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第百八話 千宗易抹殺計画 その8


 ―その頃、那古野城内にて―


 那古野城の帰蝶の私室では、この部屋の主である織田信長の妻である帰蝶が柳眉と(まなじり)を上げ、着物の裾を摘まんで『ちぇす、ちぇす』と言いながらゲシゲシと自室の柱を高速で蹴っていた。暫くそうしていると疲れたのか足を入れ替え再び『ちぇす、ちぇす』と言いながら高速で蹴りを入れている。


 やがて疲れ果てたのかフラフラと下がって尻餅をつき、そのまま仰向けに横たわり、今度はゴロゴロと転がり始めた。そして目が回ったのか、今度はぐったりと横たわっている。帰蝶の御付きの侍女である妙は、嘆息しながら成り行きを見守っている。


 帰蝶は朝からずっとこの様な有様であった。事の始まりは帰蝶の夫である織田信長の堺行きが決まってからである。常陸の大名であり、織田信長の友である小田氏治から共に堺に行かないかと誘われた信長は実父である織田信秀から許可を得てから小田氏治に了承の意向を伝えたのである。


 その日からの信長は常に上機嫌であり、供として連れて行く事にした平手政秀や前田利家や池田恒興を集め、まだ見ぬ堺を夢想し、論じ合っているのである。信長の堺行きを耳にした帰蝶は自分も連れて行って欲しいと懇願したのだ。


 「何故、帰蝶をお連れ下さらないのですか?」


 「此度は、常陸の大名である小田氏治殿と佐竹義昭殿も共に参りますし、どなたも奥方を連れていません。それにこの信長は堺に学びを求めに行くのです。女子(おなご)は何かと準備が掛かるものです。それに船にも乗りますから船酔いなどしたら一大事です。氏治殿と義昭殿に御迷惑が掛かってはこの信長の面目が立ちません。土産を沢山求めて来ますので帰蝶は大人しく待っていて下さい」


 そう言ってにべもなく断られたのだ。


 「氏治様も女子(おなご)では御座いませんか!それに御付きの桔梗も来るのでしょう?ならば帰蝶が御一緒しても良いでは御座いませんか!」


 帰蝶はそう訴えたが信長は呆れた様子で言う。


 「氏治殿は大名当主、桔梗殿は常陸小田家の武将でもあります。か弱い女子(おなご)である帰蝶と同列で語ることは出来ません。お諦めなさい」


 「ならば帰蝶に鉄砲をお与え下さい!帰蝶が鉄砲衆を率いて見事敵将を討ち取ってみせます!氏治様の御家中では雪殿も鉄砲衆を率いているのです。帰蝶にも出来る筈です!」


 帰蝶が更に訴えると信長は嘆息して言った。


 「鉄砲は高価であり数も少なく撃ち手も貴重です。帰蝶に任せる訳には行きません。第一、父上がお許しになりません。この織田家では女子(おなご)戦場(いくさば)に出す家はありません。坂東では流儀が違うようですが当家では許されません。帰蝶にはこの那古野城の留守を任せます」


 そう言うと足早に去ってしまった。それ以来、腹心と楽しそうに語り合う信長に抗議をするように柱の陰から様子を伺ったり、同席してもむくれて見せたりしたが信長は全く気にした様子もなく、帰蝶を置いて氏治と義昭と共に旅に出掛けてしまったのだ。


 体力が回復したのか帰蝶は起き上がり、再び柱を高速で蹴り始めた。侍女の妙は早く信長様が御帰りになるようにと祈るばかりであった。


 ―堺 今井の屋敷―


 今井の屋敷に押しかけて来たと思われる堺の町衆を赤松と飯塚が静めに行った。私はテーブルから椅子だけを持ち出して腰掛けて、宗久殿と一緒に白尾と次郎丸が遊んでいる様子を談笑しながら眺めていた。向かって行っては次郎丸に軽くあしらわれる白尾がとても楽しそうで可愛いのだ。宗久殿も嬉しそうに眺めている。私は皆にも紅茶を振舞って、各々が湯飲みを片手に談笑している。


 「宗久殿?円卓と椅子がもう三組もあれば皆が座りながら寛げましたね。なるべく身分など問わない、そういう茶会にしたいのです」


 「左様で御座いますか、確かに悪くありませぬ。大勢を接待致す事が出来ますれば、ご家中の方々の楽しみにもなりますな。大きな傘を作りまして日除けも考えねばなりませぬ」


 「ならば円卓の中心に穴を開けてそこに差し入れましょうか?風が強い時は屋敷で致せばよいと思います」


 「それは良い考えで御座います。身分ある御方の為に東屋を造り、それを囲うように円卓を置きますれば、皆様が楽しめましょう」


 「皆が自慢の茶器を持ち寄って紅茶を楽しむ。驚くような茶碗が産まれそうで楽しみですね」


 「左様で御座いますな。この宗久も茶碗の柄などをどう致そうか思案するのを楽しみに思うて居ります。今までは明や朝鮮などから入ります茶器に頼って居りましたが、己が手で造り出せるのはとてもよう御座います。ですが、今の茶の湯が少々廃れますかな?」


 「好きに選べば良いのです。そうそう、宗久殿には当家の茶頭になって欲しいのです。俸禄をお出ししますし、出仕などはしなくて構いません。堺は会合衆が治める町ですから仕えさせる訳には参りません。指南役でも良いのですが、お名を御貸頂ければ当家にも箔が付くのでそう致したいのです」


 「これはこれは、そう言う事であれば喜んでお受けいたします。ですが、俸禄を頂く訳には参りませぬ、これ以上宗久だけが得をする訳には参りませぬ」


 「では、此度は有難く私が御頼り致しますね。それと宗久殿?琥珀と赤珊瑚はお持ちですか?他にも宝玉があれば買い付けたいのです。信長殿と義昭殿に贈る椀に飾りたいのですが」


 「御座いますが、琥珀とはまた豪勢な。何方(どなた)に贈られるので御座いましょうか?」


 「琥珀は義昭殿ですね。落ち着きのある方なので相応しいと思います。赤珊瑚は信長殿に致そうと思って居ます」


 「成る程成る程、人物に相応しき宝玉で御座いますか。これは面白う御座います。ではこの宗久を翡翠に例えられたので御座いましょうか?」


 「そうですよ、深く様々な緑が混ざる様は宗久殿に相応しいと思ったのです」


 「これは、この宗久、とても嬉しゅう御座います。では宗久も氏治様に相応しき椀を考えねばいけませぬな」


 そう言って私と宗久殿は笑い合った。見回してみると信長と義昭殿は話に夢中であるようで、家臣の人達に囲まれながら様々に話をしているようだ。国外に碌に出ないであろう二人には刺激されるものがあるのだろう。


 私も碌に国外には出ないけど、前世の記憶があるのでこの時代の人とは隔絶した知識を持っている。それは歴史に留まらず、地理や気象やあらゆる面での知識である。この知識は本当にチートだなと思う反面、物理的にはあまり役に立たないものが多い。


 技術などは蓄積して初めて使用可能だったりするので結局はこの時代で作れる物しか作れない。私は冷凍庫が欲しい。冷たいオレンジジュースが飲みたい。筑波山で洞窟でも探して氷室でも作ってみようか?断熱の理屈は知っているから三重にも五重にも囲えば保管出来るかも知れない。そんな事を考えていたら、赤松と飯塚が戻り、私に面会したい人が来ていると告げられた。私はその名を聞いて驚いたのだ。


日比屋了慶(ひびやりょうけい)殿と言ったら会合衆の方だよね?」


 「左様で御座います、堺の町衆を静めるのに合力致してくれたので御座います。日比屋了慶(ひびやりょうけい)殿が是非、御屋形様に御目通り願いたいと」


 「私は構わないけど、宗久殿のお許しが必要だよ?」


 私がそう言うと宗久殿が笑いながら口を開いた。


 「氏治様、この宗久の許しを求めるなど申されるのは氏治様だけで御座います。他のお武家様なら当たり前に御命じなさいます。どうぞ御心のままに御計らい下さい」


 私は宗久殿のお言葉に甘えて日比屋了慶(ひびやりょうけい)に会う事にした。史実でも有名な豪商である。でも何の用だろう?


 待っていると赤松に連れられて 日比屋了慶(ひびやりょうけい)がやって来た。彼は次郎丸を見て、そして私を見ると泣きながら平伏してしまった。私は慌てて彼を助け起こし、汚れてしまった膝を手で払った。そうすると彼はまた平伏してしまった。


 見兼ねた宗久殿が彼を起こし、私は椅子を持ってこさせ座らせた。一体どうしたのかと宗久殿が聞くと了慶(りょうけい)が語り始めた。了慶(りょうけい)は赤松が堺の衆に語った事を聞かせてくれた。私はまさか吉祥天様の御使い扱いを話されるとは思って居なかったので固まった。そして話を止めさせたいけど、止めることも出来ず黙って聞く事になった。チラリと赤松を見ると『やりました!』みたいな顔をしていた。


 あ~か~ま~つぅぅぅぅ!やられた、油断した、こんな所で変に目立ちたくなかった。三好もいるし京も近い。変な噂が流れて上洛なんてなったらシャレにならない。でも、赤松は嘘は付いていない、了慶(りょうけい)も私の政治に感動したみたいな事言っているし、確かにこの時代の為政者は悪魔のような存在だ。あっ! 日比屋了慶(ひびやりょうけい)って堺で最初にキリスト教徒になった人だ!元々心根が優しい人だから赤松の話に感化されちゃったんだ!そうなると堺にはセミナリオが出来なくなる?キリスト教徒は狂暴だから、纏まった信者を獲得すると寺を襲撃とかし始めるから共喰いするだろうと思ってたけど、このままだと宣教師のパトロンがいなくなる気がする。そして了慶(りょうけい)の話が終わると宗久殿が私を見た。


 「氏治様、この宗久は感服致しました。お優しい方だとは思うて居りましたが民草にこれ程の御慈悲をお掛けになられていたとは。失礼ながら奇妙だとも思って居たので御座います。御家中の方々が余りにも我等に寛大で御座いました。武家の方々は我等を見下すのが常で御座います。それが無かったのは民草も御家中の皆様も大事にしておられるという事。これは中々出来ませぬ、ですが合点も行きました」


 宗久殿、そんな目で見ないで欲しい。現代人なら当たり前なんだよ、私のように転生して生まれて現代人の感覚があったら善政は当然だし、虐殺まがいの事なんて絶対出来ないし、やったとしたらただの精神異常者だし、褒めるのは家臣だけにして欲しい。それに私は身を守るためとはいえ戦を指揮して人を殺めているから褒められる資格なんて無いんだよ。


 「宗久殿、了慶(りょうけい)殿、私は武家ですから戦になれば家臣に敵を討たせます。ただ、それに巻き込まれた民も討たれるのです。だからせめてもの償いに乱暴狼藉を禁じているに過ぎません。(まつりごと)にしても自国の民には幸せになって欲しいから善政を意識しているだけなのです」


 私がそう言うと了慶(りょうけい)が口を開いた。


 「例えそうだと致しましてもこの了慶(りょうけい)は小田様に敬服致します。小田様の為にこの了慶(りょうけい)が出来る事は御座いましょうか?小田様が望まれるならこの了慶(りょうけい)は全ての財を投げ打つ覚悟が御座います。どうかお言葉を賜りたく存じます」


 困った。良い人なんだけど、宗教に騙されて財産無くすタイプの人だと思う。よく今まで僧侶とかに目を付けられなかったと思う。取り敢えずアドバイス的なお願いをしておこうか?


 「了慶(りょうけい)殿?私の望みは堺が今の姿である事です」


 「と、申しますと?」


 「堺は会合衆によって統治されています。今後も大名に支配されずに思うままに商いが出来る町である事を望みます。その為に尽力して欲しいと」


 「ですが、それは手前共が今している事で御座いますし、この了慶(りょうけい)は小田様に尽くしたいので御座います」


 了慶(りょうけい)がそう言うと宗久殿が口を開いた。


 「了慶(りょうけい)殿、お待ち下さい。氏治様、今のお言葉は深読み致せば何れこの堺に大名の手が伸びると考えて宜しいので御座いましょうか?」


 「そうなると考えています。大国が小国をどんどん飲み込んで行けば、かつての足利様のように幕府を開く事を考える者が出て来るでしょう。話が出来れば良いのですが、そうではなかった場合はこの堺の富を狙うでしょうね。堺に危機があれば私も尽力するつもりでいますが常陸は余りにも遠く、私の軍勢は来ることが出来ません。ですから大名に飲まれない様に注意して欲しいのです」


 「成る程、あり得ぬ話では御座いませんな。手前共が今の富貴に胡坐を掻けば隙を突かれましょう。御忠告感謝致します」


 「小田様、お話はよく解りました。ですが他に何か御座いませんか?」


 う~ん。なら津田宗達と千宗易を呼んで紅茶のお茶会でもしてみようか?二人の反応も知りたいし?


 「では、了慶(りょうけい)殿と津田宗達殿と千宗易殿に茶を振舞いたく思います。宗久殿が居られるので名のある茶人と茶の湯を致すのは自慢になります。私も長くは滞在できないので急なお願いになりますが叶えて頂けるでしょうか?」


 「承知致しました。この了慶(りょうけい)がお連れ致します。小田様、今一つお願いが御座います」


 「何でしょう?」


 「吉祥天様(・・・・)の御堂を御造り致したいので御座います。お許し頂けましょうか?」


 「私が許す事でもないと思いますが、了慶(りょうけい)殿のお好きに致せば良いと思います」


 日比屋了慶(ひびやりょうけい)が帰ってから各々休息を取った。そして夜は宗久殿から皆が歓待を受けたけど、その最中に明日、津田宗達と千宗易が訪問する事を伝えられた。了慶(りょうけい)が頑張ってくれたみたいだけど悪い事をしちゃったかな?


 その夜に信長と義昭殿と相談して明日は別行動をとる事になった。政貞も晴朝を連れて堺の検分をする事になる。土浦の町造りもあるので頑張って欲しい。私は土浦の本屋開店の為に宗久殿に頼んで大量の本を買う事にした。


 翌日になると信長と義昭殿は朝餉を済ませると堺の町に繰り出した。義昭殿は町造りをしたいと言っていたから気合が入っている様である。でも、資金は大丈夫だろうか?機会があればさりげなく金山の話でもしてみようか?私が教える訳にはいかないし?

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― 新着の感想 ―
>着物の裾を摘まんで『ちぇす、ちぇす』と言いながらゲシゲシと自室の柱を高速で蹴って 超可愛いんですけど
[一言] この時代を境に、堺を中心に吉祥天信仰が広がり、尾の分かれた犬?が新たに神獣として語られるようになり、商人により販売された神獣グッズが民衆に大流行するのであった…。
[一言] やっと、読み終えました 次回の更新が楽しみです 痛快娯楽時代劇 小田氏治! 題に偽りなし!!
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