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第百五話 千宗易抹殺計画 その5


 着替えを終えた私は桔梗を引き連れて宗久殿達が待つ庭へ姿を現した。三人はセットされたテーブルと椅子を珍しそうに眺めていた。テーブルにはティーセットが人数分置かれているのが見て取れた。私の姿を見た宗久殿、信長、義昭殿は目を丸くしている。いつも男装だったから今日は初お目見えなのである。私は三人に近づくと可愛らしくお辞儀をした。そして真っ先に口を開いたのは信長だった。


 「氏治殿、何と美しい。この信長、氏治殿ほど美しいお方は見た事がありません」


 ほう?もうちょっとしたら生駒吉乃さんの所に通うんだったね。お鍋の方に坂氏さんに養観院さんに土方氏さんに慈徳院さんに原田直子さんも側室にするんだよね?帰蝶さんが可愛そうなんだけど?ちょっと綺麗な()を見たら全員に言ってそうである。信長は女好きだから要注意なのだ。と言っても大名当主の私に手は出せないだろうけどね。


 「氏治殿、この義昭が御贈り致した着物はお気に召したでしょうか?義昭はよくお似合いだと存ずる」


 「義昭殿、とても気に入っています。此度は義昭殿に御見せせよと皆が言うので持って参りました。お柄は義昭殿が選ばれたのでしょうか?」


 「左様です、お気に召すか心配でしたが、よう御座いました。義昭は安心致しました」


 義昭殿は誠実な褒め方である。信長は政貞や久幹と変わらないから少し考えたほうがいいと思う。


 「これは見事で御座いますな。茶碗も美しく御座いましたが、氏治様も引けを取りませぬな。此度は美しい椀に美しい姫君と福眼で御座います」


 「宗久殿だけはいつも褒めて下さいますから私は安心するのです。当家の家臣は酷いものなのですよ?」


 私はそう言って政貞をチラリと見た。バツの悪そうな顔をしている。そういえば久幹からの贈り物が届かないけどどうしたのだろう?私のジャンク船はまだかな?


 私は椅子を勧めて皆に座って貰った。私が来るまで座らずに待っていてくれたらしい。宗久殿も信長も義昭殿も椅子に腰かけると驚いたようにして座り心地を確認している。宗久殿がひじ掛けを確かめながら口を開いた。


 「これは、南蛮の物とは随分違う様で御座いますな。心地よく楽で御座います。気にはなって居りましたが、丸く作ってあるのが秘訣で御座いますか?」


 「そうですね、背が納まるように考えてあります。あとは布団と申すのですが、長く座っても疲れない様に座と背、ひじ掛けに付けてあります。私の茶の湯は寛ぎながら茶を楽しむ物ですから必要なのです」


 「ほう、寛ぎながら茶を楽しむで御座いますか。確かによう御座います」


 私は桔梗に合図した。私達が歓談してながら待っているとポットと砂糖壺、クッキーに自家製葡萄ジャムを盆に乗せた侍女たちを引き連れて桔梗がやって来た。そしてそれぞれの前にクッキーを置き、桔梗がティーカップに紅茶を注いだ。紅茶のよい香りが辺りに漂う。


 「これは、赤い茶で御座いますか?今までに嗅いだことのない香りで御座います。これが新しき茶で御座いましょうか?」


 「紅い茶なので紅茶と名付けました。宗久殿、信長殿、義昭殿、まずはお味見して下さいませ」


 私に促されて三人は紅茶の香りを嗅いでから口に含んだ。三者三様の反応だけど、悪くはなさそうだ。私も紅茶を飲んでみる。うん、美味しい。常陸の茶葉もなかなかやるものだ。


 「これは、この宗久も知らぬ味で御座います。香りがとてもよう御座いますし、それに味もよう御座いますな。不思議と落ち着く心地が致します。確かに氏治様が仰る通り新しき茶で御座いますな。それにしても何と不思議な茶であろうか」


 「信長もそう思います。普段飲んでいる茶よりこの紅茶と申しましたか、この茶のほうが好みですね」


 義昭殿はノーコメントっぽいけど満足そうな顔をしている。掴みは良さそうなので次に行くのである。私は桔梗に砂糖壺を要求した。桔梗がテーブルに砂糖壺を置くと宗久殿が目を見張った。


 「氏治様!それは『唐物茄子茶入』!この茶入に先ほどの茶の茶葉が入っているので御座いますか?」


 宗久殿がそう言うと信長が反応して茶入に目を見張った。茶入が欲しいんだね?あげないけど?


 「宗久殿、これには砂糖を入れてあります。この茶入の姿がよく似合うと思いませんか?そしてこの紅茶に砂糖を入れるとまた別の味わいになるのです。茶の湯の茶は味や香りにそれほど変わり映えはありませぬが、この紅茶は知恵ひとつで如何様にも姿を変えるのです。それを楽しむために椀を小さく作ったのですよ」


 『唐物茄子茶入』を砂糖入れにしたけど、品があってティーセットによく似合ったので採用したのである。


 「茶入に砂糖で御座いますか?これは、、、。一本取られましたな。ですが、確かにこの茶椀によう合って居ります。まさか名物の茶入に砂糖を入れようとは、、、」


 なんだか宗久殿がショックを受けているようだけど、道具は使ってこそである。私は桔梗に再度紅茶を注いでもらってスプーンで砂糖を一杯入れた。宗久殿達に同じ事をするように促して紅茶を一口飲んだ。うむ、甘味、甘味である。ただ、砂糖の精製技術が良くないので雑味は感じる。


 「これは、なんと甘い。茶に砂糖を入れようなど考えも付きませなんだ。それにとても美味で御座います。これは参りましたな」


 目をしばたたかせて宗久殿は再度香りを確認するように嗅いだ。信長と義昭殿はお代わりを要求している。甘い物なんてあまり口にしないだろうから砂糖の甘さは強烈だろう。特に信長は甘い物好きだから気に入るはずである。


 「美しき椀に美味な茶、心地よい座で楽しむという事で御座いますな?これを茶仲間が知れば騒ぎでは済まなさそうで御座います」


 「この紅茶はまだまだ味を変える事が出来ます。此度は葡萄の砂糖漬けをお持ちしましたのでお試しください。それに季節の果実などを絞り、少し垂らすだけで香りと味わいが変わります。工夫のし甲斐があるので宗久殿もお気に召すと思います。更にこの紅茶に入れる為のお酒も造っている所です」


 「茶に酒で御座いますか?」


 「ええ、試される時を御待ち下さい。ですが、酒精がとても強いので垂らす程度に入れて下さいね」


 「これは参りました。確かに新しき茶の湯、この宗久も気に入りました。茶は氏治様の御領地で御造りになられたので御座いましょうか?」


 「その通りです。当家でしか作れません。宗久殿、お目に適ったのであれば私のお願いをお聞きくださる約束でしたね?」


 「左様で御座いましたな。この宗久、この新しき茶の湯を認めまする。茶の湯には作法が幾つか御座いますが、この様に寛ぎながら飲む茶もまた良い物と考えます。何よりこのように美味な茶を認めぬ訳には参りませぬ」


 「宗久殿、そう言って貰えて嬉しいです。では私のお願いを聞いて貰いますね?」


 「何やら恐ろしゅう御座いますな?」


 「宗久殿?ジャンク船を贈って欲しいなどとは申しませんよ?」


 私は宗久殿に紅茶を流行らす為のプロデュースを依頼した。作法や道具の使い方などを決めて貰ったり、流派を作って貰って弟子を取って貰うのである。大名や公家に謁見する機会が多い宗久殿は宣伝にもってこいである。それに茶の湯の大家が勧めるなら名だけで紅茶の評判が上がるのだ。


 茶器やテーブルセットなどは宗久殿にも作って貰う。又兵衛だけでは対応出来るはずもないし、技を競い合えば技術が進歩して行くからである。


 「なるほど、承知致しました。新しき茶を広める(ほまれ)をこの宗久が頂けるとは。ですが、氏治様は宜しいので御座いましょうか?この茶は確実に流行りまするが?」


 「私は裏でコソコソ何かを作っている方が性に合っているのです。それより宗久殿?紅茶は宗久殿にしか卸しません。信長殿や義昭殿にはお分けしますけど。茶椀は真似る者が出るでしょうが、紅茶は宗久殿だけが持つのです。貴重な品なので存分に商うとよいですね」


 「これはこれは。しかし、値付けは少々考えねばなりませぬ。如何程の値を付けましょうか?」


 宗久殿は腕組みをしながら頭を捻った。


 「私は珍陀酒(ちんたしゅ)程高価にする事も無いと考えますが、似た考えで値を付けたらよいのではと考えますね。高いけど買えなくもない、そして使えば無くなる。私と宗久殿からしか手に入らない。とても良い(あきない)いになりますよ?」


 私と宗久殿は互いを見つめ合いながらニヤリと笑い合う。そしてお互いが懐から算盤を取り出して打ち合わせを始めた。算盤を弾きながら価格や収益を予測していくのだ。信長と義昭殿が目を丸くして見ているけど、今は紅茶が優先である。それに商いの大切さも知って貰いたいので敢えて二人の前で話を始めたのだ。宗久殿も私の考えを察しているのだと思う。


 紅茶の生産量を報せ、売値を検討していく。宗久殿と算盤をパチパチやりながら話し合う。テーブルと椅子の販売も同時に行っていくので、価格の検討や職人の確保も話し合う。茶道具に関しても私は医師が使う薬鑵(やっかん)を提案する。薬鑵(やっかん)を保温する為の小型の炉や砂糖の買い占めなども検討していく。八兵衛が作っているステンドグラスを用いたカフェスペースも提案し、宗久殿と詰めていく。


 カフェスペースの設置は必須である。千宗易が考案していく茶室は二畳程度でとても狭い。大名同士の密会にも使われるからである。これは戦国時代の暗い部分を映しているのだ。でもそれを乗り越えていくのが人の知恵というものだ。私の茶室は広くて明るくするのである。


 「これはおそらくですが、南蛮人に売れると思うのです。もし、南蛮人が求めたら存分に吹っ掛けると良いと思います。南蛮人が求めるなら当家は作る量を増やしましょう」


 「ほう、南蛮人で御座いますか?」


 「うまく行けばかなりの高値で売れると思いますよ?平戸や長崎に少量流して様子を見るのも良いですね。これは宗久殿の腕次第ですね?期待してますよ」


 ヨーロッパでは爆発的人気を誇った紅茶である。売れないはずがない。ヨーロッパに紅茶がもたらされたのは十七世紀である。今の時点で出せば高値で売れる可能性があるのだ。


 「確かにこの紅茶は見た事も聞いた事も御座いません。試す価値は御座いますな?それにしても氏治様は商いが上手で御座います。この宗久は氏治様と商いの話を致すのが楽しゅう御座います」


 「私も宗久殿と悪だくみを致すのが楽しいのです。宗久殿?此度の戦で木綿と絹織物の産地を獲ったのです。国を挙げて奨励致しているのです。なので買い取って下さいませ。特に木綿は明より安く卸せますよ?」


 「ほう、木綿で御座いますか?常陸で作られているとはこの宗久は知りませなんだ。真であれば是非ともお願い致したく存じます。木綿は明から運ばれてくる品しか扱った事が御座いません」


 「絹織物も御送りしますので検討してみて下さい。結城紬と申しまして、地味な見た目ですが坂東では武士にも好まれているのです」


 「承知致しました。大領を得られたとこの堺にも噂が届いて居りました。氏治様も随分とご出世なさいましたな?この宗久も鼻が高う御座います」


 「これで天下の今井宗久に肩を並べても恥にはならないですよね?」


 私と宗久殿が笑い合っていると信長が口を開いた。


 「驚きました。茶を飲みながら氏治殿と宗久は一仕事したのですね。私は聞くのみでしたが、これだけでも相当な利が出ると見ました。武士が商いの真似事をするのは恥だと聞いていましたが、そうではない事が良く理解出来ました。私も(まつりごと)を考えようと思います」


 信長がそう言うと義昭殿が続いた。


 「この義昭も感心致しましたな。氏治殿、私も街を造ってみたくなり申した。氏治殿の土浦にも感心致した。尾張でのお話にも感心致した。此度はこの堺をよく検分し、国造りに生かそうと考えて居ります。当家も港を整備致し、交易を致そうと考えました。戦に勝つ為にも(まつりごと)は大事。この義昭、目が覚めた心地になり申した」


 なんだか仲間内で内政ブームになりそうな気がする。でも大国になった佐竹家に白河結城氏や岩城氏が簡単には手が出せないだろうから領内が荒れる事は無い。今は領内を育てるチャンスかも知れない。


 「義昭殿のご領地であれば奥州との商いが出来ますし、港を整備して漁業を奨励すれば食料の足しにもなりますね。当家との交易も出来ますし、戦で領内が荒らされなければ自然と豊かになって行きます。お互いやりがいのある仕事だと思います」


 「そうで御座いますな。この義昭も励むと致そう。ところで氏治殿、先ほどの道具は何であろうか?」


必死になって執筆をしているのですが、セリフを書いていると全て波平の声で再生されるという病に掛かっています。誰か助けて下さい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 恐ろしい病にかかり草でござる。 どうぞご自愛くださいますよう。
[一言] 英国では紅茶に砂糖入れないですよね
[良い点] セリフを書いていると全て波平の声で再生されるという病 とは大変ですね。 なんか影響されてこちらの頭の中でも波平さんのナレーションに なりそうです。 最近では千葉テレのガンダムSEED D…
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