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二話 『誰がイキオクレじゃあいいいっ!』

 魔法の世界。

 それは、少し前まで、空想上の産物だった。


 しかし、西暦二二二二年。

 突如、その世界は出現した。


 そして、その世界は、科学という物理法則を軽く無視した超上の原理を扱う世界であった。

 それを、魔法と命名し、かの世界を、メルヘン世界。俺達がいる世界をノーマル世界と呼び分けている。


 メルヘン世界がノーマル世界と接触してからの百年は、科学と魔法の激しい戦乱が続いた。

 異なる世界の存在など、受け入れられず、互いに互いを支配しようとしたからだ。


 しかし、科学世界と魔法世界の戦いは、拮抗し、激戦の一途を辿っていく。

 その中で、互いの世界は、互いに深い傷を残して、最終的には停戦となった。


 その際、停戦を最初期から訴え、自衛のみに徹した日本は、メルヘン世界と深い交流を行っている。


「――で、そのメルヘンお姫様が我が校に留学、ね」

「ハジメくん。流石にメルヘンお姫様は、失礼じゃない?」


 西暦二三三三年。四月一日。第一次異世界戦争終結から、約一年。

 高校二年生になった斎藤一こと、俺は、クラスメートの高根優奈さんに連れられ、職員室で、事の事情を担任の先生から聞いていた。


「まあ、ウチの学校は、グローバルで優秀な生徒が多いからな。特に私のクラスは超優秀だ! がハハハハっ」


 どうでもいいことだが、担任の先生は、一年時と同じ、小粋オクレ(こいきおくれ)先生、四十歳独身だった。


「――で? オクレ先生。なんで、俺を……俺達は呼ばれてるんですか?」

「誰がイキおくれじゃあいいいっ!」

「お? 私も入れてくれたの? ありがとう」


 因みにこれも、どうでもいいことだが、コレはオクレ先生の自虐的なモチネタである。

 全く笑えないが、相手にすると喜ぶため、無視が基本だ。


 世界に異世界が現れようと、戦争が起きようと、そこに住む、人類は大して進歩しない。

 むしろ、退化している気がする。


「でも、ごめんね。私が巻き込んだんだ?」

「え?」


 コホンっ。

 自虐ネタをスルーした俺達の前で、イキオクレ……オクレ先生が、体裁を取り戻し、高根さんの言葉を引きついて下さる。


「実はな、私が受け持つ次のクラス。つまり、二年一組は国から特別クラス指定を受けて――」

「あの、学生でも分かる所だけでお願いします」

「む? そうだな。簡潔に言うと、お前達には、学級委員をやってもらいたい」


 国とか特別何ちゃらとか、言われてもしっくり来なかったが、一気に手頃な話になった。

 それなら簡単そうだ……とはならない。


 コレに近い詐欺のテクニックがあるのを知っている。


「お断り――」

「まあ、そう言うな。コレは、高根の推薦なんだ。モテる男とか妬けるな! ……くそしね」

「……」


 ここで、そこと繋がるのか。

 ……さて。どういう事なのか? 


「まあ、なんとなく、学級委員が自主的に見せ掛けて、先生指定なのは気付いていたけど……なんで、俺ですか?」


 俺は特にコレと言った特技はなく、勉強も上の下くらいだ。

 学年首席を掻っ攫っていく、高根さんは分かるが、俺が指定される理由は解らない。

 ……で、その理由が、高根さんの推薦だった。という所までが、前提の会話である。


「さっき言ったでしょ? ハジメくんだとやりやすいんだ、って」

「……そこに繋がるのか」

「因みに、ハジメくんが相方じゃないと、私やらないから」

「……」


 何を持ってやりやすいというのか、説明はされていないが、なんとなくは解る。

 だが、


「因みにな。ハジメ。私は貴様などどうでもいい。……が、高根には学級委員をやってもらないと、教頭に怒られる。……悟れ。大人の事情だ」

「悟れと言うなら、俺の子供心も悟ってください。せめて、やる気が出るように口説き落として貰いたいものですが……」

「出ないだろう。お前は」

「……」


 さらっと、言われたが、それは的を射ていて、俺も解らない俺の心を見抜かれているような気がした。

 ……あれだ。人は何処から来て何処に行けば良いのだろう? 的なメンタル。


「だからやる気は出させられんが。やるしかないとは思わせてやろう」

「どうやって」

「断ったら、斎藤を私の夫にする」

「なん……だと!?」

「毎日、斎藤家に行き、貴様を出迎え、朝のチューと、夜の営みを強要する」

「そんな……気持ち悪い……横暴、出来るわけ――」

「――ないと、思うか?」

「……」


 そんな事をすれば、オクレ先生は確実に懲戒解雇となり、職を失う。

 普通の人間にはそんな馬鹿なことをするはずがないと断言出来る。

 ……ただ。


「今年は四十一……か、うふふ。やっと私の永久就職先が決まったな。ダーリン。うふふ」

「……」


 この先生ならやりかねない。

 そんな威圧があった。


 ……俺は普通じゃないとか、思っていたが、あれは訂正させてもらう。

 俺は普通だ。

 しかし、コイツは普通じゃねぇ。


「わ、わかりました。学級委員長。責任を持ってやります。ええ。全身全霊をとして」

「む? ……そうか、残念だ」

「……」


 そこで、残念そうにしないで欲しい。

 さっきの告白少女より、魅力的でついうっかり……ありえないか。


「ねえねえ。そんなに気持ち悪い条件つけられなきゃ、やりたくないほど、私とするのがイヤ? 流石にショックだよ~」

「誰と、じゃなくて、何を、が嫌なだけ」

「……ふぅーん。何かを……の間違いでしょ?」

「……」


 高根さんの呟きも当たっていたが、それについて肯定も否定もしない。

 触らなければ、汚す事もなく、この関係が進む事がないからだ。


 つまりは、あまり、高根さんと仲良くなりたくないと言うことである、

 ……惹かれるから余計に、という気持ちは、解ってもらう必要などない。


「……」


 静かになった職員室で、オクレ先生は、パチンと指を鳴らした。


「では、ご対面してもらうぞ? こい。メルヘン世界のお姫様」


 その言葉と同時に、職員室の奥の扉が、パタリと開く。

 瞬間、職員室全体に、甘い甘い花の香が広がって、


「オクレ先生。その呼び名は辞めて欲しいのですが……私には、エルティア・エル・エルメテルという名前がありますので」


 息が止まるほど美しい声の美少女が現れた。

 その姿を見て、心臓の鼓動が速くなり、グラリと足の力が抜ける。


 そうして、倒れた俺を、


「まあっ。大丈夫ですか?」


 ふわりとおとぎの国のお姫様が支えていた。


「――っ!」


 近くで嗅ぐ彼女の香は脳を溶かし、姿は、瞳を焼く。

 コレほど美しい女の子がこの世界にいたのか……

 いや、異世界の住人か。


「……あの。大丈夫……でしょうか? 体調が悪いのでしたら、どうか御無理をなさらず」

「……」


 ……嫌になる。

 こうして、すぐに誰かにときめく心臓が、俺は大嫌いだ。

 他人の好きや嫌いが解らないのに、自分はどうしようもなく惚れっぽい。


 今の今まで、高根さんに心を揺らしていたのに、今の俺は、彼女のことしか頭に浮かばない。

 ……だから。


 がんっ。


「まぁっ」


 自分の頭を殴りつけて、表面の色香に惑わされた理性を叱り付ける。

 やはり、こんなのは恋ではない。

 俺の知りたい……ものではない。


「大丈夫です。お姫サマ。ちょっと、異世界人を初めて見たので驚いただけです」

「そ、そうなのですか……」


 嘘ではない。

 空想上に存在していた世界の住人。


 髪は黄金に見間違える金髪で、瞳は宝石のサファイア如く碧く、耳は縦に長く、肌は一点のシミもなく純白だ。

 美しさの次元が、ノーマル世界とは格が違う。


 支えられていた腕から素早く離れ、距離を取り、鼻で息をするのを辞める。

 ……この色香は、男の理性を吹き飛ばす。


「だ、だ、だ、誰がイキおくれじゃぁあああああああああいッ! ちょっと綺麗に生まれたからって、小娘が調子のってんじゃねぇーぞ、ワレ! この」

「え? え? ……申し訳ありません。私、何か、お気に触ることを申し上げてしまいましたか?」


 しかし、モチネタを本気で披露するオクレ先生のせいで、お姫サマが驚き怯え、俺の腕に掴まる。

 折角、開けた距離が途端に詰められてしまった。


「イキオクレって言うんじゃねぇえええ! 遅れてねぇんだ! ワレ! 出会いがないだけだぞワレ!」

「いっ、い、イキオクレ? ……ですか? それは何のことでしょう?」

「イキオクレって言うんじゃねぇぇえええええええええ! ぶちかますぞワレ!」

「も、申し訳ありません。私、見識が狭くて」

「純粋ぶってんじゃねぇー!! クソびっちがぁ! 知ってるぞ! テメェらの種族は、女系で子供ができずれぇから、多種族を拉致って何年も監禁、凌辱して食い散らかす――」


 ――先生っ!


 と、流石に聴くに堪えなくなってきた先生を、高根さんが止めに行く。

 お姫サマはというと、肩をびくびく震わせて、半泣きで怯えていた。


 ……こうなるから。先生のネタには付き合ってはいけないのだ。


 まあ、少し前まで、戦争していた異世界で、こんな扱いをされれば当然だろう。

 というか、


「先生。国が関わってるじゃなかったっけ? これ、親交のためですよね? 怯えさせてどうするんですか? 先生が戦争の火種になりますよ!」

「じゃけ! うるせーくそがきがぁ! てめぇみたいな、ひょろ雄に、私の苦労が……苦労がぁ……うわぁあん」

「……」


 もう、先生は先生を辞めた方が良いと思う。


「あ、あの。私が悪いのですから、謝りますので。どうか……どうか……御容赦を」

「……いやいや、お姫サマ。お姫サマは何も悪くないですから」

「い、いえ。……機嫌を損ねたのは私ですし……」


 細い肩を震わせるお姫サマが、高根さんが修羅と化した先生を奥の部屋へ捕獲する様を、長い耳を垂らして見つめている。

 

「アレは、ああいう種族だと思ったら良いですよ。一日に数回ああやってイキオクレ狂う」

「種族……ですか。はぁ……なるほど」

「……種族」


 自分で言った事だが、お姫サマの口から出た、種族という言葉を、俺は反趨する……さっきのオクレ先生の言葉が耳に染み付いていた。


「っ」


 そんな俺の気持ちを察したのか、お姫サマは、顔を真っ赤にして、両手を振った。


「ご、誤解ですよ? 私たちエルフは、確かに多種族の遺伝子情報を長期的に取り込む必要がありますが……しかしそれは、お互いの了承があるのが前提です。そもそも交配する必要が――」

「ああ……っ。そのための、その容姿か」

「~~っ!」


 美しいのは繁栄するため、そういう所から、次元の違う。美しさが生まれるのだろう。

 という、生物学的な、推察に、お姫サマの顔が再び真っ赤に染まり、俺からサッと離れる。


 耳をツンっと張って、何かを堪えているのは、怒りだろう。

 言ってからだが、確かに失礼な事だったと、気付いてはいた。


「……ごめん」


 誰かに好意を向けられることが多いという事は、それと同じだけ、悪意を向けられることも多いのだ。

 上り坂と下り坂のような関係といえば良いか。

 その感情はすぐに解った。

 

「……い、いえ。こちらこそ、申し訳ありません。互いの溝を埋めるために、私は来たのです。聞きたいことがあれば、遠慮せず、なんでも聞いてください」

「……」

「ただ、それでも、揶揄されたくない事はありますので」

「……うん」


 もう二度と、何かを聴くことはしないと、決意をしつつ、返事はしておいた。

 互いの溝を埋める役割は、他の人にやってもらおう。

 なにしろ、この学校には、五百人近い生徒がいるのだから。


「あの」

「……はい。何ですか? お姫サマ」


 戻って来ないオクレ先生を待つ間、微妙な距離を開け、隣に立つお姫サマが、呟く。


「私、御役目とは別に、やりたい事があるのですが……」

「やりたい事……ですか?」


 先ほどの無礼は流してくれたのか、機嫌を切り替えて話してくれている。

 おそらく、お姫サマの気遣いだろう。

 ……俺にそんなことをする意味などないのに。


「この世界……学び屋の皆さまとお友達になりたいのです」

「……皆さまとお友達に、ね。なるほど」


 余計な事はもう言わない。

 というか、そろそろ先生に戻ってきて欲しい。

 気まずい上に、俺はまだ、何をするのかすら聞かされていない。


「で、その……あの……貴方様のお名前は?」

「斎藤……一」

「ではっ、やはり貴方さまが……」

「うん? 俺が?」

「い、いえ……」


 声を聴くだけで、隣にいるというだけで、心臓が鳴る。

 早くどうにかしてくれないと、俺がどうにかなってしまう。


「ハジメ……様。では、ハジメ様。どうか、私の最初のお友達になっていただけませんか?」

「え? まあ……良いですけど」

「ほわぁ~~っ。っありがとうございますっ」


 そんなことで耳をツンツン動かすほど喜ぶなら、安いと……思っていたのだが……。

 俺は、もっと真面目に、種族の違いという壁について考えてから、答えるべきだった。と、後で後悔する事になる。


「あ? ハジメくん。先生、今日はダメみたい。後は私たちでやっちゃおうか」


 ちょうど、戻ってきた高根さんがそういうが、だから。何をするのか聞いていない。

 学級委員って……何してるの?


 という疑問を投げようとする前に、


「ハジメ様。ハジメ様。あのお方のお名前は?」

「え? 高根優奈……さん、だけど」


 お姫サマが、高根さんに近寄って、先ほど、俺に言った目標を話す。


「ユウナ様。どうか、私の友達になっていただけませんか?」

「ふぅ~ん」


 同じ事を言われ、高根さんはちらりと俺に視線を向けてきた。

 なんとなく、どう答えたか? と、聞かれている気がするため、首を縦に振って、了承したと伝える。

 すると、


「じゃっ、私はいいや。お姫様の事は、ハジメくんに任せるね。いや~っ。ハジメくんなら、こうなると思ってたよ」

「「えっ」」


 よかった。よかった。と言いながら、お姫サマの願いを断ってしまう。

 それではまるで、最初から俺にお姫サマを押し付けるために、指名した様ではないか。

 いや、きっとそのために、指名したのだろう。


「じゃあ、つぎ、いこいこ」


 明らかに肩を落とすお姫サマを素通りして、高根さんは言う。


「次は、クラスメート達に自己紹介だよ」

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