今後についての脳内会議
ひとしきり混乱すると少し落ち着いてきた。 とにかく、この身体の持ち主・・・ルーティアと話さなければならない。 一つの身体に二つの心が同居するという摩訶不思議な状態だ。 ルーティアと話し合い、うまくやっていかなければならない。 だが、ルーティアとの会話は可能なのだろうか・・・。 今のところ意思疎通が出来ていない。
ルーティアと会話できるかどうかも不安だけど、そもそも私、ルーティア以外の人との会話って出来るのか?
こちらの世界で目覚めてからの短い間、私は絶えず大騒ぎだった。 だが、心の中でバタバタしていただけで、まだ言葉というものを一言も発していない。 言語は解るようだが、言葉が話せるかどうかは、今のところまだ不明だ・・・。 身体の主導権もどうなってるのかわからない状態なので、もしかすると『話す』ということが出来ない可能性もある。
その場合は他者と話せない。ということになるので、今後の私のコミュニケーションはルーティア頼みということになるのだが。 今現在、ルーティアと会話できていない・・・このままルーティアと会話が出来ないと、かなり辛いだろう。 私はルーティアの中から、ただ世界を見ているだけの存在になる。
それは絶望的だ・・・誰とも話せず、誰ともコミュニケーションをとれず、一生を傍観者として過ごす。 そんなこと、私には不可能だ。 間違いなく気が狂うだろう。
だが、そんなことになったら・・・と、ひどく不安な反面、それは大丈夫だろう。とも思う。 一度だけではあるが、ルーティアから反応があったからだ。
私が子供の身体に驚いて『なんで大人じゃないんだ?』と、思っていた時、『だって子供だもん』と返してくれたのだ。 だが問題はその後だ。 心の中でかなり騒いでいたと思うし、少しとはいえ身体を動かしたりもしていた。 だが、ルーティアからのアクションは最初の『だって子供だもん』の一回のみである。
これだけ心の中で大騒ぎしてるのに反応ないんだから、きっと聞こえてないんだよね? でも、どうにかすれば伝わるはず・・・。 ん~、反応があった時、私はどうしてた? ・・・驚きすぎて固まってた気がするな・・・ その後は、あーだこーだ心の中で叫んでたと思うが・・・ 叫び声?の大きさとかは関係ないのか? 驚きが大きくなると心の動揺がすごくてルーティアが感知出来るようになる。とかか? ・・・うーん。 とりあえず、無難に『話しかける』とイメージしながら思考してみるかー。 それでダメなら、とにかく大声で叫ぶイメージだな。 よーし、いってみよー。
『ええーと、ルーティアちゃん? 聞こえるかな?』
これ、なんの反応もなかったら結構、恥ずかしくない? いや、反応無い、てことは誰も聞いてないんだけどさ・・・
『!? なあに?』
うお!? 普通に反応あった!! 聞いてる人、いた! やった!! 第一関門、あっさりクリア!
『あ! 聞こえたんだね! 良かった! ・・・えーとね、ルーティアちゃん。 私のこと、わかるかな? ていうのも変か・・・んーと、今日の朝からルーティアちゃんと一緒にいるんだけど・・・ 何て言ったらいいんだ? ・・・う~ん・・・』
今日の朝、突如、あなたの中に現れた者ですが・・・て言っても、不審だよね・・・【私】を説明するの難しいな・・・
言葉を探して頭を捻っていたら、ルーティアが答えてくれた。
『んーと、朝、なんで子供なの?て、おどろいてた人??』
『あ!そう!! それ私です!! ・・・えーとね。 ・・・まずは・・・ルーティアちゃん、私が頭の中で話してて怖くない? 気持ち悪くなったり、頭、痛くなったりしてない?』
『? 今日の朝、頭 痛くなったけど、もうほとんど大丈夫だよ? 気持ち悪くないし、怖くないよ? なんで??』
この様子なら、本当に具合が悪くなったりはしてなさそうだ。 頭の中で、ある日突然、別人が話しだす・・・結構怖くないか? ホラーだよね・・・私がルーティアちゃんだったら気絶しちゃいそうだよ・・・ルーティアちゃん、メンタル強いのか?
『頭の中で自分以外の人がしゃべりだしたら、驚いちゃうかなぁ、と思ったんだ。 大丈夫そうで良かった。』
『ふーん? はじめ、ちょっとびっくりしたけど大丈夫だよ。 だって、【私】はルーでしょ?』
??? 【ルー】はルーティアちゃんの愛称だろうから、本人のことだとして・・・ルーティアちゃんの言う【私】とは、私のことだよね? 『私はルーティア』 うん、まあ確かに身体は一つなんだから、そういえるんだけど・・・。 私としては、私とルーティアちゃんは別人格で『別人』なのだが、ルーティアちゃんは『【私】も自分と同じ存在 同一人物』と、思ってる。てことかな?
突然現れて、しゃべり方とかも全然違うのだが、そんな風に思えるものなんだろうか?? ・・・これはルーティアちゃんが特別、大らかなのか・・・子供ゆえの適応能力の高さなのか。 ・・・うーん。 夢だと思ってる、てことはないよね?
・・・なんか、ありえそうで不安だな・・・自分だったら、そう思うだろうし・・・
『ル、ルーティアちゃん? 私と頭の中で話してるのは夢じゃないんだよ? これからも、ずーーと、このままかもしれないし、身体だって、ちょっと勝手に動かしちゃったりしてるし・・・本当に大丈夫? 平気?』
いや・・・ 「ダメ!平気じゃない!!」て言われても困るんだけどね・・・ 分離する方法とか分からないし・・・
『うん、平気だよ。 夢じゃないのもわかるよ。 寝てたのに起きたら座ってて、ちょっと、びっくりしたもん。 え、とね。 きっと、ルーが二人に分かれて、ルーと【私】になったんだよね? 父さんも母さんも、お仕事忙しいから、あんまりお話ししてくれないの。 ルイシャは話せないし・・・だから、ずーーーと、このままだとルーはうれしいなぁ。 いっぱい、お話できる!』
す、素直だな・・・。 拒絶反応なく、すんなりと受け入れてくれるのは大変ありがたいです。 でもなんか、ルーティアちゃん、かわいそうだね・・・そんなに話し相手に飢えてたの? 優しそうで子煩悩そうなお父さんだったけどね。 ・・・仕事かぁ、仕事しないと子供、養えないもんねぇ。 こっちのお仕事事情とか、まだ知らないけど・・・きっと、どこの世界も似たようなものなんだろうな。
それにしても、ルイシャか・・・うん。ルイシャはやっぱり虎さんだね・・・話せないよね・・・うん。虎さんだからね。
ルーティアの話した内容はちょっとかわいそうだったのだが、今現在のルーティアは上機嫌だ。 ルーティアのウキウキが、私の心に直接伝わってくる感じがする。
前向きに受け入れてくれるのは非常に助かります。 それにしても本当に嬉しそうだな。 こっちまで、なにやら嬉しくなってきたよ。 ・・・?・・・この感じ・・・もしかして互いに意識を向けてると、言葉のやり取りだけじゃなくて感情もなんとなく伝わるのか? 自分の顔を見るって出来ないからルーティアの表情を読むことは不可能なんだよね。 そうだと助かるな~。 ・・・あ、でも、こっちの感情も筒抜けになるってことか? 気を付けないと小さい子を不安にさせることになるかな? ・・・あんまり落ち込んだりしないように気を付けよう。
『そっか。 じゃあ、これからは私といっぱいおしゃべりしようね! ルーティアちゃんと仲良くできそうで私も、嬉しいよ!』
『うん! あ! あのね、ちゃん、いらないよ! それに【ルー】でいいよ!』
『ふふ、わかった。 ・・・私は・・・うん、【私】でいいか・・・。 じゃあ、これからよろしくね、ルー。』
『うん、よろしくね! 【私】!!』
せっかく、愛称で呼ばせてもらうならば私も、と思ったのだが、私の名前は不明だ・・・適当なものも思い浮かばないので、そのままでいくことにした。 まあ、私を呼ぶのはルーティアしかいないのだ、『私』なんて呼び名、おかしいかもしれないが、問題は無いだろう。
さて、意思の疎通がうまくいったことだし、伝えておいたほうが良いことがあるんだよね。 私の取り扱いについてなんだけど・・・ 説明、難しそうだなぁ~。 解ってもらえるかなぁ~?
『ねえ、ルー。 仲良くなってすぐでなんなんだけど、お話ししておきたいことがあるんだ。 聴いてくれる?』
『? なに?』
『んー。 あのね、私のことはルーと私だけの秘密にしてほしいんだ。』
『? ひみつ? んーと、ルーと【私】が頭の中でお話ししてることを父さんとかに言っちゃダメ。てこと? なんで? なんで、ひみつ?』
家族に内緒ごとというのは、あまり良いことではないとは思う。 だが、もし家族や友人に私のことを告げた場合、おそらくだがルーティアは、変なことを言う『おかしな子』だ。と思われてしまうだろう。 何しろ私のことは誰にも見えないのだ。 私の存在を認識できるのはルーティアだけである。 私が原因でルーティアが友人や周囲の人々からイジメられる。そんなことになってほしくない。
ご両親にしても、最初は、冗談や空想上の友達なのかと受け入れてくれたとしても、認識できない私の話しをいつまでもしていればルーティアの精神状態を心配するはずだ・・・精神科があるかどうかはわからないが、医者に連れていかれる可能性はある。 出来ればそれは避けたい。
この世界にあるかどうか知らないけど、悪魔祓いとか変な占い師なんか呼ばれても怖いしね・・・まあ、秘密にしたとしても、私と話してて、うっかり声に出して返事しちゃう。とかの変な行動はとってしまうこともあるだろうけど・・・その時は全力で誤魔化すということで!
『ねえ、ルー。 今朝、私が「なんで、子供なの?」て驚いてたのは覚えてるんだよね? なんであの時、驚いてたかっていうとね。 私は前に大人だった記憶があるからなんだ。 記憶、てわかる?』
『うん。 えっと、昨日、何して遊んだか。とか、ごはん何食べたか。とか?』
『そうそう、それです。』
『でも、ルーは子供の記憶しかないよ? ルーと【私】は一緒でしょ?』
ルーティアの中で、私とルーは同じ存在だ。 だから当然、記憶も同じだと思っている。 だが違う、そうではないのだ。 まずは、私とルーはちょっと違うんだよ。ということを解ってもらわないといけない。 そうでないと、私が「異質な存在」だから秘密にする。ということが説明出来ない。
『そうだよね。 【ルーと私は一緒】なのに違う記憶があるなんて変だよね・・・あのね、たぶんなんだけど、ルーがルーになる前の記憶を持ってるのが私なの。 私はルーの前だった時の記憶しかないから、ルーのお父さんやお母さん、ルイシャのことなんかは知らないんだ。 私は今日、初めてみんなに会ったんだよ。 だから、色々びっくりしてたの。 ・・・でね? 私がルーと、こうやって分かれちゃったのは、きっと前の記憶を思い出した時、びっくりしすぎちゃったんじゃないかな? ぴょんって、びっくりして飛び跳ねるみたいに、私はルーから飛び出しちゃったんだよ。』
たぶん、そういうことだ。 思い出すべきではない前世を何故か思い出してしまった。 だから私という人格がルーティアという人格から弾きだされてしまったのだろう。 ・・・いつか、元の一人のルーティアに戻るのだろうか・・・戻った時、私はどうなるのだろう・・・。 幼いルーティアを追い出してまで私は生きたいとは思わない。 その時が来たら私は、今度こそ消滅・・・死ぬのだろうか・・・
『・・・悲しいの?』
ルーティアの問いかけに、ハッとした。 いけない。 私の感情はルーティアに伝わる。 気持ちを切り替えなくては。
『ごめん、ごめん。 大丈夫だよ。』
『ルーと離れちゃったから悲しいの? ルーと分かれちゃったから、さみしいの? ・・・でも大丈夫だよ。 【ルーと私は一緒】なんだよ! ルーは【私】とずっと一緒にいるから! さみしくないよ!』
ルーティアが私を心配して、一生懸命励まそうとしてくれているのを感じる。
うう、ルーティアはいい子だ。 嬉しくて泣いちゃいそう・・・。
『ありがとう、ルー。 ルーが一緒なら私は大丈夫だよ。 もう、さみしくない。』
『よかった!』
『うん! それでね、お父さんや、お母さんのことだけじゃなくて、それ以外の色んなことが私には何にも解らないんだ。 だから、ルーには私の知らないこと色々教えてほしいの。 いいかな?』
『うん、いいよ。 ・・・うーーんと、【私】は前、ルーがルーになる前の人で。大人で。 だけど今はルーで。 ん~? でも、今日の朝、はじめて【私】はいて、その前は【私】がいるのは、ルーにはわからなかったから・・・。』
ルーティアがすごく混乱している。 ・・・だが、理解しようと懸命に考えをまとめてくれている。 私は理解してもらえるかどうか、ジッとルーティアを見守った。
『!! そっか! 【私】は、ルーとずっと一緒にいたんだけど、ルーの中でずーーーーと、寝てたんだ!! それで、今日の朝、前のことを思い出した時、びっくりしてピョンッ!て飛び起きて! その時初めてルーやルイシャに会ったんだ!! そうだよね!!』
うん、私がかなりの寝ぼ助設定だが、解りやすく言うとそんな感じだ。 私の説明より解りやすいんじゃないか!? すごいぞ!ルー!
『そうそう!! 私は今日の朝まで寝てたんだよ! 今日、初めて起きたの! だから、みんなに会うのも今日が初めて! 私の説明でよくわかったね! ルー、頭いい!! 素晴らしい!!』
伝わったことに私は大喜びだ。 この際、寝ぼ助設定はどうでも良い。 拍手喝采である。
私が喜んでいるのが伝わるのか、ルーからも、嬉しいという感情が流れてくる。
うんうん、私も嬉しいよ!!
『そっかー。 ・・・あれ? でも、なんで父さんたちにはひみつ?』
あっ、そうでした。 その説明の途中だったね。 私のことを解ってもらう。という前段階の説明で全て終わった気分だったよ・・・。 うーん。 何て言ったら解りやすいかな・・・ここからが本番です。
きっと、ルーティアが変な子だと思われないため、と言ってもピンとこないだろう。 両親から変な目で見られるなんて想像つかないだろうし、イジメなんて言葉、知っているかどうかも怪しい。 なんで私のことを周囲に知られるとそんな風に思われるのかが分からないはずだ。 うーーん。
『えーと、秘密にする理由はね。 私が人見知りだからだよ。』
うん。 そうしよう。 私がみんなのことが怖いから黙っててほしい作戦だ。 実際、知られたらどうなるか分からないので怖いし・・・
私が異質であること。 今の私たちの状態が変わっていることを伝えるのはルーティアがもう少し成長してからでも良いだろう。
『人見知り??』
『そう。 人見知り、ていうのはね。 初めて会った人とか、よく知らない人を、ちょっと怖いな。て思う気持ちのことなんだけど・・・ルーも初めて会う人とお話しする時、ドキドキしない?』
『・・・する。 なに話していいか、わかんなくなる・・・。 でも、優しい人だってわかれば、お話し出来るようになるよ。』
『そうだよね。 初めて会う人がどんな人か、すぐには分かんないもんね。』
『あ、そっか。 【私】は初めて会う人ばっかりだ。』
お、さすがルーティアさん、気付きましたか。
『そうそう、そうなの。 【ルーと私は一緒】だからルーのことは大丈夫なんだけど、他の人はちょっと怖いんだ。』
『父さんも母さんも怖くないよ?』
『うん。 ルーのお父さんとお母さんだもんね。 きっと優しい人だとは思うんだけど・・・私は、ほら。 今日、初めて会ったから、お父さんのことよく知らないし、お母さんには、まだ会ってもいないし。 それに、他のことも何もわからないって言ったでしょ? この子は何にも分からないのね。て、お父さんたちに嫌われたりしたくないんだ。 ルーに色んなことを教えてもらって、お父さんたちのことも怖くない、大丈夫。て思うまで私のことは秘密にしてほしい・・・ダメかな?』
どうか、ご理解頂きたい! 「やだ!みんなに言うんだ!」て言われたら、なんて説得しなおせばいいの? そうなったら、もう少し考える時間をいただきますよ!!
『【私】、ドキドキしてるね? そんなに怖いんだ・・・ うん。大丈夫。 【私】が安心して、もう大丈夫!てなるまで、ひみつ守るよ!! じゃあ、ルーと【私】は父さんにも母さんにも内緒のひみつのお友達だね!!』
解ってもらえるのか?というドキドキ感が、私の良いように作用したようだ。 ルーティアは【私】を守らなくちゃ!という気概に満ちあふれている。
なんだか私のことを世話のかかる怖がりな妹って思ってる気がするな・・・。 まあ、右も左も分からない状態だから、世話がかかるのは本当か・・・年のいった妹ですみませんが、よろしくお願いしますよ、ルーティア姉さん。
なかなかベッドから出ていけないですね・・・
早く外に出て遊びたい・・・