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奇妙な共同体

 内之浦臨時要塞に届けられた自走出来ない2両の97式中戦車は、未だ森の中にトレーラーの荷台ごと押し込まれて保管状態にあった。数日後に到着した同じく自走不可能な2両の97式中戦車も、荷台ごと森の中で鎮座している。

 更にその後からやって来た戦車小隊の乗員と称する戦車兵たちは、半沢大佐がここの指揮官だと分かるや否や全員が土下座の姿勢になり、彼らの指揮官らしき男が大声で詫び始めた。

「どう言っても許される事でないのは分かっている! だが、我々もこんな状態の戦車を使えなんて言われるとは思わなかったんだ! これでは南方から恥を忍んで帰って来た意味がない! この場で自分を撃ち殺してもらってもいい! それで部下たちへの面責はどうか勘弁してくれ!」

 半沢大佐は呆気に取られ、お茶の入った湯飲みを持ったまま硬直してしまった。飯塚中尉もまた、開いた口が塞がらないと言った状態である。

「……何事だ?」

「さ、さぁ」

 トンネルから出て来たばかりで状況が飲み込めない中津川は、近場に居た曹長に訊ねた。しかし曹長も何が起きたのかは理解出来ていないらしい。

「官姓名を名乗りたまえ」

「脇坂大介少佐! 前所属は南方第14方面軍戦車第2師団であります!」

 彼らの多くは、負傷兵で構成されていた。三角巾で腕を吊っていたり、粗末な松葉杖を片手に痛々しく土下座していたり、血が滲んだ包帯を頭に巻いていたりと、酷いものである。脇坂と名乗った少佐自身も、体中に巻いた包帯から五体満足でない事が窺えた。

「頭を上げてくれ少佐。負傷兵に土下座させた事がバレたら、私はここの指揮官でいられなくなってしまう」

「しかし!」

「少佐、命令だ。全員を立ち上がらせて、森の中にある君たちのために作った寝床へ行ってくれ。飯塚中尉が案内をしてくれる。医療物資も十分とはいかないが余裕はあるから、衛生兵たちに手当てもさせよう」

 脇坂少佐は恐る恐る頭を上げた。部下たちもゆっくりと顔を上げ始め、無言で立ち上がっていく。飯塚中尉に先導された彼らは、森の中に事前に設けてあった寝床へと向かった。

「安田少尉、彼らの手当てを頼む」

「は!」

 ここの衛生兵たちを纏め上げている安田少尉が、4人の部下を引き連れて彼らの後を追った。一帯は再び静寂に包まれる。

「さぁお前ら、仕事に戻るぞ」

 曹長の掛け声で、工兵と作業員たちは持ち場へと戻って行った。半沢の目配せに気付いた中津川は、本部へと引き揚げていく彼の後を追う。


 天幕の中に入った2人は椅子に腰掛け、半沢が中津川のお茶を用意してから話が始まった。

「大尉、首尾はどうだね」

「図面の引き直しは終わりました。後は技術者たちが到着次第、細部を詰めていく予定です」

「そうか。こちらも軍入隊前、或いは徴兵前かもしくは除隊後に鋼索鉄道で働いていた者たちの名簿を入手出来た。近い場所に居る何名かに書状を送ったから、早ければ数日中には到着するだろう」

「いよいよですね。しかし、彼らも事情を知らないとはどういう事なのでしょう」

「あちこちツテを頼ってみたが、どうにも分からない。もしかすると、これは思い付きで下された命令なのかも知れないな。今さら撤回すれば、自分が馬鹿でしたと言うようなものだ。大本営内で立場を危うくしたい人間なんて居ない。取りあえずでも物資と人員を用意し、失敗すればそれはそれで現場のせいにして煙に巻く腹積もりでいる可能性も高いぞ」

 段々と馬鹿馬鹿しくなって来た。しかし、ここまで来たらどうにかして形にしたいとの思いが強かった。最早、それだけがここに居る皆の原動力と言っても過言ではないだろう。

「お取り込み中、失礼します」

 飯塚中尉が現れた。脇坂少佐率いる戦車兵たちの手当てや諸対応が終わったらしく、その報告にやって来た。

「少佐たちにはここの説明や何やらと一通りは終了しました。続いて、例の工作車の件で報告になります」

 最も重要な因子の1つである【装甲工作車】の事だ。あれがなければ、恐らくこの計画は足踏み状態から脱却出来ない。半沢と中津川は、飯塚が次の言葉を喋る瞬間を待ち望んだ。

「熊本第6師団において、少佐らと同じく南方から引き揚げて来た僅かばかりの兵と共に、1両だけですが稼動可能な物があるとの情報を掴みました。車を手配しましたので、これから出向きます」

「中尉、頼むぞ」

 半沢の口から、ここぞとばかりに感情の篭った言葉が発せられた。飯塚はその言葉を噛み締めながら姿勢を正し、直立不動の敬礼を行う。「お任せ下さい」とだけ言うと飯塚は踵を返し、準備を整えるために立ち去っていった。

「大佐、自分もそろそろ戻ります」

 中津川は立ち上がり、半沢と別れてトンネルへと舞い戻った。曹長たちと共に、作業工程の見直しを行っていく。飯塚はその日の内に要塞を離れ、引き揚げて来た第6師団の兵たちが集う場所へと向かった


 数日後、飯塚中尉は稼動可能な工作車を引き連れて無事に要塞へ戻って来た。森の中にトレーラーの荷台ごと鎮座している4両の97式中戦車は、この装甲工作車によって1両ずつトンネルの入り口付近まで移動された。同時に森を少しだけ切り開き、新たに保管場所を設けるに至った。

 更に数日を置き、半沢が書状を送った人間たちが少しずつ姿を現した。最終的には10名を超す現役の技術者や、既にその一線から退いた者までが集結。戦車の鋼索鉄道可に向けて話し合いが始まった。


 森の中に設けられた天幕で、工事の説明が行われていた。有り合わせの物で作った木板に図面を張り、それを使って解説が続いている。

「以上が、我々の求める概要となります」

 口頭で説明を終えた中津川を、技術者たちは奇異の目で見つめていた。動けない戦車を鋼索鉄道方式によって移動させ、その間に射撃を繰り返すなど、普通では考え付かない事である。

「よろしいでしょうか」

 1人の技術者が挙手した。

「どうぞ」

「お話は分かりました。やってやれない事はないと思います。ですが、圧倒的に人手が足りません。その営業停止中の鋼索鉄道会社からやって来る人員は、何時ごろの到着になるのでしょうか」

 この質問には飯塚中尉が答えた。小脇に抱えた資料を片手に話し始める。

「現在、西日本における殆どの鋼索鉄道会社へ打診を行っています。こちらに人員を向かわせる事に了承を貰えたのが3社。最低限の交通網維持のために、人手を用意出来ないとの旨があったのが4社です。該当する3社からは、総勢で50人ほどの人員が来てくれる予定となっています」

 これは技術者だけでなく、実際に鋼索鉄道を運用していた者たちや、事務方の人間まで含まれていた。人手があっても、鋼索鉄道そのものを作り上げる資材が無ければ話は進まない。これに関しても、その3社から提供を受けられる手筈になっていた。

「こちらも1つよろしいですか」

「遠慮なく仰って下さい」

 立ち上がったのは、初老の元技術者だった。彼も元は工兵で、家の都合により除隊し以後は鋼索鉄道の会社で技術部門に在籍していたらしい。

「ご承知とは思いますが、鋼索鉄道の運用には電力が必要です。サンフランシスコのように複数の路線を同時に動かす必要は無いにしても、相応の出力を備えた物がなければ動かせません。この辺については、どのようにお考えですか」

 流石はその道で働いていた人間だ。最も重要な部分に切り込む質問である。

「基本的には1路線分を循環させ続けるだけの電力があれば問題ありません。これについては、西部軍から九州配電へ話を通している最中です。決定次第、送電線を引く工事が始まるでしょう」

 工事に関しては別地域の工兵隊から人手を回して貰えるよう通達が行き渡っている。全て半沢と飯塚の手回しによるもので、特に半沢の人脈の広さが役立っていると言っても過言ではない。西部軍にも半沢の知己は複数居るため、九州配電へは彼らを通してのやり取りになっていた。

「分かりました。工期はどの程度の予定になっていますか」

 話せるようで話せない質問がやって来た。中津川と飯塚が逡巡していると、半沢が間に入って話し始める。

「本来であれば皆さんにお話出来る事ではありませんが、工事に携わる者として大まかな事情だけお伝えします。大本営は本土決戦の起こる可能性を示唆しており、現在の見通しとしては1年程度まだ余裕があるとの見解を出しています。しかし、訓練や物資備蓄の期間を考えると、長く見ても半年しかないと考えていいでしょう」

 『本土決戦』と言う一言が、彼らに動揺を与えた。戦況の悪化は誰の目にも明らかな状態だったが、そこまで旗色が悪くなっているとは思ってもいなかったらしい。無理もない事である。

「敵は着実に本土へ迫りつつあります。ですが、我々は最後まで諦めません。この要塞は、その意思表示の1つとして作られております。どうか、皆さんのお力添えをお願いします」

 深々と頭を下げる半沢に、全員が息を飲んだ。左官にあるまじき振る舞いだが、この工事を軍人だけで行うのは最早不可能だ。民間技術者の協力なくしては成しえない。


 中津川は、半沢の振る舞いを見て彼の人身掌握術を悟った。軍人だけでなく、民間人までも引き付ける彼の魅力と器の大きさに、自分も魅せられているのだと感じた。

 戦争が終わっても、長い付き合いで居たいと思える人物に出会えた事を喜びつつ、再び進み始めた工事がどういう結果を齎すのか、期待が膨らみ始めていた。

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