第百四話 千宗易抹殺計画 その4
久しぶりの堺である。宗久殿とはマメに文通しているけど、元気な姿を見たいものだ。私は到着した事を宗久殿に伝える為に今井に使いを出した。堺に降り立った信長と義昭殿は珍しそうに辺りを見回している。波止場にいた人々が南蛮船だと騒ぎ出した。私達もつられて海を見てみると船が近づいて来る。こちらに向かって来ているのは明のジャンク船だ。
このジャンク船が私は欲しくて堪らないのだ。リアルで見るジャンク船の独特の形が気に入っているし、大型であれば外洋も熟せるのである。中国で有名な鄭和もこのジャンク船を使ったと言われている。発注したら堺に持って来てくれるだろうか?
ジャンク船を見ながら信長と義昭殿は楽しそうに会話している。晴朝も目を丸くしてジャンク船を眺めていた。もしかしたら硝石を積んでいるかも知れない。硝石はインドや明で採る事が出来る。今の時期の硝石はまだまだお買い得である。もし積んでいるなら宗久殿が買い占めるはずだから小田家に来る事になるだろう。
硝石には謎が多い。日本では採取出来ない硝石だけど、硝石丘と言った採取法や古民家などの床下の土から採取する方法がある。だけど、使用量に対して全く足りないのが指摘される。豊臣秀吉の朝鮮出兵では半数の兵が鉄砲撃ちだと伝えられる。十五万の兵だと記憶しているから凄い数の鉄砲を使った事になる。では、その硝石は一体何処から調達したのだろうか?歴史では鉄砲の記録は多くあるけど、硝石の記録は悲しいほど少なくよく解っていないのだ。もしかしたら時代が進めば日本では硝石の需要があると外国の商人が多く持ち込むのかも知れない。
私も出来るなら買い付けに参加したいなと考えていたら今井の使い番がやって来て、宗久殿の屋敷に案内してくれた。私は今井の使い番に荷車を借りて、持って来たテーブルセットや交易品などを積み込んでの出発である。
宗久殿の屋敷に向かう道中でも皆珍しそうに街並みを見ていた。今日は小田家、尾張織田家、佐竹家の三つの大名が来るから宗久殿も大変だと思う。二隻の船で来ているので今回は人も多いから旅籠も利用して分散して泊まる事になっている。武士は商人を蔑むから基本的には嫌われているけど、信長と義昭殿は大丈夫だろう。
屋敷に到着し、中に案内されると宗久殿が平伏したまま待っていた。気にする事ないのにと思いながら腰を下ろしたけど、信長と義昭殿への対応だろう。たぶんこれが普通なんだと思う。私にはフランクに接する宗久殿だけど、さすがに信長と義昭殿にはそうは行かないのだと思う。
私達は挨拶を交わし、宗久殿と対面した。私は信長と義昭殿を紹介してまたもや平伏モードになった宗久殿に声を掛けた。
「宗久殿、信長殿と義昭殿は懐が広いお方ですから普段のように振舞ってくださいませ。信長殿、義昭殿、宜しいですよね?」
「宗久、氏治殿の仰る通りです。この信長は氏治殿から宗久の話を聞いています。会ってみたいと思っていました」
「左様、この義昭も氏治殿からは宗久からは学ぶことが多いと申された。この義昭も宗久から学びたいと常々考えていた。此度は氏治殿からお誘い頂き、ようやく堺に来ることが出来た。身分など気にせず振舞って欲しい」
信長と義昭殿が男前である。宗久殿は伏せていた頭を上げて居住まいを正した。
「これは参りました。氏治様はこの宗久を持ち上げ過ぎで御座います。期待外れと笑われぬか心配で御座いますな。ともあれ、堺にようこそいらっしゃいました。この今井宗久、出来る限りの御もてなしをお約束致します」
宗久殿がにこやかにそう言うと信長が口を開いた。
「天下の豪商にして天下三宗匠の一人が宗久だと聞いています。私も茶の湯の手ほどきは受けていますが、天下の今井宗久の目に叶うか興味があります」
不味い、信長、いきなり何言ってくれてるんだよ!私の計画が台無しじゃん!私は千宗易を倒しに来たんだから邪魔をするんじゃないの!
暫くは談話が続き、中々茶の湯の話を止めない信長にやきもきしていた。話が途切れた所で私はここだ!と話を切り出した。
「宗久殿、此度私が参ったのは宗久殿に贈り物があるからなのです。まずは、それを御覧になってくださいまし」
私がそう言うと桔梗が桐の箱を二つ宗久殿の前に置いた。置かれた桐の箱を眺めながら宗久殿はいたずらをどう見ぬこうか?と言った顔でニコニコ眺めている。
「氏治様が態々参られたからには、何か仕掛けが御座いますな?この宗久、そう何度も驚かされる訳には参りませぬ。ですが、非常に興味が湧いて参りました」
宗久殿は腕を組みながら怪しげに私を見る。
「宗久殿の悪戯に比べれば細やかなものです。荷に紛れていた『唐物茄子茶入』を見た時は腰を抜かしたのですよ?」
「はっはっは、それは何よりで御座いますな?いつも氏治様には驚かされてばかり、ようやく一矢報いる事が出来ましたな?」
私と宗久殿の話を聞いていた信長が口を開いた。
「『唐物茄子茶入』は聞いた事があります。天下の大名物であると。それを氏治殿がお持ちなのですか?」
「ええ、そうなのです。宗久殿が贈って下さったのですが、目録にも入れずに荷に紛れ込んでいたのでとても驚いたのです」
「大名物『唐物茄子茶入』、羨ましく思います」
そう言えば『唐物茄子茶入』松永久秀が信長に献上して大和一国を安堵されたというけど、宗久殿が持っていたのか。茶器の移動経緯なんて知らないけど、松永久秀の歴史も変わった事になるのかな?そう考えながら私は宗久殿に箱を開けるように促した。そして宗久殿は箱の蓋を外すと動きを止めた。
「これは、、、。何で御座いますか?器の様で御座いますが、それにこの輝きは、、、」
「手に取って御覧なさいまし」
私がそう言うと宗久殿は恐る恐るカップを手に取った。私は信長と義昭殿、それぞれにカップを手渡す。
「なんと美しい。やはり椀で御座いますな。しかし、これは持ち手で御座いますか?この輝きは一体何とした事か。どうすればこれ程輝くのか。これは鍍金で御座いましょうか?いや、このような鍍金は見た事が無い。この宗久の姿が映るでは無いか!仏像に使われる鍍金とは別物?しかも椀に宝玉が飾られるなど聞いた事が無い。待て、明の器にはかような物があると聞いた事がある。それを参考に致したか?装飾には金、浮き出るような文様が何とも味がある。しかも宝玉が散りばめられてはいるが、これは翡翠で御座いますか?あの注文はこの為であったか!しかもこの翡翠が輝く銀を諫めているかのように似合うて居る。この持ち手の青も良い。翡翠と共に銀を諫めて居る」
ここまで宗久殿の独り言である。宗久殿も基本マニアだから正体を晒しているともいえると思う。信長と義昭殿もため息を付くように眺め見ている。私も初めて見た時は驚いたものだ。メッキを見慣れている私が驚くのだから無理も無いと思う。一体又兵衛は何をしたのだろうか?早合を作り過ぎて何かに目覚めたのだろうか?私は千宗易さえ倒せれば正直どうでもいい。宗久殿が帰って来た頃を見計らって私は聞いてみた。
「宗久殿のお目に叶ったでしょうか?当家の細工師、又兵衛謹製の逸品です。安直ではありますが翡翠の銀椀と名を付けました」
私の中二力ではこの程度のネーミングが限界である。でも、この時代の人はネーミングセンスが凄くいいから適当に変えてもらおうか?
「翡翠の銀椀、、、。正に隠れなき名品になりましょう。相応しき名で御座います。この宗久がため息しか出ませぬ」
宗久殿がそう言うと義昭殿が口を開いた。
「この義昭は田舎者ゆえ茶器の価値など知りませぬが、この椀は素晴らしく思いますな」
「この信長もそう思います。これ程の椀を御領地で作られましたか?」
「そうですね。ですがこの一組を作るのに随分時が掛かったようです。宗久殿、この茶器は宗久殿に差し上げます。お受け取り下さいね」
「なんと!何と仰いましたか!これ程の品をこの宗久に下さると?椀が五つありまするが全てで御座いますか?それに茶器と申されました。この椀は茶道具なので御座いましょうか?」
「全て差し上げないと意味が無いのです。この椀は特別な茶を飲む茶道具なのです」
「特別な茶?この宗久も存ぜぬ茶なので御座いましょうか?」
「宗久殿なら知っているかも知れません。今日は天気も良いのでお庭で茶を差し上げたいと用意して参ったのです。お庭と湯をお借りしても宜しいですか?」
「仰せとあらばご用意致しますが、宗久の知らぬ茶の湯と考えて宜しいので御座いましょうか?」
「新しき茶の湯です。天下の今井宗久のお目に叶うか確めたいのです。もし、宗久殿のお目に適うなら私のお願いを聞いて下さいね?もしお目に適わないなら私が褒美を出しましょう」
「賭けで御座いますか。氏治様には勝った試しが御座いませんが、よろしゅう御座います。この今井宗久、この辺りでは名が知れている自負が御座います。世辞などは申し上げませぬ。茶の湯と申されては尚更引けませぬ」
「では、私は着替えて参りますのでその間に湯をご用意ください。百地、手筈通り用意をお願いね」
私は着替える為に桔梗を連れて部屋に戻った。そして義昭殿に頂いた着物にコスチェンジしたのである。薄化粧に髪を整えて準備をしたのだ。これに猫かぶりスキルを使用すれば私の戦闘力は五十三万程になる。ちなみにあと一回の変身を残している。政貞と久幹はイチコロだったから宗久殿を篭絡して私の茶の湯の家元のような存在になって貰うのである。そして信長や義昭殿を唆して宗久殿を茶頭にして貰うのだ。直ぐには出来なくても唾を付けておく事は出来るはずだ。こんな事で着物が役に立つとは思わなかったのである。
信長も宗久殿も茶器マニアだから喰い付いて来るとは思う。義昭殿は不明だけど、信長と友達になったようだからきっと文友になるだろう。二人にティーセットを贈れば共通の話題になると思うし、手に入れればきっと一門や家臣に振舞って自慢するはずだ。信秀が欲しがる気がするけど、又兵衛に頑張って貰おうか?




