5.葛西 雅人編④
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村から歩いて三時間ほど離れた山の中に、ドグと葛西はいた。
鬱蒼に茂った草木を抜け、獣道を歩いて行く。
修行だと連れてこられたのはいいが、一体何処に向かっているのかも分からないまま、ドグの後ろ姿を追いかけていた。
「ドグ、何処まで行く気だ?」
「黙ってついてこいよ、ドカス」
「……へいへい」
このように全く会話のできる感じではなく、聞けばすぐに黙っていろと返される。なので、ドグの言う通り黙ってついていくしかない。
こんなことならライアも連れてくれば良かっただろうか、会話が続かない状態が三時間も続けば流石に苦痛だ。村に帰れば、ライアについつい愚痴でもこぼしてしまいそうである。
そんなことを考えていると、草木の茂った場所から少しひらけた場所へ出た。すると、あるところでドグが立ち止まる。
「おい、私の立っている先に何が見える?」
急にドグはそう言うが、それは聞くまでもないことだろう。
「……崖だが?」
ドグは頷き、葛西に手招きをする。
葛西はドグにゆっくりと近づき、隣まで来るとドグは崖の下を指さした。
「それじゃ、あれは?」
「……泉だが?」
「ああ、その通りだ。だから、ここから落ちても大丈夫だな」
一瞬、ドグが何を言っているのか理解できず、葛西は硬直する。
「えっいや、結構高さあるんだが?」
葛西はそう言いながらドグの方を見ると、ドグの邪悪な笑みに背筋を凍らせた。
「夕食には村に帰りてぇから、早くしろよ」
ドグはそう言うと、葛西の背中を押した。
「ウォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオワアアアアアアアアアアアアアァァァ‼」
気の抜けた悲鳴声と共に葛西の身体は崖から落ち、ドボンッと泉に落ちた音がする。
ドグは葛西が泉に落ちるところまで見届けると、腰をかけるに最適な岩を見つけ、腰をかけて一息つこうとする。
だが、
――――何かいやがるな。
ドグは森の方から、何者かの気配を察知する。いや、こちらがあちらの気配を感じ取ったというよりは、葛西が居なくなったから気配を消す必要がなくなった、というように考えることもできる。だとしたら、考えれる人物は一人しかいないか。
「祭りの前に姿を見せるのは珍しいな、神様」
森の茂みから、小汚い身なりをした中年の男が姿を現した。その男からは、威厳なんてものは全く感じられない。しかし、確かにこの男は神様なのだ。
「珍しいのは君の方だろぉ。弟子なんか取っちゃって、あの子のことがちょっとは気に入った感じだ?」
人の神経を逆なでするような言動と口調、やはり私はこの男が嫌いだ。
「冗談はよせよ、どうせ今まで隠れて見てたんだろ? だったら分かるだろ、アイツの面倒臭さ」
「君は押しに弱そうだからな。ああいう子が好み――」
神様の言葉を遮るかのように、ドグは近くにあった石を神様めがけて投げる。その石は神様の頬をかすめ、背後に立っていた木を何本かかち割った。
「私はアンタと世間話なんてしたかねェんだよ、何の用だ」
「怖いねえ、まあ用があるって訳じゃないんだけど」
「茶化しにきただけってのか?」
ドグは敵意むきだしで、神様を睨みつけた。
「そんなに睨むなよ、お礼を言いに来たんだ。君が本腰を入れてあの子を強くしてくれているなら、今回の祭りはとても面白くなると思ってね」
「アンタがそんなことを言うなんて意外だな、いつも流している感じだったのによ」
「やる気のある子達ばっかりで、こっちまでやる気が出ちゃってねぇ、人選が良かったよ」
「そうかい、用が済んだのならさっさとどっか行っちまえよ」
神様に対してドグはしっしっと手で追い払う仕草をする。それを見てやれやれと、神様は踵を返した。
「……ようやく、本当の君を見てくれる子がきて良かったね」
「あん? どういう事だ?」
神様に向かってドグは聞き返すが、神様は森に消えていってしまった。
ドグは舌打ちし、ムカムカした感情を抑える。
まだ葛西のことを完全に認めた訳じゃない。なんなら、こんな崖も昇れないような腑抜けなら、ここで修行もやめちまおうとも考えていた。強くなろうなんて、口でいうだけなら簡単だからだ。
…………しかし、どうやらそうはさせてはもらえないらしい。
「いきなり崖から落とすとか酷すぎるんだが!?」
ぜえぜえと息を切らせながら、葛西が崖を登ってきた。それを見てドグはフッと笑う。
「遅いじゃねえか」
「いやいや、全然日も落ちてないし、夕食には余裕で間に合うだろ……」
崖を登り切った葛西は、大の字になって身体を休める。
「――というか、よく考えたら上から突き落とす必要なかったと思うんだが……? 崖下から登ってくるだけで良かったよな?」
「ここから見える景色が私は好きでな、ついでに落としてみただけだ」
「ああ、そうですか! もうムカついた、一発殴らせろ!」
「奇遇だな、私もムカついてたんだ。殴らせろ」
「何で!?」
葛西雅人編、一旦閉幕。