人と人をつなぐ少年
2章「助けて下さい!」
目の前にモンスターが居た。ちょっと現実逃避させてほしい。これがゲームなら案内役が居て、初戦は絶対死なないように出来てるチュートリアルのハズだ。なのに目の前に居るのは何だ。
元となったものは大型の獣だろう。パッと見で成人女性くらいの全長を想像してほしい。大型犬を一回り大きくさせた獣を想像してもらえばだいたいあってる。
だいたいというのはその獣の中身がないのだ。例えるならリンゴの皮をむいてリンゴを食べた後、ムリヤリツギハギの皮で元のリンゴを再現したような。
内側が透けて見えるのに明らかな恐怖を感じた。透けてうれしいのは夏場の女子高生のシャツくらいだ。
「うそ!?どうしてこんなところに人が!『迷い子』!?」
声のほうを見ればちょうど女子高生みたいな金髪姫カットの子が額から血を流していた。森の中で、である。熊さんに出会うよりびっくりだ。というかもしこれがゲームなら初戦敗北イベントを疑うレベルだ。まず勝てそうな見た目をしていない。
というか序盤にあんな凝ったデザインの敵が出てきたらデザイナーの引き出しが多すぎる。もっとわかりやすい弱点とか特効とかありそうな属性にしてほしい。
見るからにアンデット属性で回復魔法でダメージ入ったり聖水当ててからじゃないとダメージが入らない不死っぽいモンスターを置くな。
と、そこまで現実逃避してて、全身皮鎧の姫カットが右手から獣に向かって火炎弾を飛ばしながらこっちへ走ってきた。
「ここから南へ2キロ行ったところに門があるわ。そこまで逃げて!」
ドパッ!!と槍のようなものが飛んできた。どうやら獣が前足をスプリングのように飛ばしてきたのだ。自分のところまで戻ってきた爪先を不思議そうに眺めている。
どうやらまだ自分の体の使い方がわからないらしい。今ならまだ時間がありそうだ。
「ただ逃げるだけじゃ芸がない!応援を呼んでくる。ボクの言い分じゃ信用されそうにない!君の名前と味方が何人……
言い切ることが出来なかった。少し視線を外しただけなのに女の子が視界から消えた。「ドッ!」と大きな音をたてて後ろの木に叩き付けられていた。その一瞬でボクは庇われていたらしい。
とっさに突き飛ばされたのだと遅まきながら気が付く。女の子はずりずりと力を感じさせない動きで地面に崩れると肺にあばら骨が刺さったのだろう。
ゴボッと血を吐きだす。頭を動かせ!体を動かせ!止まるな、止まるな!!
女の子を抱えると全力で南へ走る。もう手遅れなんじゃないか。荷物は少ないほうが速く走れるぞ。黙れ黙れ黙れ!!
もしこれがゲームならとっとと返品してネットに酷評をつけて友人に愚痴っている。そういえば、そういえば、だ。この世界で死んだらどうなるんだろう。
ゾッと背筋に冷たい視線が刺さる。もうだめだ。女の子を胸に抱き寄せた。この子は、この子はオレが守るんだ!!
ぎゃいん!と右肩からボクの体を真っ二つにするハズの獣の右手は金色の槍に弾かれた。やけに手に馴染む。反動が空気に溶けるように消えていく。
「なんだこれ」
槍など持ったことがないハズなのに何故かしっくりくる。どう動かせばいいか。切っ先が教えてくれる。
ヤツの弱点はここだと、頸動脈から胸の中心を切っ先が示す。体運びや、槍の重さに振り回されないように。
などと考えず、たった一発、たった一発だけねじ込む。まるで何度もこの動きをしていたとばかりに体が動く。まるで吸い込まれるように、抵抗を感じることなく。
胸の中心まで「とん」と体が獣に肩がぶつかるまで刺し抜いた。胸を貫かれたことに気付くことなく糸が切れたように倒れる。
命に突き刺さり、ぶすりと抜けていく感覚が両手に残っている。獣の死体から槍を引き抜き、大きく息を吸う。そういえば女の子はどこに行ったんだろう。ともかくあの傷だ。言われた通り南へ2キロ行って救援を呼ぼう。
少し走りながら考える。森なので足元にも注意しながら。あの槍が神からもらった力なんだろうか。
しかし神は「誰かとつながる力」だとか言ってなかったか?そう言われて頭に浮かんだのはケータイデンワだ。アレこそ一番のつながる力だろう。
物理的なダメージは無いが、精神的なダメージがハンパなく出せる。人によるかもしれないが。考え考えしてるうちに門についた。これだけ大きいのに森からはまったく見えなかった。
あとは入り口を探すだけだ。さすがにボク一人にこの馬鹿でかい門を開けてもらうわけにはいかない。どこかに別口が……
「そこで何をしている?」
向こうから声をかけてくれた。やっぱり女の子の名前くらい聞いておくんだった。
「すいません。向こうで獣に襲われて大けがをしている女の子がいるんです!助けて下さい!」
もう獣は倒したがこう言えば急ぐしかないハズ。獣を倒したのは女の子ということにしておこう。
「何を言っているんだ?君が抱えている女の子は違うのか?」
は?見れば。見れば、右手を固く握り、意識がなく、服が血まみれになっている皮鎧の、金髪姫カットの女の子が居た。胸に抱えた時と同じ姿で。
「……は?」
「待て、その子、今日試験だったアマネちゃんじゃないのか?どうしてそんな血まみれに?」
全身が、警告を発している。
「違う!話を聞いて……
「確保ォー!!」
いったいどれだけの人間がそこに居たのか。一瞬で取り囲まれる。どうしてこうなったんだ。そう考えている間にガツンと後頭部に衝撃が走る。意識が途切れる直前まで、固く右手はつながれたままだった。