鋼索鉄道式打撃隊
福岡
九州配電本社 会議室
要塞内の工事と貨車の作成が順調に進む中、取締役の岡林と飯塚中尉は要塞への電力を供給してくれる九州配電と最終の打ち合わせを行っていた。
「配電本部長の古賀と申します」
「西部軍技術部、松尾中佐です。よろしくお願いします」
要塞のために色々と骨を折ってくれた松尾中佐の臨席は2人にとって心強かった。何よりも彼は半沢と旧知の間柄だったため、「またあの人の悪巧みか」と全て分かりきった上で協力をしてくれた事には、感謝仕切れないものがある。
「何度かお話しているとは思いますが、こちらが送電線延伸工事の図面、及び工程表となります」
松尾が取り出したのは、内之浦臨時要塞と九州配電が管理する発電所を結ぶ送電線の配線図だ。これに加え、工兵隊が行う工事の工程表も隣に添えてある。
「拝見します」
配電本部長の古賀は配線図と工程表を手に取った。松尾は古賀の目が内容を追って動くのを見つめ続ける。岡林と飯塚は気が気でない中、古賀の言葉を待った。
「そうですね、こちらから特に言う事はないと思います。確認になりますが、工事の主導はそちらで行うという事で宜しいですね?」
「はい。人員や資機材は全てこちらで整えます。ただ通電の試験を行う際、可能であればそちらの技術者にも協力して頂けると幸いです」
「分かりました、それぐらいでしたらお任せ下さい。では何かあればご連絡を」
「ご協力、感謝します」
3人は深々と頭を下げ、会議室を後にした。これで要塞の電力問題は一応の解決を見たと言っていいだろう。
「ありがとうございました。これで胸を張って要塞に戻れます」
「軍内部だけじゃなく、民事にも迷惑をかけるなと忠告しといて下さい。ケツを拭いて回るのも御免だと付け加えて貰えますか」
「分かりました、お伝えします」
「では、自分はこれで」
本社前で松尾中佐と別れた2人は、車に乗って大刀洗の飛行場へ向け走り出した。そこから連絡機で都西飛行場へ飛び、迎えに来ていた中津川の運転で要塞へと舞い戻る。
内之浦臨時要塞
鋼索鉄道建設部 事務所
飯塚と岡林は、九州配電本社でのやり取りを半沢に報告していた。
「そうか、ではこれで本格的な工事を始める事が出来るな」
「はい。既に西部軍司令部では、松尾中佐の舵取りで工事に参加する工兵隊が集結している事でしょう」
「松尾にはまた迷惑を掛けてしまったか。後で電報でも入れてやろう」
「差し支えなければ、どう言ったご関係か教えて頂けますか」
飯塚自身、松尾の存在は何度か小耳に挟んだ事があるぐらいで、実際に顔を合わせたのはこの前が始めてだった。
「ヤツとは同期でね。任官してから心臓の病気を患って、以後は本部勤めが長くてあちこちに顔も利く。何度か無茶な頼みもしたものだ」
半沢は懐かしそうな表情でそう語った。南方軍として赴く際、本音を言えば彼を連れて行きたかったとも溢す。とにかく頭の回転が早いヤツで、士官らしくない立ち振る舞いから兵にも受けが良く、傍に居ると役に立つ人間として胸を張って紹介出来ると話してくれた。
「まぁそれは置いておくとしてだ。こちらからも早速、出来る所までの送電線延伸工事を始めようじゃないか」
「準備は出来ています」
中津川が一歩前に踏み出し、工事に参加する者の名簿を差し出した。元々この要塞に居た民間作業者に加え、近隣の住民からも希望を募って人員を集めたようだ。賃金は払えないが、要塞に備蓄している食糧を支給する事で落とし所となったらしい。
工兵の多くは要塞の工事に従事させるためこちらからの参加者は少ないが、数名の下士官を纏め役として投入し、一応の面子を保たせる形となった。
また建設部からも現場作業の経験がある人間を集め、総勢で30名弱の作業班を編成している。
「仕事が速くて助かるよ、大尉。では諸々の準備が整い次第に始めよう」
建設部が伝を頼って掻き集めた多くの資機材を用いて、要塞側からの送電線延伸工事が開始された。特に送電線を要塞内部へ引き込む作業はこちらの人間でないと難しいため、ここだけは大急ぎでやらなければならない工程である。
これと並行して、要塞内部に鋼索を動かすためのモーターを設置する作業も行われていた。トンネル内に敷かれた軌条の間に空間を作り、そこで常に動き続ける鋼索を掴む事で戦車へ動力を発生させる方式が採用された。これはサンフランシスコのケーブルカーと大体同じ方式で、前後進や停止を操縦する人間の意志によって選ぶ事が出来るという最大の強みがある。
肝となる工事が始まって一ヶ月が経過した頃、台車と一体化した戦車を要塞内の軌条に載せ、実際に動いた時にどう見えるか、どう感じるかを戦車兵たちに体感して貰う試験が行われた。
すっかりこの要塞に馴染んだ装甲工作車が、戦車を要塞内へ押し込んで軌条の上へと押し上げていく。
「手押し用意」
工兵たちが、軌条に乗った戦車の左右後方に集まった。ついに出来上がった戦力の要に誰も彼も誇らしげな表情である。
「搭乗、お願いします」
戦車兵たちの多くはすっかり傷も癒えて、毎日を体力づくりや工事の手伝いに費やしていた。木組みの戦車モドキを作成して、自主的な訓練に励む日々もこれで終わりだと思うと、彼らの表情も自然と引き締まるのだった。
操縦手、砲手、装填手、車長の順に戦車へ乗り込み、建設部の説明を待つ。
「これより手押しによる走行試験を行います。乗員の皆さんには、まずどんな事を感じたかなどの感想を頂けると幸いです。宜しいですか」
「分かりました、お願いします」
砲塔から上半身を出したままの車長が答える。何度もトンネルの中を行き来してはいたが、実際にどんな視点で戦闘を指揮する事になるかまでは想像出来なかったらしく、物珍しそうにあちこちを見渡していた。
「発動機、問題ないか」
「問題ありません」
既に暖機は終えているので、このまま砲塔を旋回する事も可能だ。また通信試験も兼ねており、建設部に置かれた無線機との交信も行う予定だった。これで自走さえ出来ればと、戦車兵たちは思わずにはいられなかっただろう。
「よーい、前へ」
工兵たちは、戦車を左右の後ろからゆっくり押し始めた。台車だけで試験を行った時と同じように、軌条の上をスムーズに進んで行く。
「砲塔、9時方向へ旋回」
正面を向いていた砲塔がゆっくりと左へ向けて回転する。すると、横一線に構築された要塞の開口部が、車長と砲手の前に広がった。外から差し込む日差しに照らされると同時に、志布志湾を望む事が出来る。
砲身に仰角が掛かり、何度か上下を繰り返した。実際に撃つとしたらどうなるか、砲手が想像を膨らませている。
「砲手、どう見える」
「敵上陸予想地点はかなり遠く感じます。ですが、外から着弾を修正してくれる人間が居れば、何とかなるかも知れません」
砲塔から上半身を露出させている車長も、双眼鏡を使えば志布志湾を何とか見る事は出来た。だが実際に直接照準で狙う事は恐らく不可能なため、この戦車隊も他の重砲陣地同様、間接火力としての運用が望ましく思えた。
その後、無線機の通信試験も無事終わり、次は移動中に何発撃てるかの検証も行われた。97式が搭載している57mm砲は1分間に約15発前後を撃てれば熟練者として認められているが、この検証では取りあえず8発が限界となった。
現状、手押しでないと動かせない事と、開口部の長さも決まっているため、これは動力が完成してから再度検証という形で一旦落ち着く。
年が明けた1945年1月半ば。送電線の通電確認は12月中に終わっており、モーターの試運転も無事終了。戦車が軌条間の鋼索を掴む装置の取り付けも完了し、要塞内には戦車の弾薬庫兼退避場所が作られ、各所に有線電話まで設けられていた。これは廃坑となった炭鉱から譲り受けた物で、要塞内の連絡を円滑に行える機材として大変に有難い存在だった。
「これより第一次総合演習を実施します。各部署、状況報告をお願いします」
要塞の外に作られていた建設部の事務所は既に指令所へ統合されており、取締役の岡林や現場監督こと松野の姿もそこにあった。
「いよいよですな」
「まだ改善しなければならない事は山ほどあります。これはその洗い出しの一歩に過ぎません」
半沢や飯塚、中津川も岡林と同じ気分になっていたが、松野の言葉でその認識を改めた。これは要塞全体で初めて行う総合演習で、他の重砲陣地や観測所との連携、4両の戦車がどう動いて、どんな問題が発生するかを洗い出す、まだ最初の一歩なのだ。
『補給部、準備完了』
『機関部、通電を確認。準備よし』
『観測所、準備よし。他の重砲と着弾が混ざると分からなくなる恐れがあるので、先に撃たせて貰う事は出来ますか』
「鈴沖さん、宜しいですか?」
半沢はこの要塞司令である鈴沖に問い掛けた。階級は同格だが、半沢が仕切っているのは戦車の鋼索鉄道化に関する部分だけなので、権限としては鈴沖の方が大くを掌握していた。
「この要塞は君たちの戦力化を待っていたお陰で、ここまで工期がズレ込んだようなものだ。待つ事には慣れたよ。そちらの納得がいく状態になってから始めるとしよう」
「ありがとうございます」
これで準備は全て整った。まず鋼索鉄道戦車隊から撃ち始める事になる。
「1号車から前進。2号車、少し待て」
モーターが回転を始め、動き出す鋼索を掴んだ1号車が弾薬庫兼退避所から前進していく。続いて2号車、3号車も進み出した。
『観測所より全車、距離3000に敵舟艇が接近しつつある。同一地点に向けて連射を要請』
砲身に仰角が掛かり、装填手が演習弾を押し込んだ。志布志湾に対してこちらの方が高台にあるため、そこまで砲身を高くする必要はない。
カーブを曲がると同時に砲塔を旋回させ、開口部に到達した1号車から順に射撃を開始。4両が開口部に居る間に撃った弾は40発近くを数え、かなりの制圧射撃を行える事が立証された。
『こちら観測所。戦車隊の着弾を確認しました。他の重砲も撃って頂いて大丈夫です』
「各砲座、撃て!」
鈴沖大佐の号令により、他の重砲陣地も撃ち始めた。砲撃の地響きが一層激しくなる。
周囲が雷鳴のような砲撃音に満たされる中、戦車隊は急な後進からの射撃や、2両だけ開口部が終わる所に留まって射撃し、残りの2両は前後進を繰り返して撃ち続けるという、正しくこの要塞に求められていたコンセプトそのものを実証する試験も行った。
「いいんじゃないでしょうか。最初の一歩としては上々じゃないかと思いますが」
「まぁ、諸問題はいずれ出て来るでしょう。今日は良しとしますか」
第一次総合演習は、こうして無事に幕を下ろした。以後も演習は繰り返され、その都度に発生する改善点を解決しながら、月日は流れていった。
1945年、2月1日。この日、西部軍は第2総軍の発足に伴って、第16方面軍として再編となった。これによって内之浦臨時要塞も、第16方面軍の直轄として位置づけられる事となる。
同日。内之浦臨時要塞鋼索鉄道戦車隊は、建設部と戦車隊を統合して鋼索鉄道式打撃隊として再編。異例な人事ではあるが、兵たちの意向もあった事でこれの指揮官に半沢が起用され、実質的戦力の戦車隊長は脇坂少佐、その他の各種部門を岡林が掌握し、中津川はそのまま半沢の副官として横滑りになった。
半沢が指揮していた独立工兵隊は飯塚中尉を指揮官として大尉扱いの野戦任官となり、副官扱いで気心の知れた泉川曹長を当てた。
こうして本格的に戦力化された鋼索鉄道式打撃隊は、内之浦臨時要塞の重砲陣地と共に、想定される敵本土上陸に備える日々を過ごすのだった。