魔法をかけられて
途方に暮れる僕は今一度自分の状況を振り返る。
このままでは戦争に駆り出される。それから逃れる為には何を成さなければならないか。
まずは借金。それと徴兵義務を免除するには冒険者としての活躍と納税が必須だ。
冒険者は魔物討伐における治安維持も兼ねている。この国ではそういった冒険者活動の実績と納税額によって徴兵を免除される法律があるようだ。
因みにルークが魔の森に行って冒険者として稼いでいたのも、そうした活動実績として積み上げられているが初心者でのそれは風が吹けば飛ぶような粗末なものだ。
戦争に行けば義務履行の特典で奴隷落ちは先延ばされ、支度金と終戦後の報酬次第で結果的に借金が減る。
勿論戦争に行かなければ途端に奴隷落ちだ。今の時期奴隷の行きつく先は戦争である。
うーん。これは思わず僕も唸る。そうだったこの世界は魔法もあるが奴隷制度もある世界なのだ。確かに地球での歴史を振り返ると奴隷は紀元前からあって世界史で見ると無くなったのはここ最近だ。ある意味地球での奴隷廃止はつい最近でごく短時間と言ってもいい。日本では社畜と名前を変えただけで奴隷のようなことをやらされている人たちもいるし、だからこっちの未発達の世界で健在なのも当然なのかもしれない。
それに戦争って、戦争だよなあ。人を殺すことだ。
それはとってもとっても悲しい人の営みだ。
勿論自分に人を殺せるのかと意識が持っていかれたが、逆に自分が殺されないなんて思い上がってはいない。つい先日死にかけていたのだから。
生き残れる自信は……正直ない。結構な確率で死にそうだ。そんな自分のお粗末な末路を容易に想像できる。
そんなことは嫌だし怖い。折角生き返った? のにこんなすぐに死んでしまうなんて耐えられない。
これはビッグトラブルだと額に手を当てて悩む。
何か人より秀出た才能が有ればそれで稼ぐ道が開かれるのだが生憎心当たりがない。このままじゃ戦争まっしぐらだ。
そうだ、そこでひらめく。
折角魔法のある世界なのだから魔法を覚えてみてはどうだろうか。それで何かできないだろうか。都合のいいことに目の前に魔法使いがいるのだから。
「先生、あのー魔法のことなんだけど……」
「指は無理じゃぞ。ルークは使えんから知らんと思うが世界のどこを見渡したって欠損回復ができる奴はおらん。古代の遺跡で手に入るというエリクサーでなら治るらしいが生憎庶民が手にいれられるようなものでない。うちの国にだって2本しかないらしいからな」
「僕も魔法使えないかなーなんて……」
先生の仕事を奪うわけでないけど僕もお医者さんになって皆を癒してあげたいのだ。これは前世で良く接してくれたお医者さんの影響だろう。
僕は病院は嫌な思い出ばかりがあるけどそこに勤めている先生は大好きだったのだ。勿論ローゲル医師のことも大好きだ。
「……無理じゃろう。不細工な金持ちが美形と結婚すると多少ましな子供が生まれる。それが繰り返されると美形な金持ちができる。魔力の量も似たように遺伝する。ルークに子供が生まれたらきっと不細工なそれと同じじゃ」
え? ちょっと待って、今不必要に僕を傷つけなかったかい?
最後についでに傷口抉っとくかあくらいの気安さで先日まで生死の境をさまよっていた病人の精神小突いちゃったねえ。
この病院が繁盛しないのは患者のメンタルケアが不十分だからじゃなかろうか。
よくも僕の子供を馬鹿にしたな! まだ生まれてないけど! 結婚もまだだし、何なら借金もちで恋人もできそうにないけど!
それによくよく考えればそんな簡単に魔法が使えるなら皆魔法が使えているか。
けれどそれとこれは別の話だ。僕の御怒りはごもっともだ。
じいちゃんに断固意義を申し立ててゆっさゆっさ揺らしていたら、肩を叩いてくれたら訂正してやると言われた。
当然僕は怪我していない手で怒りを込めて肩を叩いたよ。
それにしても魔法だなんて便利なものとうの昔に偉い人に目を付けられて取り込まれ、今や魔法が使えるのはその大半が貴族とその関係者。なんとなくルークの記憶でもぼんやりと知っていた情報だ。
そして敢えて平民ができない魔力量の魔法しか研究されていないらしい。
平民と差別化を図るためだ、特権階級の象徴として。
つまりルークには魔法が使えないのだ。平民が一生魔法と無縁のように。
折角魔法の世界にいるというのに。
ローゲル医師は王都に務める領土がない宮廷貴族の庶子と言っていた。直系の嫡男と折り合いが悪く逃げるようにここの町に来たのだ。そのおかげで僕は助かったから、そのことだけは感謝している。
「戦場は北の方だ。あそこは道路沿いでもよく毒蛇の魔物が出る。大きいのに目が行きがちで小さいのによく噛まれるから気を付けるのじゃぞ」
言外にお金を工面できなくて僕が徴兵がされることを決めつけている口調だった。たぶん僕は戦争に行く、そうなのだろう。
年の功、僕より長生きして経験も豊富で頭のいいローゲル医師が言うのだからきっと間違いない。
僕はきっと戦争に行くことになるのだろう。
「お前は相変わらずな格好だな」
僕が武器屋の前のウィンドウに飾ってあるキラキラした武器を額をへばり付かせて見ていたら声が聞こえた。
長身で引き締まった体躯で、長い槍を背負っている。赤い髪を伸ばすグレン先輩だ。男性でしかもポニーテールだなんて普通の人なら似あわない。つまりこの人はそれだけイケメンなのだが残念、見かけるたびいつも酒を飲んでいる飲んだくれでもあるのだ。相変わらずの格好というのは僕の水ぼらしい格好のことを指しているのだろう。
ボロ布を纏って、愛用していた棍棒をアンデッドに壊されたため手にしているのは畑を耕す桑だけ。
初めて冒険者ギルドに登録に訪れたとき、農業ギルドと間違えて入った農夫と思われたのだ。村から出てきたとき、武器らしいものはこれしか持っていなかったからだ。
戦場よりも畑にいる方が似合いそうな格好。
戦場でも一揆をしている農夫にしか見えないだろう。
グレン先輩はげらげら笑いながらふくれっ面の僕の鼻を何が面白いのか摘まんで上機嫌だ。この人は普段も笑い上戸だ。酔うと輪をかけてだ。そうして毎回僕に絡んでくるのだ。まったく、この酔っ払いめ!
「うるさいですね」
「何だ拗ねてんのかー。悪かったよ、戦争いくんだろ? ほら俺の隊に入れてやるから」
グレン先輩は毎年戦っているゲゴム公国との戦争に何回も参加しているベテラン冒険者だ。
酒代で金を使うから納税額が一定の基準まで達しなくて徴兵にかられるというのもあるけど、公国の兵に村を焼かれ弟を殺された復讐のためにも毎年参加している強者だ。
「……まだ決まった訳じゃないし。これから沢山活躍できるかも……で、でもまあ、もしかしたら行くかもしれないからその時はお願いしてもいいんですか?」
「お前は危なっかしいからな」
ぐさりと刺さる。つい最近死にかけた身としては余計言い返せない。
因みにローゲル医師に聞いたのだけれどアンデッドから命からがら何とか逃げ出し、町の外で力尽きるように気絶していた僕を発見して助けてくれたのはグレン先輩だし、加えて言うならそのアンデッドまで倒したのもグレン先輩らしい。
ありがたいし感謝もしている。駆け出しのひよっこたちはこぞってこの町筆頭の冒険者であるグレン先輩に憧憬の眼差しを送るけど、ヘビードランカーだ。何回も酒場から自宅まで酔いつぶれた先輩を担いで運んだ身としては素直に尊敬し辛い先輩なのだ。
それに一回だけだけど道路に吐くわけにはいかないと叫んで、僕の服の中に吐いたことは忘れない。本人は次の日ケロッと忘れていたけど。
しかしこうして横に並び立つと正直月と鼈だ。僕の貧困さが際立つ。
オーダーメイド装備のカッコいい、果たして値段は幾らなのか見当もつかない先輩に対して僕は農夫だ。いや冒険者だけど、間違いなく傍目には畑から駆り出された農作業従事者だ。こんな装備で果たして大丈夫なのか?
よくわからんが戦場で僕を倒した敵はその死体を見てどう思うのだろうか。不思議がるのかはたまた哀憫か。
「せんぱ~い、余ってるお古……」
「駄目だ」
「ケチ……終わったら返すのでも駄目?」
「貧乏が移りそう」
移らんわ!
ヒドイ‼ この人本当に……血の通った人間ならもっと言いようがあるでしょう。せめて装備で身を包めないのなら言葉だけはオブラートに包んでほしいものだ。
言葉だけならタダなんだから。
「世の中にはなあ、貧乏と戦っている時こそ輝く凡そ使い道が見つからない稀有な才能の奴がいる。特にルークの金欠に喘いでいる姿は傍目から見ていると面白いからな。誇れ、質量を持った喜劇」
いやじゃい!
金持ちになりたいとは言わんが将来家庭をもって家族を養うためにも人並みには稼ぎたいわい!
己は鬼か。人の心は無いんかい。
それにルークもルークだ。過去の僕は何でこんな格好で冒険者をやっていたのだ。
確かに初心者エリアはかなり頑張らないとちゃんとした武器を買えないぐらい収益がない。けど初心者エリアは何とか棍棒なり粗悪な武器でもやっていけるのだ。本当に武器が必要になってくるのは次の脱駆け出しエリアからということもあるだろう。しかしこれはないだろう。あんまりだ。
これはどうにかしないといけない重要課題だ。死活問題である!
作者のもう一方の小説の主人公がゴミ屑としたら、この小説の主人公は真面目系屑にしようと思っています。屑をどうしても主人公にしたいんですね、意外な自分の一面を知りました。
人に質問したり積極的に話を聞いている癖に、他の誰よりもまったく理解していない、そんな感じ。
よく戦場で真っ先に殺される 無能な働き者といったところでしょうか。
それを自覚して改善しようとするも長年の習慣で中々改善しなかったりしたり頑張る屑です