表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

別れの時

 本土決戦の起きないまま時間が過ぎた1945年、8月。昭和天皇の玉音放送により、国民は大東亜戦争の終結を知った。


 内之浦臨時要塞で玉音放送を耳にした半沢大佐は、溜め込んでいた食料・燃料・資材の集計を開始。要塞司令の鈴沖と共にこれ等を、要塞建築に従事してくれた民間作業者へそれなりに色を付けて配分する準備に入った。取締役の岡林が率いる管理部へも同様に取り計らう予定だ。

 それから3日後、半沢は岡林と各部の責任者たちを指令所に呼び出し、鋼索鉄道式打撃隊に所属する全民間人の要塞退去を命じた。

「……お払い箱ですか」

「これまでの働きは感謝仕切れないものですが、ここから先は我々だけで十分です。余っていた資材、予備の機材もお返しします。皆さんで分け合って下さい」

 半沢の言葉に、保線や資材部の責任者は涙ぐんだ。要塞で過ごした日々。共に汗水を流して作業した記憶。時には意見をぶつけ合い、声を荒げた時もあった。それらが頭の中で混ざり合い、思い出へと変わっていく。

「要塞は3日前に戦力としての役目を終えています。ここから皆さんが退去して頂く事によって、保守点検を行う専門技術を持った人間が居なくなり、戦うための力を失った事が内外へ知れ渡ります。考えたくありませんが、これは後でここを何かしらの反対派に利用させないための処置でもあります」

 半沢や飯塚。中津川も含め、ここに居る軍人たちの多くは戦争に対して冷めた目線を持っていた。組織に居る以上は役割を果たすが、それはあくまで生きる手段の1つとして考えている者が大多数を占めている。

 然るに、陸軍内部に幅を利かせる強硬派のような人間たちが、ここを争いの手段として用いる事が出来ないようにするため、何かしらの対策が必要だと考えた上での結論だった。

「それは私たちも同感です。脇坂さんはどう考えられているか解りかねますが、誰の命も手に掛ける事なく役目を終えられたのなら、それは素晴らしい事だと思います」

「全部落ち着いたら、皆さんと一緒に何所かで集まりましょう。どうかそれまで、お体に気を付けて下さい」

 全員と握手を交わしていく。彼らの顔を見るのは、これが取りあえず最後だ。

「ここに来て1年近くが経ちましたが、とても良い時間を過ごせました。絶対にもう1度集まりましょう。ご無事で居て下さい」

 岡林たちは深く会釈し、身の回りの物や資料を纏めて指令所を後にした。ここだけではなく、外の観測所や戦車が鎮座しているトンネルでも別れが始まっていく。


 中津川は引き揚げていく民間人たちと2~3言交し合い、自身が暇を見つけては育てていた馬鈴薯を手渡した。あまり大きくはなかったが、彼らには十分過ぎる手土産だった。

「1日か2日分でも、何も無いよりはマシだと思う。迷惑でなければ受け取って貰えるだろうか」

「ありがとうございます。大事に食べますよ」

「大尉さん、ウチに来て畑手伝いませんか。これぐらいのを作れるなら、農家やっていけますよ」

「軍から放り出されたら考えておくよ。さぁ、そろそろだぞ」

 飯塚中尉はまたしても手腕を発揮し、彼らを要塞から移動させるための車両を手配していた。そのための車列が外に並んでいる。

「お世話になりました、飯塚さん」

「飯塚さん。ウチの娘はまだ独り身でな、もし良ければどうだい」

「お気持ちは有り難く頂戴します。ですが、私にはまだ役目があります。どうしようもなくなったら頼りにさせて下さい」

 物腰柔らかい中尉は、皆の人気者だった。最後に言葉を交わしたい者が集まって、人だかりが形成されている。

「その辺にしておけ、早くしないと車が出れないぞ」

 松野氏は最後まで厳格だ。作業員たちを散らして、撤収作業を急がせていく。

「世話になったな。次に会う時は、ゆっくり酒でも飲めるといいが」

「是非そうしましょう。どうかお元気で」

 ふと、何所からか大声が聴こえて来た。上を向くと、戦車の射撃用に作った開口部がある所の近くに、脇坂少佐と部下の戦車兵たちが並んでいるのが見える。思い思いに別れの言葉を叫んでいた。

 作業員たちは彼らに手を振りつつ、トラックの荷台へと乗り込んでいく。全員の収容が終わり、先頭から順に出発していった。中津川と飯塚も、車列が見えなくなるまで手を振り続けた。他の工兵たちも道路に躍り出て、自身の帽子を振って彼らを見送る。


 静まり返った指揮所でお茶を飲む半沢の下に、見送りの終わった中津川と飯塚が現れた。

「全民間協力者の撤収が完了。これで要塞に残ったのは我々だけです」

「静かになってしまいましたね」

 物悲しい何かを感じる。しかし、ここに留まり続ける事は出来ないのだ。

「2人共ありがとう。では、私たちも準備をするか」

 次は自分たちの番だった。残った食料や生活品を集め、引き揚げの準備を始める。

 その後、彼らは要塞の撤収作業に一週間ばかりを費やした。全隊は要塞を放棄して第16方面本部へ撤退。これまでの日々を思い起こしながら、今後の処遇に関する指示を待った。


 同年11月。陸軍省及び海軍省は解体され、第一復員省、第ニ復員省へと姿を変えた。半沢たちも復員省の預かる所となり、人事が発表されるのを待つ身となる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ