とりあえずオールラウンダーの俺、らしくなくない?
膝から崩れ落ちるようにフェリアはしゃがみ込むと懸命に何かを振り払うかのように自身の頭を振った。
「フェリア!」
周りに騎士達がいるにもかかわらず呼び捨てにしまった俺を、フェリアはチラリと助けを求めるように見る。……しかし。
「ぃ……!」
「フェリア?」
それすら否定するように激しく首を横に振ったフェリアは、誰よりも近くにいる俺ではなく周りの騎士らに助けを求める。
だが、なぜだか騎士達も困惑した様子でフェリアを見守るだけで、そこから一歩も動かない。
ふざけんな。お前ら、何やってんだよ!?
そう叫びそうになった口を押さえる。
誰よりも近くにいながら何もできない俺はなんだ。それは、俺が真っ先に言われなきゃいけないことだろ。
「っ……」
ふと、フェリアの動きが止まった。
その視線の先にいるのは……。
「ト……さ、ま……!」
「トーカ?」
微かなフェリアの吐息のような声が吐き出されると同時に、遠くで俺達を見ていたトーカが動いた。
気付けば俺のすぐ横、フェリアの前に立っていた。
「なっ」
俺の身体はその速度に追いつけず、追いついたのは俺の目だけだった。
「……ごめん」
悲しげに呟いたトーカを止める間もなく、トーカは頑丈に作られた拳をフェリアの腹へとのめり込ませていた。
「っ……ぃ」
フェリアが最後に何かを呟いたような気がしたが、それについて尋ねる前にフェリアはトーカの腕に身体を預けるような形で気を失っていた。
「お、おい?」
ただ呆然と立つことしかできない俺に、トーカがぼそりと言った。
「リオンは……弱いね」
「っ……」
悲しそうに、今にも泣きそうな表情で言われたその言葉は、俺がずっと自分自身に言ってきた言葉のはずだった。
にもかかわらず、その言葉が俺の胸の深いところを刺した。
だが、感傷的になっている暇は俺達にはなかった。
「ぶ、無礼者!」
騎士のうちの誰かがそう声をあげた。
その声にハッとした周りの騎士達が次々と武器を構え、その先端を俺達二人に向けてきた。
咄嗟に俺も武器を構えようとしたところで、その腕をトーカに止められた。
「ダメ。今、動いたらそれこそ敵対行動とみなされる」
「じゃあどうしろと!」
「じっとするしかない」
どうにもできず動けない俺達の耳に聞こえてきたのはレーナの声だった。
『そうだ。言い忘れていたな。俺達の名前についてだが。特に決まってはいないんだが、そうだな……【罪の裁判官】、ってのはどうよ♪』
それを最後に映像はブツリと切れ、俺とトーカは身柄を拘束された。
☆★☆
「お前達が何をしたか、わかっているな?」
その場で腕に手錠をかけられた俺達は、そのまま王様が待つ王の間に通され、そこで無理矢理に膝をつかされた俺達は、カーペットに押しつけられるように首の背中を踏まれた。
これじゃまるで奴隷じゃねぇか。いや、奴隷ならまだいい方なのだろうか。
俺達はそれほどのことをしたのだから。
「儂の孫を傷つけたその罪の重さ、わからんはずがあるまいな?」
「っ……」
そう、どんな事情があれ俺達はこの国の王女様であるフェリアを傷つけた。暴力を振るった。
王様が一番可愛がっている王女様に、だ。いや、たとえそうでなくても王女様に拳を振るった時点で、たとえ未遂だろうが結果は変わらないか。
「……王女様は無事ですか?」
「お主らに質問する権利はない」
「うぇっ」
「リオン!」
首を踏む力の強さが増し、俺はみっともない声を出した。
それにトーカが反応した。
「リオンは悪くない。やったのは私だけ。リオンは見てただけ。殺すなら私だけを殺せばいい」
しかし、そんなトーカの言葉に王様は鼻で笑い返した。
「貴様ごときを苦しめただけで所詮は道具。何の面白みもなく壊れるだけだ。それなら、まだ面白みのあるガキを殺した方がフェリアも浮かばれるだろう」
「う、浮かばれる……!? ってことはまさか……っ!」
「そんなはずがない。私はちゃんと手加減をした。王女様は気を失っただけで、亡くなっていない」
「……ふん」
王様の不愉快そうな吐息だけが聞こえたが、どのみち俺は拷問、処刑されるかもしれない。
もともと、王様は俺を気に入らなかったわけだし、トーカに対してもそれは同様。それどころか、直接フェリアに手をかけたトーカは、間違いなく俺よりひどい目に遭うことだろう。
「それに、あの場合はアレしか方法がなかったんだと思う」
「黙れ、道具風情が」
「黙らないよ。私はともかく、リオンの命がかかってるから」
「トーカ……」
どうして俺なんかを……、なんて今さら思う柄じゃないはずだろ。
なに、やってんだよ。俺は。くそ。
「王女様はなんらかの妨害、いや、攻撃を与えられていた」
「攻撃を加えたのは貴様だろう」
「ううん、その前にたぶん。だよね、リオン?」
「あ、あぁ。おそらく、だが」
フェリアがしゃがみ込む直前、悲鳴をあげていたし、ただの頭痛とは思えないほど、必死に頭に手を当てていた。
おそらくあれは精神的にダメージを与えられる魔法をかけられていた、んだと思う。
「王女様はそれにいち早く気付き、助けを求めた」
「その結果がこれか」
「そう」
「話にならんな」
バッサリと王様は切り捨てた。
「いいわけにもならん。貴様らは孫を助けるどころか気絶。いや、医者が言うには、昏睡状態であり目が覚めるにも時間がかかるだろうと言っていた」
「気絶程度ではダメ。深い眠りについてもらわないといけなかった」
「いい加減にしろ、この道具風情がっ!」
「っ」
王様が怒りのままに王座の椅子に手を叩きつけ、その振動によって立てかけられていた杖が王の前の階段を転がり落ちる音がした。
しばらくとした静寂と緊張感が王の間を覆う。
俺の耳に聞こえるのは王様の怒りの吐息だけだった。
だが、そんな中でもトーカは口を開いた。
「あの場にいたのはリオンと王家直属の騎士、そして遅れてきた私」
「……黙れ」
「王女様が真っ先に助けを求める相手は、普通であれば誰よりも近くにいたリオンのはず」
「黙れ!」
「にもかかわらず、リオンに助けを求めず、なおかつ、味方である騎士にも助けを求めなかった。王女様が最終的に求めたのは私だった」
「黙れと言っておるだろう!」
「黙らないよ。これは大事なこと。王女様からの大事なメッセージだから」
「っ」
ぱきん、と何かが壊れるような音がした。
横を見ると、トーカが手錠を壊し、首を踏んでいた騎士の足を掴み起き上がっていた。
この手錠はかなり頑丈に作られているし、手錠された者の魔法を封じる力を持っていたはずだ。
まさか、それを力尽くで壊したというのか?
「第二形態から第一形態へ移行」
ぼそりとトーカが呟いた。いつの間に。
「リオンに頼まなかったのは、リオンに頼みたくなかったから。王女様は知っていた。リオンが仕方ないとは言え自分を攻撃したら、それを気にしてしまうことを。そして、自分を護衛するはずの騎士達が自分に攻撃を振るえないとわかっていた。たとえできたとしても、たぶん迷っている時間はなかった。そういう人達は騎士の中にはいない。であれば、最後に頼るべきは私だった。だから、あんなにも私を探していた」
「っ……!」
す、すげぇ。あの一瞬でそこまで分析したのかよ。
トーカの有無を言わせない言い方が、返ってこの場の空気を一変させた。
「大丈夫だよ」
場の空気を完全に自分のものにしたトーカが、優しく語りかけるように俺を見ていた。
いつの間にか、俺の首を押さえていた足が避けられていることに、そこでようやく気付いた。
トーカは俺の手錠も簡単に割ると、ゆっくりと身体を起こしてくれた。
「リオンが優しいことは悪いことじゃない。それに皆、惹かれているんだよ」
「えっと……」
「さっきの言葉。あまり悪いように捉えてほしくないから」
それは俺達が連行される前に言われた言葉のことだろうか。
それすらも分析できちまうのかよ。
と、ふっと笑みが出た。
「……わりい。気が動転していたとはいえ、らしくねぇとこ見せちまった」
「大丈夫。王女様の分まで私がリオンを支えるから」
ん~……。なんか聞こえはいいけど、微妙にフェリアに対抗しているようにも聞こえなくはないんだが。
そこで自然と最後のフェリアの表情を、口元を思い出した。
フェリアが最後俺に何を言おうとしていたのかはわからない。
けど、最後のあいつの表情からしてこんなことだろうな。
『ごめんなさい』
バカ野郎。テメェが気にすることじゃねぇよ。
「話はまとまったかしら?」
「お、お前ら!?」
まるでタイミングを計っていたかのようにぞろぞろと神の心臓が王の間に入ってきた。
「無事でよかったよ、リオン、トーカ」
「お怪我はございませんか?」
「悪いな、親父」
「次はお前に払ってもらうからな」
先頭からケイラ、テッド、シュリ、イグス。そして最後尾にはイグスの父親であり、現騎士団長でもあるセウジオまでいた。
「申し訳ございません。息子があまりにもどうしても、と言うので」
「それを止めるのがお主の役ではないのか、セウジオ」
「そのつもりだったんですけど……」
セウジオはちらっとケイラを見ると、ケイラはふてぶてしく顔を背けた。
あぁ、なるほどな。大方、道を譲らなければ、全員でこの城を攻め落とすとか、そういうことを言われたのだろう。容易に想像つく。
「あ、もう! やっぱりもういるじゃん!」
「うげっ」
そして皆よりも遅れたことをなんとも思っていないバカ馴染みが最後に姿を現わし、全員が揃う。
「何があったのかはあらかた予想してはいたけど」
ケイラはそう言って、周囲をグルリと見渡してフェリアがいないことを確認すると「やっぱりね」と小さく吐いた。
そして王様と睨み合うように目を合わせると、自身の杖を持ち直した。
「さっきの放送見たでしょ?」
「……あぁ」
「こっちもいろいろと鬱憤が溜まってるのよ」
ケイラは王様に、そしてこの場にいない敵に敵意を見せた。
「あなたは孫娘に危害を加えられた。こっちも喧嘩を売られた。互いに彼らのせいで被害を受けたのよ。ここはお互い我慢せずに、協定でも結びましょう?」
これでは協定というより脅迫だ。
ケイラが力強く杖を地面に叩きつけると、これまで以上の緊張感がこの場を支配する。
「今すぐ潰してやるから待ってなさい」
それは誰に言っているの?
レーナだよね? 王様にじゃないよね?
……そこは間違えてない、よね?




