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十四話 『俺は悪くないっ!』

 どうやら、保健室にいるのは、俺とお姫サマだけなようで閑古鳥が泣くほど静まり返っている。


「……」

「……」


 俺の妄想かも知れないが、お姫サマの心の中のお姫サマは、口数が多く、うるさかったが、現実のお姫サマは貞淑で物静か。

 楽で良いが、こちらから話をしなければ進まない。


「お姫サマ。アレからどうなりましたか?」

「は、はいっ!? あ、アレ……ですか?」

「……とりあえず、ニフネくんや、コネコちゃん……先生も、みんなは?」

 

 アレだけの事件、一番最初に気になるのは、みんなの安否だ。

 俺だって渦中の最中にいなければ、他人を気遣うことも出来る。


「……っえ? っあ。はい。皆さま、全員御健存されておりますよ? 怪我人は、軽症のオク……先生と、ニフネ様、ミカゲ様。そして一番重傷でしたあなた様です」

「……マジ」

「……はい」


 二階から落ちたり、机や椅子と激突したり、電撃に弾かれたり、二階から落ちたり……

 色々していたのに、


「特になにもしていない、俺が一番の重症……か。ちょっと凹むぞ」

「何もしていない事はありません。私は貴方さまに救われたのですから……」


 よく言う。

 本心は、格好が悪かったと嘲っていただろう。

 

「このご恩は必ず――」

「ああ……その辺は良いです。だいたい終わってるので」

「……へ?」


 やはり、心の中の事は、覚えていないのか、それとも俺の妄想だったのか?

 きょとんと意味が解らなそうに首を傾げるお姫サマ。

 色々と確認はしておきたいが、その前に身体を起こす。


 横になったままお姫サマに覗かれている形は居心地が悪い。

 ……と、びりんっ。


「くっ!」

「ハジメさまっ!」


 体重を支えるためついた手に軽く電流が流れたような痛みが走った。

 痛みでバランスを崩した俺の背を、お姫サマがサッと差さえてくれるが、


「その御手は負傷の具合が酷く、まだ治しきれておりません。動いてはダメです」

「~~っ!」


 そういう事は早めに言って欲しかった。

 既に足の小指を固くて重い何かに全力でぶつけるよりも強い激痛ッ!

 ……俺、あの時よく、こんな痛みを気にしなかったものだ。


「く~~っ!」

「い、い、癒しの小精霊さま、このお方に安らぎの光を与えください……っ」


 ふさがっていた傷も開いて、指の肉から血も溢れ出してきた。

 しかし、すぐにお姫サマが俺を寝かして、回復魔法を発動してくれた。

 ……結局、寝たままなのか。


「……落ち着きましたか?」

「はい」

「すみませんが、まだマナが不安定で、一度では治せません。回復するまで傷が開かないようにしてください」

「全然……ん? ちょっと待て」


 そう言ってするりと引っ込めようとする、お姫サマの手を掴んで止める。

 柔らかくて滑らかで冷たくて、心臓がきゅんと音を立てたりするが、そんなことを言ってる場合じゃない、


「ハジメさま?」


 いま、聞き捨てならない台詞があった。


「マナが不安定、だって?」

「え? ……はい」

「つまり、また暴走――」

「いえ、そこまでは……私は、大丈夫ですよ?」


 ……そう言って、二度もマナを暴走させたのが、このお姫サマだ。

 ことここに至って、俺の姫サマへの信用はゼロである。


「もう今日は良いから帰ってください……メンヘン世界に帰れば大丈夫なのでしょう?」

「それはなりません。貴方さまを治療しきるまでは……」

「コッチのお姫サマは頑固だからな……」

「……こっち?」


 しかし、暴走するまで耐えられてしまうお姫サマが、素直に帰るわけもなかった。

 それでも、どれだけ危ないか、苦しいのか? 俺には推し量る事は出来ないから、このまま、流すわけにも行かない。

 だとしたら……こういう時は、また、俺をベッドすれば良い。


「ムリをされると迷惑なのは俺、なのですが……」

「……っ」


 心優しい(笑) 箱入りお姫サマは、こういう言葉に弱いことを俺は知っている。

 ……のだが、


「す、すみません。じ、実は、『扉』を開くのも……その……難しくて……」

「……マジっすか」

「……はい」

「それ、相当……限界という事では?」

「……まだ……いえ、はい」


 ……これだ。

 もう、お姫サマの無茶無謀には頭を抱えるしかない。


「それに何故か最近、向こうの世界でのマナ吸収率も落ちておりまして……」

「それなら早く言ってくださいよ」

「……え?」


 やっぱり、身体を起こす。

 その時また、びりりと痛みが走り、傷が開くがちょうど良い。


「な、何をやっているのですかっ! お辛いでしょうに……いま、楽にして差し上げます」

「良い。それより早くマナを補給してください。吸収率? が落ちてようが少しはマシになるてしょう」


 指先の爪が割れて血が溢れる手をお姫サマの前に出す。

 しかし、お姫サマは俺の手を前に戸惑うばかり……。


「それとももう俺の血は……飲めませんか?」

「……っ」


 暴走していた時は、拒絶していたが……

 そろそろ怒りを収めてくれたって良いと思う。

 そんなに怒ること、ないじゃないですかっ~(笑)。とか、言っていたお姫サマなのだから。


「の、飲めますっ……が、あなた様は、よろしいのですか?」

「よろしいとは?」

「……私を……避けていたではありませんか……嫌っているではありませんか……だから」


 ……ああ、そう言えば、言うのを忘れていた。

 確かに、少し前の俺なら、滅びろ、勝手に暴走しとけ、苦しめ苦しめっとか思うだけで、お姫サマにこんなことは絶対にしなかっただろう。

 でも、


「避けないと……約束しましたから」

「……っ! どなた……いえ、では、仲直りしてくれるのですかっ!?」


 ……仲直り、か。

 向こうのお姫サマもそこに固執しまくっていたな。

 こう言うのは、言葉にするようなことでもないと思うが……コミ力小学生のお姫サマには必要か。


「ええ……仲直りします」

「本心からっ?」

「はい。あの時は俺が逃げた……」

「……」


 言いかけて、思い出した。

 何時だったか、母さんが言っていた言葉。

 逃げていると何時か後悔する。その時になって思い出す……と。


 ……その通りになっているじゃねぇ~かっ! こんチキショーっ!

 認めたくないが、事実だ。


「はい。なんですか?」


 しかもなんか、お姫サマもニコニコしながら言葉の続きを待って来やがる。

 ……これは、言わなければ進まないのか。

 辛いよぉ~。


「……ので、俺も……俺も……」

「はい」

「……いや! 俺は悪くないっ!」

「……」


 そうだ。

 俺は悪くないっ!

 俺は俺の心にしたがっただけなのだから。


「あなたは、そうやって、意地ばかりはるから、お辛く……なるんです」

「あまのじゃくのお姫サマには言われたくありません。……それより、飲まないのですか? 飲むんですか?」


 煩い。五月蝿い。うるさい。だいたいこのポンコツは俺の何を知っていると言うのだ。

 好きになって欲しくないけど嫌いにもなってほしくない。とかはた迷惑な事を言っているお姫サマに謝る必要など一切……ない。……と思う。

 また後悔するかな?


「……飲ませて頂きます」

「……はい。どうぞ」

 

 丁寧な手つきで俺の手を掴み、口元へ持っていく。

 そんな行動も上品だ。


「……もしかして」


 しかし、お姫サマは、口元の前まで持って行ったところでピタリと止まり、視線を俺へと向けて呟いた。


「貴方も……私の心を覗きましたか?」

「……っ!」


 悪いことをしたわけではないが、何故かドキリ……と、身体が硬直してしまう。

 まさか、そこを言われるとは思わなかった。

 

「ん? 貴方……『も』……」

「ハジメさまのえっち」

「だから不可抗力だ!」

「……なるほど、得心致しました。訳知り顔はそういう事だったのですね」

「……くっ」

「あれは、偶然……貴方と私の心が共鳴してしまっただけですので、お気きになさらないように」

「共鳴……」


 カマをかけらたと。後から気づくが、時既に遅い。

 もう、隠す事に意味がない。

 ……隠す理由も最初からないが。


 ちゃぷ……ちゃぷ……ちゃぷっ。


 そんなふうに知りたい事を聞き出せて、したり顔のお姫サマが、血を舐めはじめる。

 ねっとりと熱くそして、柔らかい舌が、指に絡み付いて……


「ちょっ! お姫サマ!? 『も』って? 『も』ってまさか!? お姫サマも俺の……っ!」

「はわぁ~っ。すごい……ハジメさまマナが私の身体に馴染みます……こんなにみるみる回復していくとは……んっ。ちゃぷちゃぷ……」


 その先は言葉にするのが恐ろしい。

 考えたくない。

 否定したい。

 嘘だと言ってほしい。

 話もしたくない。

 辛い。

 しぬ!

 でも、確認しないと仕方がない。


「ちゅるちょるちゅるちゅる♪」

「答えろ! バカエロフ!!」


 だって俺のはヤバい。

 色々とヤバい。

 お姫サマとは違う。

 隠してきた全てが……そこにはある。

 ……汚物でドロドロの全てがそこにある。


「……んっ! んんんっ!」

「おいっ! いきなり苦しそうな演技をしても――」


 無駄だ。と、言おうとしたが。

 演技ではないとすぐに悟った。


 いきなり、お姫サマの青い瞳が紅く光り輝いたのだ。


「んっ! ……っっっん! ……ハァ……ハァ……ハァ……はっぁああんっ!」

「お姫サマっ!」


 口から指を抜いて、唾液を垂らし、息を乱し、上下する薄い胸を抑えている。

 また、マナ暴走症候群……か?

 いや……同じく苦しそうだけど……何故か……度合いが違う、何というか、そう、色っぽいと、言えば良いか。

 

 大人の女性がする艶やかな禁断の表情。

 恍惚……というのが一番あてハマるか。


「……嘘……まさか……そんな……こと……わたしが? ハジメさま……に……嘘……ですよね? いえ、でも、ですが……この動悸はっ。ああっハジメさま♪ ハジメさま♪ もっと」

「ちょっと落ち着け、何が起きてるのか言わなきゃ解りませんって!」


 しかも、俺よりも、お姫サマが取り乱している。

 だらだらと唾液を垂らし、うろんな瞳で俺の指を舐めようとする。

 ……ちょっと下品に見えるとか言ったら失礼か?


「そんな……そんな……こんなこと……初めてで……」

「ちょっ……大丈夫なんですか?」

「ど、どうすれば……どうすれば……どうすれば……っ! ハジメさま。ハジメさまっ。ああっハジメさま♪ ちゃぷちゃぷちゃぷっ」


 俺の名前を呼んではいるが、瞳はとろんとしていて俺など見ていない。

 異常を感じるほど一心に指を舐めて来る。


「おいっ! エルティア! 何が起きてる!」

「――っ! はっ、ハジメ……さま♪ あっ……わ、わたし……は」


 マナ暴走症候群の時もそうだったが、名前を呼ぶと、お姫サマはピクンと身体を痙攣させ、取り乱していた意識を引き戻す。

 そして、大量の汗をかきながら、俺の身体にしな垂れかかり、瞳がようやく合った。

 未だにその赤い瞳が激しく揺れている。


 これじゃもう、俺の心を覗いたのかどうかの話も出来やしない。

 でもとりあえずは、お姫サマの身体の方が重要だ。


「落ち着け。マナが欲しいならいくらでもくれてやるから」

「それは……ダメです……これ以上はっ……でもっあなた様のが欲しいです」

「は? なら! どうしたのかを、説明してください」

「わ……わたしは、は、はつ、はつ……はつじ……って、そんなこと言えませんよっ!」

「一体なんなんだ!」


 何かを言いかけて、お姫サマは顔を真っ赤にし首を振る。

 そんなに怒ることはしていないだろう。

 ……先程からお姫サマの様子が明らかにおかしい。

 

「……なら、大丈夫か、どうかだけでも」

「大丈夫……じゃないです……助けてください……ハジメさまぁ~~♪」

「……っ!」

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁぁん……わたし……わたし……」


 あの我慢強いお姫サマから出た弱音……

 それは本当に危険な証拠だ。

 できれば、何なのかを聞きたいが、出来ないのだからそこは仕方ない。

 誰にでも、心の奥に隠したいことはあるのだから……


「どうすれば良いですか!?」

「っ、私を、だ……だい……」

「だ?」


 今は、とにかくお姫サマのために出来ることをやるだけだ。


「……はっ」


 そこで、短く息を吐き出して、紅い瞳が碧へと戻った。


「……」

「……お、おひめ……サマ?」

「……」


 そこから暫く、放心し、じっと俺を見つめつづける。

 そうして、


「な…………なるほど、コレは……もう、仕方がありませんね。受け入れます。認めましょう……既にこんな心も見られておりますし」


 ひとり呟き、口元を拭うと、


「少し、私とお話をしてくれますか?」


 少しだけ何時もの気品を取り戻してそういった。

 しかし、まだ何時もより、気持ちが悪い感覚がある。

 体調はまだまだ良くなっていないのだろう。


「なんのですか……?」

「先ずは、そうですね……何故、ハジメさまは……こんなにも、こんな私を助けてくれるのですか?」

「……はい? その話が、なにと関係あるんですか?」

「この症状の治療に、深く関係あるのですっ。答えてください。ハジメさま」


 絶対に関係ないだろ……と、言いたいが。

 様子がおかしい当のお姫サマに、それで良くなると言われたら、答えるしかない。


 でも、お姫サマを助ける理由……か。

 そんなこといちいち考えたことも、考える暇もなかった気がするが、敢えて言葉にするなら……そう。


「お姫様……だから?」

「ふふ……地位という意味ですね。解りやすいです。素敵なことです♪」

「素敵? お姫サマには、不快な答えかも知れないですね……」


 心の中で聞いたお姫サマの悩みは、お姫様である事しか、評価されないというものであった。

 それは知っているが、嘘をついても仕方がない。


「ふふ、いいえ。そんなことはありません。誠実で魅力的な答えですよ?」

「……え?」


 ……やっぱり、何かおかしい。

 もともと、嫌いなお姫サマだが、今のお姫サマは、さらに嫌悪したくなる。


「ですが、姫と言う理由だけで、何度となく危険な事を冒して、助けてくれるのですか?」

「それは……」

「それは……なんです? ふふふ♪ それの理由が知りたいんです。私の異変に向き合うならば、一緒に貴方に向き合う必要があるのですっ」

「何を……言って?」

「とことんまで向き合いましょう♪ ……約束通り、私があなたを救います」


 俺の答えを、耳を揺らして楽しそうに待つ、お姫サマ。


「……というか、お姫サマ。もう元気じゃありませんか?」

「こほこほこほっ……うぅぅ。辛いですぅ♪ 助けてください♪ 私のハジメさま♪ こほこほこほっ」

「……」


 わざとらしい咳。

 絶対に演技だ。

 もう付き合う必要はない。

 ならばさっきの元の話に戻させてもらう。

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