とりあえず聖女について話してみない?
歪な空間から出ると、ドッと押し寄せてくる疲労感が俺を襲った。
それは俺だけでなく、他の仲間達も同様のようで、バカ馴染みを除いた全員がどこか疲れた顔をしていた。
あの歪な空間は俺達の視覚だけでなく、精神的にも俺達に負荷をかけるものだったらしい。
それに加え、あのバカ馴染みすらも手玉に取った謎の少女との邂逅。
さすがの天災達にも頭を整理させる時間が必要のようだった。
「……まずは皆さん、移動しましょうか」
そんな俺達の様子を見かねてか、暗い表情のままシュリがそう提案すると、俺達もその誘いに素直に頷いた。
ただ一人「探険したりない」だの「冒険したりない」だのとバカなことを言う奴がいたが、そいつの言うことは当然のように無視。
つうか、お前が一番の怪我人だろ。
いろいろとうるさいバカ馴染みの首根っこを引っ張って、俺達は案内された一室に向かった。
部屋に入り、各々が適当に椅子やらソファに座ると、早速とばかりにケイラが口を開けた。
「シュリ、まずは知ってることを全部教えなさい。もちろん、あのわけわかんない女のことも」
「ま、それから話すのが普通だよね」
ケイラ然り、その彼女よりも軽い調子で話すテッドも然り、その目はいつもよりどこか鋭い。
あんなに自分が、いや、自分達が手玉に取られたことが嫌だったのだろう。
冒険者のプライドというものだろうか。
僅かに不安とイラつきの色が目に映っている。
「わかっています。すべてお話しいたします」
それらの目が集まる中、シュリは小さく長い息を吐いた。
「皆さんが先ほど入った部屋、先ほど言ったように許可された人だけが入ることができます」
シュリが所属する教会の中でも一部、それ以外なら俺達のような特例のみ。
そんな限られた人だけが入ることができる空間にいたんだ。
偶然迷い込むことがありえないからこそ、あの少女が普通じゃないことがわかる。
逆に言えば、今はそれしかわからないのだが、シュリはその彼女を知っているようだ。
「彼女の名前はレーナ」
シュリの先代、一つ前の聖女も同じ名前だった。
★☆★
レーナ、という名には俺も聞き覚えがあった。
今でこそ、聖女の立場でありながら冒険者としても俺達と行動を共にしているシュリが有名だが、シュリが聖女になる前はその先代の聖女が世間を賑わせていた。
今代のシュリ含め、聖女と言えばやはり回復系の魔法や防御系の魔法を使うイメージがあり、実際、シュリもそのイメージ通りである。
攻撃系の魔法も仕えないわけではないし、なんだったらシュリが編み出した時魔法なんて、攻撃も回復も、防御だって、なんでもできるチート魔法だ。
だが、シュリが好んで使う魔法と言えばやはり回復や防御系がメインとなるのも間違いない。
その中で、たった一人だけいた例外がレーナという聖女だった。
「皆さんご存じかもしれませんが、レーナさんは聖女としては異例の、攻撃魔法に特化した聖女でした」
噂で聞いただけで実際に見たことはない。
だから先ほどの少女がそうなのかは俺には判断できない。が、シュリの様子から見るにやはり俺達が思っているレーナと同一人物のようで間違いなさそうだ。
「……通りすがりの一般人への暴行に、聖女としての活動中、公共の場において脅迫じみた発言」
イグスが何かを思い出すかのように呟いた。
「当時の俺が聞いた噂の一部だ。いくつかは嘘だろうし、実際この噂が本当であればすぐに牢屋だ。だが、いい噂が数少ないのは確かだったよな」
「それは……」
聖女としてかなり異例な人物だったのだ。いろいろあったのだろうが、それにしてはあまりにも評判が悪かった。
「決して悪い人ではないんです。噂だって、通りすがりの一般人ではなく、顔を隠して生きてきた指名手配犯でしたし、公共の場での発言は言い方はよくありませんでしたが、本質を捉えた正しい発言だったと思います」
今回初めて顔を合わせて話をしたのだが、余計な敵を増やしてしまいそうなあの言い方だ。余計な敵を作ってきたのだろう。
それに加えて彼女を取り巻く環境もきっと悪かったはずだ。
聖女と言えばやはりおとなしめの印象があるが、それとは真反対のレーナ。
聖女のイメージから程遠い人を聖女として崇めなければいけない教会としては、さぞかし彼女の扱いに困ったことだろう。
彼女は教会からも、世間からもかなりの冷たい視線や態度を取られたことだろう。
「そうしているうちに、いかにも聖女としてイメージの合うシュリが力をつけ、追い出されるようにレーナは教会をクビにされた、そんなところかしら?」
「ケイラ、辛辣だね……」
酷い言い分だが、実際にそうだったのだろう。
シュリはそれを否定しなかった。
しかし。
「確かに彼女は私に対して何かしらの想いがあるようですが、少なくとも自分が聖女にいられないことを恨んでいる様子はありませんでした」
それはまたなぜ?
「私が聖女になってからもレーナさんとは何度かお会いしたことがありますが、最初は私にも友好的でした。だんだん冷たくされるようになりましたが、それも私個人に対する感情だと思います。それに、教会がレーナさんを聖女とあまり認めたくなかったのはわかりますが、レーナさん自身の主に対する祈りや願いは本物もので、それは教会も認めていました。レーナさんを一方的に破門にできるわけがありません」
ここまでシュリが語るのならそうなのだろう。
しかしだとすればレーナはいったい……。
「レーナが教会を抜けたのはいつ?」
トーカが聞いた。
「聖女をやめてしばらくしてからです。自ら去ったと聞いています」
「その理由と、その後のことは?」
「わかりません。ただ、どうしても許せないことがある、とだけ」
「……分析不能」
今まで姿をずっと眩ましていたのに、今になって、しかも教会が隠している魔剣を盗むという事件を起こして現れた。
間違いなく何かの目的のために動き出したのに、その理由がさっぱり、か。
「まさかまた、この調査から入らねぇといけねぇのか?」
今回はゲンケイのように相手の居場所もわかっていないってのに。
「い、いえ皆さん。彼らの目的はわかってはいるんですっ」
「……ん?」
「彼ら、ですって?」
「敵はあの女の人だけじゃないの?」
俺、ケイラ、テッドがその言葉に反応を示した。
てっきり敵は一人だけだと思っていたんだが。
「こ、こちらをっ」
そう言ってシュリが俺達に見せてきたのは一枚の紙だった。
その紙には何か書かれている。
『人々の救いのために魔剣をもらいます』
「……なんだこりゃ?」
「わっけわかんねぇな!」
「……」
俺に続いて、イグスが頭を抱え、トーカが冷静に分析を始める。
しかしトーカの分析を待たずして、また一枚、さらに一枚とシュリが紙を出してくる。
『毒をもって人々に救いを与える』
『無に返して初めて人々を救う』
「……ケイラ、頼む」
「はぁ、わかってるわよ」
トーカに悪いが、文字を読み解くだけならトーカ以上の分析官がいる。
文字を見るだけでことの背景や、人物像を浮かべることができるスペシャリスト。
俺に任され、いやいやとばかりに文字とにらめっこを始めるケイラだったが、すぐに顔を上げるとシュリを見た。
「挑戦状、ね」
「や、やっぱりそうですよね」
「おいおい、二人だけで完結しねぇでちゃんと教えてくれや」
イグスにそう言われ、ケイラは姿勢を正すと改めて俺達に三枚の紙を見せた。
その見せ方はまるで手配書を見せるかのようであった。
「これらは私達に対する挑戦状なのよ」
「挑戦状?」
先ほども同じことを言っていたが、俺達には何のことかまったくわからない。
少し遅れてトーカが「あっ」と発したことから、彼女も何かに気付いたようだがそれ以外はさっぱり。
「これらに共通している言葉は『救い』。けど、それらの前の言葉がどれも物騒な言葉」
魔剣、毒、無。
確かに穏便な言葉ではない。が、それがいったいなんだというのか。
「今回この大聖堂で魔剣が盗まれ、この紙が置かれていた。ということは、同じようにこれらの紙が見つかった場所で何かしら起きていることが考えられる」
毒と無……といえば。
「そういえばどこかの監獄で囚人達が謎の病に冒されて全滅したって事件あったよね?」
「そういうことなら、どこかの国のトップが殺されたときも魔法が使えなかったって話もあったよな?」
もしかしてそこにあったのか?
と、シュリに確認のために見ると、肯定の頷きを返した。
「しかし、それがなぜ俺達への挑戦状ということに?」
そう尋ねるとケイラは『救い』という単語に指を指した。
「『救い』という言葉、まるで宗教のように思わない?」
「……まぁ」
「それに加えて、事件と明らかに無関係でないレーナという元聖女の存在。それも宗教のように感じるところ」
「だがそれだけだと俺達というより、シュリや現在の教会に対する挑戦状のようにも感じるが?」
「のわりには、あまりにも私達を知りすぎている。私達の動きが手に取るように読まれていた。そんなの私達を相当意識していなくちゃできないわよ」
俺達ほど動きの読みにくい奴らはいない。
どれだけ動きを読んだところで、これまでの俺達はその予想のはるか斜め上を越す勢いで問題を解決してきた。
しかも相手の裏を読むなんてことではなく、力尽くで、だ。
本来かかるべきブレーキがないと言ってもいい。
だからこそ相手にとっても予想外で、無意識を意識するのはかなり困難のはずだ。
「私の解釈はこう。『我々が人々に救いを与える。お前達のような存在は世界に必要ない』ってところかしら」
「俺達への挑戦状……ねぇ」
「……でも、これ――」
「まだ何かあるのか?」
どこか腑に落ちなさそうな表情をするケイラだが、突然シュリが立ち上がって頭を下げてきた。
「す、すいません!」
「ん?」
急な謝罪に頭の理解が追いつかない俺。
展開が早すぎてついていけん。
「たぶんですけど、最初は私への恨みだったと思うんですっ。でも、その対象が気付けば皆さんになってしまって。でも私だけじゃこの件を解決できなくて。だから――」
と、シュリが言い終わる前に。
「ねぇねぇリオン! これってもしかして果たし状ってこと!? 学校の屋上で仲良くなるやつ!?」
「お前の理想の青春は喧嘩なのかよ……」
「喧嘩じゃない! 拳と拳がぶつかる熱い関係!」
「私達に喧嘩を売ろうなんて……やってやろうじゃない」
「ん!? ってことは、今の俺に足りないものは筋肉だな!?」
「まさか予告状とかも出していた僕に挑戦状なんて、やっぱり飽きないなぁここは」
「今度は仕留めるために、分析の強化をすべき」
「そんなことできるのか?」
「……がんばる」
「出たよ根性論……」
俺達は次々に立ち上がると、それぞれの次の行動のために部屋を出る。
そんな俺達に戸惑うシュリに、俺は言う。
シュリの話なんて聞くまでもない。というより、聞いちゃいけないからだ。
まったく、ケイラの時も言ったじゃねぇか。
「謝んなよ? これはお前の問題じゃねぇんだ。俺達の問題」
俺に何ができるかはまったくわかんねぇし、たぶん今回も活躍できないんだろうけど。
「こんなクソみてぇな事件なんて、さくっと解決しちまおうぜ」




