とりあえず逃げるしかなくない?
かなりお待たせしました……。
この話は実は昨年10月に完成していたのですが、これ以降の話がなかなか書けず……
今もいろいろ悩んでますけど
さながら風のようだった。
次々に目に見える木々にぶつからないように、俺とテッド、そして先日出会ったばかりのキキョウで、森の中を走り抜ける。
そのすぐ後ろで、決して細くはない木々が倒れる音や振動を感じながら、俺達は互いに叫び合っていた。
「いつまで追ってくるんだよ!?」
「わ、わかりません!」
演技も忘れて叫ぶ俺にキキョウが丁寧にそう返答する中、隣で笑みをこぼすバカが一人。
「ダーリン! どうする、どうする!?」
「おんまっ……! 知るかっ!」
余計な仕事を増やすんじゃねぇ!
と、テッドへの怒りを抑えながら、後ろから迫り来る奴らを覗く。だがしかし、依然その脅威は変わらない。
倒れた木々を見ると、やすりできれいに整えたかのような断面がある。
その事実に恐怖を覚えていると、俺の耳に僅かに音が入り込んだ。
ガサガサッ。
「右から来るぞっ!」
「は、はいっ!」
いつの間に追いつかれたのか、右から飛び出してきたソイツに、剣を合わせると鉄同士がぶつかる音が森の中に響き渡る。
「……っくそ」
奇襲ということもあり、体勢が不十分だった俺は、ソイツに押されるように地面へと転がった。
「ダーリン!?」
「行け!」
「でも!」
「うるせぇ、早く!」
なりふり構っていられなかった。
俺達の背後から迫ってきていた片割れが地面に転がった俺を捉えたのだ。
身体を縮め、足をバネのように弾くことで、俺の上の取るソイツを蹴り飛ばすと、両腕の力だけで後方に飛び退いた。
俺のすぐ後ろに木がなくて助かった。
自身がつけた勢いを抑えられず、二メートルほど離れた木に背中をぶつけたが、俺がもといた場所には鋼色に輝く剣が突き刺さっていた。
「あっぶねぇ……」
攻撃を躱されたはずの彼らは、ケラケラと俺を笑った。
まるで逃げ回る小動物を弄ぶ狩人だ。
「……つうか、聞いてねぇっつうの」
背中に痛みを感じながらも立ち上がった俺は剣を構えた。
なんでこんなことに、とまでは思わない。
冒険者として活動していれば少しぐらいの想定外は想定内だ。ましてや日頃から予想外の奴らに引っ張り回されている俺からしてみれば、想定外なんて日常だ。
――だけども。いや、だからこそ言わせてほしい。
俺は目の前の敵に剣先を向けると、覚悟を決めた。
この事件が解決したら絶対に冒険者なんてやめてやる!!
★☆★
ことの経緯は数時間前に溯る。
俺とテッド、そしてキキョウは当初の予定通りサーベルナイトデッドの討伐のためにとある森へと向かっていた。
改めてキキョウに見せてもらった依頼書によると、今回の討伐対象である魔物は森の中で突如発見されたとのこと。
通常、魔物それぞれに生息地というものがある。
朝に活動する虫がいれば、夜になって活動する虫がいるのと同様に、その環境に適した魔物がその地域に生息する。
しかし、サーベルナイトデッドだけはそれには当てはまらない。他の魔物と違い、生息地というものが決まっておらず、どの地方、どの時間でも神出鬼没に発生する魔物だ。
決してこれは、瞬間移動するということではなく、気付けばそこで生まれている、という意味での発生だ。
そして、サーベルナイトデッドには敵や味方という概念がない。どうやら自分以外の存在はすべて敵という認識らしい。
それゆえ、俺達冒険者はもちろん、別個体の魔物、挙げ句の果てには同じサーベルナイトデッド同士で殺し合っていた、なんて話もあるくらいで、決して群れなどで行動することはない。
ありとあらゆる生物に喧嘩を売るサーベルナイトデッドだからこそ、ときに他の魔物に倒されることもあるらしい。
そうした環境の中で生き続けているサーベルナイトデッドは、経験値が豊富で長く生き残っている個体ほど恐ろしいものはない。
要は、長く生存しているサーベルナイトデッドほど強く、そうでなくとも、決して油断なんてしてはならないということだ。
「とは言っても、今回のサーベルナイトデッドはそれには少し当てはまらないね」
行きの馬車でテッドがそう言うと、キキョウも頷いた。
「さ、最初にこの魔物を発見した冒険者さん達が……そ、その……」
「私も調べたんだけど、その冒険者さん達、私とダーリンと同じBランクの人なんだって。調べたところによると結構実力派らしくて。そんな人達がサーベルデッドナイトの経験値にされちゃったんだから困っちゃうね~」
遠慮がちに言い淀むキキョウの言葉をテッドが遠慮なく引き継いだ。
「弱ければ経験値を稼がれることもなく、話を聞いた次の冒険者がちゃんと討伐できたと思うけど」
もともとBランク程度の強さを持っていたサーベルナイトデッドは、実力のあるBランクを経験値にしたことで、次に発見されたときにはBランク以上のAランク、報告以上の強さを身に付けてしまっていた。
ギルドもさっさと圧倒的な強さを持つAランク冒険者に依頼を回せば良かったものを、ギリギリ勝てるだろうBに近いAランクの冒険者に依頼を要請してしまった。
それが募りに募った結果が今に至る。
闘技場のように次の冒険者、また次の冒険者を送り出しては返り討ちに遭い、気付けばベテランのAランク冒険者ですら危うい状況へと追い込まれた。。
事態を甘く見ていたギルドと冒険者の失態だ。
そうした失態を隠蔽するため、こっそりと事件の解決にあたるように命令する。
それではこれまでと変わらないじゃないか、という意見を握りつぶし、そこで目をつけられたのが、Aランクの中でもとりわけ強く、また孤高の冒険者であったキキョウ。
本当は俺達【神の心臓】にあてる依頼だったらしいのだが、今の状況を見るに動けないと判断されたらしい。俺達の次に適正を示したのがキキョウだったわけだ。
そう聞くと、巡り巡って俺達が悪いのではないかと思ってしまうわけだが。
『そう考えてしまうのはリオンのいいところでもあるけど、同時に悪いところだね』
キキョウと合流する前、テッドがそう言った。
『今回の失態はほぼほぼギルドだよ。キキョウさんを出すならもっと早くに出すべきだったのに、お金をケチってなのか、それをしなかった。おかげで、こうしてキキョウさんは当初よりも厄介な相手を敵にしなくてはいけなくなった。僕達としてはむしろ責任転換されたみたいでいい迷惑だよ』
と、テッドは言っていたがそれでも俺は思ってしまう。
今回、ギルドが隠密に事件を解決させたかったのは、もちろん自分達の失態もあるだろうが、その他に、今の国を考えてのこともあったはずなのだ。
王様の孫娘が未だ目を覚まさない。そんな国の一大事に国民は不安と恐怖を感じている。
その混乱の中、他にも脅威が迫っているという話が世間に出回ってしまえば、それこそ手に負えない状況に陥る可能性が高かった。
そして、その混乱を引き起こしたのは……俺達だ。
『それは絶対に違う』
それに対して、テッドは真っ直ぐ俺の目を見て断言した。
『僕達が悪いんじゃない。問題を引き起こしたのは、僕達ではなく【罪の裁判官】だよ。あくまで僕達は被害者だよ』
有無を言わせない迫力に、たじろいでしまった俺はそれ以上何も言い返せなかった。
未だテッドの答えに腑に落ちないものの、数時間ほど馬車に揺られていると目的地である森へとたどり着いた。
「ここ……ですね」
「なんだか不気味だね、ダーリン」
「あ、あぁ……」
森の入り口に立っただけだが、森の中から伝わってくる不気味な空気感。
木々の葉が空から降り注ぐ光を遮断していることもそうだが、それ以外にも異様なほどに森の中から一切の音が聞こえてこない。
嵐の前の静けさ、という言葉が今より似合うことはそうないだろう。そう思わせるほどだった。
「こ、ここでグズグズしていても……だ、ダメですよね……っ」
意を決したように声を出したキキョウに、俺もテッドも頷いた。
「い、行くよ……!」
「そ、そうだな!」
緊張はたしかにしていたが、まぁ、何かあればテッドを頼ればなんとかなるだろう。
――そう考えていたあのときの俺を、思いっきり殴りたい。
★☆★
森の中を探して数分か、数十分。一時間も経たないうちに対象は早く見つかった。
……しかし。
「お、おい? ちょっと待てよ……」
発見と同時に、俺は自分の役柄も忘れて素で声が出た。
「えぇっと……」
「……わぉ♪」
キキョウも戸惑いを隠せずにいて、そんな彼女にバレないようにテッドは目を輝かせていた。
「さ、サーベルデッドナイトって人型、だよな?」
「そ、そうですね」
「一応、人の形だね」
「人の形……だが」
言い淀む俺の言葉をテッドが嬉しそうに引き継いだ。
「顔が二つに、腕が六本、足も……六本だね。多少の違いはそれくらい。人型といって間違いはないんじゃない?」
それを人型とは言わねぇよっ。
通常のサーベルナイトデッドは顔が一つに、腕が二本である。本当であれば見た目は人と変わらない。
……つまりこれは。
「特異異常個体ですね」
「……はぁ」
サーベルデッドナイトが発生しただけでも充分な異常事態だというのに、ここに来てさらに異常を重ねるのか。
もともとこうだったのか、経験値を稼いだ結果このような個体になったのかは定かではない。が、まず言えることは、これは俺達だけで片付けられる問題ではないということだ。
「一度返って報告しましょう。増援を呼ばないと――」
その瞬間、キキョウの動きが不自然に止まった。
俺とテッドが訝しげにキキョウを見ると、キキョウはただ一点を見つめており、心なしか冷や汗をかいているように見える。
キキョウの視線を追うと、その視線の先には顔があった。
二つの顔の片割れ、一つは正面を見ていたが、もう片方は背後にいた俺達をはっきりと捉えていたのだ。
「お、おい……?」
「マズい……かも?」
「は、はい……」
空間すべてが凍ったと思ったそのとき、一瞬にして身体の中の血が沸き上がるのを感じた。
「カカカカカカカッッッ!!」
不気味な笑い声をあげて、そのまま俺達に向かって走り出してきたのだ。
俺達は勘違いしていたのだ。
俺達は決して背後を取っていたわけではなかった。あの個体には背後というものが存在しないのだ。
どちらも正面であり、振り返る必要もない。あの個体に死角など端から存在しなかったのだ。
しかも。
「嘘だろっ!?」
「速い!?」
本気のテッドには到底及ばないが、俺の走る速さはそこそこ速い。そして、キキョウも俺と同じくらい速かった。
にもかかわらず、俺達の距離が縮まっていたのだ。それも、かなりの速度で。
「マズいよ! このままだと追いつかれる!」
「わかってる!」
「……っ! ちょっと待って、ダーリン!」
「待てるか!」
「違う、そうじゃないの!」
「何が!?」
「アレ見てよ!」
テッドに言われるがまま後ろに顔を向けると、俺は目を疑った。
「分裂してるんだけど!」
「なんだよ、それ!?」
それぞれ六本あったはずの腕と足、そして顔が二つに分かれて、片方は腕が四本ある化け物に、もう片方は足が四本ある化け物へと姿を変えた。
そして足が四本ある化け物はまるで蜘蛛のように地面を這いずり、その速度は片方よりもさらに速い。
「どうしよう、ダーリン!?」
「知らねぇよ! とにかく逃げろ!」
……
★☆★
これがことの顛末である。




