戦争出発と期待の新星パーティー
僕はそれから戦争に行く日まで、頑張った。頑張ったというのは冒険者として武器を買うにしても借金や納税のために何とかお金を集めようと森に稼ぎに行ったのだ。何をするにしても金の問題はつきまわるからだ。
でもダメダメだった。頑張っただなんて何の気休めにも慰めにもならない。皆頑張っているんだ。頑張ることは必要最低ライン。
お金を手に入れるためには稼ぐためのちゃんとした装備が必要で、その装備を得るのにまたお金が必要で……そんなものどっから持ってくるんだってなる。それだったら装備より税金とか借金につぎ込んだ方がいいのかなあ?……そうなって思考で頭がパンクそうになった。あっちが立つとこっちが……ああもうわからない。卵が先か鶏が先か。結論は親子丼食べたいです。食費も削ったからお腹がすきました。
前世でも僕はそういうとこは駄目駄目だった。小さいころから入院を繰り返して治療費とか他の税金とか免除とか全部両親にしてもらっていたから、お金の管理ができていないんだ。金銭感覚がなっていない。
自分のポンコツ具合に落ち込んだ。何してんだよって自分を責めて、悲しくなった。僅かにしか稼げなかった日銭を握りしめて、日々頭を抱えた。
戦争が近づいてくる焦りで夜には泣いてもいた。最近なんかは唯一の武器を草木に投げ出して、昼でも人知れず突然涙が止まらなくなることもあった。
そんなことして何の意味もないというのに。そんなことする暇があるなら一秒でも働くべきなのに。
戦争とか、前世の記憶とか、指のこと、お金のこととか全てのことが自分を締め付けていた。
左手は指が減ってまさに目に見えて握力が無いし、器用さはもっとだ。他人の腕とすら思えてくる始末。
その違いに慣れなくて、歯噛みした。歯がゆくて悔しくて、でもどうしようもなくて。
前世の記憶を思い出して知識量が増えたはずなのに、以前以上に稼げていない現実にうなだれた。前世のあの人生は無駄だったと突きつけられたみたいで苦しかった。
一生懸命稼いでも、平均にも満たない。皆ができていることが僕には十分にできない。指の数が減っただなんてのも言いわけさ、でも結果がついてこないのだ。
もうこうなったら暗い考えが止まらなくなって、何もできていない自分に自己嫌悪していた。
「うわぁ! 広場にゴブリンの死体が置いてあると思ったら怪我をしたルークじゃん。ざぁこ!ざーこ!雑魚ルークの癖に昼間から寝てるとか言い御身分じゃーん」
遂に戦争に出発する準備が始まった。広場に食糧や武器の荷物が集められて、物資の集積場となっている。
この時期になってもお金を工面できるあてはなかった。もう戦争に行くのが濃厚なのを通り越して戦争の準備をしている。ほとんど諦めモードだ。
なので僕はそこの夜間の見張りの仕事をしていた。昼間は荷運びを手伝いつつ広場で布団を貰ってそこで夜に備えて寝る。宿代が要らなくてしかもお金が確実にもらえる仕事様様だ。そんな天職には足を向けて寝られない律儀な僕が寝台にしていた木箱から落ちて足が天に向かって寝ていたのも寝相の悪さでなく僕なりの謝辞を体で示していたのだ。
そのせいか昼間はまるで働いてないで寝ている人に見えるっちゃ見える。一緒に働いている者ならわかっているだろうが。
一市民の太陽が高いうちからの怠慢の狼藉を咎めるような物言いに、腕をつま先でつんつんと蹴る能天気な不届き者はしかし相手の事情のことだなんて汲み取らなかった。
そこからは罵詈雑言。
高音の舌足らずな幼子の声にイラつかせる所作言動、僕には一人しか知らなかった。
「メア様こんにちは。これは寝ているのではありません。夜に見張る為に昼は寝ているのです」
彼女はここの領主の娘らしい。あまり事情を深く知らないがその領主の第一夫人が亡くなったといことは町の人間ならだれでも知っている。彼女はその第一夫人の娘らしく、第二夫人と折り合いが悪くて回復魔法の師匠であるローゲル医師のところにちょくちょく避難しているのだ。僕とはローゲル医師の薬草採取依頼の関係で何度か顔を合わせている間だ。
今回彼女は戦争に皆が旅立つ前の士気高揚のために来ているのだろうか。
ノブレス・オブリュージュ。広場の中央には戦争に出る貴族の義務遂行をする領主様も遠目に見える。ご苦労なこっただ。
「それでどこ怪我したの? どうせざぁこだから小さな怪我で大げさに痛がってるだけでしょ。もしかして前髪? それは前からすかすかだったか!」
「いえ、メア様が蹴った腕ですよ」
そう言って僕は包帯を……解かなくていいか。シルエットだけでもわかるだろう。
閉じていた左手を開いて差し出した。すると、ぴぎぃみたいな悲鳴を出してメアが出して青冷めた。
「え、嘘。本当に? ごめん、痛くなかった?」
「大丈夫これくらい痛くとも何ともないから」
「ちょー偉いじゃん。褒めてあげるー」
子供はようわからん。馬鹿にしたと思えば、慰める。よくもまあころころ表情が変わるものだ。
それから彼女はローゲル医師のとこで覚えたらしい魔法の練習と言い張って僕の腕に何やら怪しい魔法をかけたりした。
練習か……人体実験で。本当に大丈夫なんだろうな。
そこはかとなく不安な僕が一応感謝を示すと彼女はニヘラと笑って折角魔法をかけてあげたんだから死んじゃだめだからねと言って領主さまのとこに戻って行った。
あれは彼女なりに僕を励ましに来たのだろうか。
けれど馬鹿な僕は素直になれなかった。
いっそ開き直って自分に素直と言えばいいのか。戦を前に町がピリピリしだして日に日に皆血の気が多くなったり食料の高騰が起きたりして諍いが起きる。非日常的な今までと違う世界にでも踏み入ったような気がして何の慰めにもならなくて怖かった。
そうしてそんな情けない自分に心底嫌悪した。
異世界転生とかの主人公たちは嬉々として活躍するというのに。
僕はポンコツだ。ダメダメなポンコツだ。
それは遂に戦場に行く日まで続いた。たぶん明日もこれから先将来もずっとそうじゃないかってくらいだ。これで本当に戦場に行って生き残れるのか。もう何もかも嫌だ。いっそ全て投げ出してやりたいくらいだった。
暗い面持ちで戦場への行軍でも周囲と比べてしまって、元気よく戦争をするわけでないがここまで来て何やってんだろうと空元気でいっそ開き直るかと思案していたら隣から先輩が声をかけてきた。
「ルーク、お前は周囲と比較しすぎなんだよ」
「素直に才能がないって言ってくれてもいいんですよ。そうすればきっぱり諦めますから」
僕はそう言って周囲で同じように行軍している中で、一際大声でしゃべっている賑やかさと華やかさのあるパーティに顔を向ける。
僕より頭一つ、いや二つは高い身長。
腕なんかもしかしたら僕の太もも、下手したら胴より太い樫の木のようにがっしりした逞しさ。
ガイアがリーダーを率いている町の冒険者界隈で期待の新星パーティだ。
僕なんてただでさえ没個性で大勢いる中から見つけて拾い上げるのは特徴がなさ過ぎて無理だろうに、彼のパーティは一人ひとりが吟遊詩人の物語から飛び出してきたような姿だ。
ガイアは冒険者として隣村からルークと同時期に町にきて、足踏みしている僕と違ってあっという間にのし上がったのだ。
彼を見るといつも惨めな気分になる。
まるで英雄譚の絵本に載っていそうなその佇まいに憧憬を抱かずにはいられない。事実、その姿と見合うだけの目覚ましい活躍を見せている。
僕だけでなく他の同期も彼と比較されて、中には僕より腕が断然良かったのに武器を投げ捨て冒険者をやめてしまったものもいるくらいだ。
冒険者に成る夢を諦めるのは皆なってからだ、そんな話をしたのは誰だったか。
もう耳にタコができるほどたくさんの人に言われて遥か記憶の彼方だ。
そう、冒険者はなること自体は簡単なのだ。ギルドでちょちょいと申請すればなれる。
問題はある程度実力がついて自分の限界を知り、遥か上で活躍している冒険者に敵わないと気付いてしまった時だ。
わかる気がする。何せ他でもない僕自身のことでもあるのだ。
冒険者だなんて物になりたがる英雄願望がある人にはどうしても上位互換がいることを認められず、どこかで自分を偽ることが難しくなってくるのだ。
理想の中の自分と現実との激しい隔離。思うようにいかない自分の馬鹿さに歯噛みして涙する。
そうするといつの間にか収入は不安定で危険も隣り合わせの冒険者なんかやめて商人のとこで働いたり宿屋とかそっちの方が楽そうだと道をそれてしまうのだ。
その挫折する大勢の中でガイアは間違いなく持っている側の人間だ。
体も大きくて顔も綺麗だし。僕がほしいものすべてを持っている。
今も高くてカッコいい装備を身にまとって美人な女の人と話している。
やっぱりいつ見ても何もかも僕と違う。見るたび差がどんどん開いて行っている。
僕は金が無くて徴兵だけど、あっちは冒険者として上を目指すには従軍経験もないといけないから自分から参加しているくらいだし。
ホント凄いし尊敬する。
頭が上がらないよ。彼がいればうちの町は安泰だっていう気さえする。
僕なんて死ぬのが怖くて、殺すのはもっと怖くて夜も寝れなかったのにガイアは負けることなんてきっと考えたこともないに違いない。
僕なんてがりがりの猫だなんていわれる始末だ。
いったいどうやったらあんな風になれるんだろうか。