1.ここから始まり
冷たい風が、真夜中の寂れた神社に吹き抜けた。
異様な光景だった。普通、こんな真夜中に、それもこんな寂れた神社に大勢の人が押しかけることなんてないだろう。
「今日、ようやくあいつらの中で高校最強が決まるらしいぜ」
「どうせ佐藤だろ、アイツが喧嘩で負けるなんて想像が出来ねえや」
「いやいや、全員に可能性はあると思うぜ」
神社へ集まったガラの悪い野次馬達は、好き好きに喋り出す。
応援しに来た者から噂を聞きつけた者まで、特に誰かが呼んだわけでもないのに、高校最強を決める喧嘩を見る為に人だかりができていた。
「こんな寒いのに、お前ら暇だな」
一際声の大きい男が、野次馬達をかき分けて境内に入った。今日のイベントの主役の一人、葛西雅人だ。
葛西は、来たる時に備えて準備運動を始める。
「おい葛西、俺達はお前が勝つ方に賭けてるんだから絶対勝てよ!」
野次馬の一部の奴らが、声を上げて葛西に伝える。葛西は勝手な奴らだと思いながらも、手をあげて野次馬達に向けて応えてやる。
葛西が到着してから少し時間が経ち、深夜零時に差し掛かろうとした時、主役が集まり始める。
「今日という日を待っとったで、雅人!」
次に境内に入ってきたのは、氷室武。葛西とは同じ高校ということもあり、葛西に対する対抗心が人一倍強い男だ。
「お前とは色々あったが今日で高校最後の喧嘩や、最後は勝たせてもらうわ。勿論、なんでもアリやな?」
氷室はそう言うと、持ってきた鉄パイプを地面に軽く打ち付ける。
野次馬達からざわめきが広がるが、そんなことは勝てればいい氷室にはどうでもよかった。
「いいよ、今回も俺がどうせ勝つんだが?」
「全く、毎回イラつくこと言うよなお前は」
二人が睨み合い、バチバチに火花を散らしていると。
「相変わらず早いですね」
落ち着いた声で、二人の間を割って入る男が来た。工藤純、喧嘩のできるインテリだ。別に高校最強の肩書きに興味はないが、自分の強さを証明するため、この場に来た。
「氷室さん、またそんなもの使って、プライドはないんですか?」
「うるさいわクソメガネ、勝ちゃええやろが」
工藤は氷室に軽口を叩くが、別に卑怯などと言う気はない。ルール無用の喧嘩である以上、ここでは勝者こそが正義だ。
三人が話をしていると、少し遅れて眠そうな男が境内に入る。最後の一人、佐藤拓真である。佐藤は無言のまま三人を一瞥すると、上着を脱ぎ棄て戦闘体制に入った。
「今日で本当に最後だ。ルールは最後まで立っていた奴が勝者のデスマッチ、お互いに恨みっこは無しなんだが?」
葛西は、全員の顔を伺いながら確認を取った。最後の喧嘩が楽しみでたまらないのか、葛西の表情から少し笑みが溢れている。
「いや待てや雅人、さっきは見逃してやったがお前はそのだが? とかいう口癖どうにかせぇや、めっちゃ気色悪いわ」
しかし、折角場が整ったというのに、氷室は水を差すように言う。
「それを言うなら、氷室さんもそのエセ関西弁はどうにか出来ませんか?」
「しゃあないやろ、親父の生まれが関西なんやからうつってもうたんや」
「……喋りにきたわけじゃない、さっさと始めよう」
先程まで無口だった佐藤が口を開いたところで、佐藤のピリッとした気迫を三人は勘づいたようで身構えた。野次馬達も固唾を飲んで見守り、境内には静寂が訪れた。
静かな神社の境内には四人の男が立っているだけだ、もはや言葉はいらない、ここに来るまでに十分語り尽くした。側から見ればくだらない、無意味な喧嘩だが、しかし四人にとっては大きな意味を持つ最後の勝負が始まろうとしていた。
――‼
全員が仕掛けようとした刹那、辺り一帯が光に包まれる。四人は声を上げる暇もなく意識を失った。