とりあえずこのバカ二人を見限ってもよくない?
――と、あれだけ言ったのにもかかわらずだ。
「なんでだろうなぁ」
俺は感傷を浸るように流れる雲を眺めて言った。
「なんだろうなぁ」
俺の後ろで気まずそうにする二人の姿を感じ取りながら、俺は振り返った。
「「……ごめんなさい」」
振り返った俺と目を合わせることもなく、その二人は謝罪の言葉を口にする。
別に謝って済むような問題じゃないんだけどな。
「あ、あの……!」
シュリがオドオドと俺に話しかけてきたが、俺はそんな彼女に一切の目もくれず二人の下に歩いていく。
そんな俺を見て、シュリが「ひっ……」と小さく悲鳴をあげたような気がしたが、別にシュリを怖がらせたいわけでもない。
もちろん、この二人に怒るつもりもない。
うん、そう。ないない。これっぽっちも。まったく。
きっと悪いのは俺なのだから。
そう。全部俺が悪い。
悪いに決まってる。すべて俺のせいだ。
「……なぁ」
「「っ……、はい」」
「敬語はいらねぇって」
俺達はパーティなんだからな。
仲間に敬語を使うのはおかしな話なのだから。
でも、一つだけ訊かせてほしいことがある。
「セラフィ、イグス。これはなんだ?」
親指で後方を指差すと、またしても二人はサッと目を背ける。
おいおい。誰が目を背けろと言ったんだ?
アレが何か教えてくれって言ってんだぞ?
……仕方がない。目がダメなら耳だな。
言葉で説明してやろう。
「鳴り止まぬサイレンの音」
「「……」」
ウゥ―――――――――――ン!!
と鳴り響くこの音は一体なんだろうか?
「大きくそびえ立つ城壁」
「「……」」
敵の侵入を防ぐための壮大な石壁だ。
当然、多少の衝撃で破壊されることはない壁だ。
「――そんな壁にこれはこれは『大きな風穴』があるな」
この人の手によって作られた大きな風穴はなんだろうか?
ほんの数時間前まではなかったこの穴はなんだろうか?
「「……」」
黙るなよ。なぁ、おい。……なぁ?
俺は改めて二人を見て、確認するように言った。
「これは……なんだ?」
――さて、この数時間の内に何があったのか。
聞かせてもらおうか?
《……数時間前……》
オメルガについた俺達はその大きくそびえ立つ『そのときの壁』を見上げていた。
「うわぁ……。おっきいねぇ」
「大体何メートルくらいだ?」
そのときまでは元気だったセラフィとイグスを脇目に、俺とケイラ、そして作戦の中心であるテッドで最終確認を行っていた。
シュリはとりあえずセラフィとイグスを見張っているようにと指示していた。
「馬車に混じってテッドが潜入する。これが最善の策なのは間違いない」
「そして内側から壁にロープを垂らして皆を潜入させる、だよね」
「そうね。そのロープは大丈夫かしら?」
「もちろん」
その証拠にとテッドがずいぶん長いロープを見せる。
それくらいあれば十分だろう。
「もし無理だった場合は、手紙をお前の魔力で飛ばしてくれ」
「そのときは、シュリの時魔法を応用して潜入するんだよね?」
俺とケイラが揃って頷く。
シュリの時魔法を使って、門番の記憶を俺達が潜入する前に戻す。
しかし、これは門番の記憶に多少の違和感を与えてしまうことと、他の入ってくる馬車に気付かれてしまうことから、最悪の手段として用意している。
「正直テッドにすべてが懸かっている」
「うわぁお。責任重大だね」
声や顔はいつも通りのお気楽モードだが、その内側では真剣そのものなのだろう。
何と言っても、俺の次に常識人の奴だ。
俺が一番頼りにしている奴と言ってもいい。
「手紙を渡すときは国のマップがあると嬉しいわね」
「なるほど。確かに」
マップがあれば潜入した後の動きがわかりやすいし、集合地点もわかる。
さすがはケイラだ。先の先まで考えている。
「それじゃ、頼んだぞ」
「任しといて」
俺と拳を突き合わせると、テッドはまるで風になったかのように瞬く間に消えた。
ケイラと一緒に立ち上がると、なにやらセラフィとイグスがゴチャゴチャと騒いでいる。
まったく……。今から潜入するというのに。
コイツらは静かにするってことができないのか。
何かしら騒がないとダメな質なのか。
シュリも二人に対して強気に出られないのか、困ったように俺を見る。
……つうか、なぜ俺を見る。お前の方が俺より強いだろうが。
ケイラを見る。
「……はぁ」
ため息をつくだけで、何もしようとしない。
やはり俺がなんとかするとでも思っているのだろうか。
そんなお前ら全員に本当ため息をつきたくなってくる。
「うるせぇぞ、お前ら」
だが、まぁ。
これくらいは仕方ないというか、俺が注意した方がいいだろうな。
普段の戦闘では何の役に立っていない俺が、コイツらにとやかく言う権利はないわけだしな。
「今、テッドが潜入した。数時間でもすれば直にロープが下りてくる」
「うへぇ……。結局登んのかよ」
「文句を言うな、イグス」
言っちゃ悪いが、そんな重装備のお前が悪い。
それに、できることならお前とセラフィだけは潜入させたくないんだ。
だが、お前らはそんなことを無視して騒ぎを起こすんだ。
壁を登りたくないのなら、もう少し俺の信用を得るような言動をしろ、お前ら二人は。
「テッドの奴は大丈夫か?」
「少なくともお前に任せるよりはずっとな」
アイツに関しては捕まるなんてことはまずないな。
例え見つかったとしてもあの足で逃げられないはずがないし、そもそも見つかるなんてことすら考えられない。
一時期は俺達ですら捕らえられなかった男だ。
下手すれば、俺達はアイツの存在に気付いていなかったかもしれない。
それくらいテッドは潜入を得意としている。十八番と言ってもいい。
「……さてと」
俺はゆっくりと首を回すと、シュリとケイラを見た。
「少し俺も準備してくる」
「準備?」
「……潜入のな」
「いってらっしゃ~い」
このクズ馴染み……! 他人事みたいに……っ!
怒りをぶつけるだけ無駄だよな。
俺はそう思うことで心を落ち着けると、シュリとケイラに言った。
「少しこの場所を外れる。その間、あのバカ二人を任せたぞ」
「で、できるかぎり頑張ってみます!」
「できる限りではなく、絶対に頑張ってくれ」
念のためケイラに目を向けると、ケイラも頷いて返事を返してくれた。
ケイラがいればなんとかなるか。
俺は少しの不安と、ほんの少しの安心と期待を胸に、少しだけ場所を外した。
――だが、今になって思えば。
これが俺の責任であり、俺の失敗だったのだ。
《……風穴が空く数分前……》
少し離れた場所で、俺は鎧をはずして動きやすい、普段から着慣れている服に着替えていた。
さらに、もともと持ってきていた大きめの鞄に鎧や剣を詰める。
最後に、服を少し着崩して完成。
「どっから見ても若い観光客……だよな?」
誰も見ていないことを知っている上で、誰かに尋ねるように自問自答する。
鏡を見ても問題はないように思えるが。
もともと俺は特徴のない顔をしているから、こうして少し服を変えるだけで冒険者と思われなくなる。
……自分で言って少し悲しくなってきた。
まぁいい。
そういえば、セラフィとイグスはともかく、ケイラとシュリはどうするつもりなのだろう?
まさか、フードだけ被って怪しさ満点の格好をするわけでもあるまい。
「二人のことだ。なんとかするだろう」
問題は。
「あの二人は潜入初日から問題を起こしそうで怖い」
基本的にあの脳筋バカども二人には行動させないようにするつもりだが、その指示を守ってくれるとは到底思えないし。
いざとなったら他人のフリしておこう。
さて、そろそろ合流するか。
問題を起こされても困るし……。
と、思った瞬間だった。
ドドオォ――――――――――ンッッ!!
真っ白な閃光の後に、爆発にも似た大きな音が俺のいる場所まで轟いた。
「…………」
「まさか……」とか「おいおい……」とか、そんな言葉すら出てこなかった。
「…………」
ただ思った。
――マジで殺してやろうかな、と。
《……そして現在……》
「で、何があったのか説明してくれるよな?」
サイレンが鳴り響く中、そう尋ねるとセラフィとイグスが目を合わせながら言った。
「「だって本当に壊れるとは思わなかったから……」」
「あぁ?」
俺の返事に石のように固まった二人は使い物にならないと、今度はケイラとシュリを見た。
「何があった?」
「二人の言った通りよ。この壁がどれだけ強固か試したいって言ってね」
「と、止めようと思ったんですけど……」
「思って?」
「ひっ!」
「リオン、シュリに怒らないで」
ケイラがシュリを庇うように前に出た。
多少カリカリしているのは認めるしかないようだ。
「私達が止めようと思って動いたときにはもう遅かったのよ」
「遅かったというのは?」
「その二人が暇つぶしに模擬戦を始めたのよ」
最初は軽い打ち合い程度だったのだろう。
しかし、いつの間にか二人が本気になっていて止めようと思ったときにはすで遅し。
「その模擬戦を止めてほしかったんだがなぁ」
今、ウダウダ言っても意味がないか。
テッドにはたいへん悪いが作戦を変更する。というか、せざるを得ない。
「この風穴から潜入する」
ただし、すぐに追いかけられるだろうな。
ひとまとまりになって逃げるのは効率が悪い。
各自の潜入にせざるを得ない。
「終わったな……」
この事態を引き起こしたバカ二人を見る。
この二人が各自で行動して潜入なんてできるわけがない。
すぐに騒ぎになるのは目に見えている。
「お前ら二人は俺かケイラの指示があるまで、勝手な行動を禁止だ。もちろん、調査もしなくていい」
それでも問題は起こすだろうが、それは想定内。
「囮作戦ね」
「それしかないだろ」
ケイラの答えに頷きを返すと、シュリも大きく頷いた。
「大丈夫だと思うが、ここから先は他人だからな?」
「任せて!」
「任せとけって!」
「お前らが一番任せておけねぇんだよ」
……ということで、俺達はまったく想定外の潜入をすることになってしまったのだった。




