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姿を見せた幼なじみは




『フォルティスが、この街に帰ってきたらしい』


 宿屋を営むハンナは、夜になっても住人から聞いた噂話が頭から離れなかった。



「……っと。帳つけの時に、余計なことを考えちゃダメだね」


 まったく。貴重な紙を何枚ムダにすれば気がすむのか。

 羽ペンから垂れてしまったインクの染みに眉を寄せ、アイツのせいだと呟いた。


 フォルティス──幼なじみが帰って来たことが、気がかりなんじゃない。

 凱旋ならいいが、もし大怪我でもしていたら……

 王都から遠いこの地では、そんな情報もろくに届かない。


 とにかく伝達が遅いのだ。

 目立ったダンジョンがあるわけではなく、王都の精鋭部隊に派遣を要請するほどの魔物が現れるわけでもない。

 情報の回し漏れがあっても、さして困らない辺境の地。


 そこそこの活気はあるが、穏やかで、ゆるやかな時が流れる街。

 おおらかで気さくな住人たちは、知らない人が通りかかると酒場へ連れていき、ものの十秒で酌み交わす仲となる。

 そのおおらかさが、伝達速度をさらに遅くする要因でもあるのだが。



 以前ハンナは、長寿の会の会合中──という名目の飲み会をしている酒場へ出向き、


『ちょいと、爺さんたち。せめて、情報くらい聞き出しておくれよ』


 と呆れながらも頼んだことがある。

 彼らは、


『わしらはただ、客人をもてなしとるだけさ。情報だなんだは、デカい街のギルドの仕事だ。境界線は、侵しちゃならねぇ』


 と鷹揚に笑った。


 かつて〝英雄〟と呼ばれた人々が、この街を安住の地とするのも、わからないではない。

 彼らから英雄譚を聞いて育ったフォルティスが冒険者に憧れたのも、自然な流れだったのだろう。


 ともかく。

 そんな彼らに、フォルティスのことなど訊けるわけがない。

 小さな街中に響きわたるように、


「ハンナが、男の心配をしとるぞ!」


 などと、おもしろおかしく騒いでくれるに違いないからだ。

 からかわれるのがわかっていて、わざわざネタを提供する気はなかった。


 一番の理由は、

 フォルティスのことは気にかかるが、彼らに話を聞くのは、ハンナばかり心が向いているような気がして、癪だったからだが。




 20年。

 その月日は、決して短くなかった。


 少女だったハンナは、父の跡を継いで宿屋の女将となった。

 住人たちの顔ぶれも変わった。


 変わらないのは、少女だった時のハンナだ。

 今まで思い出さないようにしていたのに、あの噂話のせいで、昔の約束を鮮明に思い出してしまった。



『俺が一流の冒険者になったら、正式なプロポーズをする。だから、待っていてくれ』



 あんな口約束を、今でも信じているわけじゃない。

 ただ……あの時の、フォルティスの真剣な顔を思い出して、昔の自分が騒いでいるだけだ。


 ……だいたい、20年も音信不通って、どういうことさ!

 手紙のひとつくらい、何でよこさないんだい、あの唐変木!


「……あっ」


 新たな紙に、またインクのしみをつくってしまった。

 行儀が悪いとわかっていながらも、ハンナは舌打ちせずにいられなかった。



 メモ用紙にするくらいしか用途がなくなってしまった、しみのついた紙。

 何枚も積み重なったそれらに目をやり、ハンナは深くため息をついた。


 ……少し耳にしただけで、このザマか。


「……ばかばかしい」


 ハンナは言い捨てた。


 もう、20年も経った。

 過去を精算するには、充分な月日を過ごしたはずだ。

 何も知らなかった乙女の頃ならともかく、王子様を待つ歳でもあるまいにと、自分を叱咤した。


「もともと、アイツは王子なんて柄じゃなかったけどね」

「ずいぶんな言いようだな」


 ハンナしかいないはずの宿主部屋に、男の声が響いた。

 とっさに羽ペンを掴み、立ち上がってドアのほうを向くと。

 大柄な男が、ドアを開け放して立っていた。


「それじゃ護身用にはならないだろう。──ハンナ」


 顔は大人になったが、真っ直ぐなその目は。

 獅子のたてがみのようなその髪は。


「……フォル、ティス……」


 ハンナは、握っていた羽ペンがするりと落ちるのに気づかないほど、呆然とした。


「覚えていてくれたんだな」


 フォルティスはドアを閉め、コツコツと靴の音を響かせ近づいてきた。


「……誰が入室の許可を出したのさ」

「俺だな」

「この部屋の主は、アタシだよ」

「キツイ目になっても──」


 至近距離で足を止めたフォルティス。

 見た目の冷たさからは想像できないほど優しく、ハンナの腰に左腕を回した。


「相変わらず美人だ」

「……そんな言葉でごまかされるほど、安い女じゃないんだよ」


 口ではあの頃のように返しながら。


 見上げる角度に。

 広くなった肩幅に。


 ハンナの心がついていかない。


「知っている。俺が言いたいだけだ」

「久しぶりに会う距離じゃないよ。手を離しな」

「悪いが、それは聞けない」

「な──っ」


 ハンナはカッとなったが、言葉が続かなかった。

 フォルティスの目が、愛しげに細められていたから。


「……今さら、何の用だい」


 震える声を振り絞り、ハンナは虚勢を張った。


「約束を、果たしにきた」

「……何のことだか、わからないね」

「『俺が一流の冒険者になったら、正式なプロポーズをする』という約束だ」

「……覚えてないよ」

「そうか。だが……」


 フォルティスの右手が、白くなめらかな頬を包みこんだ。


「ハンナの心は、正直だ」


 骨ばった指が、頬をそっと撫でていく。

 そこで初めて、ハンナは自分が泣いていることに気づいた。


「……人ってのは、驚いても涙が出るのさ」

「そうか」

「アンタが帰ってきて嬉しいからだなんて、うぬぼれないでおくれよ」


 止まる気配をみせない涙。

 フォルティスに毒づくことで、少しだけ憂さを晴らそうと思ったのに。


「ハンナの心は、今も俺に向けられているんだな」


 目の前の男は、他では見せないような甘ったるい笑みを浮かべるから。

 余計に、涙が止まらなくなった。


 今のハンナと一緒に、少女の頃のハンナも泣いている気がする。


 目を固く閉じて、あふれてくる涙を抑えようとすれば……温かくて太い腕に抱きこまれ。

 唇を噛んで、嗚咽を抑えようとすれば……琥珀色の髪に口づけが贈られた。


「……ハンナ……」


 ……知らない……


「……愛している……」


 ……こんな男は、知らない……


「……俺の、ハンナ……」


 服越しに伝わってくるフォルティスの体温に溶かされ。

 砂糖をふりまいたような声に思考を奪われる。


 ……無事で良かった……

 ……やっと、帰ってきた……


 無意識に、その逞しい背中に腕を回しかけ、ハンナはハッとした。

 そのおかげか涙が止まり、内心ホッとした。


「……なんだ。抱き返してくれるんじゃないのか」


 心底ガッカリしたような口振りに。

 ハンナはようやく、主導権を握った気がした。

 ついでに顔を上げ、強気な目で笑ってやった。


「言っただろ? アタシはそんな安い女じゃないって」

「そうだったな」


 ハンナを離さずに肩をすくめるとは、器用な男だ。


「……いいかげん、離してくれないかい」

「いやだ」

「子どもみたいなことを言うんじゃないよ」

「俺の想いは、あの頃と変わっていない。だから今こうして、ハンナを抱きしめている」


 ストレートな物言いは、まったく変わっていない。

 顔を合わせる度に「好きだ」「結婚してくれ」と繰り返してきた、あの頃と同じだ。


「……アタシは、頼んじゃいないよ」

「ハンナは『待っている』と言ってくれた」

「いつの話をしてるのさ」

「20年前だ。10代の頃も綺麗だったが、30歳を過ぎた今は、色気が増したな」

「女に歳のことを言うんじゃないよ! 相変わらず、デリカシーのない男だね!」


 ストレート過ぎる男を、ハンナは叱りつけた。

 フォルティスは応戦してくるどころか、懐かしそうに笑った。


「あの頃も、俺を叱っていたな」

「……叱られたことは覚えてるのに、何で同じことをするのさアンタは」


 ハンナは、疲れたように肩を落とした。


「ハンナの声に聞き惚れていて、内容が頭に入ってこなかった」

「それ、堂々と言うことじゃないだろ。一番意味ないヤツじゃないか」

「意味がないことはない。俺にとっては、ハンナの声が聴けることが重要だ」

「重要の順番が違うだろ!? 内容が頭に入んないなら、何度言っても同じじゃないか!」

「俺は、ハンナの声がたくさん聴けて嬉しかった」

「アンタ……」


 噛み合うようで噛み合っていない会話。

 ハンナはため息とともに、ふたたび肩を落とした。


「……だいたい。よく今頃、来たもんだね」

「これでも、最短ルートを通ったつもりなんだがな」

「どこの端の国まで行ってたのさ。20年もかかる最短ルートなんて、聞いたことないよ」

「ヘルフレイムドラコンを倒すのに、ちょっと手間どったんだ」

「……何だって?」


 ハンナは聞き間違いかと、目を瞬かせた。


「ヘルフレイムドラコンを倒すのに、ちょっと手間どったんだ」

「……ヘル、フレイム……」


 真顔で繰り返された言葉を、ハンナは半ば呆然としながら復唱した。

 それが、世界最恐の魔物だと理解した瞬間。


 フォルティスを、思い切り突き飛ばしていた。


「ハンナ……?」


 片足を半歩下げたところで、首を傾げるフォルティス。

 それを無視して、ハンナは目の前の胸に手をあてた。


「……ハンナ」

「何でそんな、危険な……」


 厚い胸板や腕にふれるハンナの耳には、フォルティスの困惑した声は届いていない。


「……ハンナ」

「どこも、何ともないんだろうね?」


 縫合の跡や欠けた箇所がないかを、服の上から念入りに確認する。


「……ハンナ。おかしくなりそうだから、そろそろやめてくれ」

「どこか悪いのかい!? あぁ、そうだ。この時間だけど……」


 ハンナは馴染みの街医者を思い浮かべ、連絡を取ろうとした。


「今から診てもらえるかね……」


 通信機に向かって歩き出した、その時──


お読みいただき、ありがとうございます。

よろしければ、後編へお進みください。

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