十六話 『のーせれくとっ!』
「……またかよ」
……俺は何時も間が悪い。
そう、俺が大嫌いな、恋の話しだったのだ。
理解できない。そして憧れる。恋愛。
……あの時、心の中のお姫サマは、お姫サマから告白することはないって……言ってたはずなのに。
嘘つきめ!
いや、嘘を着くならもっと早く付いていただろう。
なら、お姫サマは、また一人で壁を乗り越えたのか!?
何が、神託で俺が選ばれただ。
神託ってなんだ?
ふざけんな。こんな強すぎるお姫サマに神託の勇者も騎士もいらねぇだろ。
俺の存在、無意味だろ。
勝手に無意味な役に選ぶんじゃねぇ!
ますます惨めになる。
……いや、最初からか。
「というか、どういうことだ……? 頭がちょっとおいつかない……だから、もう辞めよう」
「ハジメさまの血を舐めて、遺伝子情報を取り込んでしまった私は……ハジメさまをお慕い申し上げている……ということです」
「っ。そこは……その辺は、分かってますよ」
でも、それがまずおかしい。
だってお姫サマは、俺の醜い心を見たはずだ。
それで好きになれる訳がない。
「そろそろ、受け止められますか?」
「……何を?」
「貴方が醜いと言って蔑む、貴方の心を……私が好きだと申しても……です」
「……有り得ない。というか疲れた……今日はもう辞めましょう。ボクもう帰ります」
そうだ。帰ろう。
帰ればもっと落ち着けるし、作戦だって立てられる。
こんな訳の解らない俺でも、受け入れてくれる母と妹がいる。
良く見たらもう日も落ちて、夜になっているじゃないか。
時間は七時を超えているだろう。
「子供は帰る時間だっ! ボク帰ろう~っと♪」
――ざっ。
しかし、お姫サマが、握った俺の腕を離してくれなかった。
しかも、怪力のエルフだから、振りほどくことも出来ない。
「逃がしません。と、言いましたよ?」
「嫌だ~っ! ボクは帰る! おうちに帰るんだ! ママが心配するから帰るんだっ! 可愛い妹が待ってるんだ~っ! 帰るったら! 帰るんだっ! ボクは帰るんだ!」
「……幼児退行しようと逃がしません。と、言うより、後からまた、後悔するので戻ってきた方が良いかと」
「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! いやだ~っ!」
「ダメです。私の告白にちゃんと答えてもらいます」
「断る! ボクは……誰とも付き合わなーいっ!」
「ダメです。まだ私の告白は終わっておりませんっ! 勝手に終わらせないでください」
――なんでだよ!
俺は、そう叫んだ。
腕を振りほどきたかったが、力の差で出来ず、押さえ込まれしまう。
ああ、かっこわるい。最悪だ。
生きてきた中で、いや、これからの人生もいれて一番、最悪だろう。
「おかしいだろ! 馬鹿なんじゃないか? 狂ってるんじゃないか!? こんなみっともない俺を――」
「みっともない姿なら、私だってたくさん貴方に見られてしまいましたよっ! 恥ずかしくて死にそうです」
「っ! 有り得ない! 阿保だ! 大嫌いだ! 嘘つきだ! 大バカだ! 俺はお前が大嫌いだ! 本心からな! 迷惑なんだ! だいたいお前は一人で勝手に進んでいく。成長する。乗り越える。俺なんか必要ない! こんな駄目男に惑わされるな! 目を覚ませ!」
「……それは違います。私は強くなんてありません。一人でなんて進んでおりません。私が前を向を向けたのは何時も貴方が傍にいてくれたからなんですっ! ……それに気づいてしまったら! この想いは、貴方を好きだと言う気持ちは隠せませんっ」
「……っくそ! まだ言うか! ……何で!? 嫌いになってくれない? ……俺が嫌いな俺をッ! こんな喚き散らすだけの俺を……嫌いになれよ! なってくれ! 頼むから!」
「嫌いになんてなれませんっ! 好きなんですからっ! 身体が勝手に発情し子を成そうとするほど……ハジメ様が好きなんですからっ! もう出来てたらどうするんですか!」
「知ったこっちゃねぇえ!」
大声で叫んで、怒鳴って、泣きべそって、それでも、お姫サマは、俺を好きだと言いやがる。
「なんで……なんでこんな俺を嫌わない? 最低だぞ……我ながら」
「だって、貴方のそれは……ただの泣き言じゃないですか! 私の気持ちから逃げないでくださいよ!」
「……っ」
「そんなもので私の初恋が……どうにかなるなら、こんことなどしておりません!」
言われてしまった。見抜かれてしまった。
その通り過ぎて言い返す事も出来はしない。
「いや、これも俺なんだ。……こんなふうに逃げて、逃げて、逃げて……逃げるのが俺なんだ」
「……そうみたいですね。貴方は、格好悪くて、逃げ腰で、他人に責任を押し付ける。最低な人です」
「嫌いになっただろ?」
「いいえ。それでも……好きです。そんな貴方を好きになりました。小さいことで苦悩して、懊悩して、否定して、それでも自分が大好きな。私と正反対の貴方が好きになりました!」
「それ……どうして好きになる? どうして好きになれる? 好きってなんだ? ……好きって……なんなんですか?」
結局、俺にはそれが解らないのだ。
その答えをずっと探していて、求めてきた。
でも、好きを連語するお姫サマなら答えられるかもしれない。
俺の探した答えを見つけたのかも知れない。
なら、俺は知りたい。
「今の貴方様には絶対に教えませんっ!」
「……は? なんで?」
「絶対に否定するからです。受け入れないからです」
「……っ。……かも、知れない」
お姫サマの言う通りだ。俺はきっと答えを見つけても、否定する。
好き、なんて言葉を信じられる程、強くない。
でも、だったら……
「俺はやっぱり、お姫サマの想いには応えれないです……」
解らないからこそ、信じられないからこそ、憧れだけは強くなる。
言葉の重み増す。
仮初や偽物、ましてや勘違いなんかじゃ受けいれられない!
「いいえ。応えてもらいます」
「どうやって、好きが解らないのに? ムリですよ。俺にはできない」
「私と恋人になったら、教えます……と、言ってもですか?」
「……え?」
なんだそれ。
そんなのありかよ。
「付き合って、ラブラブなことを、イチャイチャなことを、一杯して、結婚して……子供が出来たら……教えます」
「……なんだそれ。小学生かよ。結婚って……そんな」
「そこまでしなければ、貴方は私を信じれません」
「……ああ……確かに……かもしれない」
俺はきっとそこまでされてようやく、それを信じることが出来るのだろう。
でも、そこまでしてもらえると……お姫サマを信じられない。
「俺は……将来……」
「無職になっても構いません。私が養えます。養えなくなっても、貴方が離れようとしても、側におります」
「そんな俺を……」
「好きでいられます。エルフの恋愛を人間如きが舐めないでください。たとえ死ぬまで百年何もしなくても、あっという間ではありませんか! ……あっ、でも、毎日わたしの名前を呼んでください」
「……」
何千年も生きるエルフなら確かにあっという間なのかもしれない。
だとしたら……
「……もう、逃げませんね?」
掴まれていた手を離され、解放された。
だが、今は逃げたいとは思わない。
……お姫サマに向き合いたい。
……せっかく晒しだされた自分に向き合いたい。
「では、改めて。……聞いてください」
そんな俺から一歩離れて、薄い胸を押さえて、耳をピクピクと動かして、
「貴方に受けた百と三つの恩。その全てを持って、この心と肉をハジメさまに捧げます。私と結婚を前提にお付き合してはいただけませんか?」
お姫サマは俺へ細い腕を伸ばした。
「百と三つって……あだは、何処へいきました?」
「……貴方に受けたあだなど、一つもありません。……他人の悪意をアダと取るか、恩と取るかは、私の自由です。……貴方が教えてくれたことですよ?」
「そう……だったな」
「それより返事は、はい。か、いいえ。で、答えて欲しいのですが……」
「そんなこと……言われても、答えるとは言っていないのですが……」
「では、もう少しアピールします」
「え?」
選べと言われている。
どくんっどくんっと、五月蝿いほど耳に心臓の脈動が響いてくる。
「私は、あなたのありのままを受け入れます。心の悲鳴を救います」
「……」
「と、言いますか、コレだけの恥態を晒してしまったのです。さらに二度も命を救われたエルフとしては、あなたに貰ってもらわなければ困ります。一生独身になってしまいます」
「アピール重い……」
俺の心を見て、俺の全てを知って、俺に全てを見せたお姫サマが、選択しろ迫っている。
「命を救われたエルフは……あなたが思っている以上に尽くしますよ?」
「俺は聖人じゃない……綺麗な事とかだけじゃない。下品なこと……エロい事とかもしますよ? その辺もちゃんと考えてますか? 後から嫌だとか言っても遅いんですよ?」
「ふふふ、あなたが思っている数倍、熟考した上で、私はハジメさまを、お慕い申し上げておりますよ?」
「っ! ……魔法の世界のお姫様と愛し合う、選択、か」
「……後悔はさせません」
このお姫サマが頑固なのは文字通り骨身に染みている。
……俺が応えるまで、諦めないだろう。
「……解った。もう逃げません。ちゃんと考えて答えます」
「はい。いくらでも待ちますっ」
ここまで真摯に向き合ってくれたお姫サマには……俺も真摯に向き合って……答えたい。
メンタルは壊されたが、厚く作っていた心の壁もまた、確かに壊してもらった。
今の俺なら、お姫サマの想いに応えることもできるだろう。
……コレは俺の人生を左右する大きな決断になる。
どくんっどくんっどくんっどくんっ!
心臓が五月蝿い。身体が熱い。血が沸騰でもしているようだ。
「答えは……」
「……はい」
正直なところ。
お姫サマみたいな可愛い女の子と付き合えるのなら、男として嬉しい。
俺の全てを理解して、俺に心身全てで尽くしてくれる彼女だ。
性欲の限り抱きまくり、欲望のままに愛でても良い……そんな彼女なら、欲しいと思う。
そう思えば思うほど、余計にお姫サマがかわいく見える。
「ほ……」
「♪」
ああ、心底、お姫サマが欲しい。
俺を変えてくれる姫サマが欲しい。俺に答をくれるお姫サマが欲しくて欲しくてたまらないっ!
俺にここまで尽くしてくれるヒトはもういないだろう。
何の不満があろうか?
さあっ! 選べ! 選べ! 選べ! 選べ、俺!
ただ、一言、欲しいと言えれば、俺は変われる気がする!
お姫サマも。恋も、未来も、何かも、俺の欲しいものが全て手に入る!
だから、決断しろ! 答を出せ!
どくんっどくんっどくんっどくんっどくんっどくんっどくんっどくんっどくんっどくんっ……
「ほ……ほ、保留。この場は保留にして、良いですか?」
「………………………………………は? ほりゅう?」
「イエス。のーせれくとっ。今はまだ、選びたくないです」
「は? と、申しております」
俺の出した答えに、指し伸ばしす右手を遊ばさせて、お姫サマが宇宙人でも、見るかのような視線を向けて来るが……
でも、俺も十分、前に進んだだろう。
一ヶ月前は、バッサリと断っていたのだから……
「だって、そんなこといきなり言われても困ります」
「……」
「お姫サマは、お姫様だし、俺は普通の高校生だし、いくらなんでも、いきなり結婚は非常識ですよ」
「……あな」
「魔法の国と日本、メルヘン世界に科学世界……まだまだ問題も多いですし、勢いだけで決めて良いことじゃないです」
「……たがそ」
「俺には、独り身の母と、天涯孤独の妹もいますし、お付き合いするなら、二人との相性も考慮しなければいけません。お姫サマにだって家族や一族で事情があるでしょう」
「……れを言い」
「一度時間を空けてから、互いの家族を交えてじっくりと話し合いましょう」
「……ますか~~っ!」
「……はい?」
――貴方がそれを言いますか~~っ!!
……一生懸命考えて出来うる限り真摯に答えたのに、何故かめちゃめちゃ怒られた。
あれだけ熱烈な求婚をされたが、もう、嫌われたのかもしれない。
やっぱりエルフもそんなものなのだ。
ああ、騙されなくてよかった。
何か一ミリでも間違ってたら、うっかり手を取るところだったぜ。
コレで解っただろう、あんな勢いだけで大事なことを選択するのは良くないのだ。
コレが正解だったと確信できる。
「まあ……まあ……良いでしょう。あなた様がそういう最低なお方なのは理解しておりますし、私の気持ちも劣化致しませんので。――で、どれ程、時間をあければよろしいのですか?」
「……ええと。では、十年ほど」
「長いっ!! いくらなんでも冷めちゃいますよ!!」
「だから、冷ましているんです」
「冷ましすぎです。冷えっ冷えっです! 十年の恋が終わっちゃってます」
「でも、エルフにとってはあっという間なのでは?」
「貴方にとっての話しですっ! 私が貴方をそこまで信用しておりませんっ! それともお得意の意地悪ですか? どれ程、私が嫌いなんですかっ!」
「それを今から考える訳で」
「十年間!?」
「はい」
「ずっと思っていたのですが……ハジメさまはちょっと普通じゃないです」
「普通ですよ。十年間の間に、お姫サマより素敵な女性と巡り会う可能性も考慮するくらいには」
「もうっ……このヒトっ! いやぁあああああああああああああああ~~~~っ!」
という事で、俺は結局、お姫サマに嫌われてしまった。
何がいけなかったのか?
一つ、言えることは……俺は悪くないと言うことだ。
「嫌ってはおりませんよ! 大好きです。……ただ、呆れ果てただけです」
「……心の声を読まれた!? ああっエルフの能力か……エロフめ。心を覗くのも読むのも、プライバシーの侵害で犯罪ですよ!」
「いえ、そんな細かいことは解りません。貴方が解りやすいだけです。顔に出過ぎです」
「……」
とにかくつまりは、なんもかんもこのお姫サマが悪いのだ!