三話 『愛玩委員を希望するにゃ♪』
高根さん曰く、俺の役割は、魔法の国、エルメテル王国のお姫様、エルティア・エル・エルメテル様の学校生活をサーポトすることらしい。
イキオクレ先生との結婚がとてつもなく嫌で、簡単に引き受けてしまったが、コレは、異世界同士、初めての友好関係が決まるプロジェクト。
……失敗すれば、どうなるのか? 考えるだけで恐ろしい。
まあ、そんな大人の事情など、俺には悟ることなど出来ないから、俺は俺に出来ることをするだけだ。
先生との結婚を全力で避けるために。
「……」
二年一組教室で、高根さんがまだ見ぬクラスメート達に転校生の事を紹介している間。
俺とお姫サマは、廊下で静かに佇んでいた。
特に話すこともないし、話したいも思わない。
先ほど踏んだ地雷のように、何処に地雷があるのかも解らない。
触れぬ何とかに何ちゃらだ。
……と、視線すら向けない様、全力を注いでいたのだが。
ちょんっと、隣に立つお姫サマに、制服の裾を捕まれた。
「……」
流石にボディータッチされたら、視線が泳いでしまい、お姫サマの様子が移る。
きめ細かく白い肌の綺麗な肩が小刻みに揺れている。
そして、
「緊張……します」
上目遣いで小さく俺に呟いた。……と、言われても、異常改め、普通の高校生の俺には異世界のお姫様に掛ける言葉など見つからない。
……ん? 俺って、普通以下じゃね?
いやいや、普通という極致を抜けるのは難しい筈だ。
それはもう、イキオクレ先生で骨身に染みた筈だろう。
本当に、あの先生と同じなのは嫌だ。
頑張れ俺!
「緊張……か」
「……はい」
「……大丈夫だよ。とか楽観的な事は俺には言えない」
この先、どうなるかなど、悪魔でなければ確定出来ない。
お前なら大丈夫だ、とか簡単に言う他人が俺は大嫌いだ。
お前に俺の何がわかるんだと、言わないけど、言いたくなる。
「だから、最悪のケースを教えてあげますね」
「最悪のケース……ですか?」
「まず、教室に入った瞬間、黒板消しが頭に直撃する」
「へっ!」
純粋なのかアレなのか、お姫様が慌てて黄金の頭を抑え教室の扉を確認している。
……ちょっと面白い。
「で、爆笑されるなか、教壇へ向かうと……科学文明の奥義、落とし穴にひっかかる!」
「はうっ!?」
今度は床のプレートを慎重に確認し始めた。
科学文明奥義って落とし穴だったんだって、俺は初めて知ったけど。
「落とし穴からはい出ると……オクレ先生がやってくる」
「ひぃっ!」
まだ、オクレ先生は来ただけなのだが、今日一番、震え上がり、肩を飛び跳ねさせた。
床のタイル以上に、入念に後ろを確認し始める。
……あの先生はもう、担任を辞めた方が良い。
というか、サラッと流してたけど、転校生の紹介をなんで俺達がやらないといけないんだ?
……ダメだ。考えたら、投げ出したくなる。
日本と魔法の国の未来のために……俺の独身のために、頑張るのだ……俺。
「もちろん、自己紹介は噛み噛みで、ダメダメ。ファーストコンタクトを失敗したお姫様は、晴れてボッチの名誉を獲得することになる」
「ボッチ……私、交流学生なのに……日本、恐ろしい所です」
「……否定はしない」
まあ、そんなこと万に一つも起こらないだろうが、お姫様がコレからどんな失態を晒そうと、それよりはマシになるはず……。
と、そこで、教室から高根さんの合図が響いた。
……ようやくか。
「……」
「お姫さま? 入って良いって言ってますよ」
しかし、声をかけても微動だにしない。
少し脅し過ぎたか。
……余計な事をしてしまった。
謝るか。
「お姫――」
「もし、そうなっても、貴方は、私の友達でいてくれますか?」
「え? ……まぁ、はい」
いやいや、だからならんって。
万が一にも、億が一にも、ならないから、なったら責任とって死……三日間、自慰するの辞める。
「ならっ。ボッチにはなりませんね」
「……」
パッと咲いた朝顔の様な笑みを持って、お姫様は自ら歩き出す。
……背中ぐらい押す必要があるかと思っていたが、全然、そんな必要のある弱い類のお姫様ではなかった
「ハジメ様。独特な方法で励ましてくださり感謝致します。お陰で震えは止まりました」
「……」
嘘をつけ、俺に頼る意味など、ないほど、お姫様は強かった。
俺の言葉も、気遣いも、頑張りも、なにもかも無駄だった。
「では……ふぅ。参ります」
扉を開けて中に入り、その異次元の可憐さで、教室の時間を止めたのだが……
俺は暫く、廊下で立ちぼうけをしてしまっていた。
人間関係で何が正解かなのか、俺には解らない。
いつも、後から後悔する。
なんであんな捻くれた事を言ったのか、もっと優しい言葉を掛けることなど、いくらでも出来た筈なのに。
そうすれば、あの美しい笑みは俺が独占出来た可能性だって……
と、そこまで考えて、頭を全力で振る。
また、色香にやられていた。
俺は、誰かに惚れることがあっても、その先へ進むことはない人間。
その先が、他人の好きが……解らないのだから。
こんなこと、考えているだけ、無駄である。
「……さて」
凪の心を取り戻し、廊下の壁に貼ってあるクラス表を眺めた。
今日は既に色々あったが、肝心要のクラス替えに付いては何も解っていない。
外では群れる生徒達を見て、足早に後にしたが今は、独り……落ち着いて、コレから二年の歳月を共に学ぶ、級友を確認する。
ザッと眺めた所、一年の時、良く話していた二人の友人も同じクラス。
この二人はちょっと癖が強いが、他には性格に難が有るような生徒もいない。
……まっ、異世界の王女を招くのだから当たり前か。
つまりは、学校にとっては俺は優等生の部類にカテゴライズされていると受け取って良いのだろう。
だから、クラス分けに付いて文句はないが……担任の選考に付いては、学校側の正気を疑うのは俺だけか?
「じゃあ……俺もそろそろ入ろう」
自分の席を確認し、お姫サマの自己紹介が終わった気配を感じ取り、後方の扉から静かに中に入った。
……クラス替え初日であまり目立つ行動は取りたくない。
ちらりと、黒板がある前方に目をやると、世界観の違う美少女が、教室のど真ん中の席に座っていた。
やはり、自己紹介は終わったのだろう。
うまくいったかどうかは、背筋がピンと伸びた姿勢から良い方に予想出来るが……流石に異物感がヤバい。
教室中の注目を集めて、男子も女子も、その美しさに緊張している具合だ。
……まあ、あっちは何とかなるだろう。
日本は容姿端麗なら、なんでも許される国なのだから。
しかし……問題は。
「あっ! 委員長にゃんっ。重役出勤ご苦労様にゃーっ!」
「おっ? 久しぶりだな。ハジメ。いや? 委員長?」
晴れて学級委員にされてしまった俺の方。
クラス表を見てこうなる気はしてはいたが、いきなり大声で弄ってくる二人の友人。
そのせいで、せっかくお姫サマに集まっていた注目が俺へと流れてくる。
まあ、学校生活をする中で他人の視線など、気にしていても仕方ない。
それにお姫サマという、特上の話題がアレば、俺が学級委員なった話題など三日あれば忘れ去られる筈……
このにゃーにゃー煩い、性別不明の友人。猫山 子猫と、
おそらく、高校で一番親密度が高い男子。二船 大海を除いて。
「あれ? お前ら、また、俺の隣なのか? 偶然にしても毎回だなぁ……」
新しい出会いが欲しい四月に、お馴染みの友人を見てゲッソリと呻き、指定されている席に着く。
その両隣が、ピシッと帽子もないのに手を額に添え、敬礼をキメているコネコちゃんと、まだ一年しか着ていない筈なのにボロボロになっている制服を着崩して着ている、不良っぽいニフネくん。
「偶然じゃないにゃ~」
「オレと猫とハジメは、一心同体、以心伝心だろ? ちょっと頼んで替わって貰ったんだ」
「おいおい……それ、コネコちゃんはともかく、ニフネくんは、顔が怖いんだから恐喝だぞ」
何だと~っ! と、怖い顔で凄むニフネくんは、顔と着こなしが不良っぽいだけの、ただのバカで、
やっぱり、にゃーにゃー煩いコネコちゃんは、団子結びの頭が特徴的な、かなりレベルが高い女装男子……という説が有力な、ただの猫人間。
異世界には猫人族……という猫っぽい種族がいるらしいが、本人曰く、無関係な風評被害らしい。
彼? 彼女? 猫も猫なりに猫にたいしてこだわりがあるらしい。
……割とどうでも良いが、ちゃんをつけて呼ぶと機嫌が良くなる猫である。
「でも、役得だな。委員長~っ。相方が、高根様。そして、その高根様より麗しい、あのお姫様のサポート役だなんて……羨ましいぃっ!」
「にゃー……確かにあのエルフの姫にゃんに、にゃふられたいにゃーね」
「……」
その気持ちは激しく同意することも出来るが代われるものなら、代わりたい。
「だったら、猫ちゃん。タイガくん。オクレ先生のお婿さんになる~?」
「ひっ! 高根様っ!」
「にゃっ! 優にゃんにゃんっ!?」
唐突に、俺の前の席、そこに座っていた高根さんが、振り返って話に乱入してきた。
……高根さんも、席が近いのか。
いや、おそらく、五月蝿い二人を監視しに来たのだろう。
この教室のメンバーだと、猫と不良は浮いている。
で、そんな高根さんは、ニコニコと心を奪ってくれる可憐な微笑みを携えつつ、
「うん。お姫様より、可愛くない高根だよ? ヨロシクね。三人とも」
瞳が笑っていなかった。
「ひっ!」
「優にゃん。怖いにゃ……」
「俺も……か」
怯えるネコが足を抱えて丸くなり、失言をした不良が正座に移り、この人外達と一緒にされた俺は頭痛を抑える。
そこで、お姫サマの転校に緊張していたクラスメート達が爆笑する。
……お姫サマも、口元を隠しておしとやかに笑っていた。
そんなに、面白い事なのか?
とにかく和んだ教室で、前の方にいる男子の誰かが、言った。
「よっ。委員長っ。ここは委員長としての抱負を一つ」
「お? 良いネ。期待してるにゃ~」
更に続いたコネコのせいで、冗談の言葉が盛り上がっていく。
お姫サマがいようと、こういうバカノリは変わらないのか……。
いや、皆が俺に求めているのは、お姫サマがいることで沈んだ空気の払拭。
……ここが、どういうクラスで、どういう人間達がいるのか……そういう説明を全て押し付けているのだ。
委員長だからと言う理由で……。
――バシンっ。
と、机を叩いて立ち上がり、クラス中の注目を集めてから、三秒待つ。
皆の期待を膨れ上がらせてから、
「斎藤一。オクレ先生と結婚するか、委員長するか、選べと迫られ、委員長になりました」
「「……」」
さ~っと、バカ騒ぎをしていた連中の熱が一気に引いて行くのが解る。
コソコソと聞こえてくる声には、同情の声が十割。
……ほんと先生、先生っ! マジ先生。
「好きな言葉は平等。嫌いな言葉は理不尽。……と、言うことで、ここは平等に、クラス全員に自己紹介をしてもらいます。因みに嫌な人には、晴れて委員長の座をお譲りする。……オクレ先生という妻付きで」
「「「理不尽だーーっ!」」」
沸き上がる不満は聞き流し、
「じゃあ、まずコネコちゃんから」
「にゃっにゃっ!!」
さっさっと進行してしまう。
反射的に立ち上がった、コネコちゃんと入れ代わり、着席すると、前の席の高根さんが、両手を合わせて口パクでお礼をしてくれる。
「にゃ~~。仕方にゃいにゃ~っ。にゃーは、猫山小猫。小猫ちゃんって呼んでにゃ~♪ 委員会は一年生の時と同じ、愛玩委員を希望するにゃっ。あっ、にゃー以外の猫を教室で愛でるの禁止だからにゃ~」
サクッと乗ってくれたコネコのお陰で、自己紹介が進んでいく。
因みに、この自己紹介は、オレが言わずとも、お姫サマの為にやる予定であった。
俺は、ただそこへ行く流れを省略しただけ……。
一年間もオクレ先生の生徒で、度々、ホームルームや総合学習・学活の司会進行を無茶ぶりされて身についてしまった、スキル……か。
ほんと、最悪の先生だ。
というか、コネコちゃん。愛玩委員って何?
去年、そんな委員会をやってたとは知らなかった。