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父の虚弱さと、母のかっこよさ

 じ、事件です!!

 家に戻ったら床に男性が倒れていた!


 もちろん男性は父ですよ。 他の人だったら別の意味で怖い。 でも、十分、事件だよね!? だ、だれかー! 救急車ーー!!


 精霊の話で興奮しまくる私のため、ルーティアは父に精霊の話を聞きこうと家に戻ってくれた。 だが、家の中で事件は起きていた! 物取りか!? 急病か!? とにかく誰か呼ばないと!!


「あ、父さん、倒れてる。」


 ・・・え!? ルー? それだけ!? それだけなの??


 何やらルーティアは冷静だった。


『ルー、落ち着いてる場合じゃないよ!? 電話!・・は無いだろうから・・・ ほらっ! 誰か呼びに行かないと! お母さんってどのあたりにいるんだろう? 町まで行って誰か呼んできた方が早い??』

『【私】、大丈夫だよ。 父さん、身体が弱いって言ったでしょ? よく、熱、出して倒れるんだよ。 今回も、たぶんそれ。』


 え? いくら虚弱って言ったって、こんな突然倒れるもんなの? 突然倒れるって心筋梗塞とか脳梗塞とかのヤバい病気じゃない? さっき窓から顔出してた時は普通にしてたのに、それから、たいして時間もたってないのに虚弱だから倒れるってあるの??


 人が倒れている場面に初めて遭遇し、私はおろおろと動揺するばかりだった。 だが、ルーティアは焦るでもなく、普通に父に近寄っていく。

 父はうつ伏せで倒れており、ちょっと苦しそうだ。 そんな父の額に手を当ててルーティアは熱を測っているようだった。 朝はルーティアがこうして熱を測ってもらっていたのに、なんだか不思議だ。


「うん。 熱い。」


 ルーティアは慣れていた。 普通、こんな幼い子が熱なんて測れないだろう。 子供の方が体温、高いしな・・・。


『【私】、毛布、取ってこようよ。 ルーだけじゃ父さん動かせないから、母さん戻ってくるまで父さん、あったかくしとかないと。』

『う、うん。 わかった・・・。』


 どうしよう・・・。 ルーティアが、しっかりしている・・・。 私は大人の自信を失った・・・。

 えー、えー、どうせ私はダメ人間ですよー。


 私が一人、やさぐれていると、ルーティアは隣の寝室に向かい、ベッドから毛布を引っ張りだし始めた。 だが、小さい体に、この毛布は大きい。 しかも毛皮なので皮の部分が少し硬いのだ。 なかなか、苦戦している。


 一人、やさぐれてる場合ではなかった。 身体は一つしかないので手伝えないが、応援はできる。


『ルー、頑張れ! あと、もうちょっと!』

『うん。』


 ルーティアは、なんとか毛布をベッドから引きずり下ろすと、今度は倒れている父のところへ毛布を引きずり始める。


 家の中は、前世の西洋方式のように靴でそのまま歩く。 靴を脱いだり、履き替えたりしない。 出来れば、毛布は引きずらないほうがいいんだろうが、身長も腕力も足りないのだ、無理なものはしょうがない。 父を温めるのが最優先である。 寒さで風邪をひいて肺炎とかになったら大変だ。 風邪からくる熱だったら、すでに風邪なわけだが・・・。


 父が倒れているのは、寝室の隣にある部屋で、その部屋にある(かまど)のすぐそばだ。

 その部屋は前世で言うLDKのような感じで、台所に食卓ある。 朝ごはんを食べたのもこの部屋だ。 ソファなどは無いが竈のそばに火の番ができるように小さなベンチのような木製のイスがある。 父はこのベンチのすぐ横でうつぶせで倒れていたのだ。


 家族でくつろぐ場所って、この部屋しか無さそうなんだよね。 居間も兼ねてるからLDKで間違ってないはず。 LDKじゃ、めんどくさいから居間って呼ぼう。


 今は冬だ。 竈では赤々と火が燃えているので、父がいる場所はそれなりに暖かい。 毛布を掛ければ、それほど寒くはないはずだ。 本当は身体の上に毛布を掛けるより、身体の下に毛布を敷いた方が冷えなくていいのだが、父の身体は大きい。 ルーティアには転がすのも難しいだろう。 倒れた時に頭を打っている可能性もあるので動かさないほうがいいような気もする。 (あきら)めて毛布は上に掛けてもらうことにした。


 ルーティアはフーフーと息を切らしながら、父の身体に毛布を引きずって掛ける。


 ・・・上からフワッとは掛けられないんだよね、ルーに対して毛布がでかすぎる。 引きずって、ついちゃったホコリは、どうか見逃して頂きたい。


 毛布を無事、父に掛けることができたルーティアは、額の汗をぬぐっている。 非常に暑い。


『ルー、マフラーと上着、脱ごう。 すごく暑いし・・・。 一人で脱げる?』

『うん、一人で出来る。』


 失敗した。 先に脱ぐように言うべきだった。 まさか、毛布運びがこんな重労働になるとは思わなかったのだ。 小さい身体は大変だ。


 ルーティアは首にグルグルと巻かれていたマフラーを取ると食卓のイスにかける。 ここまではいい。 問題は上着だ。 これが小さい子一人で脱げるか心配なのだ。

 上着は毛皮でモコモコとしていて、短いマントのような形をしている。 脱ぐのに外さなければいけないのはボタンはなく、ダッフルコートのような大きな留め具だ。 これが首の近くに3つある。 これならルーティアの小さな手でもなんとか外せると思うんだが。


 ルーティアが留め具と格闘し始めると、外で物音がした。


「あ! 母さんだ!」


 留め具を中途半端に外した状態でルーティアは玄関に走って行く。

 居間から玄関へのドアを開けると、ちょうど母が、外から玄関へのドアを開けたところだった。


「母さん、ルイシャ、お帰りなさい!」


 母のシルヴァは、ドアを開けると同時に声をかけられて、目を見開いて驚いている。 見開かれた瞳の色が桜色であることが、よく解った。


 あ、かわいい色。 きれいな薄紅色だ。


 そんな場合ではないが、ちょっと感動する。 桜と富士山は日本人の心だもんね。


「ルーティア、ただいま。 どうした? 何かあったか?」

「父さんが倒れた。」

「・・・そうか。 最近、調子が良かったから久しぶりだな。」


 やはり、母にも動揺は無かった。


 父よ・・・いったい、どれくらいの頻度(ひんど)で倒れているのだね・・・。


 母は玄関に入ってくると、今、自分が通ったばかりのドアを大きく開いた。 そこにはブルブルと毛並みを震わせて身体についた雪を落とすルイシャがいた。 足についた雪も器用にフルフルと振って落とすと玄関に入ってくる。 もう玄関はギュウギュウだ。


 するとルーティアが今度は居間へのドアを全開にする。 ルイシャは、それを見て、すぐに居間へ移動していった。 倒れている父を見付けて、鼻でフンフンと匂いを嗅いで様子を確かめている。 父が起きる様子はまだ無い。


 ルー、ナイスアシスト! いつもこうやってルイシャを入れてあげてるんだね。 賢いルイシャでも、さすがにドアは開けられないか。 賢いどうこうじゃなくて、あの大きな前足でドアノブ触ったら、間違いなく壊れるもんね。


 母は玄関から父の様子をチラッと見ると、素早く身に着けていた装備を外し始める。 肩に背負っていた弓や、矢筒。 腰に付けていた大振りのナイフなどを、どんどん外して玄関にある棚に置いていく。 最後に身体についていた雪を手で払うと、やっと居間に入ってきた。


「毛布をかけてくれたんだな。 ありがとう。 持ってくるのは大変だっただろう?」

「大丈夫。 ちょっと暑くなっただけ。」


 あんなに大変だったのに・・・ルーは良い子だね。 私だったら「チョー大変だったんだよ!」くらい言っちゃうよ。


「ずいぶん厚着だな・・・。 上着を脱いでおきなさい。」

「はーい。」


 母は厚着だと言ったとき、チラッと父を見た。


 そうです。 お宅の旦那さんがこんなに、厚着させたんですよ・・・。


 ルーティアは再び、上着の留め具と格闘し始めた。


 父のそばまで行った母は、膝をついて父の肩に手を置くと、少し父の身体を揺すりながら声をかけた。


「おい、イデア。 大丈夫か?」


 父は少し身じろぎしたようだが、やはり起きなかった。


「ダメか。 仕方が無いな。」


 母はそう(つぶや)くと、ルーティアが掛けた毛布を取り、うつ伏せだった父の身体を回転させて上向きにする。 そして父の身体の下に両手を差し込んだ。


 ・・・え゛っ!?


 フワリと父の身体が浮いた。


 ぉ、ぉおう。 お姫様抱っこだよ・・・。


 長身の男性を女性が抱き上げる。という、ちょっとあべこべな状態だが、まごうことなくお姫様抱っこである。


 お母さん、力持ちなんですね・・・ヤダ、かっこいい・・・。 ヤバい、なんかときめく・・・私、お母さんに惚れるかも・・・。


「ルー、悪いが、ドアを開けてくれ。」

「はーい。」


 やっと、留め具との格闘に勝利し、上着を脱ぐことに成功したルーティアが寝室のドアを開けに走る。


 母は全くふらつくことも無くドアをくぐると父をベッドまで運んで行った。 父をゆっくりとベッドに横たえる一連の動作が、なにやらとても丁寧で、なんだかとってもドキドキした。 まるで物語の騎士と姫のようだ。


 ・・・男女逆転だけどねー。


 母は父の身体に毛織物の上掛けを掛けると、額に手を当てて熱を測っている。


 ルー、毛皮じゃなくてこっちの毛布のほうが軽かったんじゃ・・・。 あ、でも、一番上が毛皮のだったから、下からこれを引っ張りだすのも大変か・・・。


 身体が一つだと、手が貸せないのが、もどかしい・・・。


「父さんの熱、高い?」


 ルーティアはちょっと父が心配になってきたようで、母の隣まで行くと父の顔を覗き込んだ。


「いや、高くはない。 呼吸もそれほど苦しくは無さそうだ。 これなら明日にはある程度、落ち着くだろう。 いつも道理だ。 心配するな。」

「うん。」

「だが、イデアだからな・・・。 熱が下がったとしても、2,3日はベッドで安静にしていた方がいいだろう。 ルー、悪いが、明日の午前はイデアのお守りだ。 頼んだぞ。」

「あー、うん。 わかったー。」


 ? お母さん、ちょっとニヤッて感じだったね? この人、あんまり表情変えないみたいなのに何だろう? 珍しく、ルーもちょっと嫌そうだし。 お父さんのお守りはめんどくさいのか? めんどくさい大人か・・・それは嫌だな。

 どんな感じでめんどくさいかは、明日わかるのだろう。 今は放置だ。


「あぁ、ルイシャ。 持って来てくれたのか、ありがとう。」


 母の声に後ろを振り返ると、毛皮の毛布を(くわ)えたルイシャが立っていた。 さっき、ルーティアが汗をかきかき運んだやつだ。 ちなみにルイシャもちょっと引きずっている。


 母はルイシャの口から毛布を受け取ると寝室の窓を開けて、毛布をバサバサと振ってホコリを(はら)った。 そして父の身体にゆっくり掛ける。


 潔癖症の人は(はら)ったくらいじゃ嫌だろうが、私は全然、大丈夫な方だ。 そのままは、さすがに嫌だがホコリを(はら)ってくれれば問題ない。 私、潔癖症じゃなくて良かった。


「さて、イデアはしばらく目を覚まさないだろうから放っておくとして。 昼ごはんにしよう。 腹が減った。」


 何故だろう・・・母は父に対して、しぐさは丁寧なのだが言葉使いが雑だ。 まあ、寝ている父は放っておくしかないわけだが・・・。


「わーい! お昼だー! ルーもお腹減った! ねぇ、母さん、ルー、オムレツが食べたい!」


 おお、オムレツですか。 いいチョイスだね、ルー。 私も好きだよ。


「オムレツか、いいぞ。 クルトの実を持っておいで。」

「やったー! オムレツー!」


 ? クルトの実って何だろう? オムレツって言ったら、卵だよね?


 ルーティアは、居間につながるドアとは違う、寝室の奥にあった、もう一つのドアから部屋を出た。 そこは狭い空間で、またドアがある。 ドアは右、左、正面に1つづつの計3つあった。

 正面にあるドアをルーティアが開けると、そこは、いろいろなものが雑多に置かれている納戸のようで、木箱やらカゴやらが、いっぱい置かれている。


 ルーティアが床に置いてあったカゴの1つに近づいていくと、そのカゴにはピンポン玉くらいの大きさの薄い茶色をした丸いものが、たくさん入っているのが見えた。


 姿形が茶色い卵と酷似している。 一番よく見る白い卵ではなく、栄養価が高いイメージがある茶色の卵だ。 ・・・栄養価は基本的に白と変わらないらしいんだけどね。


『ルー、それがクルトの実?』

『そう。 オムレツに使うの。』

『えーと、卵じゃないの?』

『? 卵? 卵は鳥さんが産むやつだよ。』

『? うん、そうなんだけど。 ・・・えーと、オムレツって卵で作らない?』

『? 卵? 卵をオムレツにどうやって使うの? 卵を使っちゃったら鳥さんの赤ちゃんはどうなるの?』

『? そ、そうだね??』


 な、なんかズレてない?。 もしかして、卵を食べる文化が無い? 卵に似た食べ物はあるけど、卵を食べるなんてとんでもないって感じ??


『??? 【私】がいたとこは、オムレツ、卵でつくるの? 鳥さんの赤ちゃんを食べちゃうの? 子供の霊獣は獲っちゃダメなんだって母さん言ってたよ。』


 ど、どうしよう・・・! なんかルーが怒ってる!? なんか酷い人だと思われてるっぽい! 無精卵なんだよって言って解ってもらえるのか!? 再び文化の差が!!


『向こうでは無精卵っていう食べる用の卵があったんだよ! 赤ちゃんが生まれない卵だから大丈夫! こっちにそういうのが無いなら、食べたりしないから安心して! ねっ!』

『?? 赤ちゃんが生まれない卵?? ・・・・・・【私】がいたとこって、なんか変なんだね?』


 ・・・良かった。 地球が変なとこって思われたみたいだけど、すんなり納得してくれたみたい。 あー、焦ったー・・・ ルーの中の私への信頼が、がた落ちするかと思ったよ・・・。


 でも、言われてみれば変だよね? なんで鶏は雛が(かえ)らない卵を産むんだろう? ネットで調べれば、すぐにわかるんだろうけど、もう、出来ないからね・・・ この謎は迷宮入りですな。


 昨日から始まった、この世界ではとんちんかんに聞こえる私の質問に、ルーティアはだいぶ慣れてくれたみたいだ。 私が思考に入って静かになると、会話は終わったと判断して黙々と作業を入ってくれる。


 ルーティアは、そばに置いてあった小さなカゴを手に取ると、そこに卵・・・クルトの実を入れ始めた。


「あ、ミルクの実もあった方がいいよね?」

『え? ミルクの実?』


 すまない。 作業をちょいちょい中断させて、本当にすまない。 でも、気になるじゃないか。 だって、ミルクの実だよ? もしかしなくても牛乳ですか?


 いちいち説明しないといけない私のめんどくさい質問に、ルーティアは特に面倒がらずに教えてくれる。 本当にいい子だ。


『うん。 この白いのがミルクの実だよ。』

 

 木箱いっぱいに入っていた白い実を1つ、ルーティアは手に取った。 クルトの実より、少し大きくて細長い。 ちょうど、メイクイーンという品種のジャガイモみたいな形だ。


『これがミルクの実・・・。』

『【私】がいたとこはミルクの実もなかったんだね。 おいしいんだよ。 昨日食べたミルクがゆにも入ってたんだ。』

『あー、あれね。 うん、おいしかった。』


 どうやら、名前そのまんまだけど、牛乳でいいらしい。 牛乳はミルクなのに、卵はエッグじゃないのか・・・。 なんか、ややこしいぞ翻訳機能。


『オムレツにミルクの実をちょっと入れると、フワフワして、おいしくなるんだって母さんが言ってた。 1個、持っていこう。』


 ルーティアは、ミルクの実を1個と、クルトの実を入れられるだけカゴに入れて、納戸を後にした。


 クルトの実は割れば、卵みたいに白身と黄身で出てくるんだろうか? ミルクの実は固形だけど、中に液体の牛乳が入ってるのか?


 似ているけれど、ちょっと違う。 やっぱり、ここって異世界なんだなぁ。

父は、これでも若い時より丈夫になってます。

母は、ずっとかっこいい方です。


かっこいい女性に憧れます。

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