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十二話 『いっけーーっ!』

 アレだけ心強かったオクレ先生が吹き飛ばされてしまった。

 ニフネくんの上位版だから命がどうこうなることはないだろう。

 しかし、残された俺は、猛吹雪に裸で晒されるような極寒を感じる。


 ……これは本気でヤバい。


「いやぁっ! いやぁっぁあああああああああああああああああ――っ!」


 しかも、お姫サマが起こす烈風はとどまることを知らずに更に威力を増していく……。


「あの馬鹿エルフッ!」

「ハジメにゃん……やっぱり姫にゃん助けるにゃっ?」

「……」


 俺が腰を上げるのを敏感に感じ取ったコネコちゃんが聞いてくる。

 助けに行くのかって?

 

「助けになんかいかねぇーよ! 俺は普通の高校生だ」

「にゃらっ」


 でもだ、最初、ニフネくんを吹き飛ばしたのは何かの間違いだと思ったが、さっきオクレ先生を吹き飛ばしたのは、明らかにエルフの拒絶反応。

 だとするならば、あのお姫サマは、


「全然……克服出来てねぇじゃねぇか」


 この一ヶ月、苦手な人間のなかでずっと耐えていたと言うことだ。

 よく思い出せば、俺と居たときは何時も肩を付けて来ていたのに、ニフネくんと肩を付けているのは見たことがない。


「この暴走……」

 

 お姫サマの自業自得かと思った。

 他人のせいだと思った。

 だが、お姫サマを追い込んだのは……唯一の安らぎを奪ったのは……


「……俺のせいだ」


 お姫サマから逃げようとした、俺の責任だ。

 種族の未来と二つの世界の平和のために、文字通り死ぬほど自分を追い詰めて、頑張っていたお姫サマを、俺は自分のことしか考えず距離を置いた。

 そう、何からも逃げていた卑怯者の俺のせい……俺のせいなのだ。


「なら。なら、話は違う」


 冒険譚の主人公みたいな勇者、御影くんや、超人のニフネくんや、英雄のオクレ先生でも失敗した。

 俺みたいな普通の人間がでしゃばってもいいことなんてない。

 でも、お姫サマだって普通だった筈なのだ。


 初めての自己紹介で緊張し、

 種族の壁に苦しみ、

 異世界の勉強に悪戦し、

 食べ物だって合わない。


 それでも頑張った少女を俺は追い込んだ。

 逃げて逃げて追い込んだ……。


「ふさげるなッ!」

「にゃッ!」


 机から身を乗りだし、烈風の嵐の中を進む。

 目的地までの距離は十メートル。

 だが、風圧で足が異様に重い。


 こんな中を、ニフネくんやオクレ先生は、すいすい歩いていたのだから凄すぎる。

 いや、机や椅子がもっと舞っていたのだから、劣悪か。

 それはオクレ先生のお陰で殆どなくなったが、


 ――ザクッ!


「ぐぅっ!」


 小さいガラスの破片は、残っている。

 その破片が俺の右腕を切り裂いた。


 ――ザクッ! ザクッ! ザクッ!


 続けて、右脇腹、左肩、右頬。


「がぁぁぁっ!」

「「「ハジメ君っ!」」」

「辞めてっ!」

「こんなの……ないよぉ」

「戻れっ! 戻るんだっ!」

「ハジメくんが頑張っても無意味だろ……」

 

 さっき、御影くんをダサいとか蔑んだが、画鋲で指した時の比ではない痛みだ。

 いますぐ、駆け戻って悶え回りたい。


 ……皆の声だって聞こえてる。

 それが出来るならしただろう。

 だが、俺の位置ではもう戻ることすら出来はしない。


 ……痛いほど分かってる。

 でも、無意味だからって、痛いからって、


「……っこんちきっショーーっ!」


 お姫サマを、追い詰めた俺だけは辞められない。

 ……お姫サマに言いたい事がある!


「おおおっ! 耐えた」

「ハジメ……くん」

「もう……わけわかんねぇっ!」

「ああ、でも、そこまで男、見せたなら――」

「「「いっけーーっ!」」」


 進む。進む。

 身を切り裂かれながら、えぐりながら、ガラスの破片を身体で受け止めながら。

 赤い血潮を撒き散らしながら……

 竜巻と烈風とガラスの刃の中を進んでいく。


 皆の声援に変わった声が、また見えない壁で退路を塞ぎ、背中を押してくる。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……っ」

「いやぁぁあああああああああああああああああ~~っ!」


 痛みは最早、気にする段階を越えた。

 今は何も感じない。だが……。


 痛みは、無視出来るが……恐怖だけは、拭えない。

 死ぬ……死ぬ……死ぬ……死ぬ……死ぬ。


 それでも俺は、足を進めた。

 俺の罪悪感が、皆の見えない声の壁が、俺にそうさせる。


 ……こんな、くそ格好悪い理由で、俺は恐怖に立ち向かう。

 罪悪感と責任感。

 やっぱり俺は、勇者にも、英雄にも、なれないだろう。

 でも、たどり着いた。


「いやぁ……いやぁ……いやぁ……っ!」

「お姫サマ……何がそんなに嫌なんですか?」

「見ないでぇ……来ないでぇ……さわらないでぇ……人間が私に……いやぁぁぁっ! 助けてぇ……助けてよぉ……助けてぇぇ」


 そして、俺は知っている。

 目の前で泣き叫び、苦しむ魔法の国のお姫さまには……


「お姫さまを助けて護る勇者は、貴女に必要ないだろう」

「……っ!」


 俺が物語の勇者に、主人公になる必要なんてない。

 だってお姫サマは、俺が知る誰よりも強いから。

 だから、これだけは伝えるんだ!


「自分で立てっ! バカエロフっ! こうなったのはお前せいだ! ふざけんなよ……」

「……っぁぁぁぁ」


 俺はこれだけは、言いたかったのだ。


「勝手に俺の責任にしてんじゃねぇええええっ!」

「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアア――っ!」

「「「……」」」


 物語なら、ここでハッピーエンドで良いと思うのだが……

 何故か皆の声援が止まり、お姫サマが更に烈風を巻き上げて、バチィンと俺まで拒絶して、風に紛れて、


 ……あはっ。卑怯者だね♪

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 知ったこっちゃねぇ!

 俺は俺に出来ることを、言えることをいうだけだ。


 俺にお姫サマをかっこよく救える勇者にはなれないのだから、 

 普通の高校生に出来ることしか出来ないのだから、

 俺は俺のしたい事をして、言いたいことを言うのだ。


 そこにお姫サマへ救済や思いやりなどありはしないない!

 ……それが普通の人間だろ? コネコちゃん。


「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアア――っ!」

「ぐぅっ!」


 拒絶反射……

 ニフネくんとオクレ先生を弾き返した電撃が、俺の身体も襲っている。

 だが、まだ、吹き飛ばされるほどじゃない。


「助けて……か、なるほど、拒絶してても助けて欲しいか! お姫サマっ!」

「来ないでぇええええええええええええええっ!」


 バチィン。バチィン。バチィン。と、お姫サマに伸ばした手に電流が走る。

 肉が焼かれて……痛いっ!


「知った事か! 俺がどれだけ拒絶しても、お姫サマは寄ってきたじゃねぇーか!」


 弾けて、焼かれて、爪が割れ、指先が割れ、溢れた血も弾かれる。

 痛いっ! 痛いっ! 痛いっ!


 だが、それでも俺は指先を電撃の奥へと押し込んだ。


「そんなに助けて欲しきゃ、助けてやるから! 俺くらいは受け入れろ!」

「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああああああああああ~~っ!」


 拒絶は強くなる一方だが、構わず指を近づけていく。

 ……この血を飲ませれば、暴走は止まるのか?

 もう、そうはならない気がするが、他に方法も思いつかない。

 だから、これをやるしかない。


「そんで、さっさと俺を助けくれっ! エルティアッ!」

「ーーっ!」


 その時。

 お姫サマの身体が、ピクンと小さく跳ね上がり、瞳孔が開ききっていた瞳に力が戻った。

 そして、何時ものように俺を見て、優しく上品に微笑む。


「た、たすけ……ま……す」

「……っ!」


 瞬間、電撃と烈風が消え去り、血まみれの俺に手を伸ばした。

 ……だが、それはマナの暴走がおさまった訳ではない、これは嵐の海で起こった一瞬の凪。

 

 俺の助けを求める声を聞き付けて、無意識のうちに意識を引きずりあげたのだろう。

 自分の方が死にかけてると言うのにだ。


「ばか……お姫サマ。どんだけ……お人よしなんですか……」

「……ふふ。私の名前……呼んでくれたの……ハジメさまが初めてです。覚えててくれたのですね。嬉しいです」

「黙れ、エロフ。そんで……マジ、そろそろ限界だから……助けて……ください」

「……はい。おおせのままに」


 しかし、その一瞬でお姫サマの手と俺の手は繋がった……。

 

 そして、俺の視界は暗闇に包まれる。

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