人と人をつなぐ少年
3章「起きろ」
「起きろ」
ばしゃあ!と顔に水がかかる衝撃で目覚める。アラーム以外で目覚めたのは初めてのことだ。人生で一度くらい幼馴染に起こされてみたい。その経験だけで勝ち組だよなぁ。
「悪いなこんな所で。基本的にここじゃ罪人なんて即打ち首なもんでな。ろくな牢屋も作ってないんだ。逃げようなんて思うなよ」
言われてあたりを見渡す。シャワールームのようだがおそらく人間用ではない。イスを持ってきてロープでぐるぐる巻きにしただけだ。恐ろしく杜撰だが正直閉塞感がすごい。
「いつでも殺せる。それだけ覚えておけ。んじゃ確認するぞ。いいか、事実の確認だ。基本的にお前の意見は必要ない。なぜ生かされているか、わかるか?」
そう聞いてきた、なんだかぶっそうなセリフをならべるこの人は誰なんだろう。髪は金髪に黒のメッシュで虎のような印象を受ける。黄色いインナーに黒のオーバーオールでこれまた虎の印象を受ける。
しかし質問されたことに心当たりはない。むしろあのタイミングで血まみれの女の子を連れてきてなぜ生きているんだろう。死刑というか私刑で二度と目覚めないことがあったと思うとゾッとするが。
「わからな「おっと『わからない』ってのはナシで頼むぜ」
なら聞くなよ。と思うが必要な情報だけ出させて、否定の場合は口を開くな。ということか。そうすれば最低限生きていられると。
……ということは今の質問は『わからない』と言わせるブラフか。考えたものだ。というか拷問に慣れているのか?
「少しは利口なようだな。たっぷり5秒考えられたか?むしろ今からが本番だ。オマエの立場をわからせてやる。今、オマエにかけられている容疑は『国家転覆未遂』だ」
「なぁ……!?」
「うるせぇ。少し時間をよこせ。オマエの寿命を延ばしてやる。面白いことになったぞ」
不健康そうな顔でニヤリと笑う。寝不足なんすか?目のくま消えてないッスよ。天井から延びる鉄パイプにフタが付いたようなものを引っ張り何事か伝える。船で音声通信手段に使っていたのを映画か何かで見たことがある。
というか「国家転覆未遂」ってなんだ?勘違いされるにしたって女子高生殺害未遂とかせいぜいそのレベルだろ?前提が間違っているのか?とにかく、とにかくだ。この容疑を解かないことにはどうにもならない。ひとつずつ誤解を解いていくしかない。
「ひとつ、彼女について何を知っている?」
答えない。事実、彼女について知っているのは門番さんがもらした「アマネちゃん」という名前くらいだ。不確定情報は必要ないだろう。
「なるほど。あんなに近くでクウドウとばったりってのも運がねぇな。次だ。オマエは『迷い子』か?」
「『迷い子』というのが何なのかわかりませんが初対面の彼女にも同じことを言われました」
「やっぱりな。場所が選べないってのは不便極まりねぇな。じゃあ最後だ」
と言うと少し考えるように言いよどんだ。5秒だろうか1分だろうかそれほど時間はかかっていないがその分相手の表情を見る時間があった。
しかし予想出来ることは一つもなかった。やがて迷いを消すように一度頭を振ると
「オマエは、どっち側だ?」
ゆっくりと値踏みするように足先から見られる。目が合うまでゆっくり待つ。答えは最初から決まっていた。
「正義の味方です」
そうだ。ボクは主人公になりたい。たとえここで終わるとしても。
「くくく。いいね。いいだろう。オマエの命、このコーラル・ヴランドラが預かった。すぐそこの学校で教師をしている。そこの生徒になれ。割と悪くない取引だろ」
「なんで教師が取り調べというか拷問まがいのことしてるんですか?」
「言ったろ。ここじゃ基本的に罪人は即打ち首だってな。オレが待ったをかけたんだよ。ついてこい。ここのトップに会わせてやる」
と、ぐるぐる巻きだった縄を解いてくれる。イスから立ち上がり少し体をほぐす。トップと面識があるということはこの人かなり偉い人なのでは?というかまたあんな光った人が出てくるんだろうか。
「勘違いするなよ。オレたちのトップは防衛のトップだ。あぁいや……」
そこで言葉濁すか普通?ボク怖いんだけど。誰と会うの?
「トップがどうかしたんですか?」
「いや、もしオマエがトップから嫌われたらどうしようもなくてな。オレの悪だくみもそれまでかな」
「悪だくみに協力する気はありませんよ」
「分かってる。だがその前に恩は返してもらうぞ。とりあえずオマエの命はつながねぇとな」
と、目の前の大きな扉で止まる。
「同じ建物だったんですか!?」
「そりゃそうだろ基本的に打ち首なんだからどこだろうと変わらん」
「にしたって限度があるでしょう!?爆発物とか持ってたらどうするつもりだったんですか!?」
「それも含めてオマエに賭けてたんだよ。ほら開けるぞ」
一瞬できりりと居住まいを正すと
「南門防衛隊隊長、コーラル・ヴランドラ入ります」
ガコン!と大きな音をたて大扉が開いていく。
「やぁ。よく来てくれたその子が例の『迷い子』かい?また役に立たなそうな子を拾ってきたね」
光っていない。そして若い。十代の女の子にしか見えない。より正確にいうと最初に会った女の子と同い年くらいに見える。
少し大きめのイスに座っているがこれも見栄を張っているんだろう。こんな女の子がトップ?周りも鉄パイプだらけだしお付きの人も居ない。確かに部屋は少し広いが逆に言えば装飾がひどく少なく殺風景だ。
「コーラル、君の独断に任せたけどね。割と過大評価だったかな。言いたいことはわかるね?」
「どんな罰も受けます」
なんだ?この人は。本当に人か?まるで底が見えない。覗かせないとかそのレベルじゃない。生存本能が恐れているのだ。
「しかし命をかけるつもりは無いと。君がこの隊長について6年か。あちらの教師になって4年か?少し隊員にもわからせる必要があるな。独断で危険因子を増やすということがどういうことか」
ゆっくりと大きなイスに肘をつき顎に手を当てて悩む。しかし魔女のような少女だ。そんな仕草一つでも気品がある。
青い胸のあたりまで伸びたふわふわした髪は緩いパーマがかかっている。大きなつば付きの帽子は先がとがっておりいかにもと言った緑の三角帽子だ。表情をうまく隠すように設計されているのだろうか。
しかし服は単色で統一されておらず帽子より深い緑に黒のラインが入っている。そしてカボチャパンツのようにもこもこと膨らんだ短めのパンツとふとももから先は白に明るい緑のボーダーが入っている。
靴はつま先にかけて尖っており、なんと先に白くてふわふわしたモノがついている。その靴すごい汚れそう。
待て。今コイツなんて言った?
ゆっくり、ゆっくりと言葉を頭でほぐしていく。理解していく。今、コイツはどんな話をしている?今コイツはなんて言った?
「ちょっと、待て」
「おい鎌倉!」
さっき知り合ったばかりの、それどころか一歩間違えれば殺されそうになったコーラルさんが目で黙ってろ、と訴えてくる。しかし、目の前の防衛のトップとやらはゆっくり、ゆっくりと口の端を吊り上げる。
「『国家転覆未遂』に共謀するなど死罪に等しい。しかもコーラル、コイツは娘を殺されかかったのだぞ?だからこそ殺す時間をくれてやったというのに……」
違う。なんだ?この人は頭で考えていることと言葉がまるで別物として口から出せるのだ。何を考えている?何が今生き残るのに必要だ?ここまでの景色が走馬灯のように駆け巡る。口をついて出たのは女の子の名前だった。
「アマネ……ボクは、いや、オレはあの子の命を繋いでいるぞ!」
瞬間、コーラルさんが信じられないようにこちらを見る。口から出まかせを言う。なんとか生き残る方法を考える。
選択肢一つ間違えれば即ゲームオーバーだって?望むところだ!こっちは何本ギャルゲーをクリアしてきたと思ってるんだ!下手すりゃ全部バットエンドの選択肢もあったんだぞ!
「オレを殺せばあの子は助けられないぞ!」
「ほう?ではコーラルに責を取らせるとしよう」
「いいのか?あの子とこの人は血が繋がっているんだろう?繋がりから死を共有させるのがオレの力だ。その人を殺せばあの子も殺せるぞ!」
防衛のトップは目を閉じてゆっくりと思案している。そして目を閉じたまま
「今回の事は不問としよう。コーラル、よくやった。下がっていいぞ」
なんとかなったか……?首の皮一枚で繋がった。緊張感で頭がふわふわする。
「はっ!」
コーラルさんが返事をすると一直線に元来た道を戻っていく。大扉を抜けしばらく廊下を歩き、来た道からわかれ、階段を降りたところでようやくコーラルさんが口を開く。
「しっかしよくもまぁあんなにスラスラと。前世は詐欺師か何かか?」
「ごく普通の学生ですよ。あんなにおっかないのが防衛のトップですか?」
「あれが防衛隊大隊長菖蒲五丈だ。たぶんオマエのウソも全部見抜いてるぞ」