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Denatyred~ The EXTEND Saga~  作者: 輝南湖 餅助
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第零章『プロローグ』 第一章『ジュエリーボックス・ハートフル』

第零章 プロローグ

 西暦20XX年。日本国はとある危機に瀕していた。最新技術により国力は増強され、日々の生活に何の支障も出ず、これといった危機もなく。実に平穏で豊かな時代になった。

 そんな折、何の前触れもなく突如としてとある存在がぽつぽつと世界から沸き上がり始めた。通称『Denatyred』変性者。人間が突如として体組織が変化し、超常現象を発現し始めた。あるものは空を自在に飛び回り、あるものは口から灼熱の炎を吹いた。平和で安定した世界は一瞬にした崩壊し始めた。

 しかし、ある政府の政策でそれは収束する。ヒーロー制度の実施。ヒーローの資格を持つDenatyred達が、変性し、一般市民に危害を加える可能性のあるDenatyred達を取り締まり、排除する。そして、ヒーローに対し、取り締まられる彼らのネーミングが「ヴィラン」と相成った。

 無垢の民から変性した者たちは、一様にこの言葉を投げつけられ、時には殺される。

 平和な、しかも豊かな時代に唐突に起こったこの異様な異変が、世界の常となった現代社会。

 この物語は、かくも美しくも、醜悪なこの世界に、疑問を投げかけ、革命を起こさんとする者たちの、正しくも黒々とした在り方を残した記録である。

 

第一章 開演「ジュエリーボックス・ハートフル」

 この世界は酷く、醜悪である。そう感じ始めたのはいつからだっただろうか。

考える必要もないことを、考える必要のない今、無性に考察する。

僕なりの、幼き日から現実逃避によく使う手法だ。無意味なことを考えて、夢想して、結論に至らないようグダグダと……。

 そうすれば、目の前の物事に目を向けなくてもいいから。考えることで、考えない。

友人が虐められているのをかばって、逆にいじめられた時も。僕は考えた。弱いものを虐めないといけないそいつらの理性を、かばわれたのにもかかわらず、助けられたのにも関わらず、僕を虫けらのように見下すあの目を。なぜに、なぜに。

 殴られ、蹴られ、罵倒され、それでも一切の抵抗をしなかった。それが彼らのためであるから、逆説的に後で罪悪感となればいいと。学んでくれればいいと、僕はそう考えることで、己を守ったのだ。

 恐らく、そこからだったのではないだろうか。僕の世界がゆがんだのは。

 高校は、担当教師の女子へのセクハラを注意した。それはいけないと、彼らの善意に訴えた。だけど実情は違った。

 その女子が、単に自分の体を売ることで、内申点を上げていただけにすぎなかったのだ。打算。これは簡単な需要と供給だったのだ。

 だけれども、それでも僕は無性に腹が立ち、理解したうえでまたさらに声を上げて、声高らかに忠言をした。

 その甲斐あってか、僕の内申点は総じてボロボロになった。

 その内容を見て、僕はまた黙認した。

 僕のボロボロの通知表に対して、体を売った彼女の成績は非常に優秀で有名な大学にも受かったそうだ。

 果ては、数年たった今はより輝いているだろう。

 それでいい、今この瞬間に、あの過去が間違っていたことを、罪に思ってくれるなら。

 僕はそう考えて同窓会に向かった。

 その途中、彼女とすれ違いざま言われた言葉は、幼きあの日の目を思い出した。

「もっと上手くやればいいのに……」

 

 そうだ、もっと上手くやっていれば、こんなことにはならなかったはずだ。

 ひしゃげたスーツを脱ぎ捨てて、僕は一心不乱に夜の裏路地を走る。冬の風の冷たさは息を荒げるほどに僕の肺を刺す。

 息苦しくて見上げた空は、冷たく澄んだ空気の中に、遠く、摩天楼が輝いている。

 あんなことさえしなければ、まだ表通りを重たい空気を纏いながら歩けただろうに。

「もっと上手く! やっていれば!」

「HAHAHA! 小石君は、弾けば弾くほど、面白い声で鳴くな!」

 ヴィランなんかにならなくて済んだのに!

 このコンクリートジャングルの中では、僕の心からの悲鳴など一瞬で霧散する。僕は今、体を何の役にも立たない鉱石で覆われたヴィランと成り果て、ヒーローに追われていた。


息つく暇もなく、光弾が僕めがけて次々に飛んでくる。ふわふわとした淡く発行する謎の綿毛は僕の近くではじけては、体を2、3メートル吹き飛ばす。

「さぁさぁ、初めは避けれていたのに、今はもう5発に一発は当たっちゃうねぇ~。そろそろウサギ狩りもおしまいかなぁ~」

 野太く張りのある声の主が、街灯に照らされて姿を現す。身長は2mを超え、黄色いヒーロースーツを身にまとう。そのスーツからは明らかに肥大した丸太のような筋肉を誇示するかのように浮かばせている。

 そんな彼は、自身の操る光弾で弾かれた僕を小石と形容し、哀れみを含んだ嘲笑で見下ろす。

 先程から手加減されているのか、光弾の威力はさしてない。しかし、今の一撃は当たりどころが悪かった。

 横腹をえぐるように光弾が弾けた。着地にも失敗したようで、足首が赤黒く腫れている。

 とぎれとぎれの蛍光灯の元、ずりずりと地を這って、彼から逃げる僕の姿はまさしく、路傍の小石だろう。

「これは、案外つまらない収束だねぇ~……。では名乗りを上げさせてもらおうか」

「待っ……て……」

 いやだ、聞きたくない! そう思って僕をさんざん嘲笑った彼に、命乞いのように手を伸ばす。

 されど、ため息と共にその手を踏みつけられ、言葉を続ける。この世の中に生きてきて、幾度となく聞いた、戦いの始まりの言葉であり、終幕の言葉。

「我こそは、ヒーロー『シャイニーライオネル』! 汝に、正義の裁定者として裁きの鉄槌を差し上げるため、ここに仕った!」

 独特のキメポーズの後に、より強く、僕の手を踏みつける。骨のひしゃげる音が路地裏に響く。

「ぎゃあああああアアアアアア!」

「さて罪状は? ……今時の子にしては、ガッツがあるじゃないか」

 腰のポーチから取り出した手帳に目を通す大男。

「懲戒免職を申し渡され、社長とその息子である上司に激怒しヴィラン化。その際飛び散った石が二人に軽傷を負わせた……と。ふふん、そうかそうかそれは残念だだったねぇ」

 先程とは一変。弱者をいつくしむような瞳で僕を見つめた。

 そうだ、今回も僕はただ、巻き込まれたにすぎないのだ。突然入ってきたあの御曹司の企画は余りに不出来。しかし、誰も声をあげなかった。だからこそ、僕が忠言した。この企画は無理がある……、と。

 するとどうだ、僕は真面目に仕事をしていただけで、この会社のためにもと思って忠言したのにもかかわらず。僕は即刻窓際族。企画にも参入させてもらえなくなった。

 剰え企画が倒れれば、僕の責任として辞めさせられた。

 僕は、別にそこまでは良かった。そこまでは良かったんだ。

『所詮、君は私達のような人間の、肥料だよ。ご苦労様』

 あの目は、あの時の目だ!

 そう思ったときには、頭が真っ白になって、全てが終わっていた……。

 机は散乱し、僕の体は大きく変化していた。社長と上司は僕の姿を見てバケモノと見下し、額からはわずかだが血を流していた。

 僕は、それから怖くなって逃げだしたんだ……

 僕はただ、彼らに……真面目に尽くしていただけで……!

「かわいそうになぁ……、君はどちらかと言うと被害者だというのに」

「たすけて、くれるのですか?」

 確かにその瞳には優しきヒーローの。人に向けられるべき瞳が其処にはあった。やった!これで命だけは救われる! そう思った矢先、踏みつけられていた手からそっと足をどけてくれた。

 そしておもむろに僕の体を支えると路地裏を二人で歩き始めた。

「私にも、今娘がいてねぇ、君みたいにいつか能力が発現する可能性があると思うと胃が痛くてね。それで人さまを傷つけるようになったらと思うと恐ろしくて……」

「……」

 僕はなにも答えられなかった。ヒーローもまた人の親なのか。そう思うと、ふと自分も親のことを考えていしまう。

 こんな姿となった僕に、未だ愛を注いでくれるのか……。そんな思いもつかの間、肩を支えられ、路地裏の奥にまで至ったところだ。

「さて、ここらでいいだろう」

「え?」

 真後ろから衝撃が走る。今度はまるで巨大な鉄球が僕にぶち当たったかのような衝撃だった。先程とは大きく違うのは、一瞬死を覚悟した事だった。

 僕は地面にニ三度弾かれて、ゴロゴロと転がった。

 いったい何が……。

 そう思って虚ろな意識の中で目を見開いた。

 そう、ヒーローは決して優しさで僕を運んだわけではなかった。単純に殺しやすい場所へと僕を移動したに過ぎなかった。

「この袋小路はね、僕の遊び場さ、見たまえよ」

 彼はむんずと掴んで何かをうつぶせの僕の眼前に放り投げる。

 それは、ゴロゴロと僕の眼前を転がると、腐臭をまき散らせた。

「うあ……うわああああああああ!」

 人だ! 人の頭だ! それを理解した僕の頭は緊急措置として意識をクリアにした。

 彼は指をパチンと弾くと、先程とは比べ物にならないくらい爛々とした光弾数百個で僕の周りを照らした。

スポットライトに照らされて袋小路の全貌が見える。

 そこには老若男女問わず、多くの死骸であふれていた。そのどれもが腕や四肢を引きちぎられ、所々が焦げている。胸からあふれ出る嗚咽を、僕はたまらなく吐き出した。

「これ全部……、あなたが?」

「そうとも、ヒーローはね、世間様にいつも媚びへつらわないと人気が出なくてねぇ。特に僕みたいなムサイのは。だからこうしてたまに発散してるのさ」

「なんだこれ」

 これが人のする所業なのか? あまつさえ、人を愛し、人に愛され、その力を振るう人物が超えてはいけないものを、大きく踏み外している。

「怪物はどっちだよ……」

 落胆と恐怖が僕の体を震わせる。自身も彼の目には結局そこいらに転がる肉片と同じなのだろう。僕の言葉を聞いて、奴は、腹の底から声を上げて笑う。

「無論、君が怪物さぁ! 私は恐ろしいよ! 君のような怪物が野放しにされるのは! 可愛い娘が君のようになってしまうのではとねぇ!」

 そしてより一層、光球が爛々と光り始める。もはや、目をつぶらねば耐えられないほど。

「そうそう、そういえば」

 彼の言葉はとても湿っていた。その圧倒的な光の中でも、僕は奴の汚らしい笑みを感じ取れた。あの下郎の笑みを死の間際、脳裏で思い浮かべてしまった。

「君の肉親は、君の死を誰よりも望んでいたよ」

 侮蔑を含んだ笑いを脳裏に焼き付けられた。死の間際まで、人の尊厳を嘲り笑うなんて。

「ふざけるなぁぁぁぁ!」

 僕は最後の抵抗として、腕の一等大きな鉱石の結晶をあいつに向かって投げつけた。

 閃光の中、何かにぶつかる音がした。

「さぁ、公務執行妨害も追加された。心おきなく焼き焦げて死ねよ……ヴィラン」

 やった、やってやったぞ、最後の最後に、僕は今まで出来なかった心の丈をぶつけれたんだ! 足首が大きく腫れようとも、体の節々がブリキ人形のように軋もうとも、今この瞬間だけは、正義の権化と言われるヒーロー相手に俺は! 今までため込んだものを、全てを投げうって。そうだ、やってやったんだ、これで心置きなく死ねる、死ねるんだ!

「だけどまだ、死んでも死にきれない!」


「よく豪語した、青年」

 光弾の熱がじりじりとその身を焼かんと近づくのを、肌で感じる中、光源の奥で清々しく、高らかに笑う誰かの声がした。

「ヴィラン化する人間は負の感情により変性する。つまり、君の力は『酷い圧力の中で必死に耐え続け、正しく美しい己を、磨き続けた証明』である」

 その言葉を受けて、僕はハッと目を見開いた。その時にはもう、目の前の光弾は大きく光を失い、ボロボロと崩れ去る。

 眼前に広がる光景は、いとも不可思議で、目を奪われた。

 二人の男がいた。一人は先程の大柄なヒーロー、鋼ともいえるほど膨張した筋肉はあらゆる攻撃をはじき返すだろう。鉄壁の体躯、圧倒的なパワー。まさしく巨大な戦車のような男がいた。

 肩や、それに比べれば、道端にひっそりとなりを潜め生えている何の変哲もない古木のような老人だ。紳士服に身を包み、シルクハットと目元を覆う仮面でその表情は見えない。しかし。口元と顎に携えた紳士髯とそこから除く口元からは不敵な笑みがこぼれていた。

 大きく横に割いたかのような口は幼いころ、親に連れて行ってもらった映画館で見たことのある笑みだった。どす黒い悪性と放浪紳士を掛け合わせたような、恐ろしくも目を奪われるそんな老人だった。

「アアアアアア……!?」

 巨大な砲台男が苦痛の咆哮を上げる。身を焼いたスルメのように反り返し、目を見開いて冷汗を濁流のように流していた。

「おいおい、何をそんなに喚くのかね? 実に耳障りで不快な雑音だ。至って私は、紳士的に接しているというのに」

 紳士的? そんな生易しいものではない。

「そう、紳士的に。堂々と、真正面から、背中を取って、君の体に腕を突っ込んで、直に心筋を撫でまわしているだけではないか」

 放浪紳士は、今まさにヒーローの背中から手を差し込み、中身をいじくりまわしていたのだ。不思議なことに、大量出血も、ヒーローが息絶えることもなく。

 よくよく凝視してみれば、差し込んでいるところから水の波紋のようなものが見える。これは明らかに超常現象。

「ヴィラン……」

 俺はぽろりと口からその言葉を零す。紳士はその言葉に反応するように言葉を紡いだ。

「そうだ、ヴィランだ。ん~、しかし、いまひとつ違うなぁ、青年よ……」

 まぁ、今少し待っていなさい。そう続けると古木の老人は胸元からすっとテーブルナイフを取り出した。きらきら光るビル群の光を受け、星屑のように光るそれをくるくると手元で回す。

「さて、そろそろかね」

 そう言うと、スルスルと大男から手を抜いて数歩離れる。正直、なぜだと思った。あのままテーブルナイフで首の動脈を割いてしまえば勝負は決していたというのに、なぜ。

 そんなことを思う僕とは裏腹に、鏡面仕上げのナイフを鏡代わりに、自身の髯を調える。

 余裕。高慢。慢心。そんな言葉こそ、今の彼にはふさわしいだろう。相手は……

「相手はヒーロー……。私のようなヴィラン程度では到底敵わない。そう思っているね」

「ッ……」

 心を見透かされていた。僕はその言葉にうんうんと首を縦に振るしかなかったが、彼もまた大きく一回頷く。

「まぁ、確かにそうだ。ヒーローというのは、幼少期に力を覚醒し、専門の過程を学ぶ中で自身の力の使い方、その能力を飛躍的に強化させる。早く発現すればするほど、体の成長に合わせて力は強大になる。しかして、我々ヴィランというのはその過程を学ぶべくもなく、能力には制限があり、成長は無に等しい。ならば、なぜに今ここで余裕綽綽とここに立てているのか」

 手元のステッキを盛大に鳴らし、足を軽快にタッピングする。そして深々と僕に一礼すると、顔だけを上げ、にっかりと笑いかけ、ウィンクをした。

「真のヴィランは、知恵を持ち、己の力を弁える。それは余裕を生み、相手に敵意を、憎悪を募らせる……」

 ゆらりと、大きな影が動いた。煌々と発行した腕を振り上げて、

「おじさん!」

 紳士めがけて一直線に、まるで隕石の如く振り下ろされた。僕の言葉空しく、大きな土煙が上がる。地はクレーターのように穿たれ、溶けた場所には焼き焦げた仮面が残っていた。

「HAHAHAHA! この正義の! この世の現人神たる私に! 歯向かった神罰だ!」

 そんな。なんと凄惨な幕切れか、ヴィランはヴィラン。しょせんはこの程度なのか。まるで、幼きあの頃見ていたヒーローアニメさながらではないか! いくら、心から期待したとて、いつも彼らはやられてしまう。なんでこうも、

「信念が薄いのか……。もはや怒りを通り越しあきれ果てる。正義の味方ならば真正面から正々堂々殺しにこんか」

「なっ!」

 地面から、建物から、この空間から声が聞こえる。大男は周りを見渡すが、どこにも見当たらない。それもそのはずだ。

「いったいどこに居やがる! クソじじいぃ!」

「ここだよ、君の中さ」

 そう、奴からは、一切見えるはずがないのだ。ヒーローにヴィランが重なっているのだ。まるでヒーローという拡張現実、映像の中にいるように。またはその逆のように。放浪紳士が同じ座標に居る。

 それを理解したヒーローはすぐさま距離を取る。身をひるがえし再度、太陽のように光る拳を振り下ろすも、老人の体をすり抜ける。

「クソォァァァァァァァァァ! なんで! 当たらねぇッ!」

「ハハハ、ただ、選んでいるだけさ。触れるもの、触れられないものをね」

 僕に背を向け、その顔は一切見えない。が、その姿はまるで子供の児戯に付き合う大人の、大きな大きな背中であった。

 スポットライトに照らされた演者が如く。その姿は万人を引き付ける魔性のシルエット。

彼の生きざまが、舞台の上で輝く。

 醜悪な世界に、こうも、美しいものがあるなんて。思わず、息を呑んだ。

「さぁ、話の続きだ。青年」

 アクターは言う。男の攻撃をするりするりと抜けながら。楽し気にステップを踏み距離を詰める。

「募らせた憎悪は、怒りを生み、隙を生む。何事も、小さな力も知恵も、全ては使いようなのだ。使い方を知らば、無限の可能性を生む。無論、君の力もそうだ」

 体にひしめく、この、何の結晶かも分らない、ひどく脆いこの力を、僕はこぶしを握り締めて確認する。僕は、彼の様にはなれない。力を知ったとしても、僕には歯向かう気概がない。

さっきだって、小石を一つ投げた程度で満足していたじゃないか。

「嘆かずともいい。誇り、大いに胸を張れ。無論、知恵や力の使い方だけでは勝てぬ敵も多くいる」

 紳士はそれでも、踊る。ステップを踏み、笑顔を振りまき、降りしきる光弾と拳で遊ぶかのように、毅然とした風貌で。その中で言葉を紡いでゆく。

「芥子粒のような小さな身でも、君には確かに、宝石のように輝く信念を、私は見た!」

 あとは、舞台に上がるのみだ! 僕はその言葉に、胸に熱く宿るものを感じた。

 目の前の、一等輝く綺羅星に似た、胸に輝き宿った、この芥子粒の結晶を今手に取って、

「いっけえええええええええええええええええええええええええええ!」

彼のもとに、託すため、大きく振りかぶって、一直線に投げた!

 僕の胸に宿った結晶の欠片を紳士はグッと手にすると、一気にヒーローとの距離を詰めていく。ステッキを小脇にはさみ、逆手に構えたテーブルシルバーをまっすぐ彼の心臓へと向ける。

 もはや逃げ場はない。それを悟って厚顔不遜の裁定者を名乗るヒーローも、渾身の光弾を右腕に宿らせて殴り掛かる。

「さぁ、信念無き、醜悪なるヒーローよ! ヴィラン達が世直しに来たぞ!」

「来るなぁああああああああああああああああ!」

「虚像のような正義の心、頂戴するッ!」

 その瞬間、一等大きな閃光が走った。

 閃光の中、僕は腕で光をさえぎって、事の顛末を見届ける。光を遮る腕の影の隙間から見えたのは。

二つの真正面から交差した影。二人を重ね、また別れる。一瞬の出来事であった。

光は鳴りを潜め、二人の姿がより鮮明となっていく。

先に声を発したのは紳士の方だった。

「これは、もらっておく」

手元のナイフを振って赤黒い液体を振り払う。

 紳士の手袋もまた、赤黒く染まりその上には、こぶし大の肉塊があった。とくり。とくり。と、鼓動を小さくしていき、ついには動きを止めた。

「代わりに、彼の美しい宝石を胸に、来世に渡りなさい……」

 紳士は向き直り、こぶしを振り下ろしたまま動かなくなっている彼の背中を見つめる。

「わが名は、義賊紳士『ジェントル・ハートフル』さらばだ、ヒーロー」

 その言葉を聞くと、ヒーローは心底恨めしそうに、しかし心和やかな笑みを浮かべて膝をついた。

 そして、彼の体表が、美しい宝石で纏われた。まるでダイヤモンドの鉱脈のように、彼は美しいソレに抱かれてついには息絶えた。

 それを見届けた紳士は、その亡骸に一礼し、僕の元へ歩みを進めた。

「さて……、立てるかね? いや、無理そうだな」

「大丈夫……で……」

 目の前の、鮮烈で煌びやかな戦いを目にし、アドレナリンが噴き出していたのか、僕の意識はゆっくりと遠ざかりつつあった。

「今はこの質問だけ答えてくれ、私と一緒に来るか? それと名は?」

 紳士は片膝を突き、僕に手を差し伸べてくれる。

 僕は有無を言わさず、その差し伸べられた手を握った。

「石塚 鋼平……」

 紳士はわかったと一言。僕をその頼りなくも大きな背に乗せて、裏路地のさらに暗闇に、歩み始めた。僕がいた表の世界。摩天楼に背を向けて。

「石塚鋼平くん。これから君が歩む世界は非常に厳しい。無論、後戻りもできない。時には今日この日、死んでおけばよかったと嘆くこともあるだろう。だが、必ず我々が、君を原石から宝石へ、強く育てよう。いつか人々を魅了するその時まで」

 ようこそ、『エクステンド・サーガ』へ。

 その言葉を聞いて、僕は心地よい、夜のビル風に吹かれながら、意識を手放した。

 僕の、悪人として信念を育む物語は、今始まったばかりだ。


                                   完


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