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第百三話 千宗易抹殺計画 その3

 

 信秀と信長が唸って考え込んでいる。余計な事を言ってしまったかも知れない。私のせいで粛清の嵐になりそうで怖い。でも、織田家の場合は中央集権化が一番の課題だし、早道でもあるんだよね?中央集権は平安時代と奈良時代、明治政府の律令制度の事だけど、これが出来ると権力が強まるから必須だと思う。寄親、寄子ではちょっと弱いのだ。


 簡単に言うと信長は中央集権化出来なかったから明智光秀に討たれたと私は考えている。信長の軍団制は結局は土地を与えてしまうから家臣が独自の軍事力を持つのだ。いや、正確に言えば中央集権化の途上かも知れない。軍団長が切り取った土地を信長の直属の家臣に与え、軍団長はまた土地を切り取り、また信長の直属の家臣に与える。このサイクルの途上で明智光秀が謀反をしたのだと思う。軍団長からすれば土地を切り取っても取り上げられ、また切り取っても取り上げられるのだ。中央からどんどん地方に切り取りが進むから軍団長からすれば溜まったものではないだろう。


 このサイクルが続けば、最終的には九州や東北の僻地に軍団長達は辿り着く事になる。こうして考えてみるとよく出来た仕組みだと思う。長い侵略戦争の果てに軍団長達は最後には僻地に領土を与えられ、何れは理由を付けられて潰されるという未来を明智光秀は予見したのではないのだろうか?


 これらの理由から軍団長が不満を持ち、明智光秀が謀反を起こしたと私は考えている。秀吉が同調してやらせたとしても合点が行くのだ。


 桶狭間が消滅したら信長がどうなるか判らないからせめて国としての力を付けて欲しい。信長には生きて欲しいし、私の話を聞いて信秀と信長なら上手くやるかも知れない。義昭殿まで考え込んでいるのが気になる。小田野殿も国人だし、後ろで聞いているから気になる。だけど、中央集権化は必須だから機会があれば言っておきたい事だった。信秀が存命で一緒にいる今なら尚更だ。それに織田家ならやれると思う。津島と熱田という財源があるのだから。


 それに中央集権化が出来ないと、仮に信長が天下を取っても徳川政権と変わらない運営をする事になる。外様大名の管理の為に無駄に頭を悩ませる事になるのだ。だから今出来るならしてしまった方がいいと思う。私は友達特権で自治を認めてもらおうと企んでいる。


 小田家では軍団長の元に重臣や家臣に領地経営を振り分けている。このやり方は今のところ上手く行っている。ただ一門が不満を持って居るのは私の耳にも入って来ているけど、私、もしくは私の代理が出来る政貞、軍団長である勝貞と久幹が兵権を握っているから勝手には徴兵出来ない。私は明治政府のやり方を真似ている。簡単に言うと政貞が太政官(だじょうかん)で、勝貞や久幹は兵部省(ひょうぶしょう)、平塚と沼尻が外務省、岡見が司法省みたいなものだ。私はこの事も信秀と信長に伝えた。どうせ言うなら全部話してしまおうと考えたのだ。

 

 「律令ですか、確かに必要ですね。信長は考えてみようと思います。しかし、氏治殿は(まつりごと)にこれ程考えを巡らして居られるとは」


 「信長殿、律令の良い所だけをお取りなさいませ。征夷大将軍で有らせらした坂上田村麻呂様ですら土地を持たなかったのです。そして最も大切なのは織田家はどういう国を作るのか?と言う考えを家臣に伝え、考えてもらい、理解してもらう事です。君主一人では国は強くなりません。君臣が理解したら今度は民にも伝えるのです。君臣と民が力を合わせれば強敵とも戦えます」


 私は一拍置いて続けた。


 「その上で法度を公布するのです。初めは簡単なものから。例えば当家では抜け駆けをした者は最悪、御家のお取り潰しになります。その他には民に無道を行う者は国外追放などですね。家臣に法を守らせなければ民も従いませんから」


 「驚きました。常陸小田家の家臣は従っているのですか?いや、従っているから氏治殿が仰られているのですね。家臣からの反発が強そうではありますが」


 「無理にとは申しませんが、出来る事からで良いと思います。ただ、君主の法に従わぬ者に私は命を預ける事は出来ません。信長殿がなさる時が来るのであれば少しずつ試すと良いと思います。そして大切なものがもう一つあります。信長殿、何だと思いますか?」


 私の質問に信長が即答した。


 「米や銭でしょうか?」


 「流石信長殿です。律令を支えるのは米や銭。尾張織田家には熱田と津島の港があって銭を生んでいます。戦に使う事も出来ますし、年貢だけに頼っていては凶作になると俸禄が支払えません。銭を集める街造りや(まつりごと)が必要になるのです。武田家のように金山でもあれば良いのですが」


 私がそう言うと信長が思案気に言った。


 「民を集め、(あきな)いを奨励し、国中の銭を握ると言ったところでしょうか。それをする為には君主が全ての領土を治めなければならない。君主が全ての領土を握っていれば兵は全て君主のもの。成る程、勝手をする一族や国人は邪魔ですね。ですが、これは武家の考え方ではありませんね。不敬ではありますが(みかど)が目指すべき道だと考えます」


 「その通りです。私の考えは帝が御作りになられた制度に幕府の職制を混ぜたものです。不敬ではありますが、真の君主を考えるとそうなってしまうのですよね。それに欠点も幾つかあるのですが、調略で領主を寝返らせるのが難しくなりますね。一時だけ所領を安堵し、後に取り上げる方法もありますが、調略で敵を切り崩すのが困難になります」


 「で、あれば、国人が抗せない程領土を広げ、取り込んでから被官させるのが良いでしょう。尾張一国では足りませんね。ですが、面白い考えです」


 「後は、出来るなら税の中抜きをしている者達を排除するのも手ですね。私も折を見て致したいと思って居るのです。今は土浦の街を銭を生む街にしようと育てているのです。とても楽しいですね」


 「待て待て。いや、お待ち下され氏治殿、ご無礼致した。今一度ご指南願いたい。信長、其の方は理解致したのか?この信秀は半分程しか解らぬ」


 「氏治殿、この義昭も今一度お伺い致したい。何やら見えて来るものがあるのです」 


 何だか反応がいい。間違ってはいないと思うけど、まあいいか?私が提示した材料を都合良く使うだけでも国の為になると思う。義昭殿は私と環境や立場がよく似ているからやり易いだろうし。義昭殿が中央集権化を目指すのは大賛成である。ただ、国人の反発は小田家よりかなり強いと思う。そして私は再び説明を始めた。


 信秀と信長との話を終えた私は平手殿の案内で用意されていた部屋に入り、夜の酒宴まで時を過ごす事になった。皆それぞれに部屋が用意され各々休息となる。今日は那古野城に泊まって明日は出発になる。あの那古野城をホテル代わりに使えるなんて私も出世したものである。


 意図せず講釈する事になった中央集権化だけど、結局三回も話をする事になり、くたびれた私は部屋に入ってからパタリと倒れた。私はただ千宗易を倒しに来ただけなのに、何か違うものと戦った気がする。


 「御屋形様、折角良いお話をされましたのに、このご様子は宜しくないと思われます」


 「いいんだよ、私の気持ちは桔梗には解らない。それよりも次郎丸は?こんな時こそ次郎丸が必要なのだけど?」


 「次郎丸は信秀様が連れて行かれました」


 「信秀殿が?」


 私は起き上がって胡坐を組んだ。最近の次郎丸は政貞の命令に従ったり信秀殿に付いて行ってしまったりフリーダム過ぎる。今夜はその辺りを言い聞かせないといけないようだ。


 夜になると酒宴が始まった。私は例によって珍陀酒(ちんたしゅ)を持ち込んで振舞ったのだ。そしていつものように武勇自慢が始まった。常陸の大戦の話は尾張にも届いていたようで皆が話を聞きたがったのである。


 小田家では赤松と飯塚が、佐竹家では小田野殿が話をしたのだ。赤松と飯塚の話が上手なので聞いている人も解りやすく、そして興奮していた。その様子を見ながら信長が私に問い掛けた。


 「見せ兵とは驚きました。氏治殿の兵書にもありましたが、実践したのですね」


 「お恥ずかしいのですが、偶々なのですよ。私や政貞が人足と仲が良いので助けに来てくれたのです」


 私がそう言うと信秀が不思議そうに質問する。


 「人足と仲が良いと申されましたが、何故だろうか?想像出来ぬのだが?」


 私は蕎麦の屋台で並んでいる内に顔見知りになった話や屋台での仁義や金剛さんの事や匿名で蕎麦夜叉の話などをした。それを聞いた信秀が大笑いしたのだ。


 「氏治殿には参り申した。かような事で千の兵を得るとは」


 信秀が笑いながら言うと信長から問われた。


 「氏治殿の言われた蕎麦なる物を信長も食してみたく思いました。土浦に行けないのが残念です」


 「信長殿になら製法を差し上げますよ?当家の熊蔵を尾張に派遣しますので料理人に伝授しましょう。ただし、製法は秘匿して下さいね。料理は外交にも使えるのです、料理人が漏らして価値が下がっては勿体ないですからね。お勧めはうなぎの料理と卵の料理です。特にうなぎの料理は精が付きますので信秀殿に食して貰うと良いと思います。私の父上も好物で、よく食しているのですよ。義昭殿にも製法を差し上げますね」


 私がそう言うと信長と義昭殿は嬉しそうにお礼を言ってくれた。信長と義昭殿は無邪気に喜んでいるけど、多分うなぎを食べた事が無いのだろう。二人ともお坊ちゃまだからね。そう考えていると怪訝な表情で信秀が口を開いた。


 「氏治殿、うなぎなど美味いものではないと心得て居るが真なのだろうか?」


 「父上、それは真なのですか?この信長は食した事がありません」


 「信秀殿、騙されたと思ってお試し下さい。きっと驚きますから」


 納得がいかないと言った顔をして腕を組んだ信秀が思案していると赤松達の話が終わった。織田家の家臣が赤松達に質問している様子を眺めながら信長が口を開いた。


 「氏治殿が六十二万石、義昭殿が三十万石ですか。驚きました」


 信長がそう言うと義昭殿がお酒で顔を赤くしながら答えた。

 

 「獲った後に苦労がありますが、此度の戦はよう御座った。氏治殿もさぞご苦労があった事でしょう」


 「重臣や家臣が大忙しですね。今では落ち着きましたが獲った事を後悔しました」


 そして三人で笑っていると信秀が口を開いた。


 「背を守り合うて戦を致すのがこれ程強き事だと思わなんだ。和議や同盟は容易く破られるもの。しかし、互いが約束を守り合えばこうも強くなるのですな。氏治殿と佐竹殿が我等の近くにあればと思うてしまいますな」


 松平元康が岡崎で独立する未来があれば良かったのだろうけど、今は七、八歳くらいだし、彼は今後どうなるのだろう?三河武士が大量リストラとかになったら信長が登用するのだろうか?現代では三河武士は忠義者扱いされているけど、実際は松平広忠を暗殺したり、竹千代を織田家に売ったり、一向一揆に加わったりしているとんでもない人達が多いのだ。元康も家臣の統率に苦労したとも言うし。


 でも、本多忠勝とか引き抜けるなら試してみようかな?あっ、でも今は三歳くらいか?私も何のかんの言いながら剛の者が好きである。戦の時に久幹や愛洲達が居ると安心感が半端ないのである。一八〇センチメートル級の赤松と飯塚もそうである。いっそ金剛さんを家臣にしようか?


 酔いが回り、話も一段落した所で私は退席する事にした。広間に入った時から気になっていたけど、広間の隅に鹿角の掛け台に槍が置いてあるんだよね?そう簡単に餌食になってたまるものか!私は桔梗と次郎丸を連れて退席したのだった。去り際に横目で見ると残念そうな顔をしている人達が目に入ったけどスルーである。


 翌日、旅装を整えた信長と共に私と義昭殿の一行は熱田から出港した。信長のお供は平手殿と前田利家、池田恒興いけだつねおきである。初対面の池田恒興だけど歳は十五歳、まだまだお子様である。皆信長の腹心だけど、平手殿は自害する未来は無さそうだし、前田利家は人が変わってしまっている。信長自身の家中での評価は知らないけど、昨晩の家臣の様子を見ていると好意的に思えた。


 昨晩は義昭殿と夜中まで飲んでいたようで、仲良くなってくれて私も嬉しい。今も信長と義昭殿が談笑している。自分と同格の友達なんて中々出来ないから二人も嬉しいのだと思う。そうして私達は旅を続け、堺に到着したのだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] そう言えば秀吉(まだ、木下藤吉郎?)&前田慶二は、出ないんですか?
[良い点] 第百三話 千宗易抹殺計画 その3 今回もとても面白いです。 最終的には九州や東北の僻地に軍団長達は辿り着く事になる。 言われて見ればそうですね。 滝川一益も「信長様から珠光小茄子(じ…
[良い点] 戦争中のお話もワクワクしましたが、やはり作者さんの日常系のお話は素晴らしいです。登場キャラの一人一人を大切に育てていらっしゃるので登場人物数が膨大になる歴史系にありがちな、たんなる記号にな…
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