とりあえず奇跡を願ってみない?
地面に突き刺したまま動かない私を見下げ、ゲンケイは冷笑を浮かべた。
「哀れだな」
私の杖から透明な線は現れることはない。
当然の結果だ。
私の固有魔法はセラフィに文字通り斬られ消滅した。
存在しない魔法が発動するわけないのだ。
「まさかお主が奇跡などという非根拠的なものにすがるとは」
憐れみ半分、悲しさ半分、という表情をゲンケイは浮かべていた。
越えられないものだと思っていたものが、あっさりと越えられたという事実にどこか虚しさも見えた。
「……だから何よ」
わかりきった事実に。それでもなお私は、地面に突き刺した杖を持ち上げはしなかった。
「奇跡なんて存在しない。けど、私は奇跡を知っている」
「……ふむ?」
私の言葉にゲンケイは眉を寄せた。
けどきっと、この男には今の言葉の意味は伝わらないだろう。
「奇跡、っていう言葉なんて。後になってからいくらでも理由をつけられるのよ」
結局のところ奇跡とは、その人達が予想もしていなかったことが実際に起きていて、その結果の産物をそう呼んだだけ。
だから本当の奇跡なんて存在しない。
私も昔はそう思っていた。
けど、最近になってその他に思うことができた。
辻褄の合ういろいろな出来事らを最後に奇跡と言うだけでなく、奇跡が起きてから、後からそれについて辻褄の合うようにしているのではないか、なんて。
今、私がやろうとしているのは後者の方。
私は先に奇跡を起こす。
その理由なんてあとから勝手につければいい。
「いい加減、やられっぱなしっていうのもうんざりなのよね」
私は負けないわよ、リオン。
セラフィにも、自分自身にも、アンタの中の私にも。
……だから。
「私は今から奇跡を起こす。あなたには絶望してもらうわよ」
「さっきから何を期待しているのかわからんが、いい加減諦めたまえ」
諦めるのはアンタの方よ、と私は小さく笑った。
さっきのダメージによって身体の芯をずっと揺られているような感覚。
一瞬でも気を抜いたら意識もろとも倒れそうだ。
でも、だからこそ私は倒れない。倒れるわけにはいかない。
あのときのリオンを思い出せ。
リオンは辛いと言ったか。死にそうと言ったか。実際に倒れる素振りなんて微塵も見せなかっただろう?
凡人であるリオンが倒れなかったというのに、天災の私ができないなんてあってたまるか。
「今になって思えば、お主の固有魔法が消滅したのもあの少年のおかげかもしれんな」
「……なんですって?」
ゲンケイが言う、あの少年、というのが誰を差すのかは明白だった。
「先ほどの攻撃も然り、自分が死んだとしても想い人であるお主にまで不幸を及ぼす。悲しくも、儂からしてみれば実に喜ばしい結果だな」
「……はっ。全然わかってないわね」
「ほほう?」
ゲンケイは興味深そうに私を見てはいるが、それは私を下に見ている目だった。
サイモンの不幸が私にまで影響している?
そんなわけないでしょ、このクソジジイ。
「サイモンはもうこの世界にいないのよ。彼はもう幸せな世界にいるの。だからさっきまでの不幸はただ私の運が悪かっただけよ」
それに、見方によっては。
「ある意味、私は幸運だったのかもしれない」
「なんだと?」
「おかげで私はまた返り咲ける」
「……また無理を言う。どこからその自信が来るのかね?」
「自信じゃない。事実よ」
「はぁ。もういい。いい加減終わらせるとしよう」
そうして、ゲンケイは片腕を前に出し、自身の能力を使おうとしたそのときだった。
「……っ!? なんだ、これは!?」
突然驚きの表情を見せたと思いきや、ゲンケイは辺り一帯を急ぐように見渡した。
ようやく気付いたようね。
けど、気付いたところでもう遅いわよ。
「仕方がないから、憎たらしいあなたの弟子になってあげるわ」
「な、何を言っている!? 何が起きている!?」
――弟子としてアンタに贈る花束は一つだけ。
「吸い尽くしなさい」
――【妖精の大樹】
★☆★
俺はその光景に思わず目を奪われた。
ケイラが自身の魔法に撃ち落とされたことにも驚いたが、その後起きた出来事が衝撃的すぎたのだ。
これほどまでに嘘だと思いたくなった日はない。
「こりゃ、マジでマズいぞっ!?」
俺の見間違いでなければ、あれはもう決して見ることができないはずの樹だ。
あのバカ馴染みに切られたはずだぞ。
一度完全に消滅したものが、再生するわけがない。
それが今になってどうして!?
「つうか、今はそんなことはどうでもいい!」
いろいろ気になることは多いが、今はそれらを頭の隅に追いやる。
俺が今気にするべきことは一つだけだ。
【妖精の大樹】
周りにあるすべての魔力、エネルギーを吸い尽くし花を咲かせ、そしてすべてをなかったかのように枯れていく。
自分以外を、逆に言えば自分だけが生き残る悲しい魔法。
カミュラに魔法の詳細を聞いたとき、そう思ったのを深く憶えている。
確かにあれならこの国に敷かれた魔法陣を吸い尽くすことができるだろう。しかしそれと同時に、この国も俺達も一緒に道連れだ。
カミュラだってそれを知っているはずで。それでもなお魔法を発動させたのか、はたまた、ゲンケイのなんらかの仕掛けによって魔法が発動してしまったのか。
どちらにせよ、このままだと俺達は死ぬ運命にあるということに変わりはない。
「シエン、マズい! 逃げるぞ!」
「この閉じ込められた空間からどうやって逃げるってんだ。バカか」
シエンの言うとおり俺達は結界に閉じ込められており、逃げることはできない。
伝説の木の根がこの結界の魔力を吸い尽くしたとき、その一瞬を狙って逃げる以外の道はない。
そう提案した俺を見向きもせずに、シエンは横になるカミュラさんの隣に座り込むと、ゆっくりと空を見上げた。
「お、おい。シエン?」
「うるせぇ、少しの間黙ってろ」
シエンは大きく空に向かって息を吐くと、見上げたままカミュラさんに話し始めた。
「きれいな薔薇には棘がある。アンタが言ってたじゃねぇか」
「シエン……くん?」
「だから俺はずっと花を見ていたんだ。なんで、そのアンタがそんな花に手出してるんだよ」
「ごめん、ね?」
カミュラさんの顔は白くなり始め、出す声も途切れ途切れで、限界が近いことがすぐわかった。
それでもカミュラさんは笑った。
力のない笑い方なのに、なぜか人の心を温める優しい笑み。
今回、こんなことを起こしてしまったけど、やっぱりカミュラさんの本質は学園で見たものと一切変わらない。
そんなカミュラさんが最後の力を絞り出すように言った。
「最後に、聞かせて? さっきの……答え」
どうして自分のような人間を助けるのか。
――それを聞いたら、どんな答えでも、満足して……。
とカミュラさんが言い終わる前に、シエンが力強く拳を地面に打ち付けた。
「……満足? するわけねぇだろ」
「シ、シエン……?」
シエンは打ち付けた拳をフルフルと震えさせて、しかし、冷静な声を出した。
「残された身になってみろ」
「っ……」
その言葉にビクリとカミュラさんの身体が動いたその時、後ろの方から爆発にも似た音が聞こえた。
「うえっ!?」
見れば、【妖精の大樹】の根が、家や地面を覆いかぶさるように範囲を広げていた。
そして、空中に浮かぶ俺達も例外なく、根は俺達の方へと伸び始めていた。
「シエン!」
俺が再度シエンを呼ぶも、シエンはついに返事をすることもなく、カミュラさんに話しかけていた。
「要は、アンタの中にある植物は魔力を自身の養分にする魔力の持たない植物。魔法で取り出そうにも、その魔力を養分として使われてしまう」
「ぅん……」
このままだとあっという間に結界へと根が伸び、魔力を吸われ結界が消滅する。
おそらくだが、根がこの巨大な岩石を持ち上げることになるからそのまま墜落するなんてことはないだろうが、植物の次の目標は俺達に向けられるだろう。
俺達三人とそして少し離れた場所で倒れているヴォルガへと。
ガクンッ。
そうしていると、結界が破られたことで、地面が傾いた。
その震動によって、ヴォルガの身体が岩野外へと投げ出された。
「ヴォルガっ!」
手を伸ばすも、距離がありすぎるし間に合わない。
外へと投げ出されたヴォルガの身体を根が包み、あっという間に繭のようなものが完成する。
「くそっ」
とにかく逃げ道を探そうとしたが、一切の抜け穴が見つからない。
「……なら、魔力を養分とするなら。養分がなくなればどうなる?」
「で、でも。そ、んな……」
シエンとカミュラさんとの間で何が話されているのか、俺にはまったくわからないが、俺は剣を抜いた。
剣を抜いたところで、何をどうすることもできないことはわかっていた。
この植物を切ることができるのはバカ馴染みだけ。
そんなのわかりきっている。
「じゃあ、他にどうしろってんだよ!」
俺はそう叫ぶと、天災の根に飛び込んだ。
★☆★
「なんだ!? 何が起こっている!?」
私の固有魔法によって出現した【妖精の大樹】は街に根を張り、その前にゲンケイの全身を顔だけ残して簡単に覆った。
ゲンケイも抵抗が無駄だとわかっていたんだろう。
しかし、そのあとの光景を前にゲンケイは驚きと怒りの混じった声を漏らした。
「なぜだ! ありえない!」
自分の魔力が吸収されているというのに、よくこんなに叫ぶことができるものだ、と感心する。
これが研究者としての性だから仕方ない、と言われれば私も否定できないのだが。
いや、もしかしたら研究者でなくてもこの結果に驚きを隠せないだろう。
「なぜ街が残っている!? なぜ魔法陣の魔力だけが吸収されている!?」
【妖精の大樹】の根は国全体を覆い、国の人々も飲み込んだはずだ。
にもかかわらず、街の家は崩壊どころか、修復すらされており。
国の人々に植え付けられたカミュラの植物だけが吸収され、命に別状はない。
魔法陣に吸い込まれていた魔力は、持ち主へと返っていく。
「何をした!?」
ゲンケイの質問に思わず笑いそうになった。
さっきまであんなにも偉そうに語っていたやつが、まるで見る影もない。
「『固定概念の拡大・拡張に伴う、固有魔法領域の新たな拡張』。自分の論文も覚えてないの?」
「答えになっておらん!」
「余裕がなくなったみたいでよかったわ」
ずっと苛立ってたのよ。アンタのその顔が見れなくて。
「私の固有魔法は『領域内にある自分以外のすべての魔力やエネルギーを吸い尽くし、花を咲かせる』魔法」
「そうだ。だからお主以外は皆消えるはずだろう!?」
「……『自分』ってなんだと思う?」
「なん、だと……!?」
現在というのは過去が繋がってできたもの。
今の私は急に現れたんじゃない。
親友のカミュラに会って、サイモンに会って罪を背負った。
リオンやセラフィに会って、私は救われた。
そういった過去が全部繋がって、今の私がいる。
私は確かに私以外の何者でもないけど、私のすべてが私の中にあるわけじゃない。
皆と過ごした楽しい時間でも、辛く苦い忘れたい記憶も経験も。
それらすべてが私を構成するものだ。
私だけが私じゃない。
「この国が私を育てた。会ったことのない人も全部、私を構成する一人」
「な、なんなんだ。それは!? そんな屁理屈が通るわけがない!」
それを通してこそ私は天災と呼ばれる。
私は過去のセラフィを超えたわよ、リオン。
私の魔法はもう皆を巻き込むものじゃなくなったわよ。
『私以外を襲う力』は『私が敵と定めたものだけを襲う力』となった。
この程度でまだまだ満足するわけではないけど。
とりあえず一歩夢に近づいたと思うから。
――これだったら。
「アンタのイメージを越えたんじゃない? リオン」
★☆★
……え?
「え?」
あまりの衝撃に、心の中の言葉が口に出ていた。
かっこよく根に体当たりして、あっけなく吸い込まれた俺だが、いくら待っても魔力が吸われる感覚がやってこなかった。
それどころか、少しすると優しく俺を解放して、俺は自由の身になった。
「ど、どうなってんだ?」
もしかしてこれは【妖精の大樹】ではないのかも、と思ったが、向こうに見える巨大な樹はどう見ても【妖精の大樹】で間違いない。
疑問符が頭の中を埋め尽くしていると、ポンポンと誰かに肩を叩かれた。
「お~い、大丈夫か?」
「ヴォルガっ!?」
俺の目の前で根に取り込まれたはずのヴォルガが俺を心配するように見ていて、俺は思わず飛び退いた。
剣をヴォルガに向けるが、そんな俺にヴォルガは何もない両手を前に出した。
「安心しろって。なんもしねぇよ、ほら」
無防備であることを証明するように、手を頭の後ろに乗せて。
「もう変な思考に囚われてねぇし、お前との戦いにも負けたし。とにかくもう、スッキリしてっから」
そう言ったヴォルガの後ろからひょっこりと顔を出したのは、少女の形を取ったアオイだった。
「もう大丈夫。無事解放された」
無表情ながらvサインを見せつけるアオイ。
さらによく見てみると、後ろには肌の黒いダークエルフのような大人な女性と、頭に白い猫耳と八重歯を見せる少女。
そして、ムスッとした様子で腕を生んでいる赤髪の少女。
……えっと。もしかしなくても、コクヨウ、ハク、クレナなのか?
ヴォルガと融合する前に、一瞬しか見ていなかったが、改めて見ると美少女、美女ばかりだ。
いや、ホントよくこれで女子寮に突撃しようと思ったな。
「ほら、クレナ。言いたいことあるんじゃないの?」
「恥ずかしがることにゃいのに~」
「べ、別にないわよ!」
「クレナ、頑張って」
「だ、だからないって言ってるでしょ!」
俺に斬られたことが気に入らないのだろう。
朱雀のクレナは俺を睨みつけては、口をパクパクとさせていた。
「あの根が俺達に植え付けられた花を吸収してよ。おまけに傷まで回復してくれたんだぜ?」
「……ん? あ……お、おう」
まさかこのタイミングでヴォルガに話しかけられると思っていなかったので、曖昧な返事を返してしまった。
ヴォルガの後ろで、三人がため息をついて、一人がヴォルガを睨みつけているのだが、もしかして気付いていないのか?
「よくわからんが、悪いものじゃなさそうだぞ」
「え、あ、おい!」
ヴォルガは不用心に根に触れたが、そこからやはり何事もなくヴォルガの様子に変化はない。
そんなバカな。
「お、おい? 平気、なのか? 触っても」
「なんだよ、俺に勝ったくせにビビってんのかよ」
「いや、ビビるとかじゃなくて」
何度見ても間違いない。
これは間違いなくケイラの固有魔法である【妖精の大樹】だ。
それなのに力を吸収されない?
「それより。あれ、いいのか?」
「ん? ……あ!」
考え込む俺の肩をつついたヴォルガが俺の後ろを指差すと、俺はようやくそこでシエンとカミュラさんの存在を思い出した。
理由はわからないが、この植物は俺達にとって悪いものではない。
そう伝えようと振り返ったところ、そこでは、シエンが【障壁】のスクロールを、自分達を守るように立方体型に張っていた。
植物はその障壁の魔力を吸い込むことができず、どこか困っている様子だった。
だからこそ俺は安心してシエンに声をかけようとして。
「あ、シエン。それ――」
「……せぇな」
「カミュラさんを救える――」
「うっせぇ。邪魔すんじゃねぇよ!」
「っ!?」
カミュラさんを救える可能性が出てきたところで、それは喜ばしいことのはずなのに、シエンはその反対の感情を顕わにして。
「今さらなんだってんだ! 人をバカにしやがって!!」
シエンは俺を、そして【妖精の大樹】を忌まわしげに睨んでそう吐いた。
さて、そろそろ気付きました?
この章実は、リオンだけが主人公じゃないんですよ?




