とりあえず二対一は絶望的じゃない?
二対一を迫られた俺は命の危機を感じていた。
「ッ……」
右から迫る一閃に剣を合わせると、ハンマーで殴られたような衝撃が走る。
その衝撃に顔を顰めると、視界の左にさらにきらめくもう一筋の光。
それが何かとは判断する間もなく腰を落とすと、風を切る音が頭の方から聞こえてくる。
力任せに振り払う剣と、滑らかな軌道を描く剣筋。
互いに相反する流派の剣技が俺を追い詰める。
(……だがっ)
これで終わりだったらまだよかった。
「カカカカッ!」
背後から聞こえた声に、すぐさま手のひらを後方へ向けて、最速の詠唱を行う。
「弾なき弾丸!」
出が早く、なおかつ多少の威力が見込める魔法を放つと、後ろを取ったソイツは最小の動きで魔法弾を躱した。
しかし、それでも多少の時間ができたのには変わりはない。
自身の身体を360度回転させて剣を振ると、前後の敵は俺から距離を取った。
その間に俺も二体を視界に収めるように横へと飛ぶ。
「はぁ、はぁ……」
「「カカカカカカッ!」」
息が上がり、肩で呼吸するのがやっとの俺を嘲笑うように二つの骨が森に響く。
背中には、濡れた衣服の独特な感触がするが、決してこれは汗だけではない。今は見ることはできないが、俺の衣服の背中部分には赤い染みもいくつかあることだろう。
(くっそ……)
初手の不意打ちにはさすがに対応できなかった。
まさか常に個体で動くサーベルデッドナイトが、チームでの動き方を知っているとは思わなかった。
おそらくこれまで戦ってきた冒険者の中に、そういったことをしてきた人らがいたのだろう。それを学習し、最も効果的な場面で使ってきた。
幸い、それになんとか反応したことで傷は浅いが、こういった嫌な感覚、感触というのはここぞというときに判断を鈍らせることが稀にある。
これを狙っていた、とまではさすがに思いたくはないが、どちらにせよ今の俺にはこの背中の傷があまりにも不愉快極まりない。
「一体相手にするのも面倒くさい相手だっていうのになんだって二体を相手にしなきゃいけないんだよ……」
ぼやいたところでなんの意味もないことはわかってはいるが、それでもぼやかずにはいられなかった。
(こんなことならテッドを残しておくべきだったか?)
だがしかし、そんなことをしたら俺達が【神の心臓】だというのがバレてしまう。
なるべくしてこのような結果になってしまったんだろうが、やはり俺がこんな目に遭うのは間違っていると思う。
「勘弁してくれよ、ホントに」
剣が滑らないようにしっかりと握りを掴むと、二体のサーベルデッドナイトが左右に分かれるように飛んだ。
腕が四本ある人型の方は、動きは速くないがさまざまな剣技を用いた動きをしてくる。どの攻撃も確実に俺を仕留めるための致命傷を負わせる威力を持っている。
足が四本ある蜘蛛のような個体は、威力は人型よりも高くないものの、四本の足を使ってアクロバティックな動きをする。それに加えて、地面を這うような身体と動きは見失いやすく、移動の速度も速いのでこちらも野放しにはしておけない。
それに、今の評価はどちらも互いを比べたときの相対評価であって、人型の方も決して遅くはないし、蜘蛛の個体も不意を突かれたら死に至る攻撃をする。
要は、どちらも個体で戦っていたとしても手強い相手ということだ。
「今度はこっちだ!」
俺は左に飛んだ人型の方との距離を詰めた。
なるべく蜘蛛の個体を見失わないように心がけるが、大事なのは音を聞くこと。森の雑草を踏む音や走り回る骨の音。
人型と剣を交合わせながら、音を探り蜘蛛型の位置を特定する。
筋力を用いた剣技や、空気を滑るかのような静かな殺意のある剣、敵を突くサーベルのような使い方もすれば、カウンターにカウンターを重ねるための返しの構えもする。
アイツらと肩を並べる気はなくても、俺はいろいろな流派を学んだ。だからこそわかる。この人型の行動一つ一つに高いクオリティを感じる。
魔物だからこそできる芸当だが、魔物とは思えないほどの完成度。
言うなれば一度に何人もの剣の達人を相手にしているような感覚だ。
「っ……」
まるで隙がないのに、聴覚は他のものに意識を割かねばならない。
そういった応酬の中、背後の茂みから何かが飛び出した音がした。
「あぁもう!」
前から後ろからと、鬱陶しい! そうイラつきながら首を回す。
「……は?」
俺の背後には蜘蛛型はいなかった。あるのは地面に突き刺さった剣が一本。
なん……?
一瞬の思考停止の中でそれに反応できたのは奇跡と言っていい。
正面下から迫る刀身に反射した一瞬の光が俺の左腕を切断しようとしていた。
「っ!?」
間一髪、左半身を引くことで俺の左腕が飛ぶことはなかった。
シュッ。
しかし、人型が自身の剣をそのまま上へと放り投げた。
この場面で滑った? いや、魔物が汗を掻くわけ――っ!?
理解が追いつかないまま、剣の軌道を追うと俺は目を疑った。
上へと投げられた剣は、いつの間にか真上から落下していた蜘蛛の個体へと渡され、蜘蛛型は両手でその剣が握り俺の頭をかち割ろうとしていた。
「ふっざ……!」
半身を引いてしまったことで、俺が使えるのは右半身のみ。不安定な重心の中、真上から全体重を乗せられた剣など当然防げるわけがない。
しかも、目の前の人型は三連撃目の準備をしている。上の追撃をなんとかしたとしても、次の追撃には絶対に追いつかない。
「プロッ……テクトォォォォ!!」
必死に考えついた苦肉の策だった。
自身に防御魔法を張り、【置換】によって剣を入れ替える。
防御が間に合わないのなら、回避しかない。
俺が入れ替えるもの、それは……。
「「カカッ!?」」
「手榴弾だよ、この野郎っ」
本来はこんな使い方をするものではない。そもそも、これは一回きりのもので入れ替えができる【置換】とは相性が悪い。今回はサーベルデッドナイトということもあり、単発で威力の高いものであり、牽制にも、一撃必殺にも使えるものとしてたまたま設定していただけ。
この至近距離で爆発したら、いくら防御魔法を張っていたとしてもただじゃ済まされない。
「どのみち死ぬなら賭けるしかねぇだろ!」
俺の叫びに呼応するように俺達の中心で大きな爆発が起きた。
「がっ……!!」
全身をプレスされるような圧迫感に、呼吸すらままならない。熱いのか寒いのか、痛いのか痛くないのかもよくわからない。ただただ苦しいという感覚だけが俺を襲う。
……。
たぶん、一瞬気を失っていたのだろう。
気付けば俺は木に背中をもたれ掛かっていた。
生きていたのだ。あの爆発に、俺は耐えきったのだ。
だが喜んでいられる場合でもなかった。
「うっそだろ……」
あの爆発だぞ? 俺とは違って防御魔法すらかけていなかったはずだ。
それなのに……なぜ。
「「ガガガガガガガガッ!!」」
二体のサーベルデッドナイトが俺に怒りを顕わにしてそこにいた。
無論、無傷ではない。しかし、瀕死でもない。
あれほどの爆発を前に、俺に怒れるほどの元気をまだ持ち合わせているというのか。
「普通、じゃねぇ……」
先ほどの連携も然り、あの動きは確実にあの個体独特の連携だった。
自身らの身体や長所を理解した上での動きとその習熟度は異常を超した異常だ。
それは、あのバカどもを思い浮かばせるほどだ。
「ぶふっ……。くそ、たれ……」
文字通り血反吐を吐きながらゆっくりと立ち上がる。
足も腕もぶるぶる震えているが、まだ立ち上がれる以上、ここで黙って終わるわけにもいかなかった。
そんなときだった。
「ドリューさん!!」
「キ、キョウ?」
俺の背後から走ってきたキキョウは、今にも倒れそうな俺の背中にそっと手を添えて支えてくれた。
「爆発があってきてみれば大丈夫ですか!?」
「テ……メルシャは?」
「森の入り口に避難させました。私はあなたを助けに来ました!」
「そう、か」
安心もしたが、落胆もあった。
テッドがいれば、コイツらを一瞬に片付けてくれただろう、と。
「コイツら……普通じゃねぇ」
「……そのようですね」
「アンタも逃げた方がいい」
「何言っているんですか!? 私があなたを守らないといけない立場でしょう!?」
「あ……」
そういえば俺はBランクっていう設定だったな、と思い出す。
「しかし、私の身を案じてくれたのはありがとうございます。私に兄妹はいませんが、兄がいればあなたみたいなんだと思います」
「いや、アンタ俺より年上じゃねぇの?」
「た、例えの話です!」
こんな状況だが、笑うとなぜだが活力が湧いてくる。心なしか、体力も回復したような気分だ。
「それじゃ、少し頼みがある」
「な、なんですか?」
「片方を相手にしてほしい」
「ま、まさかその身体でまだ戦うつもりですか!?」
そのまさかだよ。
「二対一でチクチクいじめられて、俺もちょっとイラついてんだよ。片方だけでも倒さねぇとこの怒りをどこにぶつけたらいいかわかんねぇ」
「えぇ……?」
戸惑うキキョウに悪いが、そんなのものは詭弁だ。
この敵はおそらくキキョウだけでは勝てない。コイツらの厄介なところはその連携度。二対一では俺達に勝ち目はない。
逆にいえば、一対一なら勝てるかもしれない。
そう分析したのだ。
「あの蜘蛛型を俺がやる。あっちの人型をなんとかできねぇか?」
「……わかりました」
「不服そうな顔しないでくれ……」
「し、してませんよ」
と言うものの、その顔はどこか不満げに見えるのは俺の気のせいか?
「人型の方はありとあらゆる剣の流派を習熟している。気を付けろ」
「わかりました。蜘蛛の方は大丈夫ですか?」
「アッチも厄介だが、人型よりはマシだ」
「……死なないでくださいね」
「そっちこそ」
俺がそう言うと、キキョウは俺に片手を差し出した。
「約束です。あなたの身は私が預かります。だから死なないでください」
「……それは逆に俺が殺されそうなんだけど。あと身じゃなくて命ね」
「い、いいでしょう!?」
顔を真っ赤にするキキョウの手を、俺も握った。
「つうかなんで握手?」
「そういう文化なんです」
「へぇ……」
変わった文化だな、と思いつつも改めて俺の敵に視線を定める。
先ほど視線誘導に使った剣を回収したようだ。俺も剣を【置換】させる。
「さて、と」
どれだけ動けるようになったとはいえど、俺の身体が限界なのは変わりない。
一撃でももらえば、俺は立ち上がれないかもしれない。
つまりここからはボロボロの身体で、ノーダメで勝てってことになるが。
「慣れた自分が嫌になる」
アイツらの冒険に付き合ってると、俺よりも格上の敵ばっかりだ。
一撃でももらったら死ぬなんて、こういってはなんだが日常茶飯事だ。
「そっちは任せたぞ、キキョウ」
「はい!」
俺は移動すると、蜘蛛の個体が動き、人型もそれに合わせて動く。しかし、その人型の動きを阻害するようにキキョウが間に入る。
蜘蛛型がキキョウにねらいを変えようとしたところで、俺が蜘蛛型のヘイトを買うように剣を振るう。
これで一対一の構造ができた。
「始めようか、害獣駆除」
そのときふと思った。
……そういやテッドのやつ何してんだ?




