苦難を乗り越えて
半沢と飯塚の打診によって召喚された鋼索鉄道会社の社員たちは、総勢で70人に登った。運用、保守、事務、資材調達などの各部門から集められた彼らは、森の中に設けられた天幕に集合。半沢と中津川の説明を受けた後、直ちに事務所の設立に掛かった。
「稲荷山鋼索鉄道で取締役をしておりました岡林と申します。どうやらここに居る人間で重役経験があるのは私だけのようですので、全員の纏め役をと推薦されました。どうか、よろしくお願い致します」
「こちらこそ。無茶な要請を受け入れて頂き感謝します」
「会社はあってないようなもので、何とか糊口をしのぐだけの日々でした。全力でやらせて頂きます」
こうして半沢独立工兵隊はその隷下に【鋼索鉄道建設部】を抱え、民間人主体の部署を新設した。自走出来ない4両の97式中戦車は一時的に【鋼索鉄道戦車隊】と名付けられ、負傷兵が殆どを占めたままの状態で仮の戦力化となった。
ここにおいて首脳部は負傷兵たちの治療を急ぐと共に、戦車の改造も急速に進めていた。森の中に放置されたままになっているトレーラーの荷台を解体し、それを均等に4分割。鋼索鉄道化を実現するに当たり、戦車を載せるため必要になる貨車の作成を開始した。
「必要な分の台車は、弊社の余剰在庫を解体して運び込みます。製造会社の方からも人員を寄越す手筈は弊社の営業が整えました。つきましては、内部に作業場を作りたいと思っています。拡張工事はどれぐらいの進行具合でしょうか」
六甲摩耶鋼索鉄道で、実際に現場監督として工事を取り仕切っていた経験を持つ松野氏を中心に、工兵隊を交えての会議が連日行われた。その手腕と頭のキレの良さには、半沢と飯塚も舌を巻くほどだ。
「内部の掘削と補強は当初予想されていた工程の6割に達しています。しかし、肝心の鉄筋コンクリート化が完全に止まっています。これが出来なければ軌条の設置へ進めないのは重々承知しておりますが、資材の到着が遅れていてどうにも……」
中津川は、申し訳ないものを感じながらそう報告した。大きな工事に参加した中小企業が、人手不足で自分たちの担当工区の遅れを大企業に詫びているような錯覚を感じる。
「では一部をこちらで受け持ちます。関係各社に問い合わせて分けて貰いましょう。次に貨車となる底板の作成進行状況はどうなっているでしょう」
これに関しては殆ど完成間近だった。本来の工事が進まないせいで、工兵たちの作業に掛ける時間の多くをこちらに差し向けられた事が要因である。今では民間作業者もそれに加わり、共に作成を行っていた。
「そちらは間もなくの完成と思われます。台車との接合作業も、資材が到着さえすれば短い期間で終えられるでしょう」
「承知しました、では諸々を急がせます。次に電力関係ですが――」
日々、会議と工事は進められた。出来る事が無くなれば森の中の仮設本部や寝床の環境改善を行い、海で魚を釣って干物を作ったり、近隣住民と物々交換して野菜を入手する等、生活環境の充実に努めた。
それと並行しつつ、半沢や飯塚、中津川らは岡林・松野の両名と九州中を飛び回った。西部軍本部での根回しや九州配電との打ち合わせに明け暮れ、手を貸してくれる工兵隊との顔合わせも行い、送電線工事への段取りを進めていた。
鋼索鉄道建設部が発足して半月後、ついに戦力化の肝となる台車が到着。また建設資材も予定からかなり遅れたものの、無事に搬入された。
それから間を置かず、軌条や鋼索、巻上機等の重要な部品も続々と到着している。工兵や民間作業者たちはこれに気を良くし、要塞の工事はこれまでの遅れを取り戻すかのような速度で進んでいった。
日照りが次第に短くなる中、工事は2交代制で昼夜を問わず行われた。中津川が再度引き直した図面を元に、要塞内部の鉄筋コンクリート化と軌条の敷設が進んでいく。
「下げ、下げ、下げ、はい良し」
装甲工作車は、ここにおいても大活躍していた。クレーンで台車と底板が一体化した貨車を吊り上げ、ゆっくりと軌条に乗せていく。まず手押しで走行に問題がないかを調べるため、最初の試験が始まろうとしていた。
「試験開始します」
2人の工兵が、まだ何も乗っていない貨車に手を添えた。それを両手で押していく。特に異音もなく、途中で停まる事もなく、台車は進み続けた。
「……直進は問題ないですね」
「そのままカーブもお願いします」
台車は、最初のカーブに差し掛かった。こちらも特に問題なくスムーズに進んでいく。
「ありがとうございました。一次試験はこれで終了とします。引き続き、軌条の敷設を進めて下さい」
ある程度工事を進め、建設部による試験を行い、問題が無ければ先へ進むと言う一種のルーチンが完成していた。これと並行し、軌条の間に鋼索を走らせるための改装工事も進められた。
しかし、ここに及んでまた一つ、問題が発生していた。
「この軌条を鋼索によって自由に行き来しようとした場合、巻上機は四箇所に設置する必要があります。それぞれ別方向へ鋼索を動かし続ける関係上で、一旦全ての巻上機が止まる時間が発生します。そうすると、中途半端な位置に戦車が居た場合、敵の攻撃に晒される可能性が高まります」
松野現場監督の指摘で新たな問題点が露呈した。巻上機が四箇所になるのは、日本のケーブルカーは基本的に下から上へ、上から下へ向けて鋼索を動かすため、巻上機が上り用の物と下り用の物でそれぞれ必要になる仕様が多かったからに起因している。
だが、中津川はこれについて既に改善点を見出していた。
「鋼索は1本だけで大丈夫です。それと、巻上機は必要ありません。1本の鋼索だけを使い、それを二台のモーターによってひたすら循環させ続けるんです。こうすれば、電力消費も抑えられます。片方が止まってしまうともう片方も自動的に停止しますが、この場合は乗員たちにも何かしら機材不調が発生した事が体感的に分かるでしょう。誰かの報告が遅れても、全員の目に明らかになる情報共有の強みがあります」
中津川の脳裏にあるのは、各員がそれぞれの部署に集中出来て且つ、情報を共有しやすい環境だった。なるべく無駄は排除し、この鋼索鉄道化も可能な限り簡素に収めたかったのだ。
構造が複雑化すると不調の際の修理に時間が掛かるため、最悪の場合は割り切って要塞を放棄出来るぐらいの物が好ましい。そうすれば、この要塞に詰めている人間は生き残ってその後の人生を歩める。戦況の悪化が日に日に増していくこの情勢下で、徹底抗戦など馬鹿げた代物だと言う思いが中津川にはあった。だからこそ、生き延びるための手段として、この要塞は割り切った存在でなければならないと考えていた。
「加えて、これは工期短縮を見越した物でもあります。皆さんの負担を少しでも減らせますし、ここにある資材も余剰がある訳ではありません。最小の負担と消費で実用化出来れば、提供して下さった各社へお返しする事も可能です。戦争が終わった時にそれを元手にして、もし新しい生活が始められれば幸いです。軍人らしくない物言いですが、ご理解頂けると嬉しいです」
その発言で、松野を始めとした技術部門の空気が軟化した。ここに居るのは、召喚に賛同した者だけではない。戦時下の影響で職を追われ、明日の日銭や食事もままならない者も多かった。
そんな彼らが自身の環境が変化する要因を作った組織から呼ばれ、取りあえずの生活を保障されつつ作業に明け暮れる日々には、何所か腹立たしい物を感じていたのだ。人の生活を都合よく掻き乱してくれる連中めと思いつつ、半沢や中津川、飯塚の人間性に戸惑いながらここまで来た彼らが、ようやくその心を少しだけ許そうとしていた。
「……ご配慮、痛み入ります」
松野が頭を下げた。この日を境に、工兵隊首脳陣と建設部の距離感はより近まった。お互いの腹を探るような空気が無くなり、それこそ腹を割った遠慮のない関係に変化していった。