とりあえず魔剣について話してみない?
【魔剣インストール】
聞いたことがある……なんて言えればかっこよかったのだが、悲しいかな。全然まったくこれっぽっちも聞いたことがない。
なんて呑気な感想を抱いたときだった。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
なぜかケイラが慌てた様子でバカ馴染みを見た。
「本当にそこに【インストール】という名前が書かれているの!?」
「え、うん……」
バカ馴染みが確認するようにもう一度覗き込むような仕草をするとやはり「そう書いてあるよ?」と答えた。
それに対し、今度はケイラでなくトーカがシュリに確認した。
「本当にこれで間違いないの?」
「……はい」
シュリが神妙な面付きで頷いた。
なんだなんだ、今度は何が気になったというのか。
ケイラとトーカの質問の意味も、シュリの表情の意味もわかっていない俺の肩を、いつの間にか俺の背後に移動していたテッドがトントンと叩いた。
不意だったこともありビクッとしたのは内緒である。
「リオン、最近のニュースで行方不明になった魔剣の名前。憶えてないの?」
「……え?」
魔剣の名前なんて言っていただろうか、そう思えてしまうくらいに憶えてない。
正直ニュースなんて、人の名前とか物の名前とか憶えていなくても別におかしいことじゃないだろう。
俺なんて昨日の夕飯はと言われても、思い出すのに時間がかかるくらいだ。
もう歳かな。引退させてくれないだろうか。
なんて冗談を考える場合じゃないか。……いや、冗談でもないんだけどね。
とにかく日頃から記憶力の高いケイラ、トーカ、テッドの三人は何かに気付いたような素振りを見せる中、俺やイグス、そもそもニュース自体知らなかったバカ馴染みにとってはなんのことかさっぱり。
「ニュースで報道された名前は【グルード】だよ」
「そうだったか?」
「そうだよ。ほら、名前が違うじゃない」
「そんな名前だったのか……」
言われてもいまいちピンと来ていない俺。
まぁ、三人が違うというのだからそうなんだろうなぁ。
「【グルード】の別名が【インストール】とか?」
「いえ。魔剣【グルード】も魔剣【インストール】もどちらも別の魔剣です」
「んん?」
シュリの答えに、眉を寄せる中、ケイラがため息交じりに質問した。
「だいたいわかるけど、ちゃんと教えてくれるのでしょうね?」
「も、もちろんです!」
シュリは杖を両手でギュッと握ると、今回の事件について報道されていないところまで教えてくれた。
まず、魔剣【グリード】は行方不明になっておらず、今もまだここに保管されていること。
ただし、魔剣が行方不明となったのは事実であり、それは魔剣【グリード】ではなく魔剣【インストール】であること。
「なぜそんな嘘の報道を?」
俺の質問に対し、シュリはこう答えた。
「実は、魔剣【グリード】は魔剣の中ではそこまで強い魔剣ではないんです。なので、魔剣【グリード】を始めとしたいくつかの魔剣は、この空間ではなく、私達の本来の空間にて保存されています」
えぇっと、つまり?
てっきりすべての魔剣がここに収められているのではなく、比較的安全な魔剣は俺達がよく知る空間に収められていて、ここに収められているのはとりわけ強力な魔剣のみ、ってことで合ってるだろうか。
「ここの魔剣が最初になくなり、魔剣が消えたという事実だけがマスコミに最初に伝わってしまったんです。ここに収められている魔剣は、教会の中でも一部の者しか知らない極秘の物。その名前を出されるわけにはいかない私達は、代わりに魔剣【グリード】を盗まれたことにしたのです」
「その【グリード】は今どこに?」
「一時的にこの空間に置いて隠しています」
憲兵やマスコミに捜査されて、実はありました、なんてことがないようにってことか。
実際になくなった【インストール】を探すためにも、本来ある【グリード】を見つけられるわけにはいかない。
さて問題は……誰が【インストール】を盗んだってことだが……ん?
「あれ、やっぱり盗まれたってことで確定なのか?」
報道では確かそこらへんのことは曖昧だったはずだが。
「リオン。今シュリが言ったように、この空間は教会の中でも一部の者しか知らないところよ? 魔剣が勝手になくなるわけない。誰かが盗んだとしか考えられないわ」
「なるほど」
だが、それってつまり。
「そう。ここのことを知っている誰かが盗んだってこと」
「トーカ」
俺の推理……ってほどのものでもない考えをトーカが後押しするように同意した。
要は、被疑者は限られているというわけだ。
教会の中でも立場がかなり高くなければここの存在を知らないわけだし。
「悪いことをする人もいるんだねぇ」
「テッド、それはギャグのつもりか?」
「僕は自分の正義に則って盗んだだけだよ。一緒にしないでほしいな」
「……いや、同じだろ」
お前にとっては正義でも、他の人にとっては正義じゃないわけで。
そのへんの話は今はいいか。
「それで、この空間を知っているのは具体的には誰なんだ?」
その質問に、シュリが僅かに顔を曇らせたときだった。
「その質問は時代遅れってやつだぜ♪」
「誰っ!?」
どこからともなく聞こえてきた女の声に素早く戦闘態勢に入る。
しかし。
「無駄だ。この一帯は景色だけでなく音や空気すらも歪んでいるんだ。近くにいるお前たちにはあまり影響はないが、少し距離を取っただけで、俺の姿は見えなくなるし、声だって四方八方から聞こえるようになってしまう。つうか、そもそもお前達が聞いているのは果たして今の俺の言葉なのか?」
くそっ。
最初は確かに女の声だったのに、途中から男みてぇな声になったり、中性の声になったり、本当に安定しねぇなこの空間は。
だがしかし。
「私の魔法で貴方を捉えるわ」
ケイラの広範囲魔法ならどこにいようと問題ない。
シュリの魔法なら敵以外のものに防御魔法をかけることだってできるはずだ。
……と、思ったのだが。
「っ……!?」
「……おい? どうした、ケイラ?」
いつまで立っても魔法を発動させないケイラを見ると、ケイラは驚いた様子で杖を握る自分の手を見ていた。
「これって……!」
「その行動こそまさに遅れすぎもいいとこだな♪」
ケイラだけでなく、なぜかシュリも驚きを隠せない様子に、謎の笑い声が響く。
「無~駄。今のお前らに魔法は使えない♪」
「魔法が使えない?」
試しに自身の固有魔法【置換】を発動させようとするが、自身の魔力の流れがまるで止まったかのように、魔力の流れを感じない。
いったいなにが……?
「なぁ、シュリ。お前もうわかってんだろ? 俺が誰なのかよぉ♪」
「っ……。や、やっぱりあなただったんですね?」
「あぁ、そうだよ。お前に居場所を奪われた悲劇のヒロイン♪」
ゆらりと空間が今までとは違う揺らぎを見せた。
まるで何かに吸い込まれるように、俺達の前に姿を現わしたのは黒い女だった。
その瞬間、テッド、イグスの順に飛び出した。
敵の姿を捉えてからの反応が尋常ではない。しかも、普段から鍛えている二人にとって、魔法が使えないことなどさしたる問題でもなかった。
二人の武器が女の腹を突き刺した……はずが。
「だから時代遅れだって言ってるだろ?」
「「っ!?」」
二人の武器は女の腹に突き刺さっているはずなのに、その女は余裕の笑みを浮かべていた。
いや、これは……!
「すり抜けている……!?」
「そこに俺はいねぇよ♪」
黒の女は目の前のテッド、イグスから目を離すと、シュリの顔を真っ直ぐに見た。
「久し振りだなぁ。シュリ♪」
少女は口元を三日月のように歪めると、両腕を広げた。
「安心しろよ。今日はお前らと戦いに来たわけじゃねぇんだ。準備もまだだしな。ま、でも宣戦布告をしに来たのは間違いねぇが♪」
そのとき、今まで黙っていたバカ馴染みが動いた。
「見つけたよ!」
「んおっ!?」
バカ馴染みの姿が消えたと思いきや、相手のすぐ目の前に現れていた。
おそらくいつも通り直感で相手の位置を捉えたのだろう。
バカ馴染みの姿は歪んだものから、きちんとした姿を取り戻し、黒の女へ聖剣を振り下ろした。
女の焦り様から、間違いなくバカ馴染みは敵の位置を捉えている。
今度こそ――
「……は?」
――突然聖剣を振り下ろしたセラフィの身体から血しぶきが噴きだした。
セラフィはそのまま背中から倒れると、ピクリとも動かない。
そ、そんな……バカな……。
死んでも死ななそうなアイツが……負けた?
あ、ありえない……。
「あっ、ぶねぇ。マジでこの短時間で俺の位置捉えやがった♪」
黒の女はセラフィを見下ろしながら、自身の額の汗を拭うと、一歩後ろへ下がった。
そして、その姿が歪み、セラフィの姿も歪んで消えた。
「目的は果たした。さっさとずらかろう♪」
「あ……ま、待て!」
「ダメ、リオン!」
慌てて追いかけようとする俺の袖をトーカがガッチリと掴んだ。
「相手が何をしたのかわからない今、むやみに追いかけたら危険」
「だ、だが……!」
セラフィが消えた。もしかしたら攫われたのかも……そんな考えが俺達の頭の隅をよぎったそのとき。
「う、うっへぇ! やられたぁ!」
セラフィと思われる声が響いた。
そしてゆらりと俺達の前に姿を現わしたのは。
「リオン! なんかヤバい奴いたんだけど! 超面白そうなんだけど!」
「……」
左肩から反対の腰に掛けて服に血を滲ませたセラフィが目を輝かせて歩いてきた。
「お、お前。その傷は大丈夫なのかよ?」
「え、もしかして柄にもなく心配してくれてる?」
「し、心配も何も……」
「このくらいの傷で死ぬわけないじゃん。気付くのが遅れてたらヤバかったけど!」
な、なんだよこのバカ馴染みの野郎。
パンッ。
「何が起きているのか、まったくわからないけどとりあえず」
皆の動揺をリセットさせるかのように、両手を叩いたケイラ。
「あの女はいったい誰なのか。そこからはっきりさせましょう?」
その言葉に一斉に俺達に見つめられたシュリは。
「そう、ですね……」
と、どこか悲しそうに頷いた。




