戦争の終わり
それから、その戦線で押し込まれたかのように見えたローズ王国であったが公国とはもう何年も争った間柄だ。
泥沼化する理由は相手の魔法使いと同じでこちらにも魔法使いがいるからだ。
今回王国側の総大将を中心に魔法使い連中が魔法を撃ち出したのだ。その中にはうちの町の領主ファイレイク伯爵の姿も認めた。
苦々しい顔で髭を撫でながら、杖がまるで光のシャワーみたいになっている。そして誰かに何か必死に喋りかけている。
きっと伯爵が側でフォローする形でいるということはもっと上の位の者だろう。一番威力のある魔法を使う総大将は若い青年に見えた。
彼らは魔法を雨あられと視界が埋まるほど魔法を吐き出した。容赦なく味方ごとその領域に居る全ての動く者に対して。それが一番効率よく敵を殺せると理解して。自身の領民もろとも。
前後から光のシャワーのような物理を伴った殺意の応酬が続き、それに巻き込まれたらたまったもんじゃねえと間に挟まれた人間は敵も味方も関係なく逃げ惑う。
小さな瓦礫や窪みに逃げ惑う人々が集まり、いい的だと言わんばかりにそこに魔法が撃ち込まれる。
爆発と衝撃が繰り返される度に、人が巻き上げられ地面に叩き付けられ、中にはバウンドして着地する前にもう一度魔法を撃ちこまれて爆発四散。
何だこれはと言いたくなった。これが戦争なのか。
僕はてっきり魔法と言えば火の玉とかを飛ばすのだと思っていた。この世界の魔法は残酷に、いや至極当然で、より効率良く殺傷を追求した結果こういう形に落ちついた。
つまりは小さな魔法の礫を高速かつ連続で発射することだ。それは地球では銃というのにすごく似ていた。
そして魔法使いはそれに対抗する防御魔法を使い、それをさらに打ち破るべく強力な攻撃を、また更にと鼬ごっこ。
大勢いる平民を処理する銃に似た広範囲殲滅用魔法。
対魔法使い用の魔法が、僕が想像していた魔法だがやはり速度は武器だ。こっちは更に大規模かつ高速だ。目が回るほど目まぐるしく飛び交う。
人の名前を書いたらその人を殺せるノートが前世にあったような気がするが、こっちは言葉を唱えるだけで視界内の人間を思うが儘に殺せれる。どっちが凶悪なのか、今となってはもうわからない。
魔法使いの戦いは剣と盾の人間に付け入る隙も無いほど凄惨かつ圧倒的に力強いものだった。前世を思い出して世界観が変わったが、この光景もまた世界観がひっくり返るような衝撃だった。
僕がどれだけちっぽけか思い知らされた。
そりゃあガイアでも死ぬよ。
剣対機関銃みたいなものだもん。最初から魔法の使えない平民に活躍なんてできっこなかったのだ。
それは永延と、始まったら2度と終わらないのではないかと体感で思った。酷く長く、終わりが見えないほど。僕はただただ当たりませんようにと祈って伏せるだけしかなかった。
窪地や瓦礫に身を伏せようと人々が集まり、中には上官だろうか。突撃せよ突撃‼ と叫んで、しかしこんなので誰が突っ込めるかと言い合いになって僅かなその場所を奪い合って殺しあう。
ここはまだ余裕があるが他の所では大勢集まると狙われるだなんて言って、逃げ込んで来ようとしている仲間に矢を射かけている。
僕はそんな中で従軍牧師に目が行った。死にかけの男に縋り付き、耳元に口を寄せて告解の言葉を読み上げ男は血反吐を吐きながらそれを追読する。何故かそれを、関係ない僕がぶつぶつと読んだ。
地獄で縋る物を見つけたように。宗教に嵌るだなんて日本じゃ白い目で見られることもあるが今の僕には馬鹿にできなかった。
それは夜中も続いた。
暗い光が薄まる夜の中で、そこだけは雨は降っていないのに雷が落ちたと錯覚するほど光と轟音が迸る。ピカッ、ピカッと明滅するその一瞬だけ昼間のように遠くまで世界が光を取り戻す。そしてその世界にはどこまでも死肉で彩られる。
これが雨の降る前の雷雲の唸り声か魔法かはっきり区別がつかなかったが、全て魔法なんだなという勝手な憶測がしかし当たっているという確信が何故かそこにはあった。雷のように光と音までラグがあったが、それでも雷でないとわかった。自然の猛威はここまで残酷に人を殺さないからだ。
英雄も強者も、きっと中には軍での訓練とかで成績が良かった者もいただろうに。
そんなものは無関係にただ運が良い人間だけが生き残る戦場だった。
それから魔法使いたちが主役の戦場で遠巻きに、目を付けられないようかなり消極的に働いている風を装って攻防を繰り返していたらちらほらと空が下りてきて寒くなった。
魔法の嵐は過ぎ去り、静寂が遂に蘇る。
どうやら今年の徴兵組の戦争はこれでお開きみたいだ。
僕は優秀な小隊長の言うことを聞いて何とか生き延びていた。本当に何とか。
終わったころには、泣くことも笑うこともできず表情が消えていた。終戦を喜ぶ心の栄養とでも言う物が枯渇していて涙も枯れて出なかった。
糞尿に塗れ、泥水を啜り友軍の死体から水筒を剥ぎ取る。武器はもう重くて逆に枷にしかならなかったから剥ぎ取りすらしなかった。
僕に出来たことは、思考停止で指示を聞いていたわけでないけど基本は上からの命令を死守。ただそれだけ。玄人から見ればそれも拙いだろうが自分なりにちゃんと考えながら動いていた。
そして最後の方でグレン先輩は言った。
ガイアは弱者としての意識が欠けていて、弱者が持つ弱者なりの生き残る術を知らなかったのだ。知っていても馬鹿にして取り入れなかった可能性もあるがと加えた。
ガイアは冒険者に課せられている月に一度ある冒険者ギルド周りの掃除やどぶさらいを無視していた。
魔の森の狩場も何年もかけて調べて築いた稼ぎのいい先輩の後を追って掻っ攫うかのように荒らしていたのだという。
先人に礼儀を払わず上の連中に目をつけられ、いや、敢えて面倒を見てもらえずこうした知識を意図的に伏せられていたのだ。
だから戦場で引く時を弁えずに死んだのだ。ガイアの知らない一面であった。
その分僕は才能がない馬鹿だけど、冒険者をやめずへこたれず努力を続けていて気に入っていると先輩は言った。
ちゃんとどぶさらいもするし、面倒な依頼も受けて先人の顔を立てている。
やはり新入りはかわいいものだし、努力を続けて頑張っていると注釈が入るがダメな子ほど可愛いがりあると先輩は言っていた。
僕としては全力で駆け上がってやろうともがいていて、上に行ったら先輩たちを悔しがらせてやろうと思っていたのに。
先輩たちはちゃんとこんな駄目な後輩でも見ているのだとそれだけは手放しに嬉しくなった。
そうして冬の始まりが到来すると両方の陣営が下がっていき、毎年恒例のじゃれあいはここで閉幕のようだ。
戦功発表とかあるらしいが、勿論僕が呼ばれることだなんてない。小隊長が受け取ってきた袋から隊員に金を渡される。
ずしりと重い革袋。
田舎の村や町でちまちま稼いだ金じゃない。初めてもらった大金に浮かれそうになるがこの大半は借金返済に使われて残るのは残りわずかだ。
このままじゃあ、完全に借金返済できてもその後の生活が不安だ。
正直同時に不満でもあった。これほどの大金を生涯初めて稼いだというのに。いつから僕はこうも強欲になったのか。でもこれ以上何を言っても増えるわけがないとわかっていた。
だから僕は死体から身ぐるみを剥いで幾何かの利益を上げようとしていた。以前なら敵であろうと死者の安寧を暴く悪しきことだと言っていたかもしれない。
価値観ががらりと変わったかもしれない。自分のちっぽけさを理解してそんな僕がすることも世界に何の影響も痛痒も与えられないと知ったのだ。
こんなことは世界にとって何の善なる行いにもならなくてだからといって悪にもならない。世界を染めるにしても僕は薄いのだ。地平線彼方まで広がる海に落ちる一滴の墨汁のように。薄くて軽い、そこに存在していないみたいに。
生き残った大勢いる死体剥ぎの中の、ただの一人。今の僕はそれでしかない。それにしか、なれなかった。
同じようなライバルに利益を奪われないよう最後の戦いが始まる。中には後方でただ黙って見ていただけの戦利品あさりの商人に使わされた小間使いが抜け目なく漁りながら、商人の名前を広告して買取文句で誘っている。それがいかにも虚しいというか空々しい。
だというのに彼らは僕以上に稼ぐのだろうと唾を吐き捨てた。
懐に入れるのは狙い目で硬貨そのもの、次に金になる鉄製品だ。
冬になると戦争が終わって壊れた剣や鎧など鉄くずが市場に出回る。故郷の村では冬になると雪が積もって家が軋む。釘が売れるから鉄が買われていたのだ。
皆が鉄屑を出す前に売るか、春を待って寝かしてから売る。
僕は売れそうなよさげなものをいくつか拾うと荷袋に入れ、戦場最後の配給に並んだ。
美味しい匂いは、正直しない。並んでいる数人は怪我をしていて、仲間に肩をかしてもらいながら並んでいる者もいる。血の臭いがむせ返るほどして、鼻がおかしくなったからだ。
待ち時間やることもないしいつになったら自身の番が来るのか目の前の遥か先まで列を見ていたら、その先端では小さなバックから外見からではとても入りきれなさそうな大きな食材が出てきていた。
マジックバックだ。
見た目以上に物が入るらしい。これも僕がほしがるエリクサーと同じで古代の遺跡から発掘できる。消耗品なエリクサーより、丁寧に使えばいつまでも仕えるから入手難易度は低いみたいだ。
それでも当然こんな便利なものは高値で取引されていて所持しているのは高位の貴族か有数の豪商ぐらいだ。
マジックバックが手に入れば今以上に戦場から戦利品を持ち帰れるし、なんだったら行商人として一山稼げれるのだが。
いかんせん無いものねだりだ。
そうして配給を受け取って、少し離れて一人食べていると戦場の最後の処理が行われていた。
帰るまでが遠足なら、凡人の戦争はある意味これで最後なのかもしれない。
寝台で聖職者の回復魔法使いが負傷者を治す。
優先順位は自国のお偉いさん、身代金が取れそうな捕虜、そして自国の兵。敵国の捕えた負傷者は最後に後回しにされる。
野戦病院では軽傷なものはすぐに戦線復帰させるためその場で治され、重傷者は最低限治療して後方に送り、間に合いそうにないのは見切りをつけてさっさと介錯して空きベッドを作るのだ。
そう、目の前では助かりそうにない敵味方の兵の介錯が行われていた。
家族に伝えてくれという声や苦痛に耐える絶叫、早く殺して楽にしてくれという悲痛な訴えが地獄の底からはい出た呪いのように響いている。
正直戦場よりも気迫があって怖かった。
手伝わされてはたまらないと僕は駆け足で帰る集団と買い取った戦利品と捕虜を奴隷として売りに行く商人の群れに混ざると町を目指した。
次は冬明けにボーズ共和国と戦争があるらしい。それが終わればまた公国との戦争で徴兵だ。
先行きが不安だ。一歩間違えれば、それこそ先輩の命令をあの時聞いていなかったら今回の戦争はどうなっていたか。あそこにいる彼らと僕は何の差はない。次にあそこで屍をさらすことになっているのは僕かもしれないのだ。そう思うと生きていて良かったと思えた。