裏切られる使命感
中津川が立案した格納庫方式の要塞は、作業に当たる工兵や民間人にも好評だった。何しろこの手の要塞と言えばトンネルを縦横に走らせる関係上で作業量は増えるし、何所に何の機能を持たせるかまで考えて掘らないといけないので単純にやればいい訳でもない。トンネルが密接になると落盤や壁に穴が開いたりする可能性もあるため、神経も磨り減っていくのだ。
しかしこの場合、一定の広さを掘り進んだ所で鉄筋コンクリートの補強作業が挟まれるので、真っ暗闇をひたすら掘り続けるよりは精神的にも楽だった。何より、後方を落盤によって遮断され脱出が出来ないと言う事態が起き難い。
中津川も自ら陣頭に立ってほかの作業員同様に円匙や鶴嘴を振るった。
「大尉殿は工兵学校に居られたそうですが、どうしてこんな所へ」
「体のいい左遷だ。学校長と折り合いが悪かったのを利用されたんだよ」
「そいつはご苦労な事で」
「曹長はここに居て長いのか?」
「ここと言うより大佐の指揮下では最古参かも知れませんね。我々は元々が南方軍で、あちこち回った挙句に内地へ戻ってここの要塞作りに着手したって訳です」
最初は覚束なかったが、雑談しながらの作業も慣れたものだ。掘り起こした土を別の容器に移して外へ運んで行く。すれ違う工兵や民間作業者に混じって働いていると、自分が士官である事を忘れそうになる。だが、同じ釜の飯を食うとはこういう事なのだと実感している自分が居た。存外に気分がいいものである。
工兵たちの纏め役を務める泉川曹長と共に、今日もトンネル掘りに勤しむのだった。
「大尉、いらっしゃいますか」
飯塚中尉が現れた。曹長に断りを入れて作業の手を止め、中尉の下へと向かう。
「どうした」
「大佐がお呼びですので本部までお願いします。現場作業がすっかり板に付きましたね」
「体を動かすのはいいな。自分たちが置かれてる状況も幾分か忘れさせてくれる」
土埃を叩き落し、手拭いを水道で濡らして顔を拭きながら外へ出た。森の中に移動された本部では、半沢大佐が書類を眺めて待っていた。
「お待たせしました」
「ああ大尉。連日ご苦労だが、何も作業に混ざる事はないんじゃないか?」
「自分は余所者ですからね。手っ取り早く仲間に入れて貰うにはこれが一番です」
パイプ椅子に腰掛けて略帽を脱いだ。大佐が手渡す書類の内容を検めると、ついに主戦力となる97式中戦車の小隊が着任するとの旨が書かれていた。
「いよいよですか。しかし、要塞はまだまだ完成途上です」
「到着が早ければ森の中にでも隠しておくさ。それに、順番ではまだ先の話だ」
書類を読み進めていくと、ここ内之浦臨時要塞に戦車小隊が着任するのはもう少し先の事だった。まず南方から引き揚げて来た殆どを沖縄に配置し、部隊を再編した上で本土への移送が始まる。少なくとも、あと一ヶ月近くは時間があるように見受けられた。
「これぐらいの時間があれば、十分な環境を提供出来ると思います」
「しかしだ、ここ最近になって敵の動きが活発になりつつある。全て予定通りと言う訳にはいかないだろう。気持ちを一層引き締めて作業に当たって欲しい」
「承知しました」
中津川は立ち上がり、略帽を手に取って現場へと戻って行った。工兵たちに混ざって日が暮れるまで作業に没頭する。
しかし、情勢は彼らのやる気を削ぐような出来事ばかりを起こし始めた。
予てより懸念されていた敵軍潜水艦による輸送船の被害増加がここに至って深刻化し始め、日本国内への物資輸送が遠のき出した。当然、民間だけでなく軍需にまで影響を及ぼし、要塞に届けられる建設資材も煽りを受けて日に日に減っていった。
現状としては沿岸への開口部構築とその方面にへの鉄筋コンクリート補強、後方の空間は3割程度の掘削と補強工事を終えた状態だ。それ以降の空間を確保するための掘削作業は、資材搬入が遠のいたためちょっと掘っては足で踏み固めたり、ベニヤ板で全体を押して強度を上げるなどの補助的なものが限界だった。
これによって工事も段階的な作業や一時的な休止を余儀なくされ、中津川が計画した工程の半分にも満たない段階で戦車小隊着任の日を迎えてしまう事となる。
8月 某日
今日の工事は中断し、着任する戦車小隊を森の中で待機させるための空間を確保する作業に追われていた。地面を少しだけ掘り返し、その前後に斜めの傾斜を掛けて踏み固め、どちらからも出入りが出来るようにする。用意した天幕を張り、草木を取り付けて偽装も終えていた。
全員が休憩に入り、森の中で寝転んだりお茶を飲んだりと思い思いに過ごす。予定ではもう間もなく到着する筈だった。
「中尉、今は何時だ」
様子を見に来た半沢大佐が飯塚中尉に訊ねた。戦車隊の着任とあってか、いつもは無精しているひげを整えている。
「12時を回った所です。取りあえず昼の準備を進めさせています」
トンネル入り口の脇に仮設された炊事場では、食事当番の工兵たちが飯盒で飯を炊いたり、民間作業者たちが海で釣って来た魚を焼いたりしていた。近場の農家が差し入れてくれた僅かばかりの野菜を切り刻んで、汁物も作られている。
「大尉はどうしている」
「何人かを連れて野草の採取に向かいました。腹の足しにはなるだろうと」
それから暫く経ち、食事を終えた彼らは戦車の到着を待ち続けた。しかし、待てども待てども戦車は姿を現さない。陽が傾き出した頃になってようやくその姿を現したのは、道幅いっぱいの大きさもあるトレーラーだった。荷台は布が被せてあり、何を積んでいるのか見た目では分からない。
「……嫌な予感がするな」
「同感です」
中津川と飯塚は、そのトレーラーを誘導し停車させた。降りて来た運転手は民間人で、ここに運んでくれと依頼を受けただけで詳細は知らなかった。
「中を見てみようじゃないか」
大佐の一言で何人かがトレーラーに群がった。荷台の布を剥がすと、その中には2両の97式中戦車が鎮座していた。それも、明らかに通常の状態ではなかった。
「…………何だこれは」
2両の97式中戦車は、どちらも履帯が無い上に転輪すら満足に残っていなかったのだ。これでは自走する事なんて不可能である。この現実を受け入れきれない中津川は、思わず半沢に言い寄った。
「大佐、これは一体」
半沢も渋い顔付きでその戦車を眺めていた。「上に問い合わせよう」と低い声で言うと、踵を返して本部のある森の中へと消えて行った。
誰もが諦めの表情で、待ちに待った戦車が突きつける現実に打ちひしがれた。これは遠回しにでもなく、我々に死ねと言う事なのだろうか。何のためにこの要塞着手を命じたのか。全てをどうするつもりなのか。自分たちが所属するこの組織に対し、ひたすらに疑念が募っていった。