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七話 『では、後のことはお願いします』

 保健室に到着し、保険の先生にお姫サマの容態を看てもらった。

 ……しかし。


「申し訳ありません。人間ならともかく、エルフは畑が違うので……」


 流石の保険医も、まだ解明されていないエルフの容態など解らなかった。

 しかも、俺以外が触ると謎の力で弾かれ、非常に危険な為、触診すらまともに出来ないのだ。

 ……今は、意識があるお姫サマが謎の力を抑えているようだが。

 とにもかくにも、ここで保険医を責めてもしかたがない。


「うっ……くっ。~~っ」


 苦しみもがくお姫サマに誰一人、見守る以上の事をしてあげる事が出来ず、自分たちの力の無さに悔しさを噛み締めている。

 かく言う俺も、何故かは解らないが、俺だけが触れるのだから、少しだけ歯痒い気持ち……


「こうしていても、始まりませんね。今は安静にして経過を見ましょう」


 暗い空気で押し黙る俺達に、保険の先生が明るい声で言う。


「私は、他の先生にも知らせて対策を練ります。向こうに連絡が取れるのが一番なのですが……」


 先生の言う『向こう』とは、ここではないもう一つの世界、お姫サマの魔法の世界の事だ。

 確かにそこへ連絡を取れれば、お姫サマの容態も解るだろうが……世界同士を渡る方法は、国の中でも偉い人しか知らないトップシークレット。

 連絡手段も非効率な方法に限定されている。

 ……ん? いや、まてよ。


「皆は、この前、お姫様の世界に行ったんだろ?」

「本当ですか!? なら、その方法がわかれば……っ」


 俺は行かなかったが、数日前、お姫サマは自分の城でパーティーを開いていた。

 ならば世界を行き来する方法を知っているはずだ。

 ……と、思ったが。


「ハジメくん。この前は、お姫様が、『扉』を出してたけど……方法は教えてもらってないよ」

「まあ……当然か。余計なこと、言って悪い」


 前髪ちゃん曰く、『扉』を出せるのはお姫サマだけ。

 扉が何かすら、解らないが、ふざけた事に、現状、お姫様しか魔法の世界へ渡る方法を持っていない。

 ……こういう状況くらい予想して対策しとけよと思うが、それを言っても仕方ない上に、その辺を考えるのは、学校側よりも上、お国の案件だろう。


 ぱっと思いつくのは、何かあったとき、お姫サマだけが、安全に魔法の世界へ逃げ帰れるように……とかか?


 とにかく……今のお姫サマが扉とやらを開けれるならば、既に出して開いているだろう。

 もう、俺達にできることはない。


「先生……」

「はい。そうですね。私は先ほど言ったように、他の先生方と連携を取ります。皆さんは心配なのは分かりますが、負担を減らして、安静にする為にも退出を」

「……」


 先生がそう言うが、生徒たちは皆、不安気にお姫様を見て動こうとしない。

 そんな俺達に、先生は先生らしく、落ちいた導く声で、


「大丈夫です。後は先生達に任せてください。エルメテルさんは必ず助けます。先生達を信じてください」


 そう諭した。

 その声が、揺るぎないものであった為、生徒たちも納得し、静かに退室していく……。


「斎藤くん。……今の狙いました?」

「さあ……何のことですか? 先生が格好良かっただけですよ」

「……」


 生徒たちの退室する背中を見ながら、先生が小さい声で囁いて来たが、俺は肩を揺らしてとぼけて見せた。

 ……何を言っているのか解らない。


「じゃあ、俺も行きま……」


 ぴたっと、そして、しっかりと、お姫サマが俺の制服を握っていた。


「ちょっ! お姫サマ。はしたないですよ! 離してくださいっ! 俺も退室しますからっ!」

「ん――っ……ん――っ」


 その手を解こうとするが、一向に離す気配がない。

 ……なんなんだ!? こんな時にイジメか!?

 いや、コレが全て演技で、俺と二人きりになり、俺を処刑するのがねらいだったのかもしれない!


「斎藤くん。乱暴にしてはいけません。何か理由があるかも知れませんし、貴方はここで看病を」

「ちょっ! え!? ……マジ?」

「では、後のことはお願いします」

「お願いって……あっ。いっちゃった……」


 ……はい。先ほど先生が言ったように、皆を退室させる流れは狙っていました。

 俺が言っても意味がないと思い。その為に先生に話を振り、先生の口から言ってもらったのです。

 ただ、俺だけが残されるのは予想外。誰かタスケテ! 戻ってきてっ!

 こうなるなら、皆も残す展開にすれば良かった……。

 しかも、


「――っ……&%#&&#」

「いや、何言ってるかわかんないし……」

「――っ!?」


 皆が去った後、汗まみれのお姫サマが何かを必死に伝えようとして来るが……聞き取れない言語。

 おそらく、魔法の世界の言葉、それも精霊族の言葉だろう。

 ……仲間でも呼んで、俺を抹殺するつもりかもしれない。


「こっちの言葉で言うなら、マナ暴走症候群だにゃ~♪ そのままなら、死ぬまでに五分もいらないにゃん」

「~~っ」

「え? コネコちゃんっ!」

「マナが暴走しているから、言語翻訳魔法に異常が出てるみたいだにゃ」


 全員退室したと思っていた保健室に、コネコちゃんが残っていて、そう呟いた。

 お姫サマも一瞬、驚いた表情を浮かべたが、すぐに首を縦に振る。

 ……言いたいことがあっていると言うことか?


「コネコちゃん。何か知ってるの? 続けて」

「魔法の世界とこっちの世界では、空気中にマナがあるかにゃいかの違いがおおきいんだにゃ」

「……」

「種族で様々にゃけれど、魔法の世界の種族は空気中のマナを、身体に取り込むことで生命維持をしてるにゃん」


 ……コネコちゃんから出る言葉は、半分も解らないが、お姫サマは頷き続ける。


「マナを取り込む事で、体内マナを制御・循環させるが魔法の世界の生き物にゃ。怠れば、今の姫にゃんの様になるにゃん」

「……ちょっ、わかんないっ。もっと簡単に」

「にゃ~~っ」


 でも、俺に伝えたい事なら、理解出来なければ意味がない。

 マナって言うのが、魔法の世界の電気みたいな力って事くらしか、俺は知らないのだ。


「つまりにゃ。精神的にも追い詰められていながら、必死に暴走するのを抑えていた姫にゃんに、どっかの勘違い馬鹿にゃんが、姫にゃんの許可もなく、姫にゃんに触るから、制御を失ったにゃん」

「……理屈はいい。結論をっ」

「ハジメにゃんは、おバカにゃん♪」

「魔法の世界の物理を語られても……」


 俺を小バカにしたコネコちゃんは、ゆっくりとお姫サマの身体をナメるように見渡して、


「マナが取り込めないから、暴走してるにゃら、マナを取り込めさせればいいんだにゃ」

「回りくどい」

「酷いにゃ……折角、解りやすく説明してるのにゃ~~っ」

「別にそんなのなくても、コネコちゃんの言うことなら信じるから」

「にゃん♪ ハジメにゃん♪ だから大好きにゃん♪」

「気持ち悪い」


 コネコちゃんは何時も以上に、俺に甘えながら、長い爪をお姫サマに向けた。


「ようは、空気ににゃいなら、人から注げば良いにゃん♪ ってことだにゃん♪」

「……じゃあ早くやれ」

「ハジメにゃんが、言うにゃら、にゃーがやってもいいにゃけれど……」


 そういって、コネコちゃんが細い視線をお姫サマに向けると、お姫サマが首を横に振る。

 ……なんとなく、その動きの意味だけは、どういうことかが解った。

 ようは例のアレだ。


「ハジメにゃんも言ってたにゃけど、エルフは面倒な種族にゃん♪ 生命維持のマナを注がれる相手も選ぶにゃん」

「ほんと面倒だな……つまり、俺がやれって事かい」

「そうみたいだにゃ~♪」


 何故、そこまで俺にこだわるのか?

 俺を大嫌いな癖にして。


「やるつもりにゃ~?」

「……やらなきゃ死ぬんだろ?」

「人間にとっても、マナは命の源にゃ。それを全て奪われれば……」


 ……死ぬ、か。

 実感のない上に現実感もない言葉だ。

 だが、本当なら、お姫サマの復讐はそこで、果たされる。

 本当に仲間への侮辱を赦さない執念深い種族なことだ。


「……まっ。良いや」


 お姫サマの為に死ぬのは、将来無職になって餓死するよりも有意義かもしれない。


「どうせ、見捨てても、人殺し……エルフ殺しになるし」

「……」


 実際、死ぬとか、死なないとか、言われても、解らない。

 だから、助けられるかも知れない、なら、助ける。

 と。明るく行こう。


「どうすれば良い?」

「一番安全なのは、《精液》を飲ませることだにゃん。にゃ~にもちょーだいにゃん♪」

「……アウトっ! そういうのは学校でやることじゃないっ!」


 というか、そんなもの飲ませたら、生き残っても本当に殺される気がする。少なくとも、禁錮にされるだろう。

 ……そんな人生は絶対に嫌だ。

 マナ? を、あげて死ぬと言われより、よっぽど実感が沸く。


「にゃら、ちょっと危ない、《唾液》を飲ませることだにゃ♪」

「……」


 そろそろ本当に顔の色がヤバいに事になってきたお姫サマが頷く。

 ……それをヤレと言いたかったのか。

 しかし。それも何か危うい味がある。


 唾液を飲ませるとか、精液を飲ませるより特殊なプレー……とも言えなくもない。


「……一応、他は? 性的な奴じゃなければ嬉しいんだけど……というかエルフってエロいな。むしろエロフ」

「そうにゃると一番危険で、痛みも伴う《血液》だにゃ」

「血……か」

「でも、血液は――っ!」


 コネコが何かを言おうとするが、それを聞かずに、保健室の壁に刺さっている画鋲を抜き取り……


 ――ブスリっ。


「――っ痛~~!!」


 人差し指に深く差し込んだ。

 画鋲が指に刺さっただけと言えば、だけなのだが……それだけでも、普通の高校生である俺には、灼熱の激痛が襲ってくる。

 しかも、その画鋲を再び抜く。


 ――ぬるーーり……っ。


「ぐっ……がぁあああああああ――ッ!」

 

 頭がシラケるほどの痛み。

 

「くっそ……割と幻想の勇者とかに憧れてたけど……絶対になりたくなくなったぜ……チキショー……マジ、いてぇ……」

「ハジメにゃんっ! 血液はダメにゃんっ。本当に殺されちゃうかもしれないにゃん」

「……精液を飲ませる不純異性行為や、コイツに唾液を飲ませる変態プレイよりは、マシだ」

「ハジメにゃん……」


 画鋲を抜いた人差し指から、赤い命の雫がぽたぽたとこぼれ落ちている。

 痛みを堪えながら、それをお姫サマの青い唇に垂らした。


「……」


 しかし、お姫サマは固く固く唇を閉じて一滴足りとも、飲もうとしない。

 ……何故か? 命がかかっているのだろうに。


「もしかして、唾液や精液より、エルフは血を嫌ったりするのか? グルメとか、本当に面倒くさいな」


 それか、今までの流れは全てコネコちゃんとお姫サマの悪ふざけで、俺を試して、痛い思いをさせる狙いだったか。

 それならそれでも、俺しか被害者がいないから良いのだが……


「いや……多分にゃけど、血液からのマナ摂取は、お姫にゃんも制御する自信ないんじゃないかにゃ?」

「つまり、うっかり殺しちゃうかも知れないから嫌だってか」

「にゃん」


 ……知ったことか!

 

 そう言い捨てて、血が貯まってきた人差し指を唇に強く押し付ける。

 精液はもちろん、唾液を飲ませることになったら、必然的に、この唇にキスをすることになるだろう。


 この状況で言うのもアレだが、キスは恋人同士でするものだ。

 好きという感情が解らないからこそ、恋人という関係に、俺は、特別な何かがあると思っている。


 簡単にして良いものでも、されるものでもないのだ。


「《唾液》も《精液》も嫌だからなっ! ……因みに、ここでお姫サマが死んだら、確実に俺も処罰される。……世界平和のお姫様、殺害。死体損傷。名誉毀損。……か? 割と死刑も有りそう」

「……」

「自信がないなら、最初から俺を巻き込むなっ!」

「……っ」


 俺を殺したくなかったら、血を呑むしかない。

 本末転倒で、救済する方とされる側、立場を逆に入れ替えた脅迫に……


 ――ちゅるちゅるちゅる……。


 お姫サマはようやく、血を啜りはじめた。

 

「……にゃーは、退室するにゃ。ごゆっくりにゃん♪」

「あっ、コネコちゃん。お前、何でそんなにエルフに付いて詳しいんだよ」

「にゃはっはっ。コレに書いてあったにゃん♪」


 ばさんっと、コネコちゃんが投げ渡して来たのは、前に高根さんが渡してきた紙束の一部だ。

 確かに……コレには書いてあるかもしれない。


「……んっ。ちゃぷちゃぷ」


 そんなことを思っている間も、お姫サマは必死に血を啜る。

 指から垂れる雫を、ねっとりと柔らかく熱い舌が舐め。

 勝手に絡まる。


 そのうち、口の中で加え、ねとねとと舌を指に這わせるようになった。

 指を舌でねっとりとねっとり、舐められる感覚がどうにも……背筋を犯す。


「……血を飲ませるのも……なんかエッチだな。エロフ姫」

「ちゅんるんっ! ~~っ!」


 感想を呟いただけなのだが、お姫サマは、お馴染みの耳を赤く染めてピンッと伸ばした。

 ……感情が解りやすい種族だ。


「……ごめん。でも、人間にしたらコレ、恥ずかしい行為なんだ。コネコちゃんが気を利かせるぐらいには」 

「……。ちゅるちゅんっ……ちゅる」


 しかし、すぐに耳を垂らすと、今度はバッテンを作り、ピンク色に染まる。

 表情もどこか色っぽい。


「……ん?」

「……っ」


 その初めて見る様子を探って表情を伺うと、お姫サマは指を加えたまま、顔を逸らしてしまう。

 よく、解らない感情だが、しかし、酷かった顔色も、少しではあるが、改善してきている。

 コネコちゃんのお陰で、助けることが出来たのだ。


「……」


 そう思うと、手元に残った紙束にまた、違う感慨を抱くのであった。

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