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最終話 『そうだったね♪』

 ――五月十 一日。

 つまり、お姫サマの大暴走&大求婚三日。

 ……普通に学校が営まれていた。


 因みに、俺もお姫サマも三日間寝込んだが、翌日からすでに再開していたらしい。

 ……この高校、少し普通じゃない。


 もちろん、壊れた窓ガラスや机・椅子……その他諸々の補填が間に合わず、二年一組の教室は通常クラスから離れた空き部屋と新設された。

 ……教室移動と言う名の危険教室隔離ではないかと思うのは俺だけか?


 とにかく、めだった怪我人もなく、通常通りの日常が戻ってきた。

 ……そう戻ってきたしてまった。


「ハジメさま。ハジメさま。もっとお身体をお寄せてください。マナの循環が乱れます」

「……」


 この発情エルフがいる日常に。

 まあ、人間嫌いを克服できていないのだからマナの補給役として俺が選ばれるのは当然の摂理なのだが……


「腰に腕を腕を回して、ぎゅぅっと、抱きしめても良いのですよ?」

「……」

「えっちなこともしたいのでしょう?」

「っ……」

「遠慮することはありません。私の心と肉は、全てあなたに捧げているのですから……ふふ♪」


 前にも増して積極的なのは勘弁して欲しい。

 ……ついでに保健室でのことも忘れてほしい。

 アレは、若さ故の過ちなんだ。

 特に、途中でメンタルブレイクした時のこととか……堪らない。


「ほら、あなたの為の身肉ですよ? ど~そ♪」

「……」


 大体、このエロフは何も解ってない。

 俺がしたいと言ったエロいことはもっと過激な事だ。

 普通の男子高校生の性欲が、めんこいエルフの身体をソフトに抱くだけで満足できるか!

 ……いや、意外と満足できるかもしれないな。

 でもやっぱり、やったらやったで、お姫サマに屈服した気がするから絶対にやらない。

 

「我慢は良くないですよ?」

「我慢なんてしていません」

「もぉ~っ、またそうやって……そうです♪ では、意地っ張りのあなたの代わりに私が甘えますね?」

「辞めてください……」

「ふふ♪ ハジメさま♪ 大好きです♪ 必ず結婚致しましょうね♪♪」

「保留、しただろう。離れてください」

「嫌です♪ これから一生、言い続けます♪ 添い遂げます」

「出来ない事を言うな」

「できますよ~♪」

「あああ~~っ! うざったい! 離れろ!」


 だから、笑顔で腕に抱き着いてくるお姫サマを突き放す。が……

 お馴染みの怪力で、掴まれて、俺では振り払えない上に、


「幼児退行……」

「ぐふっ!?」

「(ボクは帰るんだっ!)……でした? かわいかったです♪ 今も『ボク』と言っても良いんですよ?」

「……くっ」


 最悪のエヌジーワードまで、囁かれたら、もう転生したい。


「ハジメさま? 腕を回してくれますね?」


 気品と高貴を携えて、無垢でかわいい笑顔でお願いされるが……

 こんなのはもう、脅迫である。

 

「か、勘弁してください……俺、本当にそういうことはしたくないんです。俺達、付き合ってないんですよ?」

「……解りました」


 だが、心から嫌だと言ったら、お姫サマは、アッサリと引き下がってくれた。

 この辺は、慈悲をくれるのか……


「では、代わりに、次の休日、お父様とお母様に挨拶しに参りましょう♪ お話は既に通してありますので」


 ……と、思った俺が馬鹿だった。

 このお姫サマが本気で口説きに来たら、そう簡単に止まる訳がない。


「お父様もお母様も、ハジメさまと是非に♪ お会いしたいと申しておりました♪ 皆様、何故かちょっと引き攣った顔をしておりましたが」


 ……絶対に会いたくない。

 お姫サマを散々無下に扱い、そのうえ奪っていく泥棒駄男が歓迎される訳がないだろう。

 お姫サマが家族にどれだけ大事にされてきたかは、心の底で記憶を垣間見たから知っている。

 俺にとってみれば、妹の二葉が、俺みたいな男を紹介すると言うことだ。

 ……何、それ殺してやる!


 でも、告白を失敗して間も空けずに、ここまで再アタックできる少女もあまりいないだろう。

 コロッと落ちそうになるからタチが悪い。


「ほんと……勘弁してください……」

「ふふ♪ ではでは、私がハジメさまのご家族に――」

「もう嫌だ……このお姫サマ」

「ふふふ♪ 例え、ハジメさまに嫌われようと、十年放置されようと、浮気宣言されようと、私は何時までも、心からお慕い申し上げておりますよ?」


 最悪だ。最悪だ。

 こんな日常に俺は帰って来たくなかった。

 と言うかコレは日常、と言って良いのか?


 クラスメート達も。昨日までと打って変わって、俺にべったべたなお姫サマを見て、コソコソコソ。


「おいおいおい。遂にあの二人デキたみたいだぞ! 噂によれば既に子供も作っていたとか」

「まあ、何となくそんな気はしていたがな」

「ああ、アイツだけ、エルメテル様に触れるとか反則だしな」

「そうだ。そうだ。前提で俺達は出遅れていた」

「……僕、ハジメくんより、長い間、サポート役で一緒に行動したんだけどな。精一杯、手を貸したと思うんだけどな」

「「「……」」」

「と、とにかく、ハジメくん。モテるからゆるせねぇ。やっぱり顔か?」

「全面的に同意だが、昨日のアレ、見せられちゃな……何もいえねぇ」

「確かに。命をとしてお姫様を助ける勇者! って感じで惚れそうになった……っておい、お前ら何で距離をとる?」

「僕も助けようとして、大怪我したんだけどな。みんな、僕の武勇伝ちゃんと伝えてくれたの?」

「「「……」」」


 と、そんな感じの声が今日は至るところから聞こえてくる。

 思春期真っ盛りの高校生の前で、いちゃつけばこうなると、お姫サマは何故、思い至ることが出来ないのか?

 ……あ、コミュ力小学生だったか。


「ふふふ♪」

「どうしました?」

「全然違いますね?」

「……何がです?」

「私があなた様を好きになった理由です――」

「もう良い。口を閉じろ」

「――触れるからでも、優しいからでも、もちろん、凛々しい容姿でも、雄々しい武勇でもなく、意地悪してくれるから。ですのにね♪」

「改めて聞くと……ど変態ですね」


 お姫サマはにこにことしながら、再び俺の腕をぎゅっと抱きしめると身体を寄せて甘えてくる。

 その際、くすぐったそうに耳をぴくぴく動かして恥ずかしがったり、喜んだりする。

 

 このど変態エルフは、耳が良く、俺にはコソコソとしか聞こえない噂話が全て明確に聞こえているのだろう。

 ……魔法で心の中を覗け、声質で感情を読み取り、盗聴までできる。

 人間なら完全に犯罪者だ。


「でも、それは切っ掛け。今思い返せば……あなたと触れ合ううちに、段々と惹かれていたのでしょうね?」

「やめてください。くすぐったいし、何を言われても保留は保留です。アイアムのーせれくとっ!」

「あなた様の心が持つ、膨大な暖かさに……」

「……え?」


 初耳だ。

 ちょっと気になるじゃねぇ~か!

 でも、こんな公の教室で、俺の心の話はしないで欲しい。


「それ、辞めてください」

「……辞めます」

「……」

「ですが、私はあなた様の全てが好きです。心にしまう素のあなた様も……。だから、否定しないであげてください」

「ぜんぜん……辞めてないですけど!? 本気で怒りますよ」

「もう辞めます♪」


 この糞エルフ。

 俺のメンタルをまたぶち壊して、泣かせるつもりか。

 ……もう許してくれ。


「ふふふ♪ この世界に、この国に、この学び屋に、このクラスに、心よりの感謝を……。私はもう独りは嫌です」

「……」

「あなたに救われました。貴方が不幸(こうふく)を教えてくれたからです。私を救ってくれたのが、ハジメさまで良かったです……本当に良かったです」

「救った……か」


 そこはハッキリ言うが、俺は何もしていない。

 お姫サマは勝手に悩み、そして、壁を乗り超えた。

 この先何があっても、この感謝だけは受けとるつもりはない。

 ……まあ、そう言ったところでお姫サマは聞かないだろうが。

 

「そういう台詞……鍍金みたいで嫌いです」

「……大丈夫です。時間をかけて純金だと証明いたします」

「……」


 言うだけ言って、俺に寄り掛かったまま、まつげの長く細い瞳を閉じて、大人しくなる。

 これは本格的に俺のマナを取り込みはじめたのだ。

 お姫サマはまだ、先日の暴走で乱れたマナが回復していないと、俺だけに打ち明けてくれた。

 ……因みに、俺のマナも乱れていて、一緒に治療したいというのが本題だったが。

 とにかく、お姫サマが他人の為に何かをしているなら、しばらくは梃でも動かないだろう。


「……」

「……」


 ……こういう清質で静質な心が落ち着く時間は悪くない。

 だが、


 ――ばしんっ!


 今度は別の人間に机を叩かれた。

 ……この机、三代目で、次にお亡くなりになられたら、自腹で四代目を調達しろと、学年主任直々に言われている。

 というか怒られた。俺のせいじゃないのに、だ。

 過去二度とも壊したのは、今、俺に寄り掛かりながら可愛い顔して瞑想しているこのお姫サマだ。

 しかし、今のお姫サマに、弁償だろうと何だろと、金銭をたかるのは後が恐すぎて出来ないという不幸。


 ――で。そんな大事な机を叩いたのは、前髪が長い……えっと、前髪ちゃん。


「エルメテル様っ! ハジメくんと、くっつき過ぎじゃないかな? かな? かな! 風紀が乱れてるよ! ハジメくんも困ってる様に見えたし、辞めてあげようよ!」

「……」


 静かなら特に困ってはいないが、前髪ちゃんは、俺の事を気遣かってくれる優しい女の子だ。

 ……この優しさ。強引なお姫サマより、癒される。


「……ハジメさま。マナが浮ついておりますよ? 浮気をしてはなりません。私だけを見るのです」

「……」


 マナが浮つくとはなんなのか……?

 惚れっぽい俺の揺れる心が関係するのか?

 とにかく、お姫サマは、威のある瞳をそっと開き、圧のある声で俺に言い、机の前にいる前髪ちゃんを流し眼で見た。


「……おや? もしや……貴女様は妬いておられるのですか?」

「~~っ!」


 そして、失礼なことを言いながら俺の腕をぎゅ~っと、抱きしめて、わざわざ前髪ちゃんに見せ付けた。

 ……意味がないから辞めてほしい。恥ずかしいだろ。勘違いナルシストという意味で。

 巷を汚染するバカップルみたいじゃないか。


「横取りは駄目です。この人は誰にもお譲り致しません」

「~~ッ! 風紀の話! 不純なの! わかるかな? エルメテル! ……様。」

「風紀? フフ……それなら問題ありません。私たちは将来け――はうッ!」

 

 将来結婚を誓い合った仲です。か?

 ふざけんな、誓ってないし、そんなことを前髪ちゃんに言う必要もないだろう。

 ……なんか最近、お姫サマの言動が読めてきた。それもちょっとイヤだけど。

 

 取り合えず、足を踏んで黙らせた。

 さらに視線で『余計な事を言うな』と、釘を刺しておく。

 俺とお姫サマの関係を他人に説明するのは面倒だ。


 噂も、やっかみも、お節介も、無視していれば大体は四十七日で消えていく。


「え……エルメテル様? どうかしましたか? 体調が悪い時だけは、無理はせず、ハジメくんに頼って良いんですよ」

「では、それです」

「では?」

「マナの循環には、これでも接触面積が足りないくらいなのです。だから……」


 だから、抱けとでも言うつもりか?

 横目で俺を見てくる視線は避けておく。


「……だから、これは最低限必要な接触です。それに、ご迷惑などかけておりません。ハジメ様が本当に嫌がることを私は致しませんので……あうっ! ううぅ……」


 ……嘘をつけ。

 ついこの間の事を忘れたか!


「それと……」

「はい?」

「ハジメ様の事は諦めた方が貴女様の為です。告白も出来ないような弱虫さんが釣り合うような、容易いお方ではありませんので?」

「~~ッ!」


 したり顔で言うお姫サマは、箱入りだったからか、恋愛に関しては性格が悪い。

 そんなふうに意地悪く、所有権を主張しなくても良いだろうに。

 俺の右肩にしな垂れかかって、身体を寄せ、前髪ちゃんに向かって舌を出した。

 ……俺はちょっとだけ大切に想われている気がして気分が良いが、

 

「したもん。したもん。したもん。したもん。したもんっ! したんだもんっ! エルメテル様がくるよりも前に! したんだもん! きぃぃ~っ! 横取りはあなただもんっ! 許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さないから! エルメテル~~っ!」

「……」

「まずい。ゆいちゃんが怒った! 皆止めて!」

「どーどーどっ! 落ち着くのよ。ゆいっ!」

「そうだよ。いくら怨敵でも駄目っ。相手は王族。扱いは日本の皇族とおなじだって忘れたの?」

「あ! だめっ! ゆいの理性がトンでるわっ」

「くっ、皆、押さえて、私一人じゃ……もうっ! ゆいが処刑されちゃうっ!」

「よし。私も力を貸すわ」

「俺も力を貸そう!」

「男は触っちゃだメッ! ゆいちゃんは一途な子なの」

「ごふぅ!」

「さ、みんなっ! 今こそ力を合わせて、ゆいをたすけましょ!!」

「「「おおおお――っ」」」


 当然、怒る前髪ちゃんを必死に皆が止めようとする。

 ……別に止めなくても良いだろう。

 今のは弱虫とか煽ったお姫サマが悪い。

 好きでもない男を好きと勘違いされ、横暴な事を言われれば、そりゃあ誰でも怒るだろうよ。

 立場が逆なら俺だって怒る。


「……ハジメ様」

「謝るなら、早い方が良いと思いますよ?」

「あの娘に、告白、されたのですか? どうなんですか?」

「え?」

「答えてください!」


 ……が、お姫サマの短い言葉には、その怒りを吹き飛ばす程、強い怒気を孕んでいた。

 久し振りに耳もぴんぴん張っている。

 ……答えなければ、何をされるか、解らない。

 心のトラウマは少しだけ改善できたが、それ以上のヒステリックお姫サマというトラウマが刻まれた。

 俺、お姫サマにもう逆らえないかも……。


「さ、されていないと思いますが」

「ふぅ……。なら、良いのです。これからも異性関係の隠し事だけは辞めてくださいね」

「……」

「突発的に浮気してしまっても、正直に言えば、許してあげますから」


 そういえば、告白の時も、目移り宣言した時が、ひときわ取り乱していたし、浮気は、お姫サマの禁忌なのかもしれない。

 俺は『好き』がまだ、解ってないが、その気持ちは解る。


 好きな人には自分だけを好きでいて貰いたいものなのだ!

 でも、

 

「いやいや、保留中なんだから、俺が誰とどうしようと勝手では?」

「……そうやって私に甘えても良いですが、それならもっと解りやすく甘えて良いのですよ?」

「あ、甘えてねぇ~し」

「意地っ張り」


 何をどう解釈したのか、わからないでもないが、俺は意地っ張りだからいちいち言葉にしたりしない。

 心に思い浮かべもしない。

 そんな事実はないと否定させてもらう。

 それが、コイツが好きだとうそぶく俺なのだ。

 ……文句はないだろう。


「……はい。どーぞ。解っております。解っております」


 そんな俺をお姫サマはジトッと見つめ、俺から離れて両腕を広げる。

 お前の本心など、お見通しだ! はっはっはっ! とでも言うように……。


「私には、いっぱい。甘えて良いんですよ?」

「……」


 もちもち柔らかそうな身体を広げ、抱けと誘ってくる。

 お姫サマの香と妄想の肉肌の感触が脳を刺激して勝手に涎があふれてくる。

 ……なんだこれ!


「お試しでも良いんです。ありのままの心を解き放ち。一歩、踏み出してみてください」

「……っ」

「私はその全てを受け止められますから」


 少しだけ……少しだけ、ほんのちょっぴり試すだけなら、悪いことじゃない。気がする。

 ここで言われた通り甘えてみるのもまた――


「まいっ! ますたぁあ~~っ! ラアブゥウウ――っ!」


 ……と、半分ほど誘惑された所で。

 愛の狂戦士ニフネくんが、拘束具の鎖を引きちぎり、俺の代わりにお姫サマに飛びついていくっ。

 というか彼は、なんで拘束されてんだ?


「お断り致します」


 それを最適の動きだけでかわし、爽やかな微笑みとともに振り捨てるお姫サマ。

 ……なんと世界は残酷なことだろう。

 俺なら卒倒するが、ニフネくんは違った。


「まいっ! ますたぁあ~~っ! ラアブゥウウ――っ!」

「お断り致します」

「まいっ! ますたぁあ~~っ! ラァ――」

「お断り致します」

「ま――」

「お断り致します」

「らぁああああああぶぅううう~~っ!」

「うるさいっ……邪魔ですっ!」

「まいますたぁた~ごばあ……っ!」


 そうして、ニフネくんは、最終的にお姫サマに殴り飛ばされ、教室の外へと吹き飛んでいった。

 ……そういえば、彼だけは日常に戻って来れなかったのだ。

 まあ、違いはバカとアホくらいしかないから、大して変わらないか。


「さあ。邪魔者はいなくなりましたよ?」


 にこっと笑って、何もなかった様に手を広げてくるお姫サマ。

 ……さっきはちょっと騙されかけたが、俺がやろうとしたのはあのニフネくんと、同じ事。

 絶対にやるか!

 ……と、思ったが。


 ――ゆさっ。


 俺はお姫サマの身体を軽く抱き寄せた。


「……え?」


 自分で誘っておいていざとなったら狼狽するのは酷いんではないか?

 凹むぞ、おいっ!


「もしかして、嫌でしたか?」

「い、い、い、嫌なんて事はありません。とても嬉しい……です♪」


 ここで嫌だと言われていたら、困ったが、お姫サマは頬を染めて耳をたらんと下げ、身体の強張りを溶いて俺に寄りかかる。


「でも……なぜですか? 意地が悪い、あなたがこんなことをするなんて……いなくなっちゃいやですよ?」


 いなくなれるなら、今日学校になど来なかった。

 俺は恥ずかしいからと、逃げる勇気すらないのだ。


「うるさい。じっとしてろ」

「じっと……?」

「いきなりこうしたら、嫌ってくれるか試してるだけです」

「はっ……もしかして、先ほどの私の話を気にして、この身を心配してくれたのですか?」

「……俺の言葉を聞いてました?」


 はい。だからそれは違いますね。と、お姫サマは言って、俺の右半身に抱き着くと瞳を閉じた。


「もう……じっとしますから。心配、なさらないでください」

「心配なんかしてないです」

「大丈夫です。信じていただけないかも知れませんが、あなた様のマナを取り込んでいると、たとえ少しだけでも、とても落ち着くのです」

「……だから違いますって」

「でも、右肩を持って、支えて頂ければもっと捗りますよ?」

「……」


 断じて、お姫サマの身体など心配していない。

 ただ、誘惑に負けた俺を、お姫サマが好きでいられるか? 試してみただけなのだ。

 そう……だから、ちゃんと試す為に、お姫サマの右肩も抱いておく。


「チョロイおヒトです……」


 すると勘違いしたお姫サマは、にやりと笑って更に寄り、左胸まで侵食してきた。

 調子に乗りすぎだが、ここは優しく流しておく。


「優しくされると嫌いになる本性、本当に克服できたか試します」

「はい。どーぞ。役得です♪」

「言ってろ。勘違いエロフ」

「そのエロフに心音を聞かせていたらダメではありませんか?」

「……」

「どくん。……ふむふむ。これは、ヤバい!? ですか?」

「……やっぱり、離れてください!」

「あなたの力でどかせられるなら良いですよ」

「……」

「とくん。……これは、ラッキー? ああ。この状況が実は嬉しいのですね。私を喜んでくれているのですね。心音は素直です♪」

「……勘弁してください」

「はい。勘弁してあげます」

「……」


 なんかもう、お姫サマが相手だと、色々ダメで恥ずか死にたくなる。

 だが、それすらもどうでもよくなるものを、お姫サマには奪われた。

 ……そんな俺に出来ることは、ひたすら仮初の自我を保ち、張りぼてのプライドを護って頭を抱えるぐらい。


 そして、そんな俺とお姫サマの横で、


「結局、お姫にゃんはハジメにゃんと仲直りしたにゃんね。ちょっとハジメにゃんを取られてつまらないにゃ!」

「……」

「にゃ? ゆうにゃん?」

「……そうだね」

「でもいきなり仲良くなりすぎだにゃ~っ。コレはにゃ~達が帰った後、何かあったにゃー」

「……そうだね」

「にゃ? にゃあいえば……ゆうにゃん。当日、学級委員にゃからって、最後まで残ってたんじゃなかったかにゃ?」

「ん。そうだったね♪」

「「……っ」」


 ぴくりと、そして、ぴたりと、俺とお姫サマの動きが止まった。

 今、隣でコネコちゃんが凄まじい何かを言わなかったか?

 いや、コネコちゃんではなく……話し相手の高根さんが。


「にゃにか見たにゃ?」


 見られていたら冗談抜きで恥ずか死ぬ。

 高根さんが答えるまでの間が異様に長く感じ、自ずとお姫サマを抱いている腕にも力が入る。

 もう、お姫サマの身体を気にしている余裕などない!


「……ん? 何も見てないよ?」


 ふぅ~~っと、俺とお姫サマのため息が重なりお互い力が抜ける。

 さっきは気づかなかったが、お姫サマも力んでいたようだ。

 つまり、あの保健室での事は鋼の心を持ったお姫サマにも相当恥ずかしい事だった、ということ。

 ……俺を口説くために、かなり深い話をしていたから当然か。

 それだけは良かった、俺をからかっていたが、お姫サマの弱点もそこにある。

 これからやり返せ……――。


「だって私、お邪魔みたいだったから……」

「「――っ!」」

「ね? お二人さん」

「「……」」


 涼しい笑みを向けて手をパタパタとふってくる高根さんに、俺とお姫サマの息が止まり、心臓がどくんと脈をうつ。

 冷や汗が止まらない。

 ……ヤバい。ヤバい。ヤバい。ヤバい。


「いや~。同情するよ。お姫さま。ハジメくんが、すっご~~く卑怯者で。まさかあそこまで女の子にさせておいて、答えが――」


 ――キンコーンカーンコーン♪


「「……(答えが!?)」」

「あっ。次、移動教室みたいだよ? いこいこ。お二人さん」

「「……」」


 そう言って、おもむろに高根さんは立ち上がり、教室の外へと歩いていく。

 ……答えは、の続きがとてつもなく聞きたい。……が、聞きたくない。

 そのせいで俺も、お姫サマも微動だにすることも出来やしない。

 だって、


「あ、お二人さん。いくら高まっても、学校で不純異性交遊はしちゃ、だめだよ? ん、血を飲んむだけなら健全かな? 精霊族って凄いね」

「「……」」


 コレは完全に……確実に、決定的に!

 あの。恥ずかしい会話を……聞かれていたと言うことで。


「……ん? 行かないの? じゃ、私、先行くから♪」


 ばたん。

 高根さんが教室を出て行き、他のクラスメートたちも、俺とお姫サマを恋仲だと思っているから気を遣い出て行った後……


「「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――っ!」」

「マイ・ますたぁあぁあああああんっ! ラァアアアアアアブぅっ!!」

「にゃぁぁあっ!?」


 俺とお姫サマは声を揃えて絶叫し、恐怖に震え上がって互いの身体を強く抱き合った。

 数分前の抱擁は甘い色があったが、今は皆無。

 同じ恐怖と極寒を感じている盟友の温もりを求めてしまうだけ。

 

 でも絶句して、ガクガクブルブル二人で震えていると、先に精神を安定させたお姫サマが、


「は、ハジメさま……すみませんでした」

「……」


 深く感慨が篭った声で、しみじみと謝った。

 何が? とすら、俺はショックでまだ、聞けないが、


「勝手に心を覗き見たこと……今、心から謝罪します。……すみませんでした」

「……ぁ」

「大丈夫です。ゆっくりで構いません。泣いても良いですよ? 一緒に泣きましょう」

「……っ。はぁ~」


 この状況、また、メンタルブレイクしてもおかしくなかったが、お姫サマとの事があったからか、お姫サマの温もりを感じていたからか、お姫サマがやさしく背中を摩ってくれているのは関係ないが、そうはならなかった。

 大きく揺れる振り子が自然に止まるのを待つように、ゆっくり、ゆっくり、心を落ち着かせて、


「お姫サマ……これ、辛いでしょう?」


 ようやく言葉を紡ぐ事が出来たのだ。

 今回は無様を晒すことも無く? うん。無かったな。

 そんなふうに葛藤する俺に、お姫サマは薄く、そして穏やかに微笑んでキュッと抱き着き……囁いた。


「また……許してくれませんか?」


 別に、お姫サマにたいしての怒りなどとうに消えていて、許してもいいのだが……

 俺は敢えてこう言おう。


「のーせれくとっ! 保留で」

「はぁ……つくづく意気地がないですね。でも、そんなあなた様も大好きです♪」


 何が起こっても日常は続いていく。

 魔法の世界が現れても、

 百年続く戦争が起こっても、

 魔法の国のプリンセスが転校してきても、

 そのプリンセスにラブラブしようと言われても。

 

 俺は普通の高校生で、何かが変わることはない。

 だからこそ俺は、きっとどこで誰に告白されようと、その想いには応えない。

 『好き』がわかるまで、俺は絶対に選ばない!



『のーせれくとっ 完』


《後書き》

 最後までお付き合いしていただきありがとうございました。

 ……そんなに多くはないでしょうが、このカテゴリーとオジsunのネームバリューなら、一人につき一万人位のレートです。


 最後の解釈が、ハッピーエンドなのかバッドエンドなのかは読んだ読者個人の自由で良いです。

 作者的には何も言いません。


 作者がやりたかったのは、可愛いお姫様からの最高の告白に、のーせれくとっ!『保留させてでも、僕のこと好きでいて♪』みたいな事を言わせたかっただけですので。

 因みにその時の主人公の気持ちを書きたくて、一人称でやりました。


 発端は、作者が夢で、お姫サマと高根さんに告白され、答えを出せなくて悔しかった事になります。

 告白に答えるって、現実では好きな人だったとしても意外と難しい。


 そんで、勢いだけで書き上げました。

 久しぶりに構想とか、プロットとか、起承転結とか、気にせず初心に戻って書いたら面白かったです。

 ……では。また、いつかどこかでお会いでいますように。

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