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起死回生の策

 動く事の出来ない97式中戦車を受領した半沢独立工兵隊は、取りあえずでもそれらを森に隠すため行動を開始していた。


 本来は戦車自身に動いて貰ってトンネル内部へ誘導するはずだったのだが、現状としてそれは不可能なため、戦車の移動用に予め切り開いていた道を拡張し、そこへトレーラーを押し込んだ。荷台部分までを森の中に隠すと、牽引車は接続を解除してそそくさと帰って行った。

「どうやって荷台から降ろしましょう。流石に人力では不可能かと」

 飯塚中尉が諦めの混じった表情で喋った。分解して運べる野砲とは違い、戦車はそれ自体が完結した作りである。何所をどうやっても、荷台から降ろす手段がないのだった。

「近くに工作車を持ってる部隊は居ないか?そんなに数は多くないと聴いているが、1つくらいあるだろ」

 中津川が言うのは、97式の車体を流用して作られた【装甲工作車】の事だ。エンジンは97式に比べて大出力の物へ換装されており、他の戦車を回収するには十分なパワーを持っている。

「問い合わせて見ます。ですが、まずは大佐を待ちましょう」

 半沢大佐は本部のある森の中に入ったきり、既に30分近く戻って来なかった。工兵たちは日陰でウトウトしたり、煙草を燻らしたりしてひたすらに大佐を待ち続ける。1時間近くが経過した頃、ようやく半沢大佐が姿を現した。

「諸君。どうか、心を落ち着けて聴いて欲しい」

 その言葉に、誰しもが思わず体を硬直させた。次の言葉が発せられるまでの間が、嫌に長く感じられた。

「追って、もう2両の戦車と搭乗員たちが到着する。だが、その2両も同じく、自力では移動出来ない状態だそうだ。上級司令部はこの4両を持って、要塞の主戦力足らしめろとの命令を我々に下した。具体的な解決策についてはこちらに一任するとの事だ。次いで、要塞構築に必要な物資や資材は可能な限り優先的に送るが、大本営の想定する本土決戦防衛計画に工期の遅れを含む事は許されない。総員、粉骨砕身して要塞の構築に当たるべし。以上が、我々に課せられた使命だ」

 大佐自信が苦虫を噛み潰すような表情のまま、優しい口調を崩さずにそう言ったからこそ、この場に居る人間は誰も逃げようとしなかった。これが高圧的な人間の口から発せられれば、間違いなく乱闘騒ぎになっていただろう。

 開戦当初から共に戦い、同じ釜の飯を食い続けた仲間たちは、大佐の置かれた心境を誰よりも理解していた。大佐だけが死地に追いやられるような事があれば、ここに居る全員は命令もなく喜んで着いていくだろう。そんな彼らだからこそ、誰一人として逃げると言う選択肢を選ばなかったのだ。

「……済まんが、これから大尉と話し合いをしたい。諸君らは暫し、自由にしててくれ」

 踵を返す大佐に、中津川は無言のまま付き従った。後から追って来た飯塚中尉が、よく冷えたお茶の入った薬缶と湯飲み2つを中津川に託し、兵たちの所へ戻って行った。

 森の中にある天幕の本部へ入った半沢と中津川は、湯飲みにお茶を注いでゆっくりと啜りながら喋り始めた。

「どう思うね、大尉」

「丸投げ……何て言ったら憲兵にしょっ引かれますかね」

「この状況を知れば如何な憲兵と言えどため息を漏らすと信じたいな。さて、我々はどうするべきだと思う?」

「夜逃げでもしましょう。そもそも具体的な方針も伝えられず、こんな所でトンネルに戦車を置いて移動攻撃を繰り返せるようにしろと言いながら、放り投げられたのは自力で動けない戦車ですよ。どうしろって言うんですか」

 心地いいそよ風が2人の間を駆け抜けた。揺れる木々の音も優しく、耳を澄ませば海鳴りが聴こえる。さっきまでの憤りが少しずつ抜け始めていた。

「……少し横になろう。この優しい音色に、体を委ねようじゃないか」

 最も苦しいのは大佐の筈だ。信頼してくれる部下たちに、無理難題を言い渡さなければいけない立場。要塞構築のため、体良く飛ばされて来た1人の大尉。これらが相乗効果を起こし、光明が見え始め矢先に立ちはだかった大きな壁。これをどう乗り越えるか。中津川もまた、草むらに体を横たえ、優しい風と木の音を聴きながら、思考の海へと潜り込んで行った。


 どうやってあの転輪がない戦車を動かすか。修理には相応の時間が掛かる。しかし、それをしている間に工期が影響を受ければ、何もかも白紙に帰すだろう。であれば、現状のままどうにかして運用する方法はないか。動かせないのなら、トレーラーの荷台に載せたまま移動させて攻撃を。そんな方法は前代未聞だ。しかし、この要塞そのものが既に前代未聞なのだ。何をやっても許されるかも知れない。そこまで考えた時、荷台に載せたまま動かす方法を思い付いた中津川は飛び起きた。

「…………大佐、一つ案が」

「何か思い付いたか」

 半沢も起き上がり、真摯な表情の中津川を見やる。それは、覚悟を決めた者の顔付きだった。

「大佐、敵どうこうを抜きにして申します。アメリカのサンフランシスコと言う町をご存知ですか」

「有名な町じゃないか。詳しい場所は知らないが、あのゴールデンゲートブリッジは中々に美しい橋だと思う」

「サンフランシスコは大変に坂の多い町としても有名です。その坂道を効率よく移動するために、住民たちはケーブルカー、日本語に訳すと鋼索鉄道を普段から利用しています。そのケーブルカーを、この要塞に応用出来ないでしょうか」

 大佐もそこまで言われると、何かに気付いたらしい。戦車が自力で動けないのなら、外部から動力を与えてしまおうと言う中津川の案に一もニもなく飛び付いた。早速、飯塚中尉も含めて打ち合わせが行われる。

「なるほど。これならそもそもの方針である『移動しながらの攻撃』が実現出来ますよ」

「しかし、我々だけでは難しいだろう。専門の技術屋が必要ではないかね」

「その点ですが、ちょっと心当たりがあります。商業用の鉄道として走っているケーブルカーは幾つか存在しますが、今年の頭に不要不急線の指定を受けて、現在は営業を停止している路線が多くある筈です。そこの技術者、または保線の人間たちをここに召喚する事は出来ないでしょうか。無論、相応の扱いと言う事で」

「各方面に早速当たって見ます。工作車の件も同時に進めますのでご安心を」

 光明が再び見え出したのを、3人は感じていた。中津川は工兵たちを率いて戦車の寸法を測り、トンネル内にどれぐらいの広さを確保したら良いかの再計算を始めた。飯塚は各方面に飛び回り、工作車の確保と鉄道会社の洗い出しを行っている。半沢も自身の立場に物を言わせ、近場や西日本の管区に問い合わせてケーブルカーに精通した人間を探すよう手配した。


 情勢がこれ以上に悪くならない内に、全てを決さねばらないと言う強い意志を持って、男たちは行動を開始した。

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