聖女の過去
大変長らくお待たせしました。
「ねぇお母さん! 何してるの!?」
私は探究心に尽きない子どもだったと母は言う。
「ご飯を作っているのよ」
「そうじゃなくて! お母さんの手からぶわぁってやつ!」
「これは魔法よ」
「魔法!? それって私もできる!?」
「もちろんよ。ほら、自分の手を胸に当ててみて」
「……あっ! このモヤモヤしたものが魔法!?」
「いいえ、それは魔法ではなくて魔力、というものなのよ」
「……魔力?」
「そうよ。それが魔法を生み出す力よ」
自身の中に備わっている魔力を使って、魔法陣を作ったり、自分だけの魔法を行使する。
「お母さんの魔法はどういうものなの?」
「私の魔法はちょっと変わっていてね。これよ」
そう言って母が私に見せたのは、指先から出るほんの少しの灯火だった。けれど、それはなぜか白かった。
「【小炎】?」
「ううん、これはね。【聖火】というのよ」
「【灯火】?」
「似てはいるけどちょっと違うの。私の場合は火属性ではなくて、聖属性の強い火なの」
「……よくわかんない」
「大丈夫。魔力の問題で、結局のところ【灯火】と変わらないから」
「う~ん……?」
魔力の強いものが使えば、ものを燃やすだけではなく、人の傷を癒やすこともできる異質な固有魔法で、私の母の魔力は普通よりもむしろ少ないくらいだった。
だからそのときは、結局同じなんだと子どもながらに結論付けた。
そういう日々を過ごしてるときだった。
いつもより早い時間に目を覚ましたことがあった。
何かいいことが起きそうな予感を感じているところに、母が居間でうずくまっているところを見た。
慌てて母に駆け寄った私が焦った声をかけると、母はむしろこちらを不思議そうに覗き込んで。
「あら、今日は早いのね」
「……あれ?」
戸惑う私に母は「あぁ」と頷くと、自分の指を絡み合わせて握りしめた。
「これはお祈りよ」
「……お祈り?」
「そう。神様に祈ってるの」
これが私の原点だ。
母から神様の存在を教えてもらった私は、このときから神様に祈りを捧げるようになった。
と言っても、まだ子どもだった私はお祈りをお願いと勘違いして、恥ずかしい祈りを捧げていたのですが。
そんな私の言葉を母は優しい微笑みでいつも受け止めてくれた。……ずっと受け止めてくれるものだと思っていた。
「……お母さん」
その母がそれからたった一年という時間で還らぬ人になった。
後で聞いたことだが、母は生まれながらに病弱な体だったらしい。
長くても大人になれるかなれないかのギリギリ。子どもを産むなんて、そんな時間も体力もないはずだった。
私を産んでくれたことが奇跡。私を産んだことが奇跡だったのだ。ましてや、私と母と話すなんて奇跡以上のことだった。
☆★☆
それから長い時間を経て、私はフローリア学園に入学した。
フローリア学園は私の母も祈りを捧げていた神様を崇める場所だ。
そこでも私は、恥ずかしながら【聖女】と呼ばれていた。
私の固有魔法が人を癒やすものであり、なおかつ私は平民出身でありながら誰よりも魔力に恵まれていたからだ。
ノイワール学園の【賢者】ケイラと、フローリア学園の【聖女】シュリ。
このとき、ことあるごとにケイラさんと比べられていた。
どちらがより優れているか。そんなもの、私もケイラさんも興味すらなかったのに。それでも、人が二人揃うだけで、第三者は勝手に人を比較した、
ケイラさんが論文を出したという噂が入っただけで、私も何か論文を出せといわれた。
ケイラさんが学校別対抗戦に出るという話が上がったら、その日のうちに勝手に出場を決められた。
ただ、私とケイラさんの決定的な違いは、人に物怖じせず発言できるかどうかだ。
だから、ケイラさんは対抗戦に出ることは一度もなかったが、私は毎年参加させられる羽目になった。
その度、私は勝手に不戦勝扱いをされて。
それは、ケイラさんが退学されるまで続いて、ようやくそれから解放されたと思ったら。
「シュリさん! こちらを見てください!」
とある女子生徒がそう言って渡してきたのは、早朝配られたばかりの新聞の記事だった。
フローリア学園では毎朝、教会関係の記事が書かれた新聞を配布していた。現在の信徒の数、どこかの教会の神父の善行、誰がどうなったのか、とか。
別にそれが悪いことだとはまったくもって思わないのだが、どこか自分達を正当化したいのだと私は解釈していた。
そういったことばかり書かれている新聞であるのだが、その日の記事はいつもと違っていた。
表紙に大きく一人の女性の写真が貼ってあったのだ。
化粧を施しているわけでもないのに、ぱっちりとした目と、スラリとした鼻筋、その容姿は間違いなく美人と呼ばれる人だった。にもかかわらず「綺麗」という言葉から程遠いような印象を受けたのは、その背景と女性の笑う表情から見える犬歯からだろう。
新聞だから、黒と白しか使われていない写真であるにもかかわらず、全体に散りばめられたような黒い汚れのようなものは、「正しさ」や「清い」という言葉からかけ離れたものであるのは誰の目にも明らかだった。
その中心にいる女性の笑みは、どう見ても「悪」という言葉の方がふさわしかった。
「……この人は?」
「ダグマルス=レーナです。知りませんか?」
「レーナというのは、まさかあの?」
「はい、そうなんです!」
その名前には聞き覚えがあったが、その姿を見たのはその写真が初めてだった。
次代の聖女候補の一人。
いろいろと噂は聞いていた。
なんでも、聖女候補に選ばれながら戦闘狂であり、自ら戦地に積極的に赴いては事件を解決すると同時に、また新たな事件を起こす変わり者。
これまでの聖女というのは回復魔法を得意とした人達が選ばれており、今代の聖女候補も彼女以外は皆、そういった魔法を固有魔法としている者だった。しかし、歴史上初めて彼女だけがそれからはずれ、彼女は戦闘を得意とする固有魔法を手にしていた。
もちろん、彼女も回復魔法が使えないわけではなく、むしろ固有魔法ではなく、一般魔法の回復に関しては、誰よりも優れていた。
これは私の仮説だが、戦闘を解くに経験しているレーナさんにとって、傷というのは日常茶飯事のもの。だからこそ、誰よりも傷のことを身をもって理解し、その知識を回復魔法に活かしているのではないだろうか。
話は逸れたが、新聞を持ってきた女子生徒はそんなレーなさんを指差し。
「こんな人が聖女候補だなんてっ、信じられません!」
「そ、そうかなぁ……」
「そうです! こんな人なんかより、シュリ様が聖女になるべきです! そうは思いませんか!?」
「え、え~っと……」
それを私に言われても、当時の私が次の聖女を選ぶ権利などあるわけがない。
そもそも聖女というのは、いくつかの条件をクリアしていなければなれないのだ。
誰よりも魔力に恵まれていること。
誰よりも慈悲の心をもっていること。
誰よりも愛を持って人に尽くせること。
そして、誰よりも厚く神を信仰されていること。
他にもさまざまな条件があって、それらをクリアした者だけが、聖女候補として教会から選ばれる。
現段階で一番聖女に近い人物がレーナさんだった。戦闘に対する意識はともかく、そういった条件のなかではレーナさんがもっとも当てはまっていたのだ。
特に、彼女は神様に対する信仰心・忠誠心がすごかった。
毎日の祈りは誰よりも早くに来て、誰よりも長い時間祈りを捧げていた。戦地を除けば、誰よりも教会の中にいて、神様との対話を試みたりなど。いきすぎた話ではあるが、とある街で神の存在を疑った初対面の人に対して、二時間ほど正座させて説教という布教したなんて話もある。そうして教えを説かれた人の中に、どこかで奇跡を起こした、なんて逸話があるほど。
そういった良くも悪くもインパクトのある話を生み出す人としてレーナさんは有名だった。
「わ、私は、一度会ってみて話をしたいです」
「えぇ!? ダメですよ!?」
その後も、何度も女子生徒に、だけにかかわらずいろんな人からも止められたのだが、その日は思ったよりも早くに訪れるのだった。
☆★☆
それは学園を卒業してから一年ほど経ったときだった。
教会内で史上稀に見る大騒動が起きたのだ。歴史の教科書にも残る大事件であり、教会も隠すに隠せなかったあまりにも大きな一件である。
結論を言ってしまえば内紛である。
しかし、その首謀者らがすさまじかった。
今代の元聖女候補ら九名。それはレーナさん以外の聖女候補たちだった。
私が学園を卒業するほんの少し前にレーナさんが聖女になったという発表が教会から出された。
その発表に最も異を唱えていたのが他の聖女候補達だった。他の誰が聖女になろうが異論はない。けど、それはレーナさんを除いての話。当時の時点で、【戦闘狂】【堕天使】【地獄の門番】なんて呼ばれていたレーナさんだけは聖女になってはいけない、と全員が口を揃えたのだ。
しかし、教会はそれを意に介さなかった。……いや、意に介せるはずがなかった。
聖女になるための条件、すなわち教会のルールというのは、創始者である大司教様が作ったものだが、それは神様からの贈り物だと言われている。
つまり、協会のルールを実際に設置したのは初代大司教様でも、実際のところは神様が作り上げた守らなければいけないルール。それに反するというのは、教会として決して犯してはならない罪なのだ。
教会の上の身分であればあるほど、そのルールには絶対的に従わなければならない。
それに従えるようにならなければ、聖女になるのは当然不可能というもの。やはり君たちには聖女になる資格などなかった。なんて、教会はあろうことか、元聖女候補らの売り言葉に対して買い言葉を返してしまったおかげで、内紛はますます大きくなっていった。
そういった内乱の中で、私は教会側、つまりレーナさん側についた。
そのときだった。レーナさんと初めて会ったのは。直接言葉を交わしたのは。




