久幹が続いた。


 「左様で御座いますな、当家は背と脇を佐竹殿に守られて居りますれば出し惜しみする必要はありますまい。一息に平らげるのが宜しかろう」


 また正木時茂の顔色が変わった。そして諸将からは歓声が上がった。里見家の野望は終わったと思う。でも戦をするなら大軍で一気に押し潰した方が損害も少ないし、結果的には物資も節約できるんだよね?私は知らない。謀った里見家が悪いと思う。うちの兵部省である勝貞と久幹がそう言うなら私には止められないと思う。政貞をチラリと見たら気の毒そうな顔をしていた。

次投稿から合戦パートに入ります。相変わらずの苦手とご都合展開になりますがご容赦下さい。連続投稿で少々疲れが出て参りました。何処かで2、3日のお休みを貰うかも知れません。最後に、宜しければ高評価とレビューををお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] あっという間に領地が増えた上、実質の石高で更に兵数ドンという。 ……もっと早くに動けばとか、ノブパパがすんなり頷いてくれればとか。 色々言いたいことあるんだろうなぉ。
[一言] いつも楽しみにしています! 連日の投稿でお疲れとのことなのでお休み下さい! 日間1位おめでとうございます
[一言] こんばんは。 あともう一つ足利関連で気になる事が、 堀越の内紛で宗瑞が茶々丸を自殺に追い込んだ事を 政治と氏治がどう受け止めているのか そして関東の覇権を巡って北条と相対した時。 史実では北…
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