私とルーと、母と虎
爬虫類が回想でサラッと出ます。
苦手な方はご注意下さい。
・・・クー・・・
あ、お腹、鳴った。 かわいい音だな。
『おなか、すいたー。』
『そうだねー、朝から何にも食べてないもんねー。』
喉が渇いていることにも気付かなかった私だが、ルーティアと意思疎通が可能になったことで心に余裕が出来たのだろう。 空腹を感じられるようになった。 やはり、こういった五感はルーティアと共有できるようだ。
そういえば、あの青髪のお父さん、「おかゆ」持ってくる。て言ってたよね・・・ こちらの世界にも「お米」があるのか?
何となく、西洋風の世界だと勝手に思ってたけど・・・まさかの和風?
お父さんの顔立ちなんかを見ると、東洋と西洋が混じったみたいな感じで・・・いわゆるハーフぽい感じだったような・・・・・・じゃあ、どっちとも言えないか?
家はログハウスぽい感じだから西洋風といえば西洋風だけど、これだけでは何とも言えないよね・・・現代日本なんか日本家屋のほうが珍しいくらいだったし・・・家で判断も無理だな。
外に出て、人とか街並みとかを見れば分かるかな? ・・・ん? というか、世界自体が違うんだから東洋も西洋もないのか? ・・・うん、考えるだけ無駄だったか。
なんにせよ、お米があったら嬉しい。 私はパンより断然お米の人なのだ。 もちろんパンも美味しいが、毎日食べなくても大丈夫だ。 だが、米は一日最低一回、食べないと辛い。 今更だが前世の米農家さんに感謝申し上げたい。 おいしいお米をありがとう!
こんなに期待してて「おかゆ」という名の、まったく別の食べ物が出てきたらどうするんだ私・・・口がもうお米になっちゃってるよ・・・
ルーティアに「おかゆ」て、どんなの?と聞こうとしたら、ガチャリと音がしてドアが開いた。
ドアの向こうから現れたのは、青い髪の父親ではなく、白?銀だろうか? 部屋がかなり薄暗くなってきたので、よく分からないが、かなり色素の薄い色の髪をした女性だった。
母親・・・かな? ・・・うお!! 来た!
母親らしき女性はルーティアの様子を見ながら、食器を乗せたトレーを持って部屋に入ってくる。 そして、その後ろから、白い巨体がのっそりと入ってきた。
白い巨体の虎は、口に明かりの灯ったランタンをくわえている。
き、器用だな! それにしても大きい! 部屋が急に狭く感じる! あ、でも私が子供の身体だから大きく感じるのか? いやいや、でもやっぱり大きいよ。
やはり、大きさに圧倒されてしまう・・・だが! 私は元々、大の動物好きなのだ! 大きい大きいと騒いでいるが決して嫌なわけじゃない! むしろ大歓迎だ! 大きい動物は特に好きである。 ちょっとこんな間近でこの大きさの動物に相対した経験が無かったので慣れないだけだ。
ちなみに、猛獣に属するであろう外見も全く問題ない。 前世では様々な野生動物とお近づきになれた時のための脳内シュミレーションを怠らなかった私である。
そのおかげで、この白い虎・・・ルイシャに初めて会った時、「大声で叫ぶ」という愚行を犯さずにすんだのだ。 あれは野生動物に会った時、一番やってはいけない危険行為である。 さらに「走って逃げる」が加わると、もう目も当てられない。 ・・・死ぬぞ。
逃げることが目的で、もうちょっと距離があるなら一か八か、やってみるのもいいかもしれないが、あの距離ではアウトだ。 あ、もちろん、屋外設定で、である。 屋内はアウト!
そもそも、ルイシャは人と暮らしているようなので野生動物とは言えないが。 さらに言うと、異世界の動物に前世の知識は通用しないかもしれないのだが・・・。
・・・そういえば、死ぬまでにやっておきたいことランキングで「首にニシキヘビをかける」が結構な上位だったんだよね。 ・・・まあ、結局、出来ずに死んじゃったみたいだけど・・・ あと、ニシキヘビは温厚だから猛獣かと言われると私的にはちょっと違う気もするんだよね・・・
首、絞められると死ぬから猛獣扱いなのか? でも、馬にだって蹴られれば、人、死ぬよね・・・
獰猛であること。が定義だったと思うけど、獰猛てなんだ? 肉食獣は肉、食べなきゃ死んじゃうんだぞ。 命がけで狩りをして獰猛て言われてもね。
・・・結局、猛獣の線引きが私には分からなかったんだよなぁ・・・
ちょっと、心の中で遠い目になった・・・
猛獣の定義だとか、哺乳類ぽいルイシャのことから何故か爬虫類の話へと飛んでしまったが、爬虫類より、哺乳類のほうが好みではある。 よってルイシャは大歓迎だ! 前世の虎より毛足が長いせいか、モフモフした感じが増していて、尚、良し!
私が、一瞬の間にかなり思考を飛ばしていると、ルーティアが嬉しそうに声をあげた。
「母さん、ルイシャ!」
ルーティアはルイシャが大好きなようで、ベッドから上半身を起こすとルイシャの方に両手を伸ばした。
ルイシャはルーティアを一度見てから、母さんと呼ばれた女性を見る。
母親は持ってきたトレーを、水差しが乗っている棚に置こうとしたようだが、棚が小さくて置く場所がないようだ。 片手でトレーをかかえると、水差しの位置を動かして場所をあけている。
ルイシャはそれを見ると、倒れないよう気を付けているのか、ゆっくりとした動作で床にランタンを置いた。
多分、ランタンを渡したかったか、これ、どうするの?て聞きたかったんだろうなぁ。 ・・・賢い。 そして可愛い!
床に置いたランタンを避けて、ゆっくりとルイシャが近づいて来る。 ルーティアのそばまで来ると、大きな頭をルーティアに押し付けてグリグリしてきた。
ふぉぉぉぉ! 嬉しい! 気持ちいい! 毛並みサラサラ!! あったかい!! 可愛い!!
この世界で目覚めて一番、テンションが上がった。 私はまごうことなく大喜びだが、ルーティアも嬉しそうだ。 慣れた手つきでルイシャの顔やら頭やらをワシワシと撫で始める。
さすがルーティア! 私がやりたいことを良くご存知で! 以心伝心だね!!
『ルー! グッジョブ!! ルイシャの手触り、最高だね!!』
『・・・? ぐっじょぶ? よくわかんないけど、ルイシャ、かわいいでしょ?』
『うん! すっごく、かわいい!!』
いかんいかん・・・変な言葉を叫んでしまった。 グッジョブはルーティアに伝わらず、と・・・
言葉については、まだまだ謎な部分が多い・・・どうも異世界転生でありがちな自動翻訳が発動してるようだが、それについては、また後で考えよう。
ルーティアのワシワシが気持ちいいのかルイシャが喉を鳴らしているのだ。 非常に可愛い。 ルイシャの可愛さを堪能するのが今すべきことだ。 それ以上に大切なことなど無い。 無いったら無い。
「ルー、加減はどうだ? 良くなってきたと、あいつは言っていたが・・・」
動物セラピーのおかげで、本日色々あった私の心が、かなり癒されてきた。 そこに、さらに静かな声がかけられて、上がりまくっていたテンションが静かに凪いでいく。
女性にしては少し低めの声で、男性のように話す方だ。 とても落ち着いた感じで、心が安らぐ。
気になったのは「あいつ」くらいだ。 「あいつ」てルーのお父さんではなかろうか。 あの青い髪の。 その呼び方でいいのか・・・雑じゃない?
「うん、ちょっと頭、痛かったけど、もう治ったみたい! お熱も下がっちゃったかも!」
ルーティアはルイシャから手を離すと母親に向かって元気よく答えている。
「あいつ」呼びはスルーなんだね・・・いいのか・・・まあ、人様の家庭のことだし・・・いや! これからは私の家族か!
! ああ! ルイシャ!! ・・・ルイシャが行っちゃう・・・
父の呼び方について一人迷走していると、ルイシャがルーティアから解放され離れて行ってしまった。 そしてベッドから少し離れた場所まで行くと、そこでお座りをし、こちらを見ている。 お座り姿も、また可愛い・・・うむ。
私がルイシャに気を取られていると、額にヒヤリとした手が当てられた。 母親の手だ。
「うん、まだ少し熱いな・・・ だいぶ下がってはいるが。 ・・・食事をとって、もうひと眠りすれば、きっと下がるだろう。 お前が好きなミルクがゆを作ったから、出来るだけ食べなさい。」
「うん! やったー! ミルクがゆ!! 大好き!」
母親は、ベッド近くの床に置かれたランタンを安全な壁際によせると、トレーに乗った小さなフタ付きの鍋から、これまた小さな木の器にミルクがゆなるものをよそう。 おかゆからは白い湯気が立ち上り、少し甘い、優しい香りがして、私の鼻をくすぐった。
・・・グー・・・
先ほどより大きな音があたりに響く。
うん、お腹、ぺっこぺこです。
母親は少し笑いながらベッドの端に腰をかけると、小さな木のスプーンでおかゆを掬い、フーフーと息を吹きかけて冷ましてくれる。
「ほら。 まだ熱いかもしれないから気を付けて、お食べ。」
ルーティアの方に向き直り、スプーンを口元まで持ってきてくれる。
「あーん」ですか。 ・・・了解です。 ルーは4歳だもの。 恥ずかしくなんてないやい! しっかり!私!!
ルーティアは当然「あーん」に躊躇せず、少しフーフーと息を吹きかけてからパクリとスプーンを口に含んだ。
ん!! 熱い! まだ熱いよ、ルー! お母さん! あ! でも、おいしい! 少し甘くて、なんだろう? なんかのダシ?の味がする。 美味い。 そして、やっぱり米だ! やったー! こめー!!
「ミルクがゆ」というのは聞いたことがあったので、前世のどこかの国の料理にあったのだろう。 だが残念なことに、私は食べたことも見たことも無かった。
見た目は、ご飯をミルクで煮た感じだな。 一から生の米をミルクで炊いてるのかもしれないけど・・・ あ、クリームリゾットが一番、近いかな? あれからチーズとか香辛料抜いて、胃に優しくした感じ? あれよりも、ずっとさっぱりしてる。 前世にあった「ミルクがゆ」とはちょっと違うんだろうけど、おいしいな、これ。
『ルー、お母さんのミルクがゆ、おいしいね。』
『ふふふー、うん。 ちょっと、熱かったけどね。』
ルーティアは少し熱そうにハフハフしながらも、嬉しそうだ。
「母さん。 ちょっと熱いけど、とってもおいしいよ!」
「そうか。 食欲があって何よりだ。 ・・・少し温めすぎたな・・・ 焦らずに、ゆっくり噛んで食べなさい。 水は飲むか?」
ルーティアが首を振って水を断ると、母親はまた、スプーンでおかゆを掬い、息を吹きかけて冷ましてくれる。 冷ましてはルーティアに食べさせる。 この繰り返しだ。
ルーティアは雛鳥のように一生懸命、口をモグモグと動かして食べている。
視界の端で、お座りしていたルイシャが床にのんびりと寝そべるのが見えた。 大きなあくびをしている。 非常にほのぼのする。
ルーがご飯を食べている間、ルイシャを観察しようと思ったんだけど、動かなくなっちゃったね。 寝てる姿も可愛いけど、ルーになんか質問とかするかな。
この時間を有効に使おうとルイシャから視線を母親に戻した。
それにしても、言葉に続いて視覚も謎だ。 ルーティアの視界に入っていれば私の意志で見れる感じなのだ。
眼球はルーティアが動かしているだろうから、母親や、おかゆにピントを合わせているはずだ。 だが、私が見ているものにもピントが合っている。 母親が普通にしてるので変な眼球の動きはしていないはずだ。 これも「考えても無駄案件」だが、とても不思議だ。
おー。 お母さんは美人さんだなぁ・・・
謎は考えてもしょうがないので放っておくとして、私は目の前に観察対象を見つけた。
ルーティアの母親である。 どうしても慣れない色なので、ついつい髪に目がいってしまうが、お顔を拝見すると非常に美人さんであった。
美人の基準は人によって違うと思うが、私目線ではアイドルも女優も目じゃない感じだ。 声は低めだが、顔立ちは目が大きくて可愛らしい系である。
この顔で夫を「あいつ」だからなぁ・・・ 私は好きだけど。
しゃべり方も雄々しい感じなので、ギャップ萌えだろうか? 身長は前世の日本基準になるが普通だ。 たぶん160㎝くらいだと思われる。
私は、男性の美醜が、あまり良くわからないタイプなのだが、父親もなかなか優し気で整った容姿だったと思う。 醜くはないはずだ。
どれくらい、わからないかというと、友人たちに「今の人、イケメンだね!」と言われて、まじまじとその人を見てから「・・・・・・・・あ、うん・・・・そうだね。」と微妙な返答をするレベルである。
友人はさぞかし話しずらかったことだろう・・・すまない・・・。 ちなみに、男性アイドルや有名人に「キャー!!」となったことも無い。
というか、前世で「キャー!!」て言ったこと無いな・・・「ギャー!!」ならあるけど・・・
自分の残念加減に、また遠い目になる・・・
ん? もしかしてまずいのか? 両親の容姿を思うと、ルーはなかなかの美人さんなはず。 ・・・美人の中身が残念・・・ いやいや! 私が表面に出なければ問題無いはずだ。 出れるかどうかも分からないんだし。 セーフだろう・・・たぶん・・・うん。
ちょっと、焦った。 それにしても、名前以外の記憶は結構、憶えているものである。 相変わらず、人の名前や顔なんかは分からないが、こんなことがあった。というのは何かのきっかけで思い出していくようだ。 今のとこ、使える情報は無いが。
「ふー、おいしかったぁー。 おなか、いっぱい!!」
ルーティアの声で食事が終わったことに気付く。 ルーティアはミルクがゆを完食したようで、お腹をさすって満足そうだ。 私も気付けば、お腹いっぱいである。
「全部、食べられて良かったな。 この調子なら明日は大丈夫だろうが、一応、朝、イデアに熱を測ってもらえ。 問題なく下がっていれば起きてもいいだろう。」
「はーい。」
「さ、今日はもうお休み。 灯りは置いていくし、ルイシャもいるから怖くないだろう?」
母親はルーティアに横になるように促すと、上掛けを掛けなおしルーティアの頭をなでる。
「うん。 おやすみなさい。 母さん。」
「ああ、お休み。 ルーティア。」
食器を乗せたトレーを持つと、トレーがあった場所に、灯りを少し絞ったランタンを乗せ、母親は部屋を出て行った。 ルイシャは本格的に目を閉じて寝ている。
・・・ん? イデア?
『ねぇ、ルー。 お母さんが言ってた「イデア」て、お父さん?』
『ん、そうだよ。 父さんの名前』
『お母さん、お父さんのこと名前で呼ぶんだね。』
『うん。 「イデア」て言ったり、「あいつ」て言ったりするよ。 父さんは、母さんのこと「母さん」て言ったり、「シルヴァ」て言ったりする。 あ、「シルヴァ」は母さんの名前ね。』
『ふむふむ。』
父、母の名前をゲットしましたー。 ファーストネームだけなのかな? ファミリーネームは、やはり貴族じゃないと持ってないとか?
そして、「あいつ」はやっぱり普通に言うんだね・・・それは、こちらでは標準なのだろうか? どこのお宅も一緒?
『でもね、ルーは「あいつ」て言っちゃダメなんだって。 あんまりキレイな言葉じゃないからね。て父さんが言ってた。 母さんも、自分は言葉がキレイじゃないからマネしないようにって。 母さんは直したいんだけど、なかなか直すのが、むつかしい?みたい。 だから、ルーには使わないでほしいんだって。』
『ほうほう。』
どうやら標準ではなかったようだ。 こういった細かいとこの常識も、まるでわからない。
私もルーティアが子供のうちにしっかり、こちらの常識を憶えていかないと、大人になった時に、周りから白い目で見られることになるかもしれない。 私が間違えたことを憶えると、ルーも間違って覚えてしまうかもしれないからだ。
ルーはまだ幼いからな。 さっきの残念美人じゃないけど、私と毎日話してれば、私の考え方や言ってることが絶対、ルーにうつる。 やっぱ、「ちゃんとした大人」しないとまずいか・・・出来るかなぁ~?
もうちょっと、ルーティアにこの世界のことを聞いておこう。と思ったが、お腹がいっぱいになったルーティアは、どうやら眠くなってきたようだ。 小さなあくびをして、目がしょぼしょぼさせている。
『眠い?』
『ん~。 【私】ともっと、お話ししたい~。』
ルーティアも話したいようだが、子供に睡眠はとても大切だ。 今日は私のことで、熱を出したりして自分で思っているより消耗させている可能性もある。 無理をさせないほうが良いだろう。
『ルー、お話は明日でも出来るから、もう寝ようよ。 ずっと一緒にいてくれるんでしょ?』
『うん。』
『お母さんも、もう寝なさい。て言ってたしさ。』
『・・・ん。』
『お休み。ルー』
『・・・・・・・。』
ルーティアは、あっという間に眠ってしまった。
ルーティアが寝たから、今後のことを考えたり、私の意志で身体が動くか試してみよう。
そう思っていたのに、気付いたら朝でした・・・。
慣れない幼い身体に引きずられたのか、私も眠ってしまったようなのだ。
日中ずっと、寝ていたというのに・・・大誤算である。
相変わらずベッドから出れません・・・
次こそは外へ!